次元のなぞ
三人は樽の中にすいこまれた。 間もなく樽は横にたおれて、ごろごろころがりだした。煙突からぽっと煙をふきだしたと思ったら、早くも樽は長い煙の尾をひいて空中へまいあがった。そして白い雲の中に姿を消した。 樽ロケットの中の部屋は、いつものとおりで、べつにかわりはない。博士は操縦を自動操縦装置の方へきりかえ、操縦席からはなれて、東助とヒトミの前の椅子に腰を下ろしている。 「今わたくしたちが向っていく四次元空間とは、どんな世界か、分りますか。四次元とは何であると思いますか」 博士の質問である。 「横と縦と高さとがある世界が三次元の世界だと分っていますが、もう一つの元は何だか、さっぱり分りませんね。それは時間をいうのだと説いている人もありますね。つまり立体の物が、時間的にどうかわるかということと、むすびついて考えるのだといいますね。ここに大きな岩がある。それが何万年たって小石となる。そういうものをひっくるめて考えたものが四次元世界だといいますが、それなら、ぼくたちの住んでいる世界は、三次元の世界でもあると同時に、四次元の世界だといえるというのです。しかしぼくはこの説は、四次元世界をほんとに説明していないと思います。四次元世界は、もっとはっきりした寸法のある世界じゃないでしょうか」 「まあ、東助さん。むずかしいことをおっしゃるわね。誰に教わったの」 「その説にも、じつはいろいろ根拠があるのですが、とにかく四次元空間を考えるには、時間のことは考えに入れない方がいいでしょう。もっと分りやすい方法をとって、四次元世界を考えましょう」 「それなら、ぼく、知ってます」と東助がいった。「横と縦と高さの三つがあるものが立体ともいう三次元の物です。ぼくらの目につくものはたいていこれです。石も本も机も、三次元のものです」 「それから、どうなりますか」 「今、横と縦とだけしか見えない物があったとします。つまりその物には高さがないのです。これが二次元の物です。その中は二次元世界です。たとえば、うすい紙は、この部類に入れていいですね。それから水の上にうすく流した油の膜もそれに近いものだと思います。ほんとは、いくらか高さがあるんですから、やかましくいうと、やっぱり紙も油の膜も三次元なんですが、まあおまけをして二次元の物といってもいいと思います。先生、この外にも二次元世界をもったものは、たくさんありますね」 「はい。あります。紙の上に書いた画も、その部類だといってもいいですね。それからみなさんが好きで、よくごらんになる映画、あれもそうです。つまりあれは、映写幕の上にうつっている横と縦とがあるもので、高さはありません。ですから二次元の物です。それでは一次元の物には、どんなものがありますか」 「一次元というと、横だけの寸法があって、縦の寸法も高さもないものですね。それは紙の上に書いた線のことだといえます。まだあるかしら」 「たくさんあります。四角な箱には六つの面がありますね。その面と面との境は、どうなってますか」 「ああ、そうだ。それは角になっています。いや、とがった線になっている。とにかく箱の角は一次元の物ですね」 「そうです。西瓜を二つに切ります。ふちが丸いですね。そのふちも一次元です」 「かんたんですね。しかし四次元の物というと分りませんね。横と縦と高さのほかに、何が考えられるかしら。もうほかに何にもないように思いますが……」 「もう一つ元をふやせばいいことが分っています。三を四に考えればいいのです。それはかんたんですが、さて一つふやす元は、どんなものにしたらいいかと考えると、分らなくなりますね」 「影でもないし、匂いでもないし……」 「それはあなたがたには分らないのが、あたりまえなのです。なぜなれば、あなたがたは三次元世界に住んでいる三次元生物なんだから、一次元、二次元、三次元までの世界のことは分っても、もう一ついりくんだ四次元世界のことは、分らないのは、もっともなのであります」 「分らないのがあたりまえなんですか。しかし、ぜひ四次元の世界をのぞいてみたいですね」 「平面の上に住んでいる人間がいたとしましょう。つまり紙の表面だけの世界に、その人間は住んでいるのです。さあ、そうすると、その平面の人間には、高さという考えが、分りっこないのです。そうでしょう。その世界には高さというものが、ぜんぜんないのですから。あなたがたには三次元は分る。二次元より一級上の世界の生物だから分るのです。だからあなたがたは、四次元の世界の構造を見ることはできないのです。ただしあなたがたが、どうにかして四次元生物になれたら、そのときは分るでしょう」 「先生。では、これから四次元世界をめがけてとんでいっても、その世界が見えないのなら、いってもむだじゃございません」 さっきから、だまっていたヒトミが、このとき口を開いた。 「いや、むだではありません。四次元の世界そのものを見ることはできませんが、あの世界の切り口は見ることができるのです。ほら、もう見えだしましたよ。ヒトミさん、うしろを見てごらんなさい。へんな形をしたものが立っていますから。しかし決しておどろかなくていいんですよ。安心して見て下さい」 ポーデル博士にそういわれて、ヒトミも東助も、その方へ目を走らせた。 「あッ」 「あ、お化け……」 二人の悲鳴である。
あッ怪物現わる
ヒトミと東助は、世にもふしぎなる物を見た。それは水色の、のっぺりした人形のようなものだった。背丈はヒトミよりすこし高い。お地蔵さまを青石でこしらえている途中のようなものに見えた。 (どこから、こんなものがはいってきたのかしら。ああ、気味がわるい) と、ヒトミは、びっくりしてとびのき、博士のうしろへしがみついた。 そのあやしい物は、一秒の休みもなく、自分の形をたえずかえつづけている。さっきはお地蔵さまの作りかけのように見えたものが、ほんのわずかのうちに形と色とがかわって、エスキモー人のようになった。それが急にふくれあがってきたと思うと、大きな黒竜が立っているような形とかわった。それが次には、えたいの知れない前世紀の動物みたいになって、色も急に毒々しくなった。東助もとうとうおそろしくなって、博士のうしろへにげこんだ。 その怪物は、どんどん背がのびていったので、遂には樽ロケットの外へ首がでてしまった。そうしてもロケットの壁は破れなかったし、音もしなかった。 そのうちにその怪物は縮みはじめた。天井から頭部が下りてきた。ゴリラのようなかっこうになり、それからますます縮んで、かっぱのようになり、やがてたくあん石のようになったかと思うとなおも縮んで、ぱっと消えてなくなった。 ヒトミと東助とは、いいあわせたように、ため息をついた。 「見ましたね。たしかに見えたでしょう」 ポーデル博士がにやにや笑いながらいった。 「ああ、こわかった。あの化けものは、何ですの」 「あれが、さっきもいった、四次元生物の切り口であります」 「生物ですか」 「そうです。あれはモルネリウスという四次元生物の切り口だけが見えたのです。つまりあのモルネリウスは、さっきあなたがたの三次元世界の中へはいってきて、ずんずん通りすぎたのです。ですから、あの生物が三次元世界と交ったときの切り口だけが、あなたがたに見えたのです。もちろん本当の姿は見えません」 「あれが切り口ですか。切り口が立体になっているのですか」 「へんなようだが、すこし考えると、わけが分ります。ほら、またあらわれましたよ。こんどは長椅子の上のところだ」 博士の声に、ヒトミと東助は、またさっと顔を青くして、その方をながめた。 なるほど長椅子のすこし上になる空間に、飛行機のエンジンのようなものがあらわれた。それが見ているうちに横へのびて、一本の長い棒となった。 するとその棒が、間もなく縮んで、もとのとおりの、飛行機のエンジンみたいな形になった。それからまた棒になった。そういう変化を、規則正しくくりかえすのであった。やっぱりおどろかされるが、さっきのモルネリウスみたいに気味はわるくない。 「見えますね。あれは四次元世界で使っているエンジンの切り口であります」 やっぱり切り口は立体だから、あのように見えるのだろう。ふしぎである。 「こわいですか。こわければ、もう引返しましょうか」 博士は、きいた。 東助とヒトミは、目を見合わせた。こわいことはこわいが、それをしのんで、ふしぎな四次元世界の切り口をもっと見てまわりたい気もした。二人は、どう決めるであろうか。
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