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怪しの館(あやしのやかた)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 6:14:10 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        五

 ここは屋敷の一室である。
 三十五、六の武士が、旗二郎を相手に話している。
「ようこそお助けくださいました。千万お礼を申します。あれは娘でございましてな、名は葉末、年は二十歳、陰気な性質ではございますが、その本性はしっかりものでござる。……迂濶と申せば迂濶の至りで、自分自身の屋敷の前で、かどわかされようとしましたので。とはいえどうもこの屋敷、ご承知の通り甚だ手広く、たとえ門前で悲鳴いたしても、母屋へまでは容易に聞こえず、困ったものでございます。……おおおおこれは申し遅れました、拙者ことは当屋敷の主人、三蔵みくら琢磨にございます。本年取って三十五歳、自分は侍ではございますが、仕官もいたさず浪人者で、それに性来書籍が好きで、終日終夜紙魚しみのように、文字ばかりに食いついております次第、隠居ぐらし、隠遁生活、それこそ庭下駄を穿かないこと、二十日間にもわたろうかという、そんな生活をいたしております。……ははあ、あなた様でございましたか、なるほどなるほどご浪人で、ほほうお名前は結城旗二郎殿で、で、お年は? 二十三歳? それはそれは、ちょうどよろしい。二十歳と二十三歳、全く頃加減でございますからな。……ほほうさようで、御家人の御身で、天下の直参、まことに結構、何んの申し分がありましょう。……ははあご家計はご不如意とか? なんのなんのそのようなこと、問題になることではございません。……家計と申せば当家などは、それこそ人の羨むほど、豊かなものではございますが、そのためかえって煩い多く、敵さえあるのでございますよ。……が、まずそれはそれとして、もはや深夜でございますので、なにとぞ別室でお休みあって、明朝ゆるゆるお話をな。……いやはやこれはとんでもない、ご内室の有無も承わらず、おとめしようとは失礼いたしてござる。しかしどうやら拝見しましたところ、ご独身のように存ぜられますが。……あッ、さようで、それは幸い、やはりご独身でございましたかな。何から何までよい具合で。……それに大変武芸にも勝れ人品もよく骨柄もよく、お立派なものでございますよ。……ええとところで今夜でござるが、ひょっとかすると当屋敷へ、襲って来る人間があるやも知れず、ええその際にはご武勇をな、ぜひともお揮い願いたいもので。……ええとそれからもう一つ、ひょっとかすると当屋敷に、ちょっと変わった事件が起こり、お驚かせするかも知れませぬが、決して決してご介意なく、安心してお泊まりくださるよう」
 三蔵琢磨というこの家の主人、こんな具合に話すのであった。
 その琢磨の風貌だが、まことに立派なものであった。
 艶々しい髪を総髪に結び、バラ毛一筋こぼしていない。広い額、秀でた眉、――それがノンビリと一文字である。軟らか味を持ち冴え返り、人情と智恵とを兼有したような、非常に美しい穏かな眼。鼻の高さ形のよさ、高尚という言葉さながらである。どこか女性的の小さな口。唇は刻薄に薄くもなく、さりとて卑しく厚くもない。で、やっぱり立派なのである。豊かな垂れ頬、ひきしまった頤、厚い耳たぶ、長目の首、総体が華奢きゃしゃで上品で、そうして何んとなく学者らしい。体格は中肉中身長ぜいである。顔に負けない品位がある。着流しの黒紋付き、それで端然と坐っている様子は、安く踏んでも大旗本である。品位と貫禄と有福と、智恵と人情とを円満に備えた、立派な武士ということが出来る。
 だが一つだけ不思議なのは、そのいうことやいう態度に、おちつきのないことであった。どことなく何んとなくオドオドしている。何物をか恐れているようである。いっている言葉にも矛盾がある。そうしていわないでもよいようなことまで、いっているようなところがある。といってもそれが悪い心から、発しているものとは思われない。で、もちろん、加工的でもない。自然とそんなようになるのらしい。だからいよいよ変なのである。
 何かに脅えているのらしい。何かに縋ろうとしているのらしい。助けられたがっているのらしい。――つまりそんなように見えるのであった。
「どうも不思議な人物だな。……変なところへ入り込んでしまった」
 結城旗二郎は気味悪くなった。
「俺の意志など勘定にも入れず、勝手に決めてしまうのだからな。……俺が泊まろうともいわない先に、勝手に泊まることに決めてしまった。……が、どっちみちこの人物、悪党でないことは確からしい。で、この点は安心だ。いやいや悪党どころではない、非常に勝れた人物らしい。……だがそれにしても変だなあ、娘の親だとはいうけれど、ちっとも二人とも似ていないではないか。それにさ少し若過ぎる。娘の親としては若過ぎる。二十歳の娘に三十五歳の親。とすると十五で出来た子だ。女が十五で子を産むはいいが、男親の方が十五歳で子を産ませるとは早過ぎる。……といって、もちろん世の中に、全然ないことではないけれどな。……それにしても娘はどうしたんだろう? ちっとも姿を見せないではないか。……それにさこんなに途方もない、立派な広い屋敷だのに、一向召使いがいないらしい。考えてみれば、これも変だ。……何物か襲って来るという、その時には武勇を揮ってくれという、どう考えても変な屋敷だ。……が、まあまあそれもよかろう、よろしいよろしい乞われるままに、今夜この屋敷へ泊まってやろう。何か秘密があるのだろう、ひとつそいつをあばいてやろう」
 で、旗二郎泊まることにしたが、はたしていろいろ気味の悪いことが、陸続として起こって来た。

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