暴れる人造人間
「うおーっ」 と、ものすごい唸りごえをあげて、人造人間エフ氏は、部屋の中をあばれまわる。姿だけ見ると、それはまるで正太少年があばれているとしか見えなかった。エフ氏のそのときの顔といえば、そのものすごい唸りごえに似合わず、にこにこ笑っていた。にこにこ笑いながら、ものすごい唸りごえをあげて、手あたり次第、壁をつきこわしていくのである。これは、ものすごい顔をして、あばれられるのとちがい、かえってよけいに気味がわるかったと、後に帆村探偵が、そのときのことを思いだして、語ったことであった。帆村と正太少年とは、壁の隅っこに小さくなって、人造人間が、こっちへやってこないことを祈っていた。でも、あまりに、そのあばれ方が、はげしくなるので正太はついに、帆村のそばへすりよった。 「帆村さん、大丈夫?」 「うん、たいてい大丈夫だろう」 帆村探偵のこえは、おちついていた。そのこえをきくと、正太は、急に気がつよくなった。 「帆村さん。エフ氏は、なぜあばれているんですか」 「さあ、よくは分らないが、さっきエフ氏を動かす器械を下におとしたろう。あのとき、その器械のどこかがこわれてしまったので、それでエフ氏が急にあばれだしたんだと思うよ」 帆村探偵は、このさわぎの中にも、なかなか頭をはたらかせた。正太は、それをきいて、また恐しくなった。 「じゃあ、エフ氏は、気が変になったわけですね。もし僕が気が変になったら、あんな姿であばれるんだと思うと、いやだなあ」と、正太は、心がくらくなった。 「ああもっともだ」と、帆村は相槌を打って、「あんなものは、見ない方がいいよ。君は、頭をさげて、じっと見ないでいたまえ」と、帆村は正太の頭を抱えてやった。 人造人間エフ氏は、ますますものすごくあばれる。土をとばし、石塊をとばし、まるで闘牛が穀物倉のなかであばれているようであった。イワノフ博士は、どうしたであろうか。 博士は、向うの部屋で、これも背中を丸めて、じっとこっちの様子を見守っている。 「あっ、たいへんだ。こうでもなければ、これをこう動かしてみるか」 よく見ると、博士は、人造人間の操縦機を前において、しきりに、たくさんのスイッチを切ったり入れたりしているのであった。たしかに、どこかが故障らしく、博士の思うようにはうまくいかないので、よわっているのだった。 「ちぇっ、これでもだめだ。仕方がない。この操縦器を一度分解して、なおすより外ないらしい」 博士は、もう夢中で、額の汗をはらいながら、ネジ廻しをもち出して、操縦器の分解にかかった。そのとき、博士の持つネジ廻しが、どこにふれたものか、ぱっと火花が出た。 「あっ」と、イワノフ博士がおどろきのこえをあげたとき、今まで監禁室であばれていた人造人間は、くるっとむきをかえて、博士の部屋にとびこんできた。 「あっ、あぶない!」 と、博士のおどろきのこえが終るか終らないうちに、人造人間エフ氏は、まるで砲弾のような速さでもって、天井へ向けてとびあがった。どーんとすごい音、そしてばらばらとおちてくる土や石塊。それっきり人造人間エフ氏の姿は、見えなくなってしまった。 人造人間エフ氏は、どうしたのであろうか。いまエフ氏は、真暗な空を、ひゅーっとうなりごえをあげながら、砲弾のように、東の方にむかってとんでいく。 そして、どうしたのか、ときどき身体がぱっと気味わるく光った。光るたびに、エフ氏の身体は空中でぐるぐる廻転して、まるで人間花火みたいであった。エフ氏の身体は、だんだんと、空高くのぼっていくように思われた。その当時、あれ模様の空からは、急にはげしい風が吹きはじめたが、それはエフ氏が風の神に早がわりをしたかのように思われた。 エフ氏は、はげしいいきおいで、空をとんでいく、夜中だから、まだいいようなものの、もしもこれが昼間であったとしたら、道ゆく人たちは、空を飛ぶ少年姿のエフ氏を仰いでさぞ胆をつぶしたことであろう。きっと、百人や二百人は、目をまわすものがでてきたことであろう。
岩窟の押し問答
岩窟の中では、帆村と正太の二人が、元気をもりかえした。エフ氏がとびだしたので、イワノフ博士は、すっかりあわてている。そこをねらって、帆村と正太とは、右と左とから、博士をおさえつけたのだった。 「さあ、イワノフ博士。しずかになさい」 「あっ、わしをおさえて、一体どうしようというのか」 「知れたことです。人造人間を日本へもちこんだあなたの悪い仕業を、どうしてこのままゆるしておけるものですか」と帆村は、博士ににげられないように、その手に、縄をかけた。 「おや、これはなにをするのかね」博士は、じろりと、帆村をにらんだ。 「お気の毒ですが、こうなっては、どうもやむを得ません。あなたに逃げられると、またとんでもないさわぎをくりかえさなければなりませんのでね」 帆村は、はっきりと博士に対して、引導をわたした。 「ぶ、無礼な奴じゃ。だが今にみるがいい。貴様の方で、どうぞこの縄をとかせてくれという時がくるだろうよ」と、イワノフ博士は、ぶつぶついいながら怒っている。 帆村は、そんなおどかしの手には乗らない。そこで正太少年に目くばせして、博士のうしろから気をつけているようにたのんだ。帆村は、ここでイワノフ博士に、人造人間の秘密を早くいわせるつもりだった。 「博士。あなたは、人造人間エフ氏を日本へ連れこんで、どうするつもりだったのですか」 「ははあ、そろそろ取調べがはじまったというわけだな。そんなことは、そっちで考えてみたらいいだろう」博士は、ふてぶてしく、顔を天井の方にむけていった。 「博士、返事ができないようですね。いや、その返事は、あとで聞くことにしましょう」と、帆村は、イワノフ博士の様子をじっとうかがいながら、「博士。あなたは、人造人間エフ氏を、この電波操縦器でもって、いつも動かしていたのでしょう。人造人間は、いわば自動車のようなもので、運転手がのって、エンジンをかけ、そしてハンドルをとると動くので、自動車ひとりでは動かない。それと同じように、エフ氏も、エフ氏ひとりでは動かない。博士が、この操縦器についているたくさんのスイッチを、うまい工合に入れたり切ったりしないかぎり、エフ氏は動かないでしょう。どうです、それにちがいありますまい」 帆村は、するどく、人造人間の秘密に切りこんだ。 「はははは、そこまで分っていれば、なにもわしに聞くことはないじゃないか。どうじゃ、日本には、人造人間などというこんなりっぱな器械があるかね。いや、ありますよといっても、世界中の誰も信用しないであろう」 と、博士は、いやなことをいう。帆村は、それには一向とりあわず、さらに一歩前に出て、 「ねえ博士。そこで僕は一つ、あなたに御注意をしますが、どうも、あの人造人間エフ氏は、あなたの自由にならなくなっているように思うんですがね。つまり、エフ氏は、勝手に動きだしているように思うんです。これは、御心配なさらなくてもいいのですか」 帆村の質問は、たしかに博士の痛いところをついたようであった。それまで、いばって胸をはっていたイワノフ博士が、帆村のこの質問をきくと、急にあわてだした。 ここぞと、帆村はまたするどく、言葉でもって切りこんだ。 「どうです、博士。人造人間エフ氏は、あなたの心にそむいて、こんなに壁に穴をあけ天井をつきぬき、そのうえどこかへとびだしました。まさか、あなたは、エフ氏に対し、博士が苦心してつくったこの岩窟を、こんな風にこわせとは、命令されなかったのでしょうにねえ」 「うむ。それは……」 「博士。エフ氏を、このまま放っておいて、それでさしつかえないのですか。エフ氏に勝手なことをさせておいていいのですか。もしやエフ氏が、海の中へとびこんだとしたらどうでしょう。たちまち海水が、身体の中の器械をぬらしてしまって、動かなくなるでしょう、そうなれば、折角の人造人間が、だめになってしまいます」 「海水ぐらいは平気じゃ。いや、これは……」 と、口をおさえたが、この博士の言葉から考えると、人造人間は、水にぬれても大丈夫のようにできあがっているらしい。どこまでもよくできた人造人間だった。
人造人間の操縦
博士は、急に、そわそわしはじめた。立ってもすわってもいられない様子だ。帆村探偵は、正太の方に、目配せをした。 正太は、帆村の顔色を察して、だまって、うんうんとうなずいた。 「ねえ、博士。人造人間が、こわれないうちに、この操縦器をつかって、おとなしく呼びもどしておいたがいいでしょう」 「うん、それはそうだが、わしの手は動かない。この縄をといてくれ」 「はははは。あなたの方でといてくれといいだしましたね。しかし、とくことはなりません」 「なぜとかないのか。とかないと、人造人間は大あばれにあばれて、今に、日本の国民全体が、大後悔しても、どうにもならんような一大事がおこるが、それでもいいのじゃな」 「博士、おどかしは、もうよしてください」と帆村はひややかにいい放った。 「なるほど、あなたの手は動きません。しかし口は利けるのですから、口でいってください。僕がそのとおりに、操縦器のスイッチを切ったり入れたりしましょう」 「ははあ、分った。貴様、人造人間の操縦法を、わしから聞きだそうというのじゃな」 「そうです。早くいえば、そうです」 博士は、しばらく考えこんでいた。が、やがてその面上には、決心の色がうかんできた。 「仕方がない。わしの知っていることを、君におしえてやろう」 博士の考えが、たいへん変った。帆村に、人造人間の動かし方をおしえるという。そういう博士の心変りの奥に、どんなおそろしい計略があるのか、決して油断はできなかったが、とにかく今、人造人間エフ氏があばれ出しているのだから、博士としてはとりあえず帆村の力を利用してでも、エフ氏を自分の手許にとりもどしたい気持であることは、よくわかった。 「さあ、おしえるから、よくおぼえるのだ、いいかね。この主幹スイッチをおすと、電波が出て、エフ氏の身体の中にある受信機に感じるのだ」 「なるほど」 「そうしておいて、こっちに一から百まであるスイッチのどれかをおすのだ。このスイッチは、いろいろと、ちがった動作をするようにできている。わしのポケットに、それを説明した虎の巻があるから、出してみたまえ」イワノフ博士は、身体をねじってポケットを帆村の方に向けた。この中には、なるほど操縦虎の巻と書いた小さな本があった。 「どうだ。よくできているじゃろう。たとえば第十九番のスイッチを入れると、人造人間エフ氏は、相手の心の中をすっかり知ってしまう」 博士は、たいへんなことをいいだした。人間の心がわかる仕掛があるというのだ。 「イワノフ博士。相手の心の中がわかるなんて、そんなばかばかしいことができるのですか」 「ふん、そんなことにおどろくような頭脳じゃから、日本では、科学の発達がおくれているというのだ」と、博士は軽蔑の色をみせて、「人間が物を考えるということは、脳髄の働きだということになっているが、その脳髄の働きというのは、じつはやはり電気の作用なのだ。そしてラジオと同じように、或る短い電波となって、人間の身体の外へも出てくる。電波が出てくるんだから、それをつかまえることは、やはり受信機さえあれば、できることじゃ。もちろん、ラジオの受信機とはちがう。もっと短い電波に感ずる特別の受信機じゃ。これはエフ氏の身体の中に、とりつけてある。どうだ、おどろいたか」 「なるほど。そうして、相手の心の中がわかれば、それに従って返事をしたり、握手したり、一しょに歩いたりすることができる」 ああ、なるほど、そういっているときだった。室内にあったラジオの受信機が、いきなり臨時ニュースを喋りだした。 「東海道線が不通となりました。保土ヶ谷のトンネルが爆破されました。例の怪少年が、この事件に関係しているようです。現場一帯は大警戒中ですが、戦場のようなさわぎが始まっています」 博士と帆村は、思わず目と目とを見あわせた。
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