空魔艦の秘密
「おい丁坊、ほんとをいうと、おれは空魔艦『足の骨』のコックなんだ。料理をこしらえたり、菓子をつくったりするあのコックだ。おれは、お前と同じように、攫われてきたんだ。それはおれが杭州で釣をしているときだったよ。突然袋を頭から被せられてかつがれていったのだ。あれからもう三年になる。早いものだ」 そういってチンセイは、ふかい溜息をした。 「チンセイさん。僕のことを早く話しておくれよう」 「おう、そうだったな」 とチンセイはわれにかえり、 「なんでもお前は、この空魔艦の秘密を見たそうじゃないか。空魔艦がとんでいるところを見たんだろう。そういってたぜ」 「嘘だよ。空魔艦なんか、僕の村にいたときは見なかった。ただ林の中で、成層圏の測定につかった風船や器械が落ちているのを発見しただけのことだ」 「それ見ろ。そいつが困るんだ。おれは三年前、この仲間に入ったから、多少は知っているんだが、この空魔艦の一つの仕事は、あの高い成層圏を測量し、そして世界中のどの国よりも早く、成層圏を自由に飛ぼうと考えているらしい」 「なぜ成層圏なんて高い空のことを知りたがっているのかい」 「それはつまり――つまり何だろう、成層圏を飛行機でとぶと、たいへん早く飛行が出来るのだ。たとえば今、太平洋横断にはアメリカのクリッパー機にのってもすくなくとも三日間はかかる、ところが成層圏までとびあがって飛行すれば、せいぜい六時間ぐらいで飛べるんだ。ただし空魔艦ならもっと早く飛べるよ」 「へえ! 空魔艦も成層圏をとぶのかい」 「そうさ、第一あのふしぎな恰好を見ても分るじゃないか」 丁坊はチンセイの物語に、たいへん心がひかれた。 「――だがね、僕が林の中で成層圏探険の風船がおちているのを見ていたぐらいで、さらうのは、おかしいじゃないか」 「そうじゃないよ。空魔艦が、そういうものを日本の国の上で測量しているのが知れては困るというんだ。だからお前をさらってきたんだ」 「へえ、一体、空魔艦は、どこの国の飛行機なのかね」 「うふん、また訊いたね。いくど訊いても同じことだ。空魔艦は、世界のどこの国の飛行機でもないんだ。それ以上は、今は云えない。しかし気をつけたがいい、お前は逃げないかぎり日本へは帰れないだろう。あの人たちはお前を逃がさんつもりらしいぞ」 「ええッ、日本へかえさないって」 そういっているところへ、格納庫の中で手入れをしていた空魔艦が、出発のためにしずしずと巨体を氷上にあらわした。そして例の十四五人の怪人たちが、チンセイと丁坊の待っている方をむいて駈けてきた。
僚機「手の皮」
空魔艦「足の骨」は、出発の位置についた。 この巨機の窓という窓からは、いろいろな顔がのぞいている。しかしどれもこれも防毒面を被っているので、下から見ると、異様なお化けが巨人飛行機にのっているとしか見えなかった。 「さあ、はやく乗った!」 十四五人の怪人たちは、手まねをして、チンセイに、機の中に入るように命じた。この十四五人の怪人は何者であろうか。これこそ実は、この空魔艦の主脳部の人たちであったのである。 チンセイが乗ると、怪人は丁坊のそばによってきて、かるがると両方からぶらさげた。そして、よいこらと空魔艦のなかに積みこんだのであった。 どこへ空魔艦は行くのか。 爆音が高くひびくと、空魔艦は氷上に滑走をはじめた。ぴんと張った両翼は、どう見ても巨大ないきもののように思えてならない。そのうちに空魔艦はふわりと空中に浮いた。 チンセイは丁坊のそばにいる。 「チンセイさん。もう一つの空魔艦は、ついてこないのかい」 「いや、一緒に来るはずだよ。ほらほら、いま滑走をやっているよ」 丁坊は身体の自由がきかないから、外が見えない。 「もう一つの空魔艦は、なんという名前なの」 「ああ、あれかい、あれは『手の皮』というんだ」 「へえ、変な名前だね。これが『足の骨』で、もう一つのが『手の皮』かい」 「足の骨」と「手の皮」の二機は、ぐんぐん高度をあげて、北の方にとんでゆく。 「チンセイさん」 と、また丁坊がよびかけた。 「なんだい、丁坊。ちと黙っていろよ」 「だってチンセイさん。僕はこうして、いつまでたっても毛皮の袋の中に入れられたっきりだぜ。いやになっちまうなあ。チンセイさんから頼んで、僕を袋から出してくれないか。僕はもう逃げやしないよ。日本へ帰ることもあきらめている。だけれど、こんな窮屈な袋の中にいれられているのはいやだ。出して呉れればコックのことだって、ボーイの役目だってなんなりとするよ」 丁坊は熱心さを顔にあらわして、チンセイに頼んだ。 「そうだなあ」とチンセイはようやく本気になって、 「じゃあ一つ、機長の『笑い熊』さんに聞いてみてやろう」 「『笑い熊』だって?」 「ああそうだよ。それが機長の名前なんだよ。じゃおとなしくして、しばらく待っておれ、いいか」 チンセイは背広のポケットに両手を入れたまま立ちあがった。
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