空魔艦
暗い雑木林の中だった。 しかし丁坊は、もともと日本兵のように豪胆者だったから、すこしもおそろしくない。 懐中電灯をてらしながら、中へ入ってゆくと、やがてその場所へ来た。 そこには地面に大きな穴があいていた。附近の笹の葉には、清君の身体から出た血らしいものがとんでいた。 見たけれど、穴は深いが、なんにもない。ただ一つ土のなかから、丸い環と、これについている沢山の麻糸とをみつけだした。 「なんだろう、これは?」 と、手にとりあげて見ていたが、そのうちに丁坊は、 「ああ、これはたいへんなものだ。成層圏という高い高い大空のことをしらべる風船の破れたものだ。この下に機械がついているはずなんだが、どこにあるんだろう」 そういって、彼はあたりを懐中電灯でもってさがしはじめた。 そのとき近くで、ふと足音が聞えたと思ったら、 「あっ、――」 と、丁坊がさけぶひまもないほどすばやく、彼の頭の上から、なにか大きな布がばさりと被さった。 「ううー」 と、呻ってみたが、もうだめである。何者とも知らず、二三人の大人があつまってきて、丁坊のからだをかるがると抱き上げた。そして丁坊をどこかへ連れてゆく。 そのうち丁坊は、なんだかいいにおいをかいでいると思っているうちに、たいへんねむくなった。 どこへ連れられていったのやら、またどのくらいたったのかはしらないが、おそらくずいぶん長いことたった後なのであろうが、丁坊は、はっと眼がさめた。そのとき彼が一番はじめに気がついたのは、ごうごうという洪水が流れるような大きな音であった。 なんの音だろう。 と、思う間もなく、身体がすーっと下に落ちてゆく。 「はてな、――」 と思うまもなく身体は停った。目を明いてみると、小さい西洋風の寝台に寝ているではないか。部屋は小さい。あたりを見ると、誰もいない。 「ここはどこだろう」 そう思った彼は、寝台のそばに小さい丸窓のあるのに気がついて、顔をそっとその方へよせた。そのときの愕きくらい、丁坊にとって大きい愕きは外になかった。 「うわーっ、飛行機にのっているのだ」 しかしその愕きは、まだまだ小さかった。彼の目がひょいと向うの方にうつると、 「ああっ、――」 と、愕きのあまり息がとまるように思った。 なんであろう、あれでも飛行機なのであろうか。まるで要塞に羽根が生えてとんでいるようだ。 それが世にもおそろしい空魔艦とは知らず、丁坊は小窓にかじりつくようにして、向うを飛ぶその空魔艦の姿に見入った。
空中戦のはて
いつの間にさらわれてしまったのか、丁坊が気のついたときは飛行機のなかの寝台にねていたのだ。ところがその飛行機も、ただの飛行機ではなかった。 空魔艦とよばれる世界一のおそろしい飛行機であった。まるでお城に翼をはやしたような、ものすごいかっこうをしている空魔艦であった。 大砲や機関銃やらが、いくつあるのかちょっと見たくらいでは、数がわからないというたいへんな攻撃力をもっていた。 その空魔艦のおそろしい姿を、丁坊は窓のそとに見た。そこをとんでいるのだった。丁坊ののっている飛行機も、やはり空魔艦であった。つまり二台編隊で、ゆうゆうと空をとんでいるのである。 一体どこをとんでいるのだろう。そしてどこへゆくのだろう。 丁坊は、窓から地上をのぞいてみた。 見なれない景色がみえた。雪がふっていてまっしろだ。いや、氷山のようなものも見える。空は、いまにも泣きだしそうに灰色であった。 「ずいぶん北の方らしい」 丁坊は、そのときはまだなんにも分らなかった。氷の山が見えたり雪がいちめんにふっているから、北の方の国だと思ったばかりであった。 もしそのとき丁坊が、いま窓から下に見える土地が北極にごくちかい寒帯地方だと知ったらどんなにおどろくだろう。 いや、そんなことにおどろかなくてもいいことになった。もっともっとびっくりすることが向うからやってきた。 ダダダダダン。ダダダダダン。 いきなりはげしい機関砲の音であった。びりびりと、機のなかのかべがふるえた。 びっくりして窓からそとをみると、いつの間にあらわれたのか、上空から戦闘機が身がるにすーっとおりてくるのが見えた。 一機ではない。二機、三機、四機、五機――みんなで五つか六つある。それがいずれも編隊をくんで、まっさかさまにこっちを狙いうちにまいおりてくるのだ。 どどーン、どどーン。 大きな砲門もひらいた。 空にぱっとうすずみいろの煙が、ハンカチの包みをほおりだしたようにあらわれる。 こっちの空魔艦からうっているのである。 ダダダダン、ダダダダン。 向うの飛行機からも、機関銃が火のような弾丸をぶっぱなす。ときどきこつんと音のするのは、機体に敵の弾丸があたった音にちがいない。 フワーッと、敵機は空魔艦のまわりであざやかな宙がえりをうって逃げる。 そこをつづいて、ダダダダンとうつ。 おそろしい空中の戦闘だった。なぜこんなことが始まったのであろうか。
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