秘密の仕掛
「僕、なんにも知らないのです。なぜこんなところに下ろされたか知らないのです。もし知っていれば同じ日本人の隊長さん方に喋りますとも」 「いや、儂には、お前が本当に日本人かどうかということが分らないのだ」 「ええっ、僕が日本人でないかも知れないというのですか。ああ、そんな馬鹿なことがあるものですか。僕は立派な日本人です」 丁坊はわっと泣きだした。そうであろう。そのくやしさは尤もだった。日本人が日本人でないと疑われるくらい情けないことがあろうか。 大月大佐は、丁坊の眼からぼたぼた流れる涙をしばらく見つめていたが、やがて、 「――お前が日本人であることがはっきりわかるか、それとも空魔艦がなぜお前を下ろしたかその理由が分るか、そのどっちかが分らない間は安心していられないのだ」 と云って溜息をついた。 丁坊が日本人であることは、丁坊自身ばかりではなく、読者もよく知っている筈だ。しかし読者がもし丁坊のような場合にであったとしたら、どうして見ずしらずの他人の前に出て、自分は日本人だという証明をなさるであろうか。なんでもないように見えて、それはなかなかむずかしいことだ。 もう一つ、空魔艦がなぜ丁坊を下ろしたかという疑問は、これは空魔艦の幹部にきいてみないと分らない。 しかしそれは、いま空魔艦のなかでどんな光景がひろげられているかを説明すれば、容易にわかることだった。 ではその方へ、物語を移してみよう。 ここは例の氷庫の前の、空魔艦の根拠地であった。 丁坊をとらえた方の空魔艦「足の骨」の機長室では「笑い熊」と称ばれる機長が、マスクをしたまま一つの機械をいじっている。そのまわりには、六七人の幹部のほかに、中国人チンセイも加わって機械を注視している。 「こっちの機械はよく働いているんだから、もうそろそろ聞えてきてもいい筈だ」 と「笑い熊」はいった。 暫くすると、その機械から、ぼそぼそと語りあう話声がきこえてきた。 「笑い熊」は緊張して、機械の目盛盤をしきりに合わせた。 “隊長さん。なぜあなたがたは、こんな北極まで探険にこられたのですか。その目的はどんなことなのですか” そういう声は、紛れもなく丁坊の声であった。なぜ丁坊の声がきこえてくるのか。 “お前が日本人なら聞かしてもいいことなんだが――” という声は、たしかに隊長大月大佐の声であった。「笑い熊」はマスクの中でにやりと笑って、 「いよいよ喋りだしたぞ。あっはっはっ、探険隊の奴らも小伜も、まさかあの小伜の身体を包んだゴム袋の中に、無線電話機が隠してあるとは気がつかなかろう。見ていたまえ。いまに俺たちの知りたい探険隊の秘密の目的やなにかも、どんどん向うで喋ってくれるぞ。そうすればわが空魔艦の活動も、たいへん楽になる。うふふふ」 驚くべきことを、「笑い熊」は云った。丁坊の身体を包んだゴム袋の中に、無線電話機が入っているというのだ。もちろん丁坊も知らなければ、隊長大月大佐もこれを知らない。そしてこれが恐るべき空魔艦の一味に盗み聞かれるとは知らず、大佐はだんだんと重大な話を隠されたマイクロフォンの前に始めようとする。ああ危い危い。
重い使命
空魔艦「足の骨」の船内では、隊長「笑い熊」をはじめとし、主脳部の連中がそろって高声器の前へあつまっていた。それはいましも、水上の探険隊長大月大佐と丁坊少年の重大なる話が始まるところだったからである。 「丁坊。お前が熱心な愛国心をもった日本人だということはよく分った。では、わが探険隊の目的というのを教えてやろうよ」 と、これは大月大佐の声だった。 「ああ、隊長さんとうとう分ってくれたのですね。僕はこんなに嬉しいことはない。さあ聞かせてください。こんな極地へ探険にやってきた目的というのを」 と、これは丁坊の声である。 いよいよ重大な秘密が洩れそうである。氷上の探険隊員は誰一人として、この会話がそのままそっくり空魔艦の高声器から響きわたっているとは知らない。 その高声器の前へ、怪人隊長「笑い熊」は章魚のようなマスクをかぶった顔を近づける。 「――じゃあ丁坊。よく聞け。これは大秘密だがお前も知ってのとおり、このごろ北極に近い地方に、恐ろしい大型の飛行機をもった国籍不明の団体が集っていて、なにかしきりに高級な研究をやっているという情報が入った。北極のことなんかどうでもよいという人が多いのだけれど、儂はそれを聞いてびっくりした。というわけは、昔はこの氷の張りつめた北極地方はほとんど船で乗りきることができないので、交通路として三文の値打もなかった。ところが近年航空機がすばらしい発達をとげてからというものは、なにも氷をわけてゆかなくとも空を飛行機で飛べば、この北極地方を通りぬけられるという見込がついた。しかしこの北極航空にはまだいろいろ問題がある。そういう非常に寒いところでは、エンジンも電池もすっかり働きがわるくなるし、お天気などのこともよく分っていないし、飛行機に使っている金属材料もたいへん折れやすくなるなどという風に、いろいろと困ったことや分らないことがあるのだ。だから飛行機さえ持っていれば、極地をかんたんに飛びこえられると思うのは間違いである。わかるだろうね、丁坊」 「ええ、分りますとも」 「例の国籍不明の団体は、空魔艦によってこの北極にのりこみ、いろいろと研究を始めているらしい。その研究も、なかなか油断のならぬ研究であることは、空魔艦がときどき日本内地の上空に現れることからも察しられる」 「そうですとも。僕なんかも、東京に住んでいたのにとつぜん空魔艦にさらわれたんですものねえ」 「うん、そこだ。空魔艦団なるものは、明らかに日本を狙っているのだ。日本に対しどういうことをしようと思っているのか、それはまだはっきり分らないけれど、この際、それを知って置かねば日本国民は枕を高くして安心して寝てはいられない。われわれが若鷹丸に乗ってこんな大冒険をしてまでここへやってきたのもそれを突きとめるためだ」 と語る隊長大月大佐の言葉は、火のように熱してきた。
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