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名人地獄(めいじんじごく)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-3 7:41:17 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

 

西は追分、東は関所
関所越えれば、旅の空

 むせぶがような歌声が、月の光を水と見て、水の底から哀々と空に向かって澄み通る。甚三の流す追分であった。パカパカパカと蹄の音が街道を東へ通って行った。
「おおまた追分が聞こえるな」
 いうと一緒に肩の鼓を膝の上へトンと置いた。「まるで競争でもするように、俺が鼓を打ちさえすれば、あの追分が聞こえて来る」
 本陣油屋の下座敷、裏庭に向かった二十畳の部屋に、久しいまえから逗留している、江戸の二人の侍のうち、一人がこういうと微笑した。名は観世銀之丞かんぜぎんのじょう、二十一歳の若盛りで、柔弱者と思われるほど、華奢きゃしゃな美しい男振りであった。もう一人の武士はこれとちがい、年もおおかた三十でもあろうか、面擦れのした赭ら顔、肥えてはいるが贅肉ぜいにくのない、隆々たる筋骨の大丈夫で、その名を平手造酒ひらてみきといった。
 ゴロリと畳へ横になると、「どうも退屈で仕方がない。何をやっても退屈だ。実際世の中っていう奴は、こうも退屈なものか知ら」銀之丞はおはこをいうのであった。
「おい観世、また退屈か」造酒はニヤニヤ笑ったが、「何がそんなに退屈かな?」
「何がといって、何もかもさ」
「しかしこの俺の眼から見ると、貴公の退屈は贅沢だぞ」
「なに贅沢? これは聞き物だ」
「まず身分を考えるがいい」
「うん、身分か、能役者よ」
「観世宗家の一族ではないか」
「ああまずそういったところだな」
「観世宗家と来た日には、五流を通じて第一の家柄、楽頭職がくとうしょくとして大したものだ。柳営お扱いも丁重だ」

    襖を開けた商人客

「なんだつまらない、それがどうしたえ」
「聞けば貴公のご親父しんぷは、宗家当主の兄君だそうだが?」
「ああそうさ、それがどうしたな」
「宗家と貴公とは伯父甥ではないか」「うん、そうだ、伯父甥だよ」「宗家は病身だということだが」「まず余り永くはないな」「そこで貴公を養子として、楽頭職がくとうしょくを継がせるというのが、世間もっぱらの評判だ」「世間は案外物識りだな。ああいかにもその通りだよ」
「とすると貴公は観世家にとっては、大事な大事な公達きんだちではないか」
「……公達にきつね化けけり宵の春か……やはり蕪村はうまいなあ」銀之丞はひょいと横へらせた。
「何んだ俳句か、つがもねえ」造酒もとうとう笑い出したが、「真面目まじめに聞きな、悪いことはいわぬ」
「といってあんまりいいこともいわぬ……とこう云うと地口になるかな」
「それそいつがよくない洒落しゃれだ。かりにも観世の御曹司おんぞうしが、地口を語るとは不似合だな」
「それ不似合、やれ不面目、家名にかかわる、芸の名折れ、どっちを向いてもアイタシコ。そいつがきつい嫌いでな」「ナール」と造酒はそれを聞くと、ちょっと胸に落ちたらしく、「つまり窮屈が厭なのだな。ふさぎの虫の原因も、もとをただせばそいつだな」
「やさしくいえばまずそうだ」「ほかにも原因があるのかえ」「万事万端皆しゃくだ」「大きく出たな。これはかなわぬ」「今の浮世の有様ありさまは、いって見れば蓋をした釜だ。人を窒息させようとする」「おれにははっきり解らないが」「世の縄墨じょうぼくそむいたが最後、それ異端者だ、切支丹キリシタンだ、やれ謀反人むほんにんだと大騒ぎをする」「うん、こいつはもっともだ」「今の浮世の有様は、太平無事でおめでたい」「結構ではないか。何が不平だ」「何らの昂奮をも許さない、何らの感激をも許さない、まして何らの革命をやだ」「お前は乱を望んでいるな?」「うん、そうだ、精神的のな。……おれは感激したいのだよ!」「感激をしてどうするのだ?」「おれは創造したいのだ!」「何、創造? 何をつくるのだ?」「何んでもいい、ただ何かを」「勝手につくったらよいではないか」「創造するに感激がいる」「大きに勝手に感激するさ」「ところがひとの世が許さない」「なに無理にも感激するさ」「無理にも感激しようとすると、親友なるものが邪魔をする」「え? 親友が邪魔をするって?」「恋も一つの感激だ。せっかく情女おんなを見つけると、親友が邪魔をしてひき放してしまう」「それは女が悪党だからよ」「愛する物を捨てるのもまさしく一つの感激だ。すると親友が取りかえして来る」「それも物によりけりだ。伝家の至宝を失っては、先祖に対しても済むまいがな」「みやこに住むということは、おれにとっては感激だ。ところがおせっかいの親友なるものが、山の中へひっ張って来る」「その男が虚弱よわいからだ。その男が病気だからだ。そうだ少くとも神経のな」「で、何もかもその親友は、平凡化そうと心掛ける。そうして感激の燃える火へ、冷たい水をそそぎかけ、創造のたましいを消そうとする。しかも親友の名のもとにな。他はおおかた知るべきのみだ」
「おい!」と造酒は気不味きまずそうに、「親切でった友達のしわざを、そうまで悪い方へ取らないでも、よかりそうなものに思われるがな」
「アッハハハ」と銀之丞は、突然大声で笑ったが、「怒るな、怒るな、怒ってはいけない。ふさぎの虫のさせるわざだ。ああしかし退屈だな。何もかも面白くない。ああ実際退屈だな」
「ご免ください」
 とそのとたん、襖の蔭から声がした。同時にスーと襖が開き、隣り座敷の商人客あきゅうどきゃくが、にこやかに顔を突き出した。
「お武家様のお座敷へ、旅商人の身をもって、差出がましくあがりましたは、尾籠びろう千万ではございますが、隣り座敷で洩れ承われば、どうやら大分ご退屈のご様子、実は私も退屈のまま、何か珍しい諸国話でも、お耳に入れたいと存じまして、お叱りを覚悟でまずい面を、突き出しましてござりますよ。ぴらご免くださいますよう」
 ていねいにお辞儀をしたものである。

    不思議な商人千三屋

「おお町人か、よく来てくれた。ちょうど無聊に苦しんでいたところだ。さあさあずっと進むがよい」平手造酒は喜んで、歓迎の意を現わした。
「では遠慮なくお邪魔致します」商人あきゅうどはうしろで襖を立て擦り膝をして、はいって来た。四十がらみの小男ではあるが、鋭い眼付き高い鼻、緊張ひきしまった薄い唇など、江戸っ子らしい顔立ちで、左の頬にかすかではあるが、切り傷らしいものがつたる。敏捷らしい四肢五体、どこか猟犬を思わせた。藍縦縞あいたてじま結城紬ゆうきつむぎ[#「結城紬」は底本では「結城袖」]の、仕立てのよいのをピチリと着け、帯は巾狭の一重博多はかた、水牛の筒に珊瑚の根締め、わに革の煙草入れを腰に差し、微笑を含んで話す様子が、途方もなくいきであった。
 こういう場合の通例として身もと調べから話がはずみ、さてそれから商売の方へ、話柄わへいが開展するものである。
「町人、お前は江戸っ子だな」造酒がまずこうきいた。
「へい、江戸っ子の端くれで、へ、へ、へ、へ」と世辞笑いをしたがそれが一向卑しくない。
「いったい何をあきなっているな?」
「へい、呉服商でございます」「女子おなごに喜ばれる商売だな」「その代り殿方にはいけません」「そう両方いい事はない。江戸はどこだ? 日本橋辺かな?」「なかなかもって、どう致しまして。そんな大屋台ではございません。いえもうほんの行商人で」「それにしては品がいいな」「これはどうも恐れ入りました」「屋号ぐらいは持っているだろう?」「へい、千三屋と申します」「ナニ千三屋? ばかを申せ。そんな屋号があるものか」「アッハハハハ、さようでございますかな、いえ私どもの商売と来ては、口から出任せにしゃべり廻し、千に三つのじつがあれば、結構の方でございます。それそこで千三屋」「たとえ千三屋であろうとも、自分から好んでふいちょうするとは、とんとたわけた男だの」「そこは正直でございましてな。お気に召さずば道中師屋、胡麻ごま蠅屋はいや大泥棒屋、放火屋とでもご随意に、おつけなすってくださいまし」「いよいよもって呆れたな。口の軽い男だわい。その口前くちまえで女子をたらし、面白い目にも逢ったであろうな」「これはとんだ寃罪えんざいで、その方は不得手でございますよ。第一生物なまものは断っております」「そのいいわけちと暗いな」「ええ暗うございますって?」「あきゅうどに不似合いな頬の傷、女出入りで受けたのでもあろう」
 すると商人は笑い出したが、「ああこれでございますか。とんだものがお目にさわり、いやはやお恥ずかしゅう存じます。ナーニこれは子供時代に、柿の木の上から落ちましてな、下に捨ててあった鎌の先で、チョン切ったものでございますよ」
「町人!」と造酒は語気を強め、「これこのおれを盲目めくらにする気か!」「これはまたなぜでございますな」「鎌傷か太刀傷か、それくらいのけじめが解らぬと思うか」
 すると商人はまた笑ったが、「これはいかさまごもっともで、私のいい間違いでございました。実はな今から十年ほど前に、上州方面へ参りましたが、若気わかげの誤りと申すやつで、博徒の仲間へはいりましたところ忽ち起こる喧嘩出入り、その時受けましたのがこの傷で」「町人!」「ソーラ、おいでなすった」「このおれを盲目にする気か!」「へえ、どうもまたいけませんかな」「十年前の古傷か、ないしは去年の新しい傷か、それくらいのけじめが解らぬと思うか」「へえ、そこまでお解りで?」「五年前の太刀傷であろう?」「恐ろしい眼力でございますなあ。仰せの通りでございますよ」「とうとう泥を吐きおったな」造酒は快然と笑ったものである。
 観世銀之丞は起き上がろうともせず、畳の上へ肘を突き、それへ頭を転がしながら、面白くもないというように、ましらましら上眼うわめを使い、商人の様子を眺めていた。話の仲間へはいろうともしない。
 商人はひょいと床の間を見たが、そこに置いてある小鼓へ、チラリと視線を走らせると、
「ははあ、あれでございますな。いつもお調べになる小鼓は」
 感心したように声をはずませ、
「よい鼓でございますなあ」

    寂しい寂しい別離の歌

 すると銀之丞は顔を上げたが、「お前のような町人にも、鼓の善悪よしあしがわかるかな。いったいどこがよいと思うな?」ちょっと興味を感じたらしく、こうまじめにきいたものである。
 すると商人あきゅうどは困ったように、小鬢こびんのあたりへ手をやったが、「へいへい、いやもうとんでもないことで、どこがよいのかしこがよいのと、さようなことはわかりませんが、しかし名器と申しますものは、ただ一見致しましただけでも、いうにいわれぬ品位があり、このもしい物でございます」「何んだ詰まらない、それだけか」
 銀之丞はまたもゴロリと寝た。そそられかかったわずかな興味も、商人の平凡な答えによって、忽ち冷めてしまったらしい。無感激の眼つきをして、ぼんやり天井を眺め出した。
「いえそればかりではございません」商人は一膝進めたが、「家内中評判でございます。いえもうこれは本当の事で」「何、評判? 何が評判だ?」「はいその旦那様のお鼓が」「盲目千人に何がわかる」「そうおっしゃられればそれまでですが、一度お鼓が鳴り出しますと、三味線、太鼓、四つ竹までが、一時に音色をとめてしまって、それこそ家中呼吸いきを殺し、聞き惚れるのでございますよ」
「有難迷惑という奴さな。信州あたりの山猿に、江戸の鼓が何んでわかる」かえって銀之丞は不機嫌であった。
「町人町人、千三屋、その男にはさわらぬがよい」
 見かねて造酒が取りなした。「その男は病人だ。狂犬病という奴でな、むやみに誰にでもくってかかる。アッハハハハ、困った病気だ。それよりどうだ碁でもかこもうか」「これは結構でございますな。ひとつお相手致しましょう」
 そこで二人は碁を初めた。平手造酒も弱かったが商人も負けずに弱かった。下手へた同志の弱碁よわごと来ては、興味津々たるものである。二人はすっかりむちゅうになった。

 甚三甚内の兄弟の上へ、おさらばの日がやって来たのは、それから間もなくの事であった。その朝はもやが深かった。甚三の馬へ甚内が乗り、それを甚三が追いながら、追分の宿を旅立った。宿の人々はまだ覚めず家々の雨戸もざされていた。宿の外れに立っているのは、有名な桝形ますがたの茶屋であったがそこの雨戸も鎖ざされていた。そこを右すれば中仙道、また左すれば北国街道で、石標いしぶみの立った分岐点を、二人の兄弟は右に取り、中仙道をあゆませた。宿を出ると峠道で、朝陽出ぬ間の露の玉が木にも草にも置かれていた。夜明け前の暁風に、はためく物はすすきの穂で、行くなと招いているようであった。
「せめて関所の茶屋までも」と、甚三の好きな追分節の、その関所の前まで来ると、二人は無言でたたずんだ。「あにき、お願いだ、唄ってくれ」「おいらは今日は悲しくて、どうにも声が出そうもねえ」「そういわずと唄ってくれ、今日別れていつ会うやら、いつまた歌が聞けるやら、こいつを思うと寂しくてならぬ。別れの歌だ唄ってくれ」
「うん」というと甚三は、声張り上げて唄い出した。草茫々たる碓井峠うすいとうげ彼方あなたに関所が立っていた。眼の下を見れば山脈やまなみで、故郷の追分も見えわかぬ。朝陽は高く空に昇り、きょうも一日晴天だと、空にも地にも鳥が啼き、草蒸くさいきれの高い日であったが、甚三の唄う追分は、いつもほどには精彩がなく、むせぶがようなふるえ声が、低く低く草を這い、風にさらわれて消えて行った。

 弟と別れた甚三が、空馬を曳いて帰りかけた時、
「馬子!」とうしろから呼ぶ者があった。振り返って見ると旅の武士が、編笠を傾けて立っていた。けんかたばみの紋服に、浮き織りの野袴を裾短かに穿き、金銀ちりばめた大小を、そりだかに差した人品は、旗本衆の遊山旅ゆさんたびか、千石以上の若殿の、気随の微行とも想われたが、それにしてはお供がない。

    病的に美しい旅の武士

 編笠をもれたあごの色が、透明すきとおるようにあお白く、時々見える唇の色が、べにをしたように紅いのが気味悪いまでに美しく、野苺に捲きついた青大将だと、こう形容をしたところで、さらに誇張とは思われない。開いたばかりの関所の門を、たった今潜って来たところであろう。
「戻り馬であろう。乗ってやる」こういった声は陰気であった。
「へい有難う存じます」甚三は実は今日一日は、稼業をしたくはなかったのであるが、侍客に呼び止められて見れば、断ることも出来なかった。「どうぞお召しくださいまし」
 シャン、シャン、シャンと鈴を響かせ、馬は元気よく歩き出した。どう、どう、どう、と馬をいたわり、甚三は峠を下って行った。手綱は曳いても心の中では、弟のことを思っていた。でムッツリと無言であった。馬上の武士も物をいわない。これも頻りに考え込んでいた。
 カバ、カバ、カバと蹄の音が、あたりの木立ちへ反響し、空を仰げば三筋の煙りが、浅間山からなびいていた。と、突然武士がいった。「追分宿の旅籠屋はたごやでは、何んというのが名高いかな?」「本陣油屋でございます」「ではその油屋へ着けてくれ」「かしこまりましてございます」
 それだけでまたも無言となった。夏の陽射しが傾いて、物影が長く地にしいた。追分宿へはいった頃には、家々に燈火がともされていた。

 両親は去年つづいて死に、十四になったおしの妹と、甚内を入れて兄弟三人、仲よく水入らずに暮らして来たのが、その甚内が旅へ出た今は、二人ばかりの暮らしであった。……そのさびしい自分の家へ甚三は馬を曳いて帰って来た。
「おい、おしも、今帰ったよ」くりやに向かって声を掛けたが、声が掛かっても唖のことで、お霜が返辞をしようもない。いつもの癖で掛けたまでであった。くりやの中では先刻から、コトコト水音がしていたが、ひょいと小娘が顔を出した。丸顔の色白で、目鼻立ちもパラリとして、愛くるしいきりょうであった。赤い襷を綾取って、二の腕の上まで袂をかかげ、その腕を前垂れで拭きながら、甚三を眺めて笑った様子には、片輪者らしいところもなく、野菊のような気品さえあった。
「あッ、あッ、あッ」と千切れるような、おし特有の叫び声を上げ、指で部屋の方を差したのは、夕飯を食えという意味であろう。
「よしよし飯が出来たそうな、どれご馳走になろうかな」つぶやきながら足を洗い、馬へまぐさを飼ってから、家の中へはいったが、部屋とは名ばかりで板敷きの上に、簀子が一枚敷いてあるばかり、煤けて暗い行燈あんどんの側に、剥げた箱膳が置いてあった。あぐらを掻くとはしを取ったが、給仕をしようと坐っている、妹を見ると寂しく笑い、
「お前もこれからは寂しくなろうよ。あにやが一人いなくなったからな。それにしても甚内は馬鹿な奴だ。何故海へなぞ行ったのかしら。こんなよい土地を棒に振ってよ。ほんとに馬鹿な野郎じゃねえか。土地が好かない馬子が厭だ、この追分に馬子がなかったら、国主大名も行き立つめえ。馬方商売いい商売、そいつを嫌って行くなんて、ほんとに馬鹿な野郎だなあ。……だがもうそれも今は愚痴だ。望んで海へ行ったからには、立派に出世してもれえてえものだ、なあお霜そうじゃねえか。……おや太鼓の音がするな。四つ竹の音も聞こえて来る。ああ町は賑やかだなあ。あれはどうやら三丁目らしい。さては油屋かな永楽屋かな。いいお客があると見える。油屋とするとお北めも、まじっているに相違ねえ」
 甚三はじっと考え込んだ。やがてカラリと箸を置くと、フラリと立って土間へ下り、草履ぞうりをはくとのめるように、灯の明るい町へ引かれて行った。
 お霜は茫然ぼんやり坐っていたが、やがてシクシク泣き出した。聞くことも出来ずいうことも出来ない、天性の唖ではあったけれど、女の感情は持っていた。可愛がってくれた甚内が、遠い他国へ行ったことも兄の甚三がお北という、宿場女郎に魅入みいられて、魂をなくなしたということも、ちゃんと心に感じていた。それがお霜には悲しいのであった。

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