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吉原新話(よしわらしんわ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:57:55 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       二十

「その癖かどの戸はしまっている。土間が狭いから、下駄が一杯、ステッキ洋傘こうもりも一束。大勢あんまひまだから、歩行出あるきだしたように、もぞりもぞりと籐表とうおもての目や鼻緒なんぞ、むくむく動く。
 この人数が、二階に立籠たてこもる、と思うのに、そのまたしずかさといったら無い。
 お組がその儀は心得た、という顔で、
(後で閉めたんでございますがね、三輪みいちゃん、お才はんが粗々そそかしく、はあ、)
 と私達を見て莞爾にっこりしながら、
(駆出してきなすった、直き後でございますよ。入違いぐらいに、お年寄が一人、そのすみッこから、扁平ひらべったいような顔を出してのぞいたんでございますよ。
 何でも、そこで、おかみさんに聞いて来た、とそう言いなすったようでしたっけ……すたすた二階へおあがりでございました。)
 さ、耳のうといというものは。
(どこの人よ、)
 とお三輪が擦寄って、急込せきこんで聞く。
(どこのお婆さんですか。)
(お婆さんなの、ちょいと……)
 私たちがたずねたいこころは、お三輪もよく知っている。くらがり坂以来、気になるそれが、じじともばばとも判別みわけが着かんじゃないか。
(でしょうよ、はあ、……余程よっぽど年紀としですから。)
(いいえさ、年寄だってね、お爺さんもお婆さんもありますッさ。)
(それがね、それですがね三輪ちゃん。)
 とかぶりって、
(どっちだかよく分りません。せいの低い、色の黄色あおい、突張つっぱった、硝子ビイドロで張ったように照々てらてらした、つやい、その癖、随分よぼよぼして……はあ、手拭てぬぐいを畳んで、べったりかぶって。)
 女たちは、お三輪と顔を見合わせた。
(それですが、どうかしましたか。)
(どうもこうもなくってよ……)とお三輪はなさけない声を出す。
不可いけませんでしたかねえ。私はやっぱり会にいらしった方か、と思って。)
 ……成程な、」
 と民弥は言い掛けて苦笑した。
「会へいらしったには相違は無い。
(今時分来る人があって、お組さん。もう二時半だわ。)
(ですがね、この土地ですし……ちょいと、御散歩にでもお出掛けなすったのが、帰って見えたかとも思いましたしさ……おばけの話をする、老人としよりは居ないかッて、誰方どなたかお才はんに話しをしておいでだったし、どこか呼ばれて来たのかとも、後でね、考えた事ですよ。いえね、そんな汚い服装なりじゃありません。茶がかった鼠色の、何ですか無地もので、しわのないのを着てでした。
 けれども、顔で覗いてその土間へお入んさすった時は、背後うしろ向きでね、草履でしょう、穿物はきものを脱いだのを、突然いきなり懐中ふところへお入れなさるから、もし、ッて留めたんですが、聞かぬふりで、そして何です、そのまんま後びっしゃりに、ずるッかずるッかそこを通って、)
 と言われた時は、揃って畳の膝をらした。
(この階子段はしごだんの下から、向直ってのっそりのっそり、何だか不躾ぶしつけらしい、きっと田舎のお婆さんだろうと思いました。いけ強情な、意地の悪い、高慢なねえ、その癖しょなしょなして、どうでしょう、可恐おそろし裾長すそながで、……へ引摺るんでございましょうよ。
 裾端折すそはしょりを、ぐるりと揚げて、ちょいと帯の処へ挟んだんですがねえ、何ですか、大きな尻尾をいたような、変な、それは様子なんです。……
 おや、無面目むめんもくだよ、人の内へ、穿物はきものを懐へ入れて、裾端折のまんま、まあ、随分なのが御連中の中に、とそう思っていたんですがね、へい、まぐれものなんでございますかい。)
 わなわな震えて聞いていたっけ、たまらなくなった、と見えてお三輪は私にすがり着いた。
 いや、お前も、可恐おっかながる事は無い。……
 もう、そこまでになると、さすがにものの分った姉さんたちだ、お蘭さんもお種さんも、言合わせたように。私にも分った。言出して見ると皆同一おんなじ。」……

       二十一

「茶番さ。」
「まあ!」
「誰か趣向をしたんだね、……もっとも、昨夜ゆうべの会は、最初から百物語に、白装束や打散ぶっちらしがみで人をおどかすのは大人気無い、にしよう。――それで、電燈でんきだって消さないつもりでいたんだから。
 けれども、その、しないという約束の裏をくのも趣向だろう。集った中にや、随分娑婆気しゃばっけなのも少くない。きっと誰かが言合わせて、人を頼んだか、それとも自から化けたか、暗い中からそっ摺抜すりぬける事は出来たんだ。……夜は更けたし、潮時を見計らって、……たしかにそれに相違無い。
 トそういう自分が、事に因ると、茶番の合棒あいぼう発頭人ほっとうにんと思われているかも知れん。先刻さっき入ったという怪しい婆々ばばあが、今現に二階に居て、はたでもその姿を見たものがあるとすれば……似たようなものの事を私が話したんだから。
(誰かの悪戯いたずらです。)
(きっとそう、)
 と婦人おんなだちも納得した。たちまち雲霧が晴れたように、心持もさっぱりしたろう、急に眠気ねむけれたような気がした、勇気は一倍。
 しからん。鳥の羽におびやかされた、と一の谷に遁込にげこんだが、はかままじりに鵯越ひよどりごえを逆寄さかよせに盛返す……となると、お才さんはまだ帰らなかった。お三輪も、こわいには二階が恐い、が、そのまま耳のうといのと差対さしむかいじゃなお遣切やりきれなかったか、またたもとが重くなって、附着くッついてあがります。
 それでも、やっぱり、物干の窓の前は、私はじめ悚然ぞっとしたっけ。
 ばたばたとせわしそうにみんな坐った、もとの処へ。
 で、思い思いではあるけれども、各自めいめい暗がりの中を、こう、……不気味も、好事ものずきも、負けない気もまじって、その婆々ばばあだか、爺々じじいだか、稀有けぶやつは、と透かした。が居ない……」
 梅次が、確めるように調子をおさえて、
「居ないの、」
「まあ、お待ち、」
 と腕を組んで、胡坐あぐらを直して、伸上って一呼吸ひといきした。
「そこで、連中は、と見ると、いやもう散々の為体ていたらく。時間が時間だから、ぐったり疲切って、向うの縁側へ摺出ずりだして、欄干てすりひじを懸けて、夜風に当っているのなどは、まだたしかな分で。突臥つっぷしたんだの、俯向うつむいたんだの、壁で頭を冷してるのもあれば、煙管きせるで額へ突支棒つっかいぼうをして、畳へ※(「足へん+倍のつくり」、第3水準1-92-37)めったようなのもある。……夜汽車が更けて美濃みの近江おうみ国境くにざかい寝覚ねざめの里とでもいう処を、ぐらぐらゆすってくようで、例の、大きな腹だの、せた肩だの、帯だの、胸だの、ばらばらになったのが遠灯とおあかりで、むらむらと一面に浮いてただよう。
(佐川さん、)
 とささやくように、……幹事だけに、まだしっかりしていた沢岡でね。やっぱり私の隣りに坐ったのが、
(妙なものをお目に懸けます。)
(え、)
 それ、婆々か、と思うとそうじゃ無い。
(縁側の真中まんなかの――あの柱に、凭懸よりかかったのは太田(西洋画家)さんですがね、横顔を御覧なさい、頬がげっそりして面長おもながで、心持、目許めもと、ね、第一、髪が房々と真黒まっくろに、生際はえぎわが濃く……あかりの映る加減でしょう……どう見ても婦人おんなでしょう。婦人おんなも、産後か、病上やみあがりてった、あの、すご蒼白あおじろさは、どうです。
 もう一人、)
 と私の脇の下へ、頭を突込つっこむようにして、附着くッついて、低く透かして、
(あれ、ね、床の間の柱に、仰向けにもたれた方は水島(劇評家)さんです。フト口をきか何か、寝顔はというたしなみで、額から顔へ、ぺらりと真白まっしろ手巾ハンケチを懸けなすった……目鼻も口も何にも無い、のっぺらぽう……え、百物語に魔がすって聞いたが、こんな事を言うんですぜ。)
 ところが、そんなので無いのが、いつかし掛けているので気になる……」

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