裏山の怪
帆村探偵は、大木老人のあとを、どこまでもついていってみるといいだした。正太はそれをきいて、むだなことだと思った。それよりも、人造人間エフ氏かもしれないというその怪少年をおいかけた方がいいと思い、帆村にはなすと、探偵は、 「とにかく私は、大木老人をおいかけます。君は私についてきますか、ついてくるのがいやなら、私ひとりでいきます」 「僕は、マリ子の方をさがしたいのです」 「そうですか。よくわかりました。では、正太君には、私の助手の大辻をつけてあげましょう。大辻はなかなか力があるから、きっと君の役に立つでしょう」 そういって帆村は、大辻を正太の方につけ、そそくさと出かけてしまった。探偵は、なにか心の中に、はっきり考えていることがあるらしかった。 「さあ、坊っちゃん。先生のいいつけで、わしは坊っちゃんのお伴をすることになりましたが、これから何をしますかね」 大辻は、仁王さまのように大きな男、太い腕を胸にくんで、正太を見おろす。 「じゃあ大辻さん。僕が探偵長になるから、大辻さんは僕の助手というようにしてこれから妹と怪少年のあとをおいかけようや」 「なに、わしは助手か。ああなさけない。わしはいつまでたっても万年助手だ」 「じゃあ、いやだというの」 「いやじゃない。いやだなどといったら、あとで先生から、叱られるよ」 「ついてくるのなら、それでもいいが、大辻さんは、あまり役に立たない探偵なんだろう」 「じょ、じょうだんいっちゃこまるよ。先生もさっきいったじゃないか。力にかけては、双葉山でも大辻にはかなわないとね」 「あんなことをいってらあ。やっぱり双葉山の方がつよいにきまっているよ」 「子供のくせに、なまいきなことをいうな。出かけるものなら、さっさと出かけようぜ」 正太は、探偵長になったつもりで、さっそく河原警部にはなしをし、さっき少年と少女を見たという警官にひきあわせてもらった。 「ええ、私がたしかに見つけました。二人は裏山の方へはいっていったようですがね」 警官がそういったので、二人は、すぐさま裏山へわけいった。道はだいたい一本筋だった。二人は一生けんめいに、山道を走った。 あっ、あそこにいる。正太が目ざとく、怪少年と妹の姿を見つけた。下り坂のところを、怪少年がマリ子をひきずるようにして下ってゆく。 「ああ、なるほど、あれか」と大辻は汗をふきながら、 「けしからん怪少年だ。お前さんの妹さんは、へたばりそうじゃないか」 「大辻さん。一二三で、おいかけようや」 「うむ。お前さんはそうしなさい。わしは、この草むらの中を通って、先まわりをしよう。ちょうど、あの曲り道の向こうあたりで、両方からはさみうちだ」 「よし、じゃあ元気でやろうね」 「いよいよわしの大力をお前さんに見てもらうときがきた」 大辻は、そういうよりはやく、大きなからだを躍らせて、草むらの中にとびこんだが、草むらにはとげのある野ばらが匐いまわっていて、大辻は思うように前へすすめない。 「あいた。ああっ、あいた。どうもこのとげが邪魔をしやがる。野ばらめ、消えてなくなれ!」 と、ひとりで文句をいっている。そのうちに時間はたつ、大辻は死にものぐるいで、洋服のズボンをとげでさきながら、突進した。やっと道に出たときには、大辻の手も足も、野ばらのとげでひきさき、血だらけになっていた。見ると、目の前に、少女の手をとった少年がいた。 「こいつだな。おい待て、人造人間の化けた怪少年め!」 とおどりかかろうとすれば、相手は、 「はやまっちゃいけない、大辻さん。僕だよ、正太だよ」 「えっ、正太君か」 「そうだ、いま僕が人造人間をたおして、妹をとりかえしたんだ」 「そうか。そいつはでかした。わしはまた、人造人間め、うまく化けたなと思ったよ。ははは、もすこしで君をなぐり殺すところだった」 と、大辻が笑いだしたとたんに、少年は、拳で大辻の横腹をどんとついた。 「あっ、うむ。き、貴様は……」大辻は、無念そうに歯をばりばりかみあわせたが、少年の拳につかれた横腹のいたみにたえられなくなって、ばったりその場にたおれ、そのまま気を失ってしまった。けけけけ――というようなこえで、正太とばかり思っていた少年は、笑った。マリ子は笑いもせず泣きもせず、人形のようにつったっている。 これでみると、大辻が正太だと思ったこの少年は正太ではなく、やはり例の人造人間が化けた怪少年だったのだ。正太はどこへいったのだろうか。
追跡急!
助手探偵の大辻は、しばらく気をうしなって、山道にころがっていた。そのうちに、なんだか自分の名前をよばれるような気がして、はっとわれにかえった。 「おやおや、わしはこんなところにねころがって、一体なにをやっていたのかしらん」 と、起きあがりかけたが、急に顔をしかめ、横腹をおさえてその場に尻もちをついた。 「おい、大辻さん。どうしたのさ」 そういうこえに、大辻は顔をあげると、そこには正太少年が立っていた。 それを見ると、大辻はびっくり仰天して、あっと叫ぶなり、その場に一メートルほどもとびあがったと思うと、妙な腰つきをして山道を匐うように逃げだした。 「おーい大辻さん。お待ちったら」 正太が追いかけると、大辻はますますおそろしげに顔色をかえ、 「うわーっ、人殺しだあ。誰か助けてくれ! うわーっ、人殺しだーい」 と、まことにみっともない騒ぎ方であった。正太には、なぜ急に大辻が自分を見て騒ぎたてるのかよくわからなかった。もしや気が変になったのではないかとうたがったくらいであった。正太は足が早いから、妙な腰つきで山道を匐うように逃げる大辻には、すぐに追いついた。そこで正太は、やっと懸けごえをして、大辻の背中にとびついた。 「大辻さん、なぜ僕を見て逃げるんだい」 「あっ、人殺しだあ。人造人間がわしの背中に噛みついた! わしはエフ氏にくい殺される!」 大辻は、もう夢中になってわめきちらし、背中のうえの正太をふり落そうと、そこら中に土ほこりを立ててうしのようにあばれるのであった。“人造人間がわしの背中に噛みついた?”――という言葉が正太の耳に入ると、少年はようやく大辻のひとりで騒ぎたてているわけがわかったような気がした。大辻は正太のことを人造人間エフ氏とまちがえているのであった。無理もないことだ。さっき大辻は、目の前にあらわれた少年を正太だと思いこんで安心していたばかりに、人造人間エフ氏の拳骨をくらって目をまわしたのであるから正太の顔をみて、またもや人造人間エフ氏があらわれたと思ったのであろう。 「大辻さん、しっかりしておくれよ。僕は、ほんとの正太だよ」 「いや、もうその手には、誰がのるものか。人殺し!」 「ほんとに正太だというのに、それがわからないのかなあ。大辻さんは、人造人間エフ氏にどうかされたらしいね」 「どうかされたところじゃない。もう一つやられると、この世のわかれになって死んでしまうところだったよ。ほんとにお前さんは、正太君かね」 「いやだなあ。よく見ておくれよ。人造人間じゃない、ほんとの正太だよ」 「いやいや、さっきのエフ氏も、そのようになれなれしい言葉をつかいやがった。そしてこっちの油断をみすまして、ぽかりときやがるんだ。わしはなかなかほんとの正太君だとは信じないよ。それとも、ほんとの正太君だという証拠があるなら、ここへ出してみるがいい」 「なに、人造人間ではなく、ほんとの正太だという証拠を出すんだって?」これには正太も弱った形だった。 「なにかないかなあ」正太は腕組をして考えていたが、やがてはたと手をうった。 「あっ、そうだ。大辻さん、これを見ておくれ!」 「なにっ? おお、なるほどお前さんは人造人間じゃない」 と大辻は、大安心の顔で叫んだ。どうもふしぎだ。一体、正太は何を大辻に見せたのであろうか?
かわいそうなマリ子
「あはははは」「わっはっはっはっ」 正太と大辻とは、しばらくはおかしさに腹をかかえて、笑いがとまらなかった。 「どうだい。大辻さん。よくわかる証拠を見せてやったろう」 「うむ、よく分った。むし歯のある人造人間なんて聞いたことがないからね。お前さんのむし歯も、ふだんは困ったものだが、こういうときにはたいへん役に立つよ。わっはっはっ」 大辻は、また大きなこえをたてて笑いだした。 これで分った。正太は、自分の口をあけて、大辻にむし歯を見せたのであった。人造人間にむし歯があるはずはないから、それで正太がエフ氏でないことが分ったのである。 「それはいいが、大辻さんはエフ氏を逃がしてしまったらしいね」 「そうなんだ、ちときまりが悪いがね」 「どっちへ逃げたんだろう。エフ氏はマリ子をつれていたかい」 「いいや、マリ子さんは見えなかった」 「じゃマリ子をどうしたんだろう」 「なにしろ、エフ氏というやつは、足も早いし、力もたいへんつよい。じつに強敵だ」 「ははあ大辻さんは、エフ氏がおそろしくなったんだね」 「いや、おそれてはいない。ただ、あの怪物は、よくよく手におえない奴だということさ」 そういっている間にも、正太は山道のうえをしきりにきょろきょろ見まわしていたが、このとき大きなこえで叫んだ。 「うむ、マリ子もやっぱり人造人間エフ氏につれられていったのだ。そして二人はこっちの方向へ逃げていった」 「えっ、正太君。どうしてそんなことがわかる」 「だって、ここをごらんよ。マリ子の足あとと、人造人間の足あとがついているじゃないか」 と、地面を指した。なるほど、二つの足あとがある。マリ子の足あとは、まるで宙をとんでいるように乱れていた。それにくらべて、エフ氏の足あとは地面にしっかりあとをつけていた。 「ほほう、お前さんはなかなか名探偵だわい」 大辻は目をまるくして、正太の顔を見なおした。だが、正太はしずんでいた。 「マリ子は、エフ氏のためずいぶんむりむたいに引張られているらしい。このままではマリ子は病気になって死んでしまうにちがいない。今のうちにマリ子をたすけないと、手おくれになるかもしれない」 正太は、誰にいうともなく、しずんだこえでそういった。そうだ、正太のいうとおりである。人間ではない機械に、ぐんぐん引張られてゆくかよわいマリ子は、たしかに病気になって死ぬよりほかに道がなかろう。帆村探偵も、それを知らぬではあるまいのに、マリ子の方を追いかけないで、大木老人の方を追っていくとはなんという見当ちがいなことであろう。正太の胸の中には、しばらくわすれていた心配がまたどっと泉のようにわいてきた。 「大辻さん。ぐずぐずしていると、間にあわないかもしれない。さあ、すぐ行こうぜ」 「行こうって、どこへ」 「わかっているじゃないか、人造人間エフ氏の手からマリ子を奪いかえすんだよ。今日中にそれをやらないと、かわいそうにマリ子は死んじまうんだ」 「ええっ、今から人造人間のあとを追うのかね。やがて山の中で日が暮れてしまうがなあ」 「ずいぶん弱虫だなあ、大辻さんは。僕の何倍も大きなからだをしているくせに、そんな弱音をはいて、それでよくも、はずかしくないねえ」 「じょ、冗談いっちゃいけない。わしは山の中でやがて日が暮れるだろうと、あたり前のことをいったまでなんだ。からだが大きければ力も強い。人造人間をおそれたりするような弱虫とは、だいたいからだの出来具合からしてちがうんだ」 大辻は、へんなことをいって、しきりに強がってみせた。 「よし、それならいい。さあ、この足あとについて、どんどん追いかけていこうよ」 「ああ、それもわるくないだろう。が、どうも今日はだいぶん疲れたね。第一腹が減って、目がまわりそうだ」 「あれっ、強いといばった人が、もはやそんなに弱音をふくんじゃ、やっぱり弱虫の方だね。いいよ、大辻さんはここにおいでよ。僕一人でたくさんだ。一人で行くからいいよ」 正太は、ひとりでどんどん走りだした。 これを見た大辻は、大あわてで、そのあとから不恰好な巨体をゆるがせて、正太についてくる。正太は一生けんめいだ。ものもいわないで、ひたすら人造人間エフ氏とマリ子の足跡とをつたって、いよいよ山ふかく入ってゆく。 いつしか太陽の光は木々の梢によってさえぎられ、夕方のようにうすぐらくなってきた。山の冷気がひんやりとはだえに迫る。名もしれない怪鳥のこえ!
巌にちる血痕
「そんなにのぼっていって、それでいいのかね。横合から人造人間がわーっと飛びだしたらどうするのかね」 大辻は、あいかわらず、びくびくもので正太の後からのぼってゆく。正太は一生けんめいだ。 「あっ、釦がおちている。うむ、これはマリ子の服についていたのが、ちぎれて落ちたんだ。ちくちょう、エフ氏はマリ子をいじめているんだな」 そう叫んで、正太はまた足をはやめて山道をのぼりだす。 「おい、待ってくれ。わしをひとりおいていっちゃいけないじゃないか。おいおい、わしゃ、こんなさびしい山の中はきらいじゃよ」 正太は、それに耳をかさず、どんどんと山をのぼっていく。妹をすくいだしたい一心だ。 大辻もたのみにならなければ、大木老人などを追いかけている帆村探偵も、さらに役に立たない。そのうちに、見上げるような大きな巌が正太の行手をふさいだ。 「あっ、大きな巌だなあ」人造人間エフ氏の足あとは、その巌の前で消えてしまっている。側の道は右へ曲っているが、ここには人造人間の足あとはなかった。 「へんだなあ」見上げると、人間の背丈の四五倍もあるような大岩石だった。人造人間はこの巌のなかに入ったらしく思えるが、こんなかたい岩のなかにどうして入れようぞ。 「どうもふしぎだ」正太は、巌のまわりを見まわした。そこには雑草がしげっている。まさかと思ったが、もしや人造人間がこの雑草づたいに巌のうしろへまわったのではないかと思い、草を踏んで巌の横手へまわった。すると、彼は、たいへんなものを発見した。 「あっ、誰か倒れている」 背広服を着た男が、うつむけになって倒れていた。誰かしらと思って、正太は傍へかけより、倒れている男の肩に手をかけようとして、はっと胸をつかれた。 「血だ、血だ! 死んでいる?」 洋服のズボンが血にそまっている。よく見ると、草までも、血によごれているではないか。 正太は、うしろをふりかえったが、そこにはまだ大辻の姿も見えない。やむをえず正太は、すこしおそろしかったけれど、倒れている男のうしろに手をまわして抱きおこした。男のからだには、まだ温味があった。正太が彼のからだをうごかすと、その男はかすかに呻った。 正太は思わずその男の顔をのぞきこんだ。そしてのけぞるくらいにおどろいた。 「あっ、これはたいへん。帆村探偵、どうしたんです!」 意外とも意外、人造人間の足あとが消えた巌の横にまるで死んだようになって横たわっていたのは、帆村探偵だったのである。彼は、大木老人のあとをつけて行ったはずであるのに、こんなところに倒れているとは、一体どうしたことであろうか。 「帆村さん、しっかりしてください」 正太は、あたりを警戒して、こえを忍ばせながら耳もとに口をつけて、帆村の名をよんだ。 「ううーっ、あっくるしい」帆村はやがて気がついた。 「おや、正太君か」 「ええ、そうです」 「うむ、本物の正太君じゃないか。こんな危いところへどうしてきたのか」 帆村は名探偵といわれるだけあって、正太が本物の正太であることをすぐ見破った。 「僕たちは人造人間の足あとを追いかけて、ここまでやってきたんです。帆村さん、ここは危いところなのですか」 「そうだ。あまり大きいこえを出してはいけない」と油断なくあたりを見まわして「僕は、この巌のうえで、もうすこしで大木老人にピストルで射殺されるところだったよ。あの巌のうえから落ちて、ふしぎに一命を助かったのだ」 「えっ、大木老人もここへやってきたんですか」 「そうだとも。どうやらここは、人造人間エフ氏やイワノフ博士の秘密の隠れ家らしい」 「えっ、イワノフ博士ですって」 「正太君、僕はあの大木老人が実はイワノフ博士の変装だということをつきとめたよ」 「ええっ、大木老人がイワノフ博士だったのですか。あの、大木老人が……」
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