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業平文治漂流奇談(なりひらぶんじひょうりゅうきだん)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数1854 更新时间:2006/9/7 10:54:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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十三 申続(もうしつゞ)きましたる浪島文治郎は、大伴蟠龍軒と掛合になり、只管(ひたすら)柔かに下から縋(すが)って掛合ますると、向うは元より文治郎が来たらば嬲(なぶ)って恥辱を与えて返そうと企(たく)んで居(お)る処でございますから、悪口(あっこう)のみならず盃を取って文治郎の額(ひたえ)に投付けましたから、眉間(みけん)へ三日月形(なり)の傷が出来、ポタリ/\と染め帷子へ血の落ちるのを見ますると、真赤になり、常は虎も引裂(ひっさ)く程の剛敵なる気性の文治郎ゆえ、捨置き難(がた)き奴、彼を助けて置かば、此の道場へ稽古に来る近所の旗下(はたもと)の次男三男も此の悪事に染り、何(ど)の様なる悪事を仕出(しいだ)すか知れぬ此の大伴蟠龍軒を助けて置く時は天下の為にならぬから、彼を討って天下の為衆人の為に後(のち)の害を除こうと、癇癖に障りましたから兼元の刀へ手を掛けようと身を動かすと、水色の帷子に映りましたのは前月(あとげつ)母が戒めました「母」という字の刺青(ほりもの)を見て、あゝ悪い処へ掛合に来た、母が食を止めて餓死するというまでの強意見(こわいけん)、向後(こうご)喧嘩口論を致し、或(あるい)は抜身の中へ割って這入り、傷を受けることがあらば母の身体へ傷を付けたるも同じである、以後慎め、短慮功を為さずと此の二の腕へ母が刺青を為したは、私(わし)が為を思召しての訳、其の母の慈悲を忘れ、義によって斯様(かよう)なる処へ掛合に来て、父母の遺体へ傷を付けるのは済まぬ事である、母へ対して済まぬから此処(こゝ)は此の儘(まゝ)帰って、母を見送ったる後(のち)は彼等兄弟は助けては置かれぬと、癇癖をこう無理に押え付けて耐(こら)えまするは切(せつ)ないことでございます。尚更此方(こっち)は高ぶりまして、 上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] ... 下一页 >> 尾页
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