正太の心配
正太は船をおりた。船のなかで、行方不明になった妹マリ子のことが心配でたまらない。警察署へいって、このことを話すと、さっそくさがしてくれることになった。 だが、正太には、警察のさがしかたが、なんだかたいへん頼りなくおもわれた。マリ子は、一体どこへいったのであろうか。正太はあてもなく敦賀の町をさまよってマリ子をさがしてあるいたが、なんの手がかりもなく三日の日がすぎた。 船長は、たいへん気の毒がって、このうえは東京へいって、誰かいい探偵をたのむのがいいだろうとおしえてくれた。そして船長は、自分の名刺をつかって、紹介状をかいてくれたのであった。宛名を見ると、「帆村荘六どの」としてあった。 帆村荘六? どこかで聞いたような名前だった。船長は正太をなぐさめながら、この帆村探偵は若い理学士だが、なかなかえらい男だから、きっとマリ子をさがしだすだろうと、正太に力をつけてくれた。そこで正太は、やっとすこし元気づいて、なごりおしくも敦賀の町をあとに、東京へむかったのであった。それはウラル丸が敦賀の港について五日目のことだった。 ここで話は一日前にさかのぼる。場所は、東京九段の戦勝展覧会場の中であった。朝早くから、会場の門はひらかれていた。お昼からは、見物人でたいへん混んだが、さすがに朝のうちは、すいていた。 その朝、番人はなんにもあやしまないで、入場をさせたが、正太やウラル丸の船長や、それから敦賀警察署の警官たちに見せると、かならず「あっ」と叫ばずにはいられないようなあやしい二人づれの入場者があった。 その二人づれとは、一人は上品な少年、もう一人はその妹と見えるかわいい少女であった。いや、もっとはっきりいうと、その少年は、正太そっくりの顔をしていたし、その少女は、正太の妹のマリ子そっくりであった。二人は仲よく手をつないで、会場にならんでいる、分捕の中国兵器やソ連兵器を、ていねいに見てまわった。 「かわいい坊っちゃんにお嬢さん。こんな早くから見に来て、かんしんですね」 会場のあちこちに立っている番人が、いいあわしたように、二人にこんな風に話しかけた。 二人は、それをきいて、にっこりと笑うのであった。やがてこの正太とマリ子に似た二人づれは、この展覧会で一等呼び物になっているソ連から分捕った新型戦車の前に来た。 正太に似た少年は、その前にずかずかとよると、まるで匂いをかぎでもするように、戦車に顔をすりよせた。それからというものは、正太に似た少年の様子がへんになった。 ちょうどそのとき、二人のあとから入って来た村長らしい見物人を、わざとさきへやりすごすと、正太に似た少年は、俄かに目をぎょろつかせ、あたりに気をくばった。マリ子は、人形のように、じっと室の隅に立っていた。ぱちぱちぱちと、とつぜんはげしい音がきこえた。見ると、その呼び物のソ連の新型戦車が火をふいているのであった。よく見ると戦車は真赤に熟しつつ、どろどろと形が熔けてゆくのだ。そして、その前には、正太に似た少年が、大口をあいて、はあはあ息をはきかけている。その息が戦車にあたると、戦車はどろどろと飴のように熔けてゆくのであった。 なんというあやしい少年のふるまいであろう。それは人間業とはおもわれない。一体彼は何者であろうか。
燃える戦車
「おう、たいへんだ。戦車が燃えている。いやどろどろに熔けている、おい、みんな早くこい」 「何だ。火事か。えっ、鋼鉄づくりの戦車がひとりで焼けている?」 展覧会場は、たちまち大さわぎになってしまった。警官隊がトラックでのりこんでくる。サイレンを鳴らして、消防自動車がとびこんでくる。たんへんなさわぎだ。このさわぎが始まると、二人の少年少女はいちはやく会場の外へにげだした。そしてどこかへいってしまった。 ホースをもって、消防手がのりこんでくると、そのとけくずれた戦車をしきりにのぞきこんでいる髭だらけの老人紳士があった。 「うふふふ、これはすごいことになったぞ。三センチもある鉄板が、ボール紙を水につけたようにとけてしまった。とてもおそろしい力だ」 「おい邪魔だ。おじいさん、あっちへどいてくれ。水がかかるよ」 「なあに、水をかけることはないよ。もう火はおさまっている。戦車がとけて、鉄の塊になっただけでおさまったよ。はははは」 老紳士は、声たからかに笑って、消防士においたてられて立ちさった。その老人紳士は誰あろう、ウラル丸でさかんにさわいでいた老人だった。自分の全財産をつんだウラル丸が沈没するというので、船長にくってかかったあの老人であった。 戦車どろどろ事件は、その筋をたいへんおどろかしもし、困らせもした。大事の分捕品が形がなくなったことも大困りだが、なぜどろどろにとけくずれたか、そのわけがわからないのだ。番人たちは、憲兵隊の手できびしくしらべられた。だが彼等も、本当のことはなに一つ知っていなかった。狐に化かされたようだというのが、そのしらべのしめくくりであった。まさかあのかわいい少年少女が、おそろしい犯人だと、気がついた者はない。それから二日おくれて、正太少年は、ひとりさびしく汽車にゆられて東京についた。 少年は、なにをおいても、郊外にある家へかえって、病床にある母にあいたかった。しかし本当のことをいったら、母はどんなに心配するかもしれない。母にはすまないが、マリ子は船の中で病気になり、敦賀の病院に入っていることにしておこうと決心をした。その正太が、東京郊外の武蔵野に省線電車をおり、それから砂ほこりの立つ道を、ひとりぽくぽく家の方へ歩いているときだった。彼は母にあってよどみなくいうべき言葉を、あれやこれやと考えながら歩いていたので、ついぼんやりしていたらしい。それが、ふと目をあげて、向こうにつづくひろびろとした畑道をながめたとき、彼は意外なものを見つけて、おもわず「あっ」とおどろきの声をあげた。 「あっ、あれはマリ子じゃないか」 二百メートル先の向こうの畑道を、二人の少年少女が、手をひいて歩いていく。その少女のうしろ姿を見たとき、正太はそれが妹のマリ子だといいあてたのだった。なぜといって、その少女は、船の中にいたときのマリ子の服と同じ服を着ていた。赤い帽子も同じであった。おかっぱの頭の恰好や歩きぶりまで、たしかにマリ子にちがいなかった。 「おーいマリ子」 正太は、マリ子が誰と歩いているのかを考えるひまもなく、うしろからよびかけた。すると二人は、一しょにくるっと正太の方をふりかえった。そのとき正太は、おそろしいものを見た。 妹マリ子のそばに立っている連れの少年の顔は、なんとふしぎにも、自分そっくりの顔をしているではないか。こうもよく似た顔の少年があったものだ。 「おーい、君は誰だ」 正太が声をかけると、かの正太そっくりの少年は、いきなりマリ子を背に負い、後をふりかえりながら、どんどん逃げだした。その足の早いことといったら、韋駄天のようだ。 「おーい、待て。マリ子、お待ちよ」 正太は、二人のあとをおいかけた。畑道をかけくだってゆくと、郊外電車の踏切があった。マリ子を背負った怪少年は、踏切をとぶように越していった。正太はあと五十メートルだ。 そのとき意地わるく、踏切の腕木が下がった。そしてじゃんじゃんベルが鳴りだした。急行電車がやってきたのだ。正太が踏切のところまでかけつけたときは、もうどうにもならなかった。番人は、それとさとって、腕木の下をいまにもくぐりそうな正太をぐっとにらみつけた。 「あぶないあぶない。入っちゃ生命がない!」
怪少年出没
おしいところで、正太は妹と怪少年においつけないで終った。踏切の腕木があがったあとは妹を背負った怪少年の姿はもう小さくなっていた。 それでも正太は、ここで妹をとりかえさねばいつとりかえせるやらわからないと一生懸命においかけたがもうすでにおそかった。やがて二人の姿は、村の家ごみの中に消えてしまった。 「ああざんねんだ。とうとうのがしてしまった」 正太は、道のうえに坐って、おちる涙を拳でふいていた。 怪少年が、マリ子をさらっていったのだった。あの怪少年は、一体何者だろうか。それにしてもマリ子の様子が、ふにおちない。兄が声をかけたのだから、「ああ兄ちゃん」とかなんとかいって、こっちへかけだして来そうなものだ。しかしじっさいは、妹はこっちをみても知らん顔をしていた。じつにふしぎだ。ただ一つ、正太の心をなぐさめたものは、敦賀で見うしなった妹マリ子が、いつの間にか東京へ来ていたことである。マリ子が東京にいるならそのうちにまたどこかで会えるかもしれないと、正太ははかないのぞみをつないだ。正太は、その足で、久方ぶりにわが家の門をくぐった。 病床の母は、おもいのほか元気だった。この分なら近いうちに起きあがれるかもしれないということであった。しかし母はマリ子の病気のことをきくとたいへん心配して、正太にいろいろとききただした。正太はつくりごとをはなしているので、母親からあまりいろいろきかれると、返事につまった。 「お母さん、マリ子は、はしかのような病気です、大したことはありません。ただ他の人にうつるとわるいから、あと一ヶ月ぐらい入院していなければならないのです」 そういって正太は、母親をなぐさめた。それをきいて母親はやっと顔いろを和たのだった。 帆村探偵の事務所は、丸の内にあった。ウラル丸の船長からもらった紹介状を出すと、帆村はすぐ会ってくれた。 この探偵は、背が高くて、やせぎすの青年だった。茶色の眼鏡をかけ、スポーツ服を着ていた。しきりに煙草をぷかぷかふかしながら、正太の話をきいていたが、たいへん熱心にみえた。 「よくわかりました、正太さん」 と帆村探偵は、たのもしげにうなずいて、 「とにかく全力をあげて、マリ子さんの行方をさがしてみましょう。しかしですね、正太君、いまお話をきいて僕がたいへん面白く感じたことは、あなたの見た怪しい二人づれの少年少女と、昨日九段に陳列してあったソ連戦車をどろどろに熔かした怪事件がありましたが、そのときあのへんをうろついていたやはり二人づれの怪少年少女があるのですが、どっちも同じ人物らしいことです。これはなかなか、手のこんだ事件のように思われますよ」 「戦車事件は、新聞でちょっと読みましたが、たいへんな事件ですね。しかし、妹のマリ子が、あのようなおそろしい事件にかかわりあっているとは、僕にはおもわれないのですが――」 「もちろん、マリ子さんにはなんの罪もないのでしょう。マリ子さんと一しょにとびまわっている少年、つまり正太君のにせ者が、いつも先にたってわるいことをしているのにちがいありません。その少年をひっとらえて、あなたと一しょに並べると、これはまたおもしろいだろうとおもいます。じつは、そのことについては、私にもいささか心あたりがあるのです」 「心あたりというと、どんなことでしょう」 「それがねえ――」と帆村探偵は、ちょっと言葉をとめて「いって、いいかわるいか、わからないが、どうもちかごろ怪しい外国人が入ってきて、すきがあれば日本の工場をぶっつぶしたり、軍隊の行動を邪魔したりしようと思っている。ゆだんはならないのです。ことに……」 といっているとき、扉があいて、帆村の助手の大辻がつかつかとはいってきた。 「先生、いまラジオが臨時ニュースを放送しています。横須賀のちかくにある火薬庫が大爆発したそうです」
爆発現場
火薬庫が大爆発をしたというしらせだ。帆村探偵は、椅子からたちあがった。 「正太君。いまおききになったように、火薬庫が爆発したそうですが、私はすこし心あたりがあるから、これからすぐそっちへいってみます。君も一しょについてきませんか」 帆村探偵にいわれ、正太ももちろん尻ごみをするような弱虫ではなかった。 「ええ、僕はどこへでもついてゆきますよ。ですけれどねえ、探偵さん、マリ子を何時とりかえしてくれますか」 「さあ、それはまだはっきりうけあいかねるが、私の考えでは、この火薬庫の爆発事件も、なにか君の妹さんと関係があるような気がしますよ。とにかく爆発現場へいってみれば、わかることです」 「じゃあ、これからすぐいきましょう」 「よろしい。おい大辻、三人ですぐでかけるが、用意はいいか」 「はい、用意はできています。そんなことだろうと思って、私は車を玄関につけておくように命じておきました」 帆村と正太と大辻の三人は、玄関に出た。自動車はちゃんとそこに待っていた。大辻が運転をした。三人はとぶように京浜国道をとばして現場へ急行した。一時間も走ったころ、山かげを廻った。すると運転台の大辻が、 「ああ先生、あそこですよ。たいへんな煙がでています」 と、前をゆびさした。なるほど、まっ黒な煙が、もうもうとふきだしている。 「そうだ。あそこにちがいない。おい大辻、全速力ですっとばせ!」 帆村探偵の命令で、なお全速力で、現場に近づくにしたがって、爆発のため破壊された家や塀の惨状が、三人の目をおどろかせた。現場ちかくで頤紐かけた警官隊に停車を命ぜられた。 「おいおい、ここから中へはいってはいけない」 三人は車をおりた。帆村が口をきくと、非常線を通してくれた。三人は、地上に大蛇のようにはっている水道のホースのうえをとびこえながら、なおも奥の方へすすんだ。 「おい、そっちいっちゃ、あぶない。そっちには、まだ爆発していない火薬庫があるんだ」 そういって一人の警部が、帆村たちにこえをかけたが、急に気がついたという風に、 「おう、帆村君か。君もやってきたのか」 と、帆村に話しかけた。帆村がその方を見ると、それは彼と親しい警部だった。 「やあ、河原警部さんじゃありませんか。どうもご苦労さまです。一体どうして爆発がおこったんですか」 「そのことだよ」と河原警部は首をかしげて「どうも原因がわからなくて困っているのだ。君もなにか気がついたら、参考にきかせてくれたまえ」 帆村探偵はたのもしげにうなずくと、すぐさま一つたずねた。 「爆発の前に、少年と少女が現場附近をうろついていたというようなしらせはありませんか」 「少年と少女とがうろついていなかったかというのかね。はてな、そういえば誰かがそんなことをいっていたよ。その少年と少女とが、どうかしたのかね」 「その少年が、どうも怪しいんですよ。あれはただの人間じゃありませんよ」 「えっ、人間じゃない」河原警部はふしぎそうな顔をして、 「人間じゃなければ、何だというのかね。まさか化物だというのではないだろうね」 帆村探偵は、なんとこたえたろうか。
人造人間か、人間か
「警部さん、あの怪少年は、一種の化物ですよ」 帆村探偵は、大まじめでいった。 「化物の一種だとすると、狸かね狐かね。はははは、そんなばかばかしいことが……」 「警部さん。その怪少年というのは、ここにいる私の連れの正太君そっくりの身体、そしてそっくりの顔をしているのですよ」 「なんだ、この少年と似ているのか。ふーん、じゃ、あの化け物もかわいい少年なんだね」 「そうです。似ているというよりも、双生児のように、いやそれよりも写真のようにといった方がいいでしょうが、この正太君そっくりなんです」 「なんだ双生児なのか」 「いや、双生児のようによく似ているというはなしです。それがたいへんおかしい。だから私は、こう考えているのです。あの怪少年は、人造人間にちがいない」 「えっ、人造人間? はははは、君はますますへんなことをいうね」 「いやじつは、さっき正太君から聞いた話で思いあたったのですが、あの怪少年こそ、ウラジオの人造人間研究家のイワノフ博士がこしらえた人造人間エフ氏じゃないかと思うのです。これはこれからのち、よくしらべてみないとわかりませんけれど」 「人造人間エフ氏!」 「いよいよこれはなんだかわからなくなった」 そういっているとき、さっきから二人の傍に立って爆発現場を見まわしていた正太少年は、いきなり大きなこえをはりあげ、 「あっ、あそこに大木老人がいる。僕ちょっといって、大木老人にあってきます」 それをきいた帆村は、正太の指さしている方を見た。なるほど髭だらけの眼鏡をかけた老人が、なんの用事があってか、壊れた火薬庫のあとをうろついている。 「ちょっとお待ち、正太君。あの老人にあうのは、ちょっと待って下さい」 「なぜ大木老人にあってはいけないのですか。あの老人は、僕にもマリ子にもたいへん親切だったんですよ、さっき、僕が帆村さんにくわしくお話したでしょう」 「それはわかっています。それだから、ちょっと待ってくださいと、とめたんです」といって帆村は正太の顔をじっと見て、 「ねえ正太君。私はあの老人を一番あやしいと睨んでいたのですよ。なんだってあの老人は、怪少年があらわれると、いつでもかならずそのあとに姿をあらわすのでしょうか」 「僕、大木老人はいい人だと思うがなあ。船の中でも、僕のことをたいへんかばってくれましたよ。あのとき僕は、もうすこしで船の中の牢屋にいれられるところだったんです。そのとき大木老人がきてくれて、僕が無罪だということをさかんにいってくれたんです。だから僕は、牢にも入らないで、船の中をずっと自由に歩きまわることができたくらいなんですよ」 「それがどうもあやしい」 「あれ、どうしてです。僕を助けてくれた人があやしいとは、わけがわかりませんよ」 「いや、いまによく分るでしょう。私には、大木老人となのるあの怪人物が、なにをもくろんでいたか、分るような気がするのです。正太君、いま僕のいった言葉を忘れないように」 「どうもへんだあ」 正太は、帆村探偵のいったことが、なかなかのみこめなかった。探偵は、大木老人を何者だと考えているのだろうか。
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