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吉原新話(よしわらしんわ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:57:55 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       十四

「坂の中途で――左側の、」
 と長火鉢の猫板をおさえて言う。
「樹の根が崩れた、じとじと湿っぽい、赤土の色が蚯蚓みみずでもかたまったように見えた、そこにね。」
「ええ」
 と梅次は眉をひそめた。
「大丈夫、蛇の話じゃ無い。」とこれは元気よく云って、湯呑ゆのみで一口。
「人が居たのさ。ぼんやりと小さくしゃがんで、ト目に着くと可厭いや臭気においがする、……つち打坐ぶっすわってでもいるかぐらい、ぐしゃぐしゃとひしゃげたように揉潰もみつぶした形で、暗いから判然はっきりせん。
 が、別に気にも留めないで、ずっとそのわきを通抜けようとして、ものの三足みあしばかり下りた処だった。
(な、な、)と言う。
 雪駄直せったなおしだか、おうしだか、何だか分らない。……聞えたばかり。無論、私を呼んだと思わないから、構わずこうとすると、
(なあ、)と、今度はちっとぼやけたが、大きな声で、そして、
はかま着た殿い、な、)と呼懸ける、確かに私を呼んだんだ。どこの山家やまがのものか知らんが、変な声で、妙なものいいさ。「袴着た、」と言うのか、「墓場来た、」と言うのか、どっちにしても「殿」は気障きざだ。
 が、たしかに呼留めたに相違無いから、
おれか。)
(それよ、)……と、気になる横柄な返事をして、もやもやと背伸びをして立った……らしい、つむりもたげたのか、腰をてたのか、上下うえしたおんなじほどに胴中どうなかの見えたのは、いずれ大分の年紀としらしい。
 じじいか、ばばあか、ちょっと見には分らなかったが、手拭てぬぐいだろう、頭にこう仇白あだじろいやつを畳んで載せた。それが顔に見えて、つら俯向うつむけにしながら、つえいた影は映らぬ。
(殿、な、何処いずくへな。)
 と、こうなんだ。
 私は黙ってながめたっけ。
 じっと身動きもしないで、返事を待っているようだからね、
(吉原へ。)
 と綺麗に言ったが、さあ、以前なら、きっとそうは言わなかったろう。その空がさっぱりと晴々した心持だから、誰にはばかる処も無い。おつけ晴れたのが、不思議に嬉しくもあり、また……幼い了簡りょうけんだけれども、何か、自分でも立派に思った。
(真北じゃな、ああ、)
 とびくりとうなずいて、
(火の車でかさるか。)[#「)」は底本では「」」]
 馬鹿にしている、……此奴こいつは高利貸か、烏金からすがねを貸す爺婆じじばばだろうと思ったよ。」
 と民弥はさみしそうなが莞爾にっこりした。
 梅次がちっと仰向あおむくまで、真顔で聞いて、
「まったくだわねえ。」
「いや、」
 民弥は、思出したように、へやなか※(「目+句」、第4水準2-81-91)みまわしながら、
「烏金……と言えば、その爺婆は、荒縄で引括ひっくくって、烏の死んだのをぶら下げていたのよ。」
 梅次は胸を突かれたように、
「へい、」と云って、また、浅葱あさぎのその団扇うちわの上へ、白い指。
たまらない。幾日いくかったんだか、べろべろに毛がげて、羽がぶらぶらとやっとつながって、れて下ってさ、頭なんざただれたようにべとべとしている、その臭気においだよ。何とも言えず変に悪臭いのは、――やつ身体からだでは無い。服装みなりも汚くはないんだね、折目の附いたと言いたいが、それよりか、しわの無いと言った方がい、坊さんか、尼のような、無地の、ぬべりとしたのでいた。
 まあ、それは後での事。
(何の車?……)と聞返した。
(森の暗さを、真赤まっかなものが、めいらめいらからんで、車が飛んだでやいの。恐ろしやな、きながら鬼がくさを見るかいや。のう殿。わしは、これい、地板じびたへ倒りょうとしたがいの。……うふッ、)とあごの震えたように、せせら笑ったようだっけ、――ははあ……」

       十五

「今の腕車くるまに、私が乗っていたのを知って、車夫わかいしからで駆下りた時、足の爪をかれたとか何とか、因縁を着けて、端銭はした強請ゆするんであろうと思った。
 しかし言種いいぐさが変だから、
(何の車?)ともう一度……わざと聞返しながら振返ると、
(火の車、)
 と頭から、押冠おっかぶせるように、いやに横柄に言って、もさりと歩行あるいて寄る。
 なぜか、その人をのろったような挙動しぐさが、無体にしゃくに障ったろう。
(何の車?)と苛々いらいらとしてこちらも引返した。
(火の車。)
 じりじりとまた寄った。
(何の車?)
(火の車、)
(火の車がどうした。)
 とちょうど寄合わせた時、少し口惜くやしいようにも思って、突懸つっかかって言った、が、胸をおさえた。可厭いやなその臭気においったら無いもの。
わしに貸さい、の、あのや、燃えからまった車で、逢魔おうまヶ時に、真北へさして、くるくる舞いしてかさるは、わかい身にうないがいや、の、殿、……わしに貸さい。車借りて飛ばしたい、えらく今日は足がなえたや、やれ、の、草臥くたびれたいの、やれやれ、)
 と言って、握拳にぎりこぶしで腰をたたくのが、突着けて、ちょうど私の胸の処……というものは、あの、急な狭い坂を、やつは上の方に居るんだろう。その上、よく見ると、尻をこっちへ、向うむきにかがんで、何か言っている。
 かったい棒打ぼううち喧嘩けんかにもならんではないか。
(どこへくんだい、そして、)ッて聞いて見た。
(同じ処への、)
(吉原か。)
(さればい、それへ。)
 とこう言う。
(何しにくんだね。)
(取揚げにく事よ。)
 ああ、産婆か。道理で、と私は思った。今時そんなのは無いかも知れんが、昔の産婆ばあさんにはこんな風なのが、よくあった。何だか、薄気味の悪いような、横柄で、傲慢ごうまんで、人をめて、一切心得た様子をする、檀那寺だんなでらの坊主、巫女いちこなどと同じ様子で、頼む人から一目置かれた、また本人二目も三目も置かせる気。昨日きのうのその時なんか、九目せいもくという応接あしらいです。
 なぜか、根性曲りの、邪慳じゃけんな残酷なもののように、……絵を見てもそうだろう。産婦が屏風びょうぶうちで、生死いきしにの境、恍惚うっとりと弱果てたわきに、たすきがけの裾端折すそはしょりか何かで、ぐなりとした嬰児あかんぼ引掴ひッつかんで、たらいの上へぶら下げた処などは、腹を断割たちわったと言わないばかり、意地くねの悪いしゅうとめの人相を、一人で引受けた、という風なものだっけ。
 吉原へくと云う、彼処等あすこいらじゃ、成程頼みそうな昔の産婆だ、とその時、そう思ったから、……後で蔦屋つたやの二階で、みんなに話をする時も、フッとお三輪に、(どこかお産はあるか)って聞いたんだ。
 もうそう信じていた。
 でも、何だか、かんって、じりじりしてね、おかしく自分でも自棄やけになって、
(貸してやろう、乗っといで。)
柔順すなおなものじゃ、や、ようかしゃれたの……おおおお。)と云ってしりを動かす。
 変なものをね、その腰へ当てた手にぶら下げているじゃないか。――烏の死骸しがいだ。
(何にする、そんなもの。)
禁厭まじないにする大事なものいの、これが荷物じゃ、火の車に乗せますが、やあ、殿。)
たまらない! 臭くって、)
 と手巾ハンケチへ唾を吐いて、
(車賃は払っておくよ。)
 で、フイと分れたが、さあ、踏切を越すと、今の車はどこへ行ったか、そこに待っているはずのが、まるで分らない。似たやつどころか、また近所に、一台も腕車くるまが無かった。……
 変じゃないか。」

       十六

 しばらくして、
「お三輪が話した、照吉が、京都の大学へ行ってる弟の願懸けに行って、堂の前で気落きおちした、……どこだか知らないが、谷中の辺で、杉の樹の高い処から鳥が落ちて死んだ、というのを聞いた時、……何の鳥とも、照吉は、それまでは見なかったんだそうだけれども、私は何だよ……
 思わず、心が、先刻さっきの暗がり坂の中途へ行って、そのおかしな婆々ばばあが、荒縄でぶら提げていた、腐った烏の事を思ったんだ。照吉のも、同じ烏じゃ無かろうかと……それに、可なり大きな鳥だというし……いいや!」
 梅次のその顔色かおつきを見て、民弥はおさえるように、
「まさか、そんな事はあるまいが、ただそこへ考えが打撞ぶつかっただけなんだよ。……
 だから、さあ、可厭いやな気持だから、もう話さないでおきたかったんだけれども、話しかけた事じゃあるし、どうして、中途から弁舌で筋を引替えようという、器用なんじゃ無い。まじまじった……もっとも荒ッぽく……それでも、烏の死骸を持っていたッて、そう云うと、みんなが妙に気にしたよ。
 お三輪は、何も照吉のが烏だとも何とも、自分で言ったのじゃ無いから、別にそこまでは気を廻さなかったと見えて、暗号あいずに袖を引張らなかった。もうね、可愛いんだ、――ああ、可恐こわい、と思うと、きまったように、私のたもと引張ひっぱったっけ、しっかりと持って――左の、ここん処にすわっていて、」
 と猫板の下になる、膝のあたりをじった。……
煙管きせる?」
「ああ、」
「上げましょう。……」
 と、トンとはたいて、
「あい。……どうしたんです、それから、可厭いやね、何だか私は、」と袖を合わせる。
「するとだ……まだその踏切を越えて腕車くるまを捜したッてまでにもかず……其奴そいつ風采ふうつきなんぞくわしく乗出して聞くのがあるから、私は薄暗がりの中だ。判然とはしないけれど、朧気おぼろげに、まあ、見ただけをね、喋舌しゃべってるうちに、その……何だ。
 向う角の女郎屋じょろやの三階の隅に、真暗まっくらな空へ、切ってめて、すそをぼかしたように部屋へ蚊帳かやを釣って、寂然しんと寝ているのが、野原の辻堂に紙帳しちょうでも掛けた風で、恐しくさびれたものだ、と言ったっけ。
 その何だよ。……
 蚊帳の前へ。」
「ちょいと、」と梅次は、痙攣ひッつるばかり目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはって膝をずらした。
「大丈夫、大丈夫、」
 と民弥はまたわずかにえみを含みつつ、
「仲の町越しに、こちらの二階から見えるんだから、丈が……そうさ、人にして二尺ばかり、一寸法師ッか無いけれど、何、普通で、離れているから小さいんだろう。……婆さんが一人。
 大きな蜘蛛くもが下りたように、行燈あんどうの前へ、もそりと出て、蚊帳の前をスーと通る。……擦れ擦れに見えたけれども、縁側を歩行あるいたろう。が、宙をくようだ。それも、黒雲の中にある、青田のへりでも伝うッて形でね。
 京町の角の方から、水道尻の方へ、やがて、暗い処へ入って隠れたのは、障子の陰か、戸袋の背後うしろになったらしい。
 遣手やりてです、風が、大引前おおびけまえを見廻ったろう。
 それが見えると、鉄棒かなぼうが遠くを廻った。……カラカラ、……カンカン、何だか妙だね、あの、どうか言うんだっけ。」
「チャン、カン、チャンカン……ですか。」と民弥の顔をみつめながら、軽く火箸ひばしを動かしたが、鉄瓶にカタンと当った。
「あ、」
 と言って、はっと息して、
「ああ、吃驚びっくりした。」
「ト今度は、その音に、ずッと引着けられて、廓中くるわじゅうの暗い処、暗い処へ、連れて歩行あるくか、と思うばかり。」

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