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吉原新話(よしわらしんわ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:57:55 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       四

 連中には新聞記者もまじったり、文学者、美術家、彫刻家、音楽家、――またそうした商人あきんどもあり、久しく美学を研究して、近頃欧洲から帰朝した、子爵ししゃくが一人。女性にょしょうというのも、世に聞えて、……うちのお三輪は、婦人何々などの雑誌で、写真も見れば、名も読んで知った方。
 で、こんな場所は、何の見物にも、つい足踏あしぶみをした事の無いのが多い。が、その人たちも、誰も会場が吉原というのをいとわず、中にはかえって土地に興味おもしろみを持って、到着帳にいたのもある。
「吉野橋で電車を下りますまでは無事だったんですよ。」
 とそれについて婦人の一人、浜谷蘭子はまやらんこが言出すと、可恐おそろしく気の早いのが居て、
「ええ、何か出ましたかな。」
「まさか、」
 と手巾ハンケチをちょっと口に当てて、まぶたをほんのりと笑顔になって、
「おばけ貴下あなた、わざわざ迎いに出はしませんよ。方角が分りませんもの。……交番がござんしたから、――伺いますが、水道尻はどう参りましょうかって聞いたんです。巡査おまわりさんが真面目まじめな顔をして、
(水道はその四角よつかどの処にあります。)って丁寧に教えられて、困ったんです。」
「水を飲みたくって、それで尋ねたんだと思ったんでしょうよ。」とそのつれだったもう一人の、明座種子あかざたねこが意気な姿で、そして膝に手をきちんとして言う。
「私もはじめてです。両側はそれでもに描いたようですな。」と岩木という洋画家が応じた。
「御同然で、私はそれでも、首尾よく間違えずに来たですよ。北廓ほっかくだというから、何でも北へ北へと見当を着けるつもりで、宅から磁石を用意に及んだものです。」と云う堀子爵が、ぞんざいな浴衣がけの、ちょっきり結びの兵児帯へこおびからんだ黄金鎖きんぐさりには、磁石が着いていも何にもせぬ。
 花和尚がその諸膚脱もろはだぬぎの脇の下を、自分の手でくすぐるように、ぐいとめて腹をゆすった。
「そろそろ怪談になりますわ。」
 確か、その時分であった。壇の上口あがりくち気勢けはいがすると、つぶしの島田が糶上せりあがったように、欄干てすり隠れに、わかいのがそっ覗込のぞきこんで、
「あら、可厭いやだ。」
 と一つ婀娜あだな声を、きらりと銀の平打ひらうちに搦めて投込んだ、と思うがはやいが、ばたばたと階下したへ駆下りたが、
「嘘、居やしないわ。」と高い調子。
 二言、三言、続いて花やかに笑ったのが聞えた。駒下駄こまげたの音が三つ四つ。
「覚えていらっしゃいよ。」
「おやかましゅう……」
 魯智深は、ずかずかと座をって、のそりと欄干てすりに腹を持たせて、幕を透かしてとおり瞰下みおろし、
「やあ、鮮麗あざやかなり、おらがねえさん三人ござる。」
「君、君、その異形いぎょうなのを空中へあらわすと、可哀相かわいそうに目を廻すよ。」と言いながら、一人が、下からまた差覗さしのぞいた。
うちの娘かね。」
 と子爵がく。差向いに居た民弥が、
「いいえ。」
「何です。」
「やっぱり通り魔のたぐいでしょうな。」
「しかし、不意だからちょっと驚きましたよ。」とその洋画家が……ちょうど俯向うつむいて巻莨まきたばこをつけていた処、不意をくらった眼鏡がきらつく。
 当夜の幹事が苦笑いして、
「近所の若いどもです……御存じの立旦形たておやまが一人、今夜来ますはずでしたが、急用で伊勢へ参って欠席しました。階下したで担いだんでしょう。そっのぞきに……」
「道理こそ。」
「(あら可厭いやだ)はひどいな。」

       五

「おおおお、三人が手をひきッこで歩行あるいてきます……仲の町も人通りが少いなあ、どうじゃろう、景気の悪い。ちらりほらりで軒行燈のきあんどうに影が映る、――海老屋えびやの表は真暗まっくらだ。
 ああ、揃って大時計の前へ立佇たちどまった……いや三階でちょっとお辞儀をするわ。薄暗い処へ朦朧もうろうと胸高な扱帯しごきか何かで、さみしそうにあらわれたのが、しょんぼりと空から瞰下みおろしているらしい。」
 と円い腕を、欄干てすりひしゃげそうにのッしといて、魯智深の腹がたぶりと乗出す……
「どこだ、どれ、」
 と向返る子爵の頭へ、さそくに、ずずんと身を返したが、その割に気の軽さ。突然いきなり見越入道で、おおわれかかって、
「ももんがあ! はッはッはッ。」
「失礼、只今ただいまは、」
 と、お三輪が湯をしに来合わせて、特に婦人客おんなきゃく背後うしろへ来て、きまりの悪そうに手をいた。
さあちゃんが、わけが分らなくって不可いけません、芸者しゅなんか二階へ上げまして。」
 とことばきまって含羞はにかんだ、あか手絡てがらのしおらしさ。一人の婦人が斜めに振向き、手に持ったのをそのままに、撫子なでしこす扇の影。
「いいえ。そして……ちとお遊びなさいませ。」
「はい、あの、後にどうぞ。」
 と嬉しそうに莞爾にっこりしながら、
「あの、明る過ぎましたら電燈でんきをお消し下さいましな、燭台しょくだいをそこへ出しておきました。」
 と幹事に言う。雑貨店主が、
難有ありがとう、よくお心の着きます事で。」
「あら、可厭いやだ。」……と蓮葉はすはになる。
「二ツ、」
 と一人高らかによばわった。……芸者のと、(可厭だ)が二度目、という意味だけれども、娘には気が着かぬ。
「え?」
 民弥がしずかに振返って、
三輪みいちゃんの年紀とし二十はたちかって?」
「あら、可厭だ。」
「三つ!」
「じゃ、三十かってさ。」と雑貨店主が莞爾にっこりする。
「知らないわ。」
「まあまあ、いわ、お話しなさい。」と花和尚、この時、のさのさと座に戻る。
「お茶を入れかえて参ります。」
 と、もう階子はしごの口。ちょっと留まって、
「そして才ちゃんに、御馳走をさせましょうね。兄さん、(吃驚びっくりしたように)……あの、先生。」
「心得たもんですな。」と洋画家が、煙草たばこの濃いけむりの中で。
貴女方あなたがた御庇おかげです……敬意を表して、よく小老実こまめに働きますよ。」と民弥が婦人だちを見向いて云う。と二人が一所に、言合わせたように美しく莞爾にっこりして、
「どういたしまして。」
「いや、事実ですよ……家はこんなでも、裁縫おはり先方さきに、また、それぞれともだちがありましてな、それ引手茶屋の娘でも、大分工合ぐあいが違って来ました。どうして滅多に客の世話なぞするのじゃありませんや。貴女がたの顔まで、ちゃんと心得ていて、先刻さっきも手前ちょっと階下したへ立違いますと、あちらが、浜谷さんで、こちらが、明座さんでしょう、なんてそう言います。
 くるわがはじめてだってお言いなさったのを聞いたと見えて、御見物なさいませんか、お供をして、そこいら、御案内をしましょう、と手前にそう言っていましたっけ。」と団扇うちわを構えて雑貨店主。
「そう、まあ……見て来ましょうか。」
「ねえ。」と顔を見合わせた。
 子爵がかぶりを振りながら、
「おしなさい、お揃いじゃ、女郎じょろ口惜くやしがるでしょう、罪だ。」

       六

「なぜですか。」
「新橋、柳橋と見えるでしょう。」
「あら、可厭いやだ。」
「四つ、」
 と今度は、魯智深が、透かさず指を立てて、ずいと揚げた。
 すべてがこの調子で、間へ二ツ三ツずつ各自めいめいの怪談が挟まる中へ、木皿に割箸わりばしをざっくり揃えて、夜通しのその用意が、こうした連中に幕の内でもあるまい、と階下したで気を着けたか茶飯の結びに、はんぺんと菜のひたし。……ある大籬おおまがきの寮が根岸にある、その畠に造ったのを掘たてだというはしりの新芋。これだけはお才が自慢で、すじ、蒟蒻こんにゃくなどと煮込みのおでんをどんぶりへ。目立たないように一銚子ひとちょうし附いて出ると、見ただけでも一口めそう……梅次の幕を正面へ、仲の町が夜の舞台で、楽屋の中入なかいりといった様子で、下戸げこまでもつい一口る。
 八畳一杯かッと陽気で、ちょうどその時分に、中びけの鉄棒かなぼうが、近くから遠くへ、次第にかすかになって廻ったが、その音の身に染みたは、浦里時代の事であろう。誰の胸へも響かぬ。……もっとも話好きな人ばかりが集ったから、その方へ気が入って、酔ったものは一人も無い。が、どうしていきおいがこんなであるから、立続けに死霊しりょう怨霊おんりょう生霊いきりょうまで、まざまざとあらわれても、すご可恐こわいはまだな事――汐時しおどきさっと支度を引いて、煙草盆たばこぼん巻莨まきたばこの吸殻が一度綺麗きれいに片附く時、蚊遣香かやりこうもばったり消えて、畳の目も初夜過ぎの陰気に白く光るのさえ、――寂しいとも思われぬ。
(あら可厭だ)……のそれでは無い。百万遍の数取りのように、一同ぐるりと輪になって、じりじりと膝を寄せると、千倉ヶ沖の海坊主、花和尚の大きな影が幕をはびこるのを張合いにして、がんばり入道、ずばい坊、鬼火、怪火あやしび、陰火の数々。月夜の白張しらはり、宙釣りの丸行燈まるあんどう、九本の蝋燭ろうそく、四ツ目の提灯ちょうちん、蛇塚を走る稲妻、一軒家の棟を転がる人魂ひとだま、狼の口の弓張月、古戦場の火矢の幻。
 怨念おんねん大鰻おおうなぎ古鯰ふるなまず太岩魚ふといわな、化ける鳥はさぎ、山鳥。声はふくろ、山伏の吹く貝、磔場はりつけば夜半よわ竹法螺たけぼら、焼跡の呻唸声うめきごえ
 蛇ヶ窪の非常汽笛、箒川ほうきがわの悲鳴などは、一座にまさしく聞いた人があって、そのひびきも口から伝わる。……按摩あんま白眼しろめ癩坊かったいの鼻、婆々ばばあ逆眉毛さかまつげ。気味の悪いのは、三本指、一本脚。
 かわやのぞく尼も出れば、やぶしゃがむ癖の下女も出た。米屋の縄暖簾なわのれんを擦れ擦れに消えるあおい女房、矢絣やがすりの膝ばかりで掻巻かいまきの上からす、顔の見えない番町のお嬢さん。干すとすぼまる木場辺の渋蛇の目、死んだかしらの火事見舞は、ついおもだか屋にあった事。品川沖の姪の影、真乳まっちわたし朧蓑おぼろみの鰻掻うなぎかき蝮笊まむしざる
 犬神、蛇を飼うおんなひきがえるを抱いて寝る娘、すっぽんの首を集める坊主、狐憑きつねつき、猿小僧、骨なし、……猫屋敷。
 で、この猫について、座の一人が、かつてその家に飼った三毛で、年久しく十四五年を経ためすが、置炬燵おきごたつの上で長々と寝て、そっと薄目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みひらくと、そこにうとうとしていた老人としよりの顔を伺った、と思えば、張裂けるような大欠伸おおあくびを一つして、
(お、お、しんど)と言って、のさりと立った。
 話した発奮はずみに、あたかもこの八畳と次の長六畳との仕切が柱で、ずッと壁で、壁と壁との間が階子段はしごだん向合むかいあわせに※(「木+靈」、第3水準1-86-29)子窓れんじまどのように見える、が、直ぐに隣家となりの車屋の屋根へ続いた物干。一跨ひとまたぎで出られる。……水道尻まで家続きだけれども、裏手、廂合ひあわいつらなるばかり、近間ちかまに一ツもあかりが見えぬ、陽気な座敷に、その窓ばかりが、はじめから妙に陰気で、電燈でんきの光も、いくらかずつそこへ吸取られそうな気勢けはいがしていた。
 その物干の上と思う処で……

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