第四
頬白は智恵のある鳥さしにとられたけれど、囀つてましたもの。ものをいつて居ましたもの。おぢさんは黙りで、傍に見て居た私までものをいふことが出来なかつたんだもの、何もくらべこして、どつちがえらいとも分りはしないつて。 何でもそんなことをいつたんで、ほんとうに私さう思つて居ましたから。 でも其を先生が怒つたんではなかつたらしい。 で、まだ/\いろんなことをいつて、人間が、鳥や獣よりえらいものだとさういつておさとしであつたけれど、海ン中だの、山奥だの、私の知らない、分らない処のことばかり譬に引いていふんだから、口答は出来なかつたけれど、ちつともなるほどと思はれるやうなことはなかつた。 だつて、私母様のおつしやること、虚言だと思ひませんもの。私の母様がうそをいつて聞かせますものか。 先生は同一組の小児達を三十人も四十人も一人で可愛がらうとするんだし、母様は私一人可愛いんだから、何うして、先生のいふことは私を欺すんでも、母様がいつてお聞かせのは、決して違つたことではない、トさう思つてるのに、先生のは、まるで母様のと違つたこといふんだから心服はされないぢやありませんか。 私が頷かないので、先生がまた、それでは、皆あなたの思つている通りにして置きましやう。けれども木だの、草だのよりも、人間が立優つた、立派なものであるといふことは、いかな、あなたにでも分りましやう、先づそれを基礎にして、お談話をしやうからつて、聞きました。 分らない。私さうは思はなかつた。 「あのウ母様、だつて、先生、先生より花の方[#「ほう」はママ]がうつくしうございますツてさう謂つたの。僕、ほんとう[#「とう」はママ]にさう思つたの、お庭にね、ちやうど菊の花が咲いてるのが見えたから。」 先生は束髪に結つた、色の黒い、なりの低い頑丈な、でく/\肥つた婦人の方で、私がさういふと顔を赤うした。それから急にツヽケンドンなものいひおしだから、大方其が腹をお立ちの源因であらうと思ふ。 「母様、それで怒つたの、さうなの。」 母様は合点々々をなすつて、 「おゝ、そんなことを坊や、お前いひましたか。そりや御道理だ。」 といつて笑顔をなすつたが、これは私の悪戯をして、母様のおつしやること肯かない時、ちつとも叱らないで、恐い顔しないで、莞爾笑つてお見せの、其とかはらなかつた。 さうだ。先生の怒つたのはそれに違ひない。 「だつて、虚言をいつちやあなりませんつて、さういつでも先生はいふ癖になあ、ほんとうに僕、花の方がきれいだと思ふもの。ね、母様、あのお邸の坊ちんの青だの、紫だの交つた、着物より、花の方がうつくしいつて、さういふのね。だもの、先生なんざ。」 「あれ、だつてもね、そんなこと人の前でいふのではありません。お前と、母様のほかには、こんないゝこと知つてるものはないのだから、分らない人にそんなこといふと、怒られますよ。唯、ねえ、さう思つて、居れば、可のだから、いつてはなりませんよ。可かい。そして先生が腹を立つてお憎みだつて、さういふけれど、何そんなことがありますものか。其は皆お前がさう思ふからで、あの、雀だつて餌を与つて、拾つてるのを見て、嬉しさうだと思へば嬉しさうだし、頬白がおぢさんにさゝれた時悲しい声だと思つて見れば、ひい/\いつて鳴いたやうに聞こえたぢやないか。 それでも先生が恐い顔をしておいでなら、そんなものは見て居ないで、今お前がいつた、其うつくしい菊の花を見て居たら可でしやう。ね、そして何かい、学校のお庭に咲いてるのかい。」 「あゝ沢山。」 「ぢやあ其菊を見やうと思つて学校へおいで。花にはね、ものをいはないから耳に聞こえないでも、其かはり眼にはうつくしいよ。」 モひとつ不平なのはお天気の悪いことで、戸外にはなか/\雨がやみさうにもない。
上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] 下一页 尾页
|