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業平文治漂流奇談(なりひらぶんじひょうりゅうきだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/7 10:54:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

 

  十一

 さて友之助が斯様(かよう)な酷(ひど)い目に逢うのは何(ど)う云う訳かと云うと、友之助はおむらに勧められて文治郎の近所にいるのは気詰りだから、他(た)へ越せ/\と云うので、銀座三丁目へ引越(ひきこ)したのは二月の二十一日でございます。店開きを致して僅(わず)か十日ばかり経(た)つ中(うち)に、友之助は店に坐って商いをして居ります。袋物店(ふくろものみせ)でございまして、間口は狭くも良い代物(しろもの)があります。おむらは台所廻り炊事(かしぎ)の業(わざ)などをいたして居ります。ふと通り掛った武士、黒羅紗(くろらしゃ)の山岡頭巾(やまおかずきん)を目深(まぶか)に冠(かぶ)り、どっしりとしたお羽織を着、金造(きんづく)りの大小で、紺足袋に雪駄(せった)を穿(は)き、今一人(いちにん)は黒の羽織に小袖を着て、お納戸献上(なんどけんじょう)の帯をしめて、余り性(しょう)は宜しくないと見えて、何か懐中へ物を入れて居(お)ると帯が皺くちゃになって、掛(かけ)は頂垂(うなだ)れて、雪駄穿(せったばき)と云うと体(てい)は良いが、日勤草履(にっきんぞうり)で金(かね)が取れ、鼠の小倉(こくら)の鼻緒が切れて、雪駄の間から経木(きょうぎ)などが出るのを、踵(かゝと)でしめながら歩くという剣呑(けんのん)な雪駄です。微酔(ほろよい)機嫌で赤い顔をして友之助の店先へ立ち、
 士「こう阿部氏(あべうじ)、大分(だいぶ)この袋物屋には良い品がある様だ」
 阿「左様でげすか、貴方は今迄のお出入がありながらお好(すき)だから良い店へ立寄ると買い度(たく)なりますと見えますね」
 士「妙なもので丁度婦人が小間物屋の店へ立った様なものだ」
 阿「良い物がありますかね」
 士「これ/\亭主、其の袂持(たもともち)の莨入(たばこいれ)を見せろ」
 友「まアお掛け遊ばせ、好(よ)いお天気様で、エー新店(しんみせ)の事で、エー働きますが御贔屓(ごひいき)を願います」
 士「あゝ、草臥(くたびれ)たから少し腰を掛けさせてくれ…其の金襴(きんらん)の莨入を遣物(つかいもの)にしたいと思うが見せろ」
 友「へい/\/\御進物にはこれは飛んだお見附(みつき)も宜しく、出した処も宜しゅうございます、この方は二段口になって、これは更紗形(さらさがた)で、表は印伝になって居りますから」
 士「大分良い物がある……阿部氏何んぞ買わぬか」
 阿「どうもいけません……手前煙草がいけませんから欲しくございません……御亭主大層良い品があるね」
 友「どうも品物が揃(そろ)いませんで……これお茶を上げなよ」
 むら「はい」
 と奥から出ましたお村は袋物屋の女房には婀娜(あだ)過ぎるが、達摩返しに金の簪(かんざし)、南部の藍(あい)の子持縞(こもちじま)に唐繻子(とうじゅす)に翁格子(おきなごうし)を腹合せにした帯をしめ、小さな茶盆の上へ上方焼(かみがたやき)の茶碗を二つ載せ、真鍮(しんちゅう)象眼(ぞうがん)の茶托(ちゃたく)がありまして、鳥渡(ちょっと)しまった銀瓶(ぎんびん)と七兵衞(しちべえ)の急須(きゅうす)を載せて、
 むら「お茶を召し上れ」
 士「はい」
 と彼(か)の士(さむらい)は茶碗を取りながらお村の顔を見て、顔を少し横にそむける。阿部は酔っているから心付きません。
 阿「いよ、これはどうも有り難いが、願わくは手前は大きいもので水を一杯戴きたいもので」
 士「御亭主」
 友「へい/\」
 士「貴公は本所辺で出入の処がありはせんか」
 友「へい二三軒様お出入があります」
 士「本所の宅へ来て貰いたいのだが何(ど)うだね、多分の物は買わぬが、序(ついで)に来て貰いたい」
 友「へい/\、どういたしまして新店(しんみせ)のことで、何方様(どちらさま)へでも参ります、何(ど)う云う物が御入用様でげすか、えー宅にありませんでも取寄せて御覧に入れます」
 士「提物(さげもの)が欲しいと思うが胴乱(どうらん)の様な物はないか」
 友「左様でげす、丁度良い塩梅(あんばい)のは仕上げになって居りませんが、これは高麗青皮(こうらいせいひ)と申しまして余り沢山ないもので、高麗国の亀の皮だと申しますが、珍しいもので、蘂(しべ)が立って此の様に性質の良いのは少ないもので、へえ、これはお提物には丁度好(よ)いと思います」
士「成程、大きさも飛んだ良いが、何か金物(かなもの)があるか」
 友「左様で、お金物はこれは目貫物(めぬきもの)で飛んだ面白いもので、作(さく)は宗乘(そうじょう)と申しますが、銘はございませんが宗乘と云うことでございます、これは良い彫(ほり)でげす」
 士「成程これは良く彫った、趙雲(ちょううん)の円金物図(まるがなものず)が好(よ)いな、緒締(おじめ)の良いのはありませんか」
 友「へゝお珊瑚(さんご)にいたして、へえ/\却(かえ)って大きいと斯(こ)う云うお提物にはいけませんから、六分(ぶ)半ぐらいにいたして、へい只今宅にございませんが、お出入先へ参って居りますから持参致します、これは古渡(こわた)りの無疵(むきず)で斑紋(けら)のない上玉(じょうだま)で、これを差上げ様と存じます……お根付、へい左様で、鏡葢(かゞみぶた)で、へい矢張り青磁(せいじ)か何か時代のがございます、琥珀(こはく)の様なもの、へえ畏(かしこま)りました、取寄せて持参致しますが何方様(どちらさま)で」
 士「えー名札を失念したが硯箱(すゞりばこ)を」
 友「へえ/\畏りました」
 …すら/\と書いて、
 士「本所だよ」
 友「成程、本所北割下水大伴様、へえ明後日ではお遅うございましょうか」
 士「宜しい、朝来ては困るから願(ねがわ)くは夕景から来れば他へ出ずに待っているよ」
 友「へえ/\畏りました」
 士「此の莨入を二つ買うが如何程(いかほど)だえ、左様か、釣(つり)は宜しい、宅へ来た時序(ついで)に持って来てくれ」
 友「有難うございます、恐入(おそれいり)ます、お茶も碌々(ろく/\)差上げませんで、明後日は相違なく夕方までに持参いたします、へえ/\有難うございます、左様ならお帰り遊ばせ」
 阿「御舎弟」
 士「えー」
 阿「あなたは本所にも浅草にもお出入があるに、態々(わざ/\)銀座に、お出入を拵(こしら)えるには及びますまい」
 士「そこに少し訳ありさ」
 阿「訳ありとは」
 士「彼処(あすこ)で茶を酌(く)んで出した婦人を見たかえ」
 阿「いゝえ見ませんよ、婦人には少しも気が付きませんでしたが、あの袋物屋に種々(いろ/\)見て居りました中(うち)に、家内が茶を酌んで出した様でしたな」
 士「予(かね)て貴公に話した柳橋の芸者のお村の為には、手前は兄にも叱られる程散財して、手に入れようと思ったが、袋物屋に色男があって其の者の方へ縁付いたと聞いたが、先刻(さっき)茶を酌んで出したのは柳橋のお村だよ」
 阿「えーあれが、左様ですか、残念のことを致しました、手前見たいと思っていたが柳橋へお浮(うか)れの折には生憎(あいにく)お伴(とも)致しませんで、其の美人を拝見致しませんが、見たかった、残念なことをした、女房と思って気が付かんで居りました、あゝ見たかった」
 士「往来で大きな声をしてはいかぬよ、まア道々話しながら」
 と連(つれ)の阿部と云う男と話しながら帰りました。友之助は左様なことゝは存じません、翌々日は整然(ちゃん)と結構な品物ばかり取揃(とりそろ)えて風呂敷に包み、大伴蟠龍軒の名前を聞いて居(お)るから、本所割下水へ行(ゆ)くと、結構な誂(あつら)え物をした上に始めての交際(つきあい)だと云うので、多分の目録をくれ、馳走をして帰しました。大分(だいぶ)調子が好(よ)いから友之助はちょい/\行(ゆ)くと、帰りに夜(よ)に入(い)った時は、大儀だろう駕籠(かご)に乗って帰るが宜(よ)いと云って、駕籠へ乗せて帰す。友之助は結構な出入先が出来たと喜んで足を近く行って見ると、何時(いつ)も能く来たと云って大伴蟠龍軒も蟠作(ばんさく)も兄弟揃って友之助をヤレコレと云う。友之助は一体善(よ)い人でございますから、二なき出入が出来たと心得て、屡(しば/\)参ります。其の中(うち)四月十一日の丁度只今なれば午後二時少々廻った時分で、日長(ひなが)の折から門弟衆は遊びに出て仕舞って、お中口(なかぐち)はひっそりと致して居ります。
 友「お頼み申します/\/\何方様(どなたさま)も入っしゃいませんか、御免を蒙(こうむ)ります」
 と次の間へ荷を置きまして、
 友「御免下さい」
 蟠龍軒「誰(たれ)だ」
 友「へー紀伊國屋で」
 蟠「能く来た、お前が三日も来ぬと一月(ひとつき)も来ぬ様な心持で合縁奇縁(あいえんきえん)で妙なものだ、どうも懐かしいな」
 友「恐入ります、先日は又多分の頂戴物(ちょうだいもの)をいたして、殊(こと)に御馳走になり酩酊いたして有難いことで、何時(いつ)も酔って帰りまして家内に叱られます」
 蟠「どうも可愛い男だ、今阿部忠五郎(あべちゅうごろう)と舎弟と碁を遣(や)り初めたが、私(わし)は一杯遣ってるが誠に陰気でいかぬ、どうも好(すき)だから彼(あ)の通りだ」
 友「へー大層夢中になって入っしゃいます……御舎弟様、御機嫌宜しゅう…阿部様御機嫌宜しゅう…少しもお耳に這入(はい)りませんな」
 蟠「これ蟠作、紀伊國屋が来た」
 蟠作「いや、これはどうも久しく逢わぬが、余り来ないと云って兄と案じていた、今阿部と初めた処だが碁に掛ると他に念なしで夢中になるから」
 阿「さア六(むず)ケしくなって来ました、此処(こゝ)の隅(すみ)だけは取られた塩梅(あんばい)だ」
 友「阿部様、少しお悪い様で」
 阿「これはどうも、誠に先日はお互いに酔って御無礼を致しました、御舎弟には中々敵(かな)わぬ、今一生懸命の処で御挨拶(ごあいさつ)は出来ません……置いては悪いと云う、紀伊國屋が来ればと行(ゆ)く……成程これは悪い、あッと切れて居(お)ることを知りませんでした、これはどうも大ごと二十五目(もく)と云う仕事、これは弱りましたな……斯(こ)う遣(や)ると向うへ登ると、えゝ紀伊國と斯うやる、紀伊國屋と突くと向うが紀伊國と跳上(はねあ)げられる、弱るね、紀伊國屋と斯う突くと向うが紀伊國とやる」
 友「はゝゝゝどうも紀伊國屋尽(づく)しの碁は初めて見ました」
 蟠「紀伊國屋は碁は好(すき)だそうだな」
 友「へえ私(わたくし)は碁で十六度(たび)失錯(しくじり)ました」
 蟠「大層失錯りましたね」
 友「御膳より好で、目の先へ斯う始終碁が並んでいる様で、商(あきない)の邪魔になりますからピッタリ止(や)めました」
 蟠「どうだ、阿部は下手の横好きで舎弟に七目(もく)負けたが、どうだ阿部と一石(いっせき)やりなさい」
 蟠作「紀伊國屋遣りなさい、自分の身代(しんだい)になれば碁に勝っても宜(い)いじゃアないか、よう遣りなさい」
 友「じゃアお相手致しましょうか」
 と素(もと)より好きだから紀伊國屋は心嬉しく、
 阿「あれさ黒はいかぬ、白を持ちな」
 友「どう致しまして」
 阿「手前(てまい)は白を持ったことはない、お前は上手らしいから私(わし)は黒が宜い」
 友「じゃア参りましょう」
 とパチリ/\と根が好だから夢中になって二番ばかり打ちますと、阿部はばた/\と負けた。
 蟠「どうしたの」
 阿「へえ何(ど)うも紀伊國屋強うございます」
 蟠「勝(かっ)たか」
 友「阿部様はほんの飴(あめ)でしょう」
 阿「なか/\飴でない」
 蟠「どうして阿部はとてもいかぬ、へぼだ、へぼで飴を食わせることは出来ぬ」
 阿「じゃア斯(こ)うしましょう、張合(はりあい)になりませんから負けたら大きいもので一杯グーッと飲んではどうでしょう」
 蟠「狡(ずる)い事を考えるな、阿部は自分が酒が飲みたいものだから」
 阿「そうでない、さア遣りましょう」
 蟠「これ/\友之助、阿部はむかっ腹を立てゝ面白いから一両ばかり賭(か)けて遣りなさい、慾張って居(お)るから取られると額(ひたえ)へ筋を出して面白いから、阿部、紀伊國屋と一両賭けて賭碁(かけご)は何(ど)うだ」
 阿「どうも勝って来たものだから直(すぐ)に附込(つけこ)んで来る、どうも敵に後(うしろ)を見せる訳にもいかぬから遣りましょう」
 とそれからパチリ/\と遣りますと紀伊國屋が勝ちます。
 阿「此度(こんど)は倍賭けで二両で」
 と出ると又紀伊國屋が勝つ。又四両八両と云うので段々大きくなり十両が二十両となり幾度(いくたび)遣っても阿部が負ける。
 友「もういけませんよ」
 阿「ウーン紀伊國屋、まア其処(そこ)へ置きな、遣らぬではない、遣るが残念だから一時(いちどき)に思い切って五十両賭(がけ)と為(し)よう」
 蟠「阿部大層大形(おおぎょう)になったな、そう腹を立ってはいかぬ」
 阿「いや余り残念だから、紀伊國屋逃げてはいかぬ」
 友「逃げやアしませんが、お気の毒様です、阿部様の五十両を唯頂戴致しますと恐入(おそれいり)ますからな」
 阿「唯なんてそう云うことを云うから残念だと云うので」
 と又遣ると今度はたった二目の違いで紀伊國屋が負けました。
 友「さア遣られました」
 蟠「どうした負けたか」
 友「負ける碁ではないが二目の違いで負けました、残念です」
 蟠「紀伊國屋は先に勝ったから宜しい、今度は負(まけ)ずにやれ」
 友「残念です、今度は百両賭で遣りましょう」
 阿「百両賭、面白い、遣りましょう」
 友「旦那様恐入りますが百金拝借致したいもので」
 蟠「百金私(わし)の手もとにはないが…どうだえ貸すかのう」
 蟠作「左様です、紀伊國屋だから兄上が証人なれば貸しましょう」
 蟠「じゃア貸して遣ろう」
 友「負ける碁ではないのですから百金として先(せん)のを皆取返して、阿部さんの鼻から汗を出させます」
 阿「怪(け)しからぬ、さア参りましょう」
 蟠「紀伊國屋百両と纒(まと)まった金だ、貴様は堅い商人(あきんど)だから間違はあるまいが、鳥渡(ちょっと)証文を書かぬと私(わし)が証人になって困るから」
 友「宜しい、印形(いんぎょう)を持参しましたから書きます」
 蟠「なに荷(に)を書入れる、馬鹿な、そんなことをしなくっても宜(よ)いのう蟠作」
 蟠作[#「蟠作」は底本では「蟠」と誤記]「なに兄上、紀伊國屋は土蔵よりなにより大事なものは女房のお村だと云って度々(たび/\)惚(のろ)けを言いますが、若(も)し此の三十日(みそか)までに金が出来んで返金の出来ぬときは女房お村を貴殿方(きでんかた)へ召使に差上げましょうと云う証文はどうです」
 蟠「それは至極面白い、酒の座敷ではそう云う洒落(しゃれ)た証文は面白い、それじゃア紀伊國屋、若し金が返せぬときは女房を貴殿方へ召使に差上(さしあげ)るという証文はどうだ」
 友「成程それはどうも」
 蟠「面白かろう」
 友「飛んだお面白い洒落で」
 友之助は根が善人ですから、よもやと思って得心しますと、
 阿「私(わたくし)が書きましょう」
 と阿部忠五郎がすら/\と書きましたのを知らずにピタ/\印形を捺(お)して向うへ渡しました。阿部忠五郎と云う男は元より碁に負ける様な者ではない、碁は三段から打ちまして田舎廻りの賭碁で食っている。忠五郎企(たく)みも企んだ証文を書いて百両賭で遣ると、忽(たちまち)にパタリと紀伊國屋が取られました。
 蟠「どうした」
 友「取られました、残念でございます、これは負切(まけき)りにはしません」
 蟠「まア/\そう焦(あせ)るな、心配すると面白くない、互いに熱くなって筋を出しては面白くない、金はどうでも宜い、まア/\一杯飲んで機嫌好(よ)く帰れ」
 とこれからお酒になって紀伊國屋を機嫌能(よ)く帰しましたが、友之助は正直な男だから気に掛りますが、四月三十日(みそか)に金子を返す訳に往(ゆ)かぬから言訳に参りますと、
 蟠[#「蟠」は底本では「友」と誤記]「馬鹿ア言え、貴様に貸す金を取ろうとは思わぬ、又是れから買う品物で段々差引くから宜しい」
 と云うからそうと心得て居りますと、五月十五日にお客があるから女房のお村を働きに貸してくれとの頼みです。以前芸妓だそうで定めて座の取廻わしも好かろう、当家には三味線(さみせん)がないから持参で夫婦揃って来て、客の待遇(あしらい)を頼むと云うから、友之助は余儀なく女房自慢でお村を立派に着飾らせ、自分も共々行ってお客の待遇を為し、其の晩は夜(よ)も更けましたから今夜は一泊するが宜(よ)いと云うので、夫婦諸共に一泊いたし、翌朝(よくあさ)になりますと友之助は商いに行(ゆ)き、お村は跡に片附(かたづけ)ものもあるから、もう一日貸せと云うので、友之助は商いを仕舞って迎いに来ようと思ったが、そこは外見(みえ)で女房の跡を追掛(おいか)けるようでいかぬから、銀座へ泊って翌日行(ゆ)くと種々(いろ/\)跡に取込(とりこみ)があり、親類の客があるし、お村の清元を聴かせたいから、もう少しと云うので、又お村を引上げられ、又二晩置いて行くと、もう向うの様子が違って、企(たくみ)の罠(わな)に掛りました。此方(こっち)はそんなことは知りませんから、
 友「御機嫌よう」
 蟠「いや紀伊國屋か、能く来たね」
 友「御無沙汰いたしました」
 蟠「大分(だいぶ)暑くなった」
 友「誠に長々お村を有がとうございます、もう御用済になりましたら、私(わたくし)も商いに参りますに、家(うち)は錠を下(おろ)して出ますのも誠に不都合でございますから、今日はお村を連れて帰りとう存じます」
 蟠「誰(たれ)を」
 友「お村を」
 蟠「お村を連れて帰るとはどう云う訳で」
 友「へいお村を連れてまいるので」
 蟠「何を言うのだ、お村は舎弟の蟠作に貴様は妾に遣(つか)わしたではないか」
 友「へい何(なん)で、何を仰しゃる」
 蟠「手前忘れてはいかぬ、先月阿部と賭碁をして、金がないから私(わし)に百両貸せと云うから、手許(てもと)にないに依(よ)って弟の手から貸して、私(わし)が請人(うけにん)になって、証文の表には返金の出来ぬ時は女房お村を貴殿方へ召使に差上げると云うことが書いてあって、首と釣換(つりか)えの印形を捺(お)したではないか、えゝ、それ故蟠作がもう妾に致した心得で毎晩抱いて寝ますよ」
 友「怪(け)しからぬ乱暴なことを云って、御冗談を仰しゃるが、手前跡月(あとげつ)三十日(みそか)に少々金子に差支(さしつかえ)があると申したら、何時(いつ)でも宜(よ)いと仰しゃるから宜いと心得て居りましたが、そう云うことなら返金致すので、人の女房をそんなどうもお愚弄(からか)いなすっちゃアいけません、驚きますよ」
 蟠「何を云う、なんぼ兄弟の中でも金銭は他人と云う喩(たと)え通りだ、なぜ金を返さぬ、貴様は正直な商人(あきんど)だからよもや倒しゃせまいと思い、催促しなければ好(よ)い気になってこれまで返金に及ばぬから此方(こっち)で弟(おとゝ)が抱いて寝るは当然ではないか」
 友「先生それは貴方(あなた)本当に仰しゃるのですか」
 蟠「武士たる者が嘘を云うか」
 友「これは呆れた、呆れましたねえ、先生、貴方は立派な門弟衆(しゅ)も沢山ある大先生のお身の上で、何(なん)と弱い町人を貴方瞞(ごまか)す様なことをなさらんでも宜しいじゃございませんか、彼(あ)の時は真(ほん)の酒の場で洒落だと仰しゃるから印形を捺(お)しましたが、そうでなければ女房を書入(かきいれ)の証文に印形を突きは致しません」
 蟠「黙れ、手前洒落に首と釣換えの印形を捺すか、誰が洒落に金を貸す奴があるか、出入の町人に天下の通用金百両と云う大金を貸すは忝(かたじけ)ないと思え、洒落に貸す奴があるか、痴漢(たわけ)め、お村が欲しければ金を返せ、己(おれ)が間へ介(はさ)まって迷惑に及ぶぞ、痴漢め」
 友「これは驚きましたな、どうも余りと云えば呆れ果てた仰しゃり分でげす、宜しい、私も紀伊國屋です何も金を返せなら返せで催促を遊ばして、女房を取上げんでも宜(よ)い、お村を鳥渡(ちょっと)貸せと仰しゃるから上げたので何もそれを抱いて寝る事はありません、お村も亦(また)抱かれて寝ることはありません、金を持って参ります」
 蟠「当然(あたりまえ)で」
 友「金を拵(こしら)えて持って参ります」
 と真青(まっさお)な顔をして涙を浮べ唇の色も変えて友之助飛出したが、只今と違い其の頃百金と云うは容易に人が貸しません。正直な者でも明後日(あさって)来いとか明日(あした)来いとか云う人ばかりでございます。翌日になり漸(ようや)く七所借(なゝとこがり)をして百両纒(まと)めて、日の暮々(くれ/″\)に大伴蟠龍軒の中の口から案内もなしで通りましたが、前と違い門弟衆(しゅ)も待遇(あしらい)が違う。
 門弟「これ/\紀伊國屋、無沙汰で中の口から通る奴があるか」
 友「へえ先生にお目に懸りたい」
 門弟「取次いで遣るから其処(そこ)に居れ、何(なん)の用だ」
 友「いゝえ、来いと仰(おっし)ゃるから参ったので、金を持って来たのです」
 蟠「誰か来たか……なに紀伊國屋が来た、余り小言を云わぬが宜(よ)い、さア這入(はい)れ、宜しいから此処(こゝ)へ来い」
 友「先生、金子百両慥(たしか)にお返し申しますから証文とお村を引換(ひきかえ)にどうぞお返しなすって下さい」
 蟠「何(なん)と、そんなに顔色を変えて泣面(なきつら)をするな、これは百金だな」
 友「左様で、百両借りたから百両持って参ったのです」
 蟠「痴漢(たわけ)、手前は三百両借りたのではないか」
 友「何を仰しゃる、私は百金しか借りた覚えはありません」
 蟠「黙れ、手前は上(のぼ)せて居(お)るな」
 友「お前さんが上せている町人を欺(だま)してそんな」
 蟠「これ/\何を大きな声をする……これ此の通り「金三百両但通用金也(たゞしつうようきんなり)」どうだ、これを見ろ」
 友「へえ……おや/\」
 と友之助は証文を見ると阿部忠五郎が金の字と百の字の間を少し離して書いて、其の間へ無理に三の字を平(ひら)ったく篏込(はめこ)んで入字(いれじ)をした百両の証文が三百両だから、
 友「これは/\三百両」
 蟠「ソーレ見ろ、三百両どうだ、手前得心で印形を捺(お)したではないか、痴漢(たわけ)め……蟠作これへ出ろよ、百金を持って来たからお村を返せと云うが返して遣るか」
 蟠作[#「蟠作」は底本では「蟠」と誤記]「怪(け)しからぬことでげす」
 と云いながらスラリッと襖(ふすま)を開けると蟠作に続いて出ましたのがお村、只今で云う権妻(ごんさい)です。お妾姿で髪は三(み)つ髷(わ)に結い、帯をお太鼓にしめてお妾然として坐りました。続いて柳橋のお村の母お崎婆(ばゞあ)が隠居らしく小紋の衣物(きもの)で前帯にしめて、前へのこ/\出て来た。
 友「おやお村、お母(っかあ)も」
 お崎「誠に貴方方(あなたがた)には相済みませんが私(わたくし)も友之助には云うだけの事は申しますから、はい……己(おれ)が云うことを能く聞け」
 とお村の前へ進み出まして、友之助を捕まえ悪口(あっこう)を云う、これが大間違いになります初めでございます。

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