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人造人間エフ氏(じんぞうにんげんエフし)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-24 17:15:44 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



   暴れる人造人間じんぞうにんげん


「うおーっ」
 と、ものすごいうなりごえをあげて、人造人間エフ氏は、部屋の中をあばれまわる。姿だけ見ると、それはまるで正太少年があばれているとしか見えなかった。エフ氏のそのときの顔といえば、そのものすごい唸りごえに似合わず、にこにこ笑っていた。にこにこ笑いながら、ものすごい唸りごえをあげて、手あたり次第、壁をつきこわしていくのである。これは、ものすごい顔をして、あばれられるのとちがい、かえってよけいに気味きみがわるかったと、後に帆村探偵が、そのときのことを思いだして、語ったことであった。帆村と正太少年とは、壁の隅っこに小さくなって、人造人間が、こっちへやってこないことを祈っていた。でも、あまりに、そのあばれ方が、はげしくなるので正太はついに、帆村のそばへすりよった。
「帆村さん、大丈夫?」
「うん、たいてい大丈夫だろう」
 帆村探偵のこえは、おちついていた。そのこえをきくと、正太は、急に気がつよくなった。
「帆村さん。エフ氏は、なぜあばれているんですか」
「さあ、よくは分らないが、さっきエフ氏を動かす器械を下におとしたろう。あのとき、その器械のどこかがこわれてしまったので、それでエフ氏が急にあばれだしたんだと思うよ」
 帆村探偵は、このさわぎの中にも、なかなか頭をはたらかせた。正太は、それをきいて、また恐しくなった。
「じゃあ、エフ氏は、気が変になったわけですね。もし僕が気が変になったら、あんな姿であばれるんだと思うと、いやだなあ」と、正太は、心がくらくなった。
「ああもっともだ」と、帆村は相槌あいづちを打って、「あんなものは、見ない方がいいよ。君は、頭をさげて、じっと見ないでいたまえ」と、帆村は正太の頭をかかえてやった。
 人造人間エフ氏は、ますますものすごくあばれる。土をとばし、石塊いしころをとばし、まるで闘牛とうぎゅう穀物倉こくもつぐらのなかであばれているようであった。イワノフ博士は、どうしたであろうか。
 博士は、向うの部屋で、これも背中を丸めて、じっとこっちの様子を見守っている。
「あっ、たいへんだ。こうでもなければ、これをこう動かしてみるか」
 よく見ると、博士は、人造人間の操縦機を前において、しきりに、たくさんのスイッチを切ったり入れたりしているのであった。たしかに、どこかが故障らしく、博士の思うようにはうまくいかないので、よわっているのだった。
「ちぇっ、これでもだめだ。仕方がない。この操縦器を一度分解して、なおすより外ないらしい」
 博士は、もう夢中で、ひたいの汗をはらいながら、ネジ廻しをもち出して、操縦器の分解にかかった。そのとき、博士の持つネジ廻しが、どこにふれたものか、ぱっと火花が出た。
「あっ」と、イワノフ博士がおどろきのこえをあげたとき、今まで監禁室かんきんしつであばれていた人造人間は、くるっとむきをかえて、博士の部屋にとびこんできた。
「あっ、あぶない!」
 と、博士のおどろきのこえが終るか終らないうちに、人造人間エフ氏は、まるで砲弾ほうだんのような速さでもって、天井へ向けてとびあがった。どーんとすごい音、そしてばらばらとおちてくる土や石塊いしころ。それっきり人造人間エフ氏の姿は、見えなくなってしまった。
 人造人間エフ氏は、どうしたのであろうか。いまエフ氏は、真暗まっくらな空を、ひゅーっとうなりごえをあげながら、砲弾のように、東の方にむかってとんでいく。
 そして、どうしたのか、ときどき身体がぱっと気味わるく光った。光るたびに、エフ氏の身体は空中でぐるぐる廻転して、まるで人間花火みたいであった。エフ氏の身体は、だんだんと、空高くのぼっていくように思われた。その当時、あれ模様の空からは、急にはげしい風が吹きはじめたが、それはエフ氏がかぜかみに早がわりをしたかのように思われた。
 エフ氏は、はげしいいきおいで、空をとんでいく、夜中だから、まだいいようなものの、もしもこれが昼間であったとしたら、道ゆく人たちは、空を飛ぶ少年姿のエフ氏を仰いでさぞきもをつぶしたことであろう。きっと、百人や二百人は、目をまわすものがでてきたことであろう。


   岩窟がんくつの押し問答もんどう


 岩窟の中では、帆村と正太の二人が、元気をもりかえした。エフ氏がとびだしたので、イワノフ博士は、すっかりあわてている。そこをねらって、帆村と正太とは、右と左とから、博士をおさえつけたのだった。
「さあ、イワノフ博士。しずかになさい」
「あっ、わしをおさえて、一体どうしようというのか」
「知れたことです。人造人間を日本へもちこんだあなたの悪い仕業しわざを、どうしてこのままゆるしておけるものですか」と帆村は、博士ににげられないように、その手に、なわをかけた。
「おや、これはなにをするのかね」博士は、じろりと、帆村をにらんだ。
「お気の毒ですが、こうなっては、どうもやむを得ません。あなたに逃げられると、またとんでもないさわぎをくりかえさなければなりませんのでね」
 帆村は、はっきりと博士に対して、引導いんどうをわたした。
「ぶ、無礼な奴じゃ。だが今にみるがいい。貴様の方で、どうぞこの縄をとかせてくれという時がくるだろうよ」と、イワノフ博士は、ぶつぶついいながら怒っている。
 帆村は、そんなおどかしの手には乗らない。そこで正太少年に目くばせして、博士のうしろから気をつけているようにたのんだ。帆村は、ここでイワノフ博士に、人造人間の秘密を早くいわせるつもりだった。
「博士。あなたは、人造人間エフ氏を日本へ連れこんで、どうするつもりだったのですか」
「ははあ、そろそろ取調べがはじまったというわけだな。そんなことは、そっちで考えてみたらいいだろう」博士は、ふてぶてしく、顔を天井てんじょうの方にむけていった。
「博士、返事ができないようですね。いや、その返事は、あとで聞くことにしましょう」と、帆村は、イワノフ博士の様子をじっとうかがいながら、「博士。あなたは、人造人間エフ氏を、この電波操縦器でもって、いつも動かしていたのでしょう。人造人間は、いわば自動車のようなもので、運転手がのって、エンジンをかけ、そしてハンドルをとると動くので、自動車ひとりでは動かない。それと同じように、エフ氏も、エフ氏ひとりでは動かない。博士が、この操縦器についているたくさんのスイッチを、うまい工合に入れたり切ったりしないかぎり、エフ氏は動かないでしょう。どうです、それにちがいありますまい」
 帆村は、するどく、人造人間の秘密に切りこんだ。
「はははは、そこまで分っていれば、なにもわしに聞くことはないじゃないか。どうじゃ、日本には、人造人間などというこんなりっぱな器械があるかね。いや、ありますよといっても、世界中の誰も信用しないであろう」
 と、博士は、いやなことをいう。帆村は、それには一向とりあわず、さらに一歩前に出て、
「ねえ博士。そこで僕は一つ、あなたに御注意をしますが、どうも、あの人造人間エフ氏は、あなたの自由にならなくなっているように思うんですがね。つまり、エフ氏は、勝手に動きだしているように思うんです。これは、御心配なさらなくてもいいのですか」
 帆村の質問は、たしかに博士の痛いところをついたようであった。それまで、いばって胸をはっていたイワノフ博士が、帆村のこの質問をきくと、急にあわてだした。
 ここぞと、帆村はまたするどく、言葉でもって切りこんだ。
「どうです、博士。人造人間エフ氏は、あなたの心にそむいて、こんなに壁に穴をあけ天井をつきぬき、そのうえどこかへとびだしました。まさか、あなたは、エフ氏に対し、博士が苦心してつくったこの岩窟を、こんな風にこわせとは、命令されなかったのでしょうにねえ」
「うむ。それは……」
「博士。エフ氏を、このままほうっておいて、それでさしつかえないのですか。エフ氏に勝手なことをさせておいていいのですか。もしやエフ氏が、海の中へとびこんだとしたらどうでしょう。たちまち海水が、身体の中の器械をぬらしてしまって、動かなくなるでしょう、そうなれば、折角せっかくの人造人間が、だめになってしまいます」
「海水ぐらいは平気じゃ。いや、これは……」
 と、口をおさえたが、この博士の言葉から考えると、人造人間は、水にぬれても大丈夫だいじょうぶのようにできあがっているらしい。どこまでもよくできた人造人間だった。


   人造人間じんぞうにんげんの操縦


 博士は、急に、そわそわしはじめた。立ってもすわってもいられない様子だ。帆村探偵は、正太の方に、目配めくばせをした。
 正太は、帆村の顔色を察して、だまって、うんうんとうなずいた。
「ねえ、博士。人造人間が、こわれないうちに、この操縦器をつかって、おとなしく呼びもどしておいたがいいでしょう」
「うん、それはそうだが、わしの手は動かない。この縄をといてくれ」
「はははは。あなたの方でといてくれといいだしましたね。しかし、とくことはなりません」
「なぜとかないのか。とかないと、人造人間は大あばれにあばれて、今に、日本の国民全体が、大後悔だいこうかいしても、どうにもならんような一大事がおこるが、それでもいいのじゃな」
「博士、おどかしは、もうよしてください」と帆村はひややかにいい放った。
「なるほど、あなたの手は動きません。しかし口は利けるのですから、口でいってください。僕がそのとおりに、操縦器のスイッチを切ったり入れたりしましょう」
「ははあ、分った。貴様、人造人間の操縦法を、わしから聞きだそうというのじゃな」
「そうです。早くいえば、そうです」
 博士は、しばらく考えこんでいた。が、やがてその面上めんじょうには、決心の色がうかんできた。
「仕方がない。わしの知っていることを、君におしえてやろう」
 博士の考えが、たいへん変った。帆村に、人造人間の動かし方をおしえるという。そういう博士の心変りの奥に、どんなおそろしい計略があるのか、決して油断はできなかったが、とにかく今、人造人間エフ氏があばれ出しているのだから、博士としてはとりあえず帆村の力を利用してでも、エフ氏を自分の手許てもとにとりもどしたい気持であることは、よくわかった。
「さあ、おしえるから、よくおぼえるのだ、いいかね。この主幹しゅかんスイッチをおすと、電波が出て、エフ氏の身体の中にある受信機に感じるのだ」
「なるほど」
「そうしておいて、こっちに一から百まであるスイッチのどれかをおすのだ。このスイッチは、いろいろと、ちがった動作をするようにできている。わしのポケットに、それを説明したとらまきがあるから、出してみたまえ」イワノフ博士は、身体をねじってポケットを帆村の方に向けた。この中には、なるほど操縦虎の巻と書いた小さな本があった。
「どうだ。よくできているじゃろう。たとえば第十九番のスイッチを入れると、人造人間エフ氏は、相手の心の中をすっかり知ってしまう」
 博士は、たいへんなことをいいだした。人間の心がわかる仕掛しかけがあるというのだ。
「イワノフ博士。相手の心の中がわかるなんて、そんなばかばかしいことができるのですか」
「ふん、そんなことにおどろくような頭脳あたまじゃから、日本では、科学の発達がおくれているというのだ」と、博士は軽蔑けいべつの色をみせて、「人間が物を考えるということは、脳髄あたまの働きだということになっているが、その脳髄の働きというのは、じつはやはり電気の作用なのだ。そしてラジオと同じように、或る短い電波となって、人間の身体の外へも出てくる。電波が出てくるんだから、それをつかまえることは、やはり受信機さえあれば、できることじゃ。もちろん、ラジオの受信機とはちがう。もっと短い電波に感ずる特別の受信機じゃ。これはエフ氏の身体の中に、とりつけてある。どうだ、おどろいたか」
「なるほど。そうして、相手の心の中がわかれば、それに従って返事をしたり、握手したり、一しょに歩いたりすることができる」
 ああ、なるほど、そういっているときだった。室内にあったラジオの受信機が、いきなり臨時ニュースをしゃべりだした。
「東海道線が不通となりました。保土ヶ谷のトンネルが爆破されました。例の怪少年が、この事件に関係しているようです。現場げんじょう一帯は大警戒中ですが、戦場のようなさわぎが始まっています」
 博士と帆村は、思わず目と目とを見あわせた。

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