怪奇な実験
一座はしずまりかえって、こわいようだ。そのとき会長のおさえつけるような声が闇の中にした。 「どうぞゴングさん。お現われ下さい。心霊ゴングさん。今どこにおられますか」 すると、またうーんとうなる声がして、 「わしは、もうここにきている」 と、いんいんたる声がした。岩竹女史のねむっているあたりだ。東助とヒトミは、急におそろしくなってポーデル博士にすがりついた。 「大丈夫、大丈夫。よく見ておいでなさい」 博士はやさしく肩をなでてくれた。 「もう、おいでになっていましたか。それでは何か見せていただきたいですね」 「よろしい。ラッパをとりよせて、吹いてきかせよう」 ゴングさんの声がしたと思うと、闇の空中にラッパの形をしたものが浮きあがった。全体が青白い光をはなっている。 東助とヒトミは、また博士にすがりついた。 そのラッパは宙をくるくるまわりだした。そのうちに大きく宙をとび始めた。会員の頭の上にもきた。会員の中には、あっとおどろきの声をあげたものもいる。 そのうちにラッパは正面へもどった。あいかわらず宙に浮いている。それが、ぷっぷくぷっぷくと、あやしげな音をたてて鳴りだした。やがてこれはゆれだした。そしてあいかわらずぷっぷくぷっぷくである。 と、とつぜんラッパは消えた。 するとこんどは大きな青い火の玉が二つあらわれた。それがくるくると闇の中をまわりだした。会員の頭の上を輪になってとんだと思うと、見えなくなった。 次はがたんがたんと音がして、小さい卓子が青い光を放って正面にでてきた。その上に、もう一つのテーブルがのった。やはり青い光をはなっている。 「熱帯の島から、蘭をひきぬいてきて、このテーブルの上へおく。熱帯の蘭だ」 ゴングの声だ。ゴングがうなる。と、こつんと音がして、青い蘭のような植物の形があらわれた。 「これが、そうだ。あとで調べてみなさい。まちがいない」 ゴングの声だ。 「わしが、この世にいたときの姿をちょっと見せる。今から約四千年前だ」 すると天井から、すーッと何か降りてきたと思ったら、長い裾をひいた人の形があらわれた。エジプト人であることは一目でわかる。目鼻はぼんやりしている。 「こんどは、にぎやかになる」 ゴングの声に、二つの火の玉に、ラッパに、蘭に小卓子などが、みんなゆらゆらひらひら飛び上り、まい下った。そのふしぎさは、息がつまるようだ。 そのとき、ポーデル博士の低い声が東助の耳にささやいた。 「この眼鏡をかけてごらん。くらやみの中の物が、はっきり見える。これは赤外線眼鏡です。わしは今、ゴングの方へ、誰にも知られないように赤外線灯を照らしています。赤外線だから肉眼では見えない。しかしこの赤外線眼鏡をかけると、よく見えます。早くごらんなさい。何が見えるか。しかし笑ってはいけませんよ」 東助は博士から渡された眼鏡を急いでかけてみた。 おお、これはふしぎ。くらやみの室内が、夕暮ぐらいの明るさで、はっきり見える。 東助はおどろいた。何よりもおどろいたのは、岩竹女史をしばりつけてあった椅子の中に、女史の姿はなかった。そしてその女史は、正面に立ち、両手を自由に使って、二つの火の玉が糸でつりさげられた長い二本の細竹をあやつって、しきりに会員の頭の上でふりまわしていた。 別の男が、やはり同じようにラッパを細竹につってふりまわしていた。そのラッパには長いゴム管がついていた。その男は頬をふくらませて吹いた。するとぷっぷくと音がでた。 もう一人の男は、エジプト人形をつった細竹をもって、ゆらゆらと左右にふっていた。 (ひどいインチキだ。なにが心霊ゴングだ) と、東助は腹が立った。そのとき博士が眼鏡をかえすようにと、ささやいた。そしてこの会の最後まで、何もしらないことにして、さわいではいけないと注意をあたえた。 この実験会が大成功に終って、ゴングの霊は拍手におくられて消えた。そしてそのあとで会長が電灯をつけた。 すると岩竹女史は、いつの間にか前と同じ形で椅子に厳重にしばりつけられて、ねむっていた。それをよびさまさせるために、髭の会長は、また呪文のようなことをいった。女史は大きな声で、 「ああ、よくねむった。わたしは何かしたでしょうか。何も知らないのです」 としらっばくれていった。 その会が終っての帰路に、ポーデル博士は東助とヒトミにいった。 「今日のふしぎ国探検は、インチキのふしぎ国探検でありました。あれを、会員のみなさんは、ほんとのふしぎだと思って信じているのです。困ったものですね」 「あんなに霊媒の身体をよく椅子にしばりつけておいたのに、どうして綱をはずして抜けでていたのでしょうか」 「あれは綱ぬけ術という奇術なんです。インチキなしばり方をしてあるのですから、かんたんにぬけたり、またしばられたようなかたちになります」 「あの蘭は、熱帯産のものではなかったのですか」 「あれは本ものです。しかし温室に栽培してあるものを利用したのですよ。やっぱりインチキなやり方です」
四次元世界
このところしばらく、ポーデル博士にゆきあわない東助とヒトミであった。 二人は、この一週間ばかり、毎日のように浮見が原へ通い、博士が樽ロケットに乗って地上へ下りてくるのを待ちうけた。しかしいつも待ちぼうけであった。 「ヒトミちゃん。どうしたんだろうね、ポーデル博士は」 東助は、いつになく博士のあらわれ方がおそいので、ひょっとしたら、あのような神か魔か分らないほどのえらいポーデル博士も肺炎にでもなって、床についてうんうん呻っているのではないかと心配している。 「ほんとに、どうしたんでしょうね。どこかたいへん遠方へ旅行していらして、なかなかここまでおいでになれないのじゃないかしら」 ヒトミは、博士の遠方旅行説をだした。 「でも、博士の樽ロケットはすごいスピードをだすんだから、どんなに遠くへいっても、すぐ引返してこられるはずだものねえ」 「大宇宙のはてへいっていらっしゃるんじゃないかしら。一度あたしたちが、大宇宙のはてはどんなになっているか見たいなあ、といったことがあるでしょう」 「そうだったね。それでもあの樽ロケットに乗って走れば一と月とかからないはずなんだがね」 そういっているとき、二人は空の一角に、かねて聞きおぼえのある音響を耳にした。 「あ、樽ロケットが飛んでいる音だ」 その音は、ちょっとの間にどんどん大きさを増していった。と、二人の前へ、空からどすんと落ちてきたのは、例の樽ロケットであった。胴中がふくれて、あいきょうのある形をしている、その樽だった。上に小さい煙突のようなものがついて、そこから残りの排気らしい煙がすうーッと立ちのぼる。するとその煙の中から、ガウン姿のポーデル博士がひげ面をにこにこして二人の前に立った。 「こんにちは。ヒトミさん。東助さん。おやおや、びっくりしていますね」 「先生。よくきて下さいましたね。ずいぶんおそかったですね」 「先生、ご病気だったんですの」 「ははは。わたくし、病気すること、決してありません。ほほほッ」 「じゃあ、どこか、うんと遠いところへいっておられたのですか」 「大宇宙のはてへいってらしたんですか」 「ちがいます、ちがいます」博士は首を左右にふって「じつは、いずれあなたがたを案内したいと思っていた四次元世界へいっていたのです」 「ああ、四次元世界ですか。あのふしぎな高級な四次元空間の世界ですね。あんなところにいっておられたのですか」 「その何とかの世界は、ここから遠いのですか」 「遠いこともあり、近いこともあります。目の前に、その世界が、この世界と重なりあっている事もあります。とにかくなかなかつかまえるのにむずかしい世界です。わたくし、ここへくるのがおそくなったわけは、四次元世界と、この世界の連絡が切れてしまって、なかなかつながらないため、四次元世界にとり残されていました。ちょうど、海峡をわたるときに、連絡船がなかなかこないために、船つき場で何日も何日も待たされるようなものです」 「ははあ。すると海が荒れて交通が杜絶したようなものですね」 「まあ、そうもいえますね。しかし四次元の世界とこの三次元世界の間には、天候が悪くなってしけになるというようなことはないのです。それはこれからあなたがたがいってみれば、よく分ります」 「あ、先生。あたしたちを、これから四次元世界とかいうところへ連れていって下さるのですか」 「そうですとも。しかし四次元世界だけではなく、二次元世界へも一次元世界へもご案内いたしましょう」 「四次元世界に、二次元世界に、一次元世界ですの。先生、三次元世界へは案内して下さらないのですか」 「ヒトミちゃん。ぼんやりしているね。三次元世界ならポーデル博士に連れていってもらわなくても、ぼくらが勝手にゆける世界なんだもの」 東助があきれたような声でいった。 「あら、ちがうわよ。あたし、まだ三次元世界なんかへいったことはないわ。また、三次元世界へ遠足したという話も聞いたことがないわよ」 「あははは。ヒトミちゃん、あんなことをいっているよ。君はいったことがあるよ」 「ないわよ。ぜったいにないわよ」 「あるともさ。だって三次元世界といえば、横と縦と高さの三つがある世界のことさ。人間のからだでも、木でも、マッチ箱でも、みんな横の寸法と縦の寸法と高さとを測ることができるじゃないか。つまり、ぼくたちの住んでいるこの世界は、三次元世界なのさ」 「あーら、そうかしら。ほんとですか、ポーデル先生」 「そうですとも、ヒトミさん。東助君のいうとおりです。でありますから、ヒトミさんも東助さんも三次元世界に生れた三次元の生物でありまして、今、三次元世界の中に暮しているのであります」 「まあ、おどろきましたわ。あたし三次元世界に住んでいるなんて、始めて気がつきましたわ」 「では、樽の中にはいりましょう。そしておもしろい旅行を始めましょう」
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