海野十三全集 第12巻 超人間X号 |
三一書房 |
1990(平成2)年8月15日 |
1990(平成2)年8月15日第1版第1刷 |
夏休の宿題
やけ野原を、東助とヒトミが、汗をたらしながら、さまよっていた。夏のおわりに近い日の午後のことで、台風ぎみの曇り空に、雲の行き足がだんだん早くなっていく。 東助少年は手に捕虫網をもち、肩からバンドで、毒ビンと虫入れ鞄とを下げていた。ヒトミの方は、植物採集用のどうらんを肩から紐でつっていた。この二人の少年少女は同級生であるが、夏休みの宿題になっている標本がまだそろわないので、今日はそれをとりにきたわけだった。 東助の方は、今日はどうしても、しおからとんぼか、おにやんまを、それからどんな種類でもいいから、あげはのちょうを捕る決心だった。ヒトミの方は、ぜひ、かや草と野菊とをさがしあてたいとおもっていた。 だが、二人のもとめているものは、いじわるく、なかなか手にはいらなかった。 「だめだわ、東助さん。こんなにさがしてもめっからないんだから、もうあきらめて帰ろうかしら」 と、ヒトミががっかりした調子でいった。 「いや、だめ、だめ。もっとがんばって、さがしだすんだよ。これだけ草がはえているんだから、きっとどこかにあるよ」 「そうかしら。だって東助さんも、まだとんぼがつかまらないんでしょう」 「とんぼのかずが少いんだよ。それに、みんな空の上をとんでいて下へおりてこないんだ」 「やけ野原でさがすことが無理なんじゃないかしら」 「だってしようがないよ。この近所で、やけ野原じゃないところはないんだから」 「それはそうね」 ヒトミは、まぶしく光るやけ野原を見まわして、ため息をついた。東助は、またとんぼににげられてしまった。 「ヒトミちゃんの理科の宿題論文は、なんというの」 東助は、きいた。 「理科の宿題論文? それはね、『ユークリッドの幾何学について』というのよ」 「ユークリッドの幾何学についてだって。むずかしいんだね」 「それほどでもないのよ。東助さんの方の宿題論文はなんというの」 「僕のはね、『空飛ぶ円盤と人魂の関係について』というんだ」 「空飛ぶ円盤と人魂の関係? まあ、おもしろいのね」 「おもしろいけれど、僕はまだどっちも見たことがないんだもの。だから書けやしないや」 「あたしね、人魂の方なら一度だけ見たことがあるの」 「へえーッ、本当? ヒトミちゃんは本当に人魂を見たことがあるの。その人魂は、どんな形をしていたの、そして人魂の色は……」 「あれは五年前の八月の晩だったわ。お母さまとお風呂へいったのよ。その帰り路、竹藪のそばを通っているとね――あら、あれなんでしょう、ねえ東助さん。あそこに、へんなものが飛んでいるわ。あ、こっちへくる」 急に人魂の話をやめたヒトミが、空の一角を指しておびえたような声をあげた。 「え、なに? どこさ」 たおれた石門の上に腰を下していた東助が、おどろいて立上り、ヒトミの指す方角を目で追った。 「あそこよ、あそこよ。ほら、空をなんだか丸いものがとんでいるわ。お尻からうすく煙の尾をひいて――」 「あッ、あれか。あ、飛んでいる、飛んでいる。飛行機じゃあない。へんなものだ。へんなものが空を飛んでいく」 東助少年は見ているうちに、寒気がしてきた。それは色の黒っぽい丸みのある物体だった。それは何物か分らなかった。お尻のところからたしかに茶色がかった煙がでている。そしてそれは一直線には飛ばないで、ぶるんぶるんと三段跳びみたいな飛び方を空中でしていた。 「東助さん。あれが、『空飛ぶ円盤』じゃない?」 ヒトミがさけんだ。 「そうかしらん。僕も今そう思ったんだけれど、『空飛ぶ円盤』ともすこしちがうようだね。だってあれは円盤じゃないものね。ラグビーのボールを、すこし角ばらせたようなかっこうをしているもの」 「西洋のお伽噺の本で、あんなかっこうの樽を見たことがあったわ」 二人がそういっているうちに、その怪しい物体は気味のわるい音をたてて近づいてきたが、そのうちに、急にすうーッと空から落ちてきた。二人が立っていたところから五十メートルばかりはなれた大きな邸宅のやけあとの、石や瓦のかけらが山のようにつみかさなっているところへ、どすんと落ちた。 たしかに落ちたことは、二人が目でも見たし、またそのあとで地震のような地ひびきがして、二人の足許から気味わるくはいあがってきたことでも知れる。 東助とヒトミは、恐ろしさに顔色を紙のように白くして、たがいに抱きあった。
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