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地底戦車の怪人(ちていせんしゃのかいじん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-25 6:44:02 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



   沈没ちんぼつ迫る


 アーク号の甲板は、刻々に傾斜を増していく。もうこの船は、あと五分と、もたないで、海面下に姿を没してしまうであろうと思われた。そのうえ、意地わるく、大吹雪は、いよいよ猛烈にふきつのって、甲板を、右往左往する人々の呼吸を止めんばかり――。
「おい、ボートはもう一ぱいだ。おれたちは、はいれやしない。ど、どうなるんだろうか」
「うん、仕方がない。ともの方へいって、さがしてみろ。わりこめる席があるかもしれない」
「だめだだめだ。へさきの方をさがせ。艫の方はボートごと、ひっくりかえって、たいへんなさわぎだ」
 人々は、なんとかして、ボートの中に、いた場所をみつけて、一命を助かりたいものだと、まるで喧嘩けんかのようなさわぎであった。
 パイ軍曹は、唇のうえに鉛筆で引いたようなほそい口髭くちひげをひねりながら、大兵のピート一等兵を見上げ、
「おい、ピート。ボートはもう駄目らしい。お前は、あの冷い南氷洋で競泳する覚悟ができているかね」
「わしは、競泳には、自信がねえです。誰よりも一等あとで、海水につかることに、はらをきめました」
「一等あとで海水につかるって、一体どうするんだ」
「いや、なに、一等背の高いほばしらのうえへ、のぼっちゃうてえわけでさ」
「ばかをいえ。それだから、お前のような陸兵は、役に立たねえというんだ。陸にえている林檎りんごの樹とはちがうぞ。船がどんどん傾いてしまうのだから、一等背の高い檣てえのが、一向いっこう当てにならないのさ」
「そうですかい。なるほど、甲板が、いやにおすべり台におあつらえ向きになってきましたねえ。ところで、軍曹どの。あなたは、これから一体どうなさるおつもりなんで……」
「今に、リント少将の飛行船かなんかがこの上へとんで来て、エレベーターかなんかを、この甲板におろすだろうと思うんだ。そいつをこうして、待っていようてえわけだ」
「あっはっはっはっ。軍曹どの。ここは、寄席よせの舞台のうえじゃあ、ありませんよ」
 二人の勇士は、死を覚悟していると見え、とんでもないばかばかしい口を、ききあっていた。
 そのときであった。
 二人の立っているところから、そう遠くない後方で、とつぜん、どどーンと小爆発がおこって、船の構造物が、がらがらと、はげしい音をたてて崩れた。
「ほう、なかなか景気をそえているじゃないか」
 と、パイ軍曹が、へらず口を叩けば、
「わしは、子供のときから、にぎやかな方が好きです。讃美歌なんかに送られて天国へいくなんて、わしの性分しょうぶんにあわねえ。もっと、どかんどかんと、爆発すると、ようがすなあ」
 と、ピート一等兵はやりかえして、太い指で、鼻を下から、こすりあげる。
 二人は、そのままほうっておけば、いつまでも地獄の門をくぐるときまで、その調子で、へらず口を叩き合っていたことだろう。――が、幸か不幸か、そこへ邪魔じゃまものがとびこんできた。頭を割られて、顔半面まっ赤に血を染めた将校が、二人の前へよろめきながら現れたのであった。二人は、その将校の顔を見るより早く、声を合せて、叫んだ。
「あっ、隊長だ!」
「あ、カールトン中尉どのだ」
 二人は、そのそばへとんでいった。


   中尉の遺言ゆいごん


「隊長どの、しっかり!」
「カールトン中尉! 傷は、かすり傷ですよゥ!」
 二人は、一生けんめい、重傷の隊長を、元気づけた。
 中尉は、間もなく気がついたものらしく、眼をかっと開いた。
「おお、パイに、ピートか。おれは……おれは、もう。……」
「おれはもう――おれはもう帰還されますか?」
「こら、ピート一等兵、だまれ。隊長どのは、これから遺産のことについて述べられるのだ。しずかにしろ」
「こら、二人とも。お前たちは、こここの場にのぞんで、恐怖のあまり、気、気がちがったな」
 パイとピートは、顔をみあわせて、うなずいた。もう何もしゃべるまいぞという信号だった。このにのぞんで、これ以上、隊長に気をつかわせることは、よくないと気がついたからである。
 中尉は、二人に脇の下をかかえられながら、はあはあと、苦しそうな息をした。しかし、さすがは軍人であった。その苦しい息の下からも、二人を相手にすることは忘れなかった。
「おい、両人。おれを抱えて、三番船艙せんそうへつれていけ。そ、そして、おれのズボンの、左のポケットに、は、はいっている鍵で……その鍵で、扉をあけるんだ」
 パイ軍曹とピート一等兵は、また顔をみあわせて、うなずいた。
「こら、両人とも、そこにいないのか」
 二人は、おどろいた。
「はい、いるであります」
「ちゃんと、いるであります」
 中尉は、眼をとじたまま、うちうなずき、
「そ、そんなら、よし! そこで、三番船艙の中にはいって……はいって、その、そこにある戦車の中に、おれを乗せてくれ。おお、お前たちも乗れ」
「えっ、三番船艙に、戦車があるんですか」
「そうだ。お、お前たちの、お眼にかかったことのない恰好かっこうをした新型の、せ、戦車だ。さあ、は、早く、わしをつれていけ」
「隊長どのは、その戦車に乗られて、どうなさるのでありますか」
「わ、わがはいは、せ、折角せっかくここまで持ってきた戦車に、生前、一度は、の、乗ってみたいのだ。そ、その地底戦車というやつに……」
「地底戦車?」
「そ、そうだ。地底戦車だ。リント少将は、そ、その地底戦車をつかって、南極の地底をさぐる――さぐる計画を、たてられているのだ。は、早くしろ。船が、もう、沈む」
「は、はい!」
 パイ軍曹と、ピート一等兵とは、顔を見合せた。二人の顔は、今までのいずれの場合よりも真剣になっていた。死を覚悟して、死の前に、他の何物への執着もすて去った二人であったが、いまこうして、中尉の紫色になった唇の間から、無名突撃隊の秘密についてのべられてみると、彼等二人は、本来の任務にふるい立たないでは、いられなくなった。
「おい、ピート、急ぎ、進め!」
合点がってんです。お一チ、二イ」
「三ン、四イ」
 二人は、中尉を両方から抱きあげつつ、もはや歩行するのも容易でない傾斜甲板のうえを、器用にとんとんと走って、階段口から、下におりていった。
 幸いなことに、三番船艙は、まだ浸水をまぬかれていた。
 扉を、鍵であけた。
 扉は開いた。大きな布カバーを取り去ると、下から現れたのは、怪奇な恰好をした重戦車!
 地底戦車というのは、これか?

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