恐ろしい発見
下へゆくほど穴の直径は大きくなった。 たしかに噴火孔のあとである。 だが、下へ下りるほど、空気は冷え冷えとして、この島のどこよりも暑さがしのぎよかった。 旧火山跡にはちがいないが、かなり古い火口らしい。 やがて火口底らしいものが見えた。 この穴は、まっすぐにはいっていないで、直径が大きくなりだしたあたりから、やや横にはい出して、大きなトンネルのようになっていた。だから別にロープをぶら下げて伝い下りをしないでも、火口底へ下りることができた。 あたりは急にうす暗くなった。 穴の奥はまっくらで、いよいよ気味がわるい。四本の探検灯が、ぶっちがう。それが不安を大きくする。 「いよいよ、この奥に恐竜夫人が寝こんでいらっしゃるだろうが、みんなよういはいいかね」 いつの間にかリーダーとなった監督ケンが一同をふりかえる。 「オー、ケー」 「注意しとくが、ピストルも銃も、いよいよというときでないと撃たないことだね。恐竜をびっくりさせることは、できるだけよしたがいいからね」 「よし、わかった」 伯爵隊長の注意は、すなおに聞きいれられた。そして一行は、冷え冷えとした土の壁にからだをこすりつけるようにして、前進していった。 「おや、どこからか風が吹いて来る」 玉太郎が、一大発見をした。 「おお、そうだ。たしかに風が通っていく」 「やっぱり生ぐさい風だね」 「いや、さっきの生ぐさい風とはすこしちがうようだ」 監督ケンが、首をひねる。 「恐竜の呼吸がここまでとどいているんじゃないかね。すると、われわれは恐竜夫人がくわッとあいた口の前へ出ていて、たべられる直前にいるのじゃないかね」 ダビット技師がふるえ声を出す。 「大丈夫でしょう。ポチがおとなしくしているから、まだ危険はせまっていないようですよ」 玉太郎は自信のあるところをのべた。 「そうかしら。あの犬ころの頭脳は、ほんとうに信頼するに足るんかね」 技師が、まじめな顔をして、玉太郎にたずねた。 「まあ、信頼するに足りますよ」 「まあ――とは気にいらないね。あの犬は気がへんになることもあるのかね」 「そうですね。このごろ、時によると、急にさわぎ出すんです」 玉太郎は、この前、汽船の上でポチが見えない何物かにむかってほえたてたことを思い出したのだ。 「おーい、早くこい。光がさしこんでいるところが見つかった」 前方で監督ケンの声が、強くコダマをして聞えた。今までは、大したはんきょうもなかったところを見ると、監督ケンの立っているところあたりは壁体の性質が急にちがってきたのであろうと、玉太郎は思った。冷え冷えとした気候が、少年の頭脳のはたらきを、久しぶりにかいふくしたように思われた。 快報だ。 この噴火口のとちゅうにおいて、横穴があって、それが外まで抜けて、日の光がさしこんでいるのであろうと、誰もが思った。 一同は足をはやめて、監督ケンの立っているところへ急いだ。 「うわーッ。すごい……」 悲鳴ににたケンのさけび声に、一同はおどろかされた。 「おーい。来るのは、ちょっと待て」 ケンがそういった。 「どうしたんだ」 ダビット技師が、おそるおそる聞いた。 「どうしたといって、恐竜が、たくさんいるんだ。ええと五頭、いや六頭もいるんだぞ。目をまわさない用意が出来た上でないと、ここまで来て下をのぞいてはいけないよ」 六頭の恐竜がいるという。それが白日の光をあびて集まっているのでもあろうか。 「えええッ」 「うーむ」 と、つづく三人は、恐怖にあおざめ、思わず互いにすがりついた。 はたして、その向うには、どんなすさまじい光景が待っているであろうか。
恐竜の洞窟
なにがすごいといっても、こんなすごい光景は見たことは、玉太郎にとって、はじめてのことだった。 いや、玉太郎だけのことではあるまい。大胆なアメリカの映画監督のケンもダビットも、すっかり顔色をかえてしまい、しばらくその場に立ちすくんで、ひとことも口がきけなくなったことによっても知れる。 年をとったセキストン伯爵にいたっては、もう立ってはいられず、四つんばいになって岩にかじりつき、わなわなとふるえている。しかし伯爵は、ふるえながらも、岩のむこうを熱心にのぞきこんでいる。こわいもの見たさとは、この場の伯爵のことであろう。 四人の探検者の心を、かくも恐怖のどん底においこんでしまったすごい光景とは、いったいどんなものであったか。 それは、一言でいいあらわすなら、彼ら四人は、とつぜん「恐竜の洞窟」の見下せる場所へ出たのであった。 四人がかたまっている足もとには、岩があったが、そのむこうは、大きな空間がひらけていて、明るく光線もさしこんでいた。それは巨大なる洞窟であった。そして洞窟の天井にあたるところが、どこかわれ目があって、そこから熱帯の強い日光がさしこんで、洞窟内を照らしているのだった。 洞窟の中は、一面に青黒い海水がひたしていた。そしてその海水の中に、巨大なる恐竜が、すくなくとも四頭、遊んでいたのである。 一頭の恐竜でも、ぞおーッとするところへ、このふしぎな洞窟を発見し、その中に四頭もの恐竜が一つところへ集っているのを見たのだから、一同が死人のように青ざめたのもむりはなかろう。 その恐竜どもは、玉太郎たちが近づいたのに気がついていないようであった。それは彼らにとって幸いであった。もし恐竜がそれに気がつき、玉太郎たちを攻撃しようと思ったら、それはちょっと長い首をのばして、崖の上にいる玉太郎を一なめにすればよかった。また、玉太郎たちがにげだしたら、恐竜はひょいと洞窟の底を蹴って崖のうえにとびあがり、地下道を追いかければ、わけなく人間どもをとりおさえることができるのであった。 が、四頭の恐竜どもは、たがいに仲よくふざけていて、玉太郎たちには気がついていないようであった。 玉太郎は、ようやく心臓のどきどきするのをすこしくしずめることができた。そしてこの怪奇にぜっする恐竜洞を一そう心をおちつけてながめた。 見れば見るほど、天下の奇景であった。岩山がうまくより集って、偉大なる巣窟をつくっている。日は明るくさしこみ、そして洞窟の中をひたしている海水は、外洋に通じているようであった。そのしょうこには、海水は周期的に波立ち、波紋がひろがった。波は玉太郎の見ているところの方へ打ちよせて来る。してみれば、波がはいりこむ入口はこの洞窟の奥まったところにあるらしい。 そういえば、奥の方で、ときに美しい虹が見えることがあった。 恐竜が遊んでいる洞窟の中には、海水ばかりではなく、方々に赤黒い岩が水面より頭を出していて、まるで多島海の模型のように見えた。その岩は、海水にいつもざあざあと洗われているものもあれば、水面より何メートルもとび出して、どうだ、おれは高いだろうと、いばっているように見えるのもあった。 怪鳥が、しきりに洞窟内をとびまわっていた。そしてぎゃあぎゃあきみのわるい声で泣いた。 玉太郎が、この奇景に見とれていると、彼のそばへ、誰かしきりに身体をすりよせてくる者があった。玉太郎は、その者のために、横へおされて、姿勢をかえないと落ちるおそれがあるのに気がついた。「何者か、この無遠慮な人は」とふりかえると、なんのこと、それは探検隊長のセキストン伯爵だった。 (あ、この老人も、こわがっているんだな)と、玉太郎はちょっとおかしくなった。伯爵は、こわいものだから、玉太郎の体をかげに利用して、こわごわ岩鼻のむこうを眺めようとしているのであろうと、玉太郎は初めはそう思ったのだ。 ところが、それにしてはへんなところがあるのに、玉太郎は気がついた。というのは、伯爵の両眼は、くわッと大きくむかれていた。まばたきもしない。前方の一つところを、じいッと見つめているのだった。 その視線をたどってみると、どうやら伯爵の視線は、洞窟の海水のひたしている中央部あたりにつきささっているらしい。恐竜は、一頭は岩の上にはい上っているが、他の三頭はもっと左側へよったところで、あいかわらずふざけていたから、伯爵は恐竜を見つめているのではない。 なにごとだろう。伯爵は、何を考え、何をしようとしているのか。
伯爵の昂奮
玉太郎はじっと伯爵の動作を、それとなく注意していた。 伯爵は、何ものかにつかれた人のように、そばに玉太郎がいるのにも気がつかないらしく見えた。その伯爵は、急に一声うなると、岩のうえに腹ばったまま、筒型の望遠鏡をとりだして、目にあてた。そして前より熱心に、洞窟の多島海のまん中あたりを見つめているのであった。 (なんだろう。伯爵は、ひじょうに自分の気になるものをさがしているらしい。なにをさがしているのだろうか。この前この島へ来てここへ残していった探検隊員をさがしているのではなかろうか。それとも、恐竜よりも、もっと珍らしい前世紀の動物をさがしているのであろうか) 玉太郎は、いろいろと考えまわしたが、すぐにこの答えは出なかった。 「ううん、そんなはずはない」 伯爵は、ひくい声で、苦しそうにつぶやいた。 「伯爵。どうしたんです。なにをさがしているんですか」 玉太郎は、ついに伯爵にたずねた。 すると伯爵は、くわっと眼をむき、大口をあいて、玉太郎から身をひき、にらみつけた。その顔付きは、玉太郎がこれまで一度も見たことのないおそろしい形相だった。 「ああーッ。君なんか、君なんかの知ったことではない」 伯爵はいつもの伯爵とは別人のように、ごうまんな態度でいいはなった。そしてまた望遠鏡をとりあげて、洞窟のまん中あたりをさがしにかかるのだった。 そのとき、洞窟の中で、荒々しい羽ばたきをしてしきりに上になり下になり、たたかっている怪鳥が二羽あったが、それがそのとき、たがいにくちばしでかみあったまま、洞窟の天井から下へ、石のように落ちて来た。そしてあっという間に、一つの平らな岩の上で昼寝をしていたらしい一頭の恐竜に、どさりとぶつかった。 怪鳥は絹をさくようなさけび声をあげるし、恐竜もまただしぬけのしょうとつにびっくりしたと見え、巨体をゆすると、ざんぶりと海水の中へ身を投げた。そのあたりが、きらきらと、まぶしく光った。それは、海水の飛沫が、日に照りはえたようでもあったが、それにしては、あまりに強い光のように思われた。しかしそのきらきらきらは、恐竜がそれまでに腹ばいになっていた岩の上で特にきらきらきらとかがやいたように見えた。 「ううーッ。あれだ」 伯爵がしゃがれ声でさけんだ。しかしそのことばの意味は、玉太郎には通じなかった。玉太郎は、老伯爵がいよいよきみょうなうなり声をあげるので気味がわるくなり、どうしたのですかと、又たずねた。 「どうもしない。どうもしない。君、君なんかには絶対に関係ないことだ」 伯爵は、口ごもりながら、そうべんかいして、玉太郎をぐっとにらみつけた。 「そんならいいですが、あなたはなぜ、さっきから昂奮していらっしゃるんですか、伯爵」 玉太郎は、そういわないで、いられなかった。 「伯爵? あ、そうか。なに、わしが昂奮しているって、……あははは、とんでもない。わしは北氷洋の氷魂のように冷静だ」 なんだかわけのわからぬことを伯爵はさけんで、やっぱり昂奮していた。しかし彼は自分の昂奮を極力他人に知られたくないようすであった。とにかく、そのとき以来、伯爵は急にじょうきげんにかわったことはたしかであった。いったい何がこの老人を、こんなにうれしがらせているのであろうか。 「伯爵。その望遠鏡を、ちょっとぼくにかして下さいな」 「この望遠鏡を!」伯爵は、起きなおって例の望遠鏡をしっかり胸にだいた。「とんでもない。これは大事なものだ。貸すことはできない。ぜったい出来ない」 伯爵のようすは、いよいよただごとではなかった。玉太郎は、自分の方の味方をふやすために、あたりを見まわして、ケンとダビットの姿をもとめた。 と、その二人は、岩頭からのりだすようにして、しきりに恐竜の生態を映画にとっていて、ほかのことはぜんぜん注意をはらっていなかった。それもむりではない。さっき第一回の撮影に大失敗し、そのあと突然ふってわいたすばらしい恐竜洞の光景をつかまえ、今こそすばらしい機会だ、思う存分フィルムへとってしまえと、二人の映画人は夢中になっているのだった。 玉太郎は急に自分ひとりがそこにとりのこされているような気がして、おもしろくなかった。 彼は、愛犬ポチのことを思い出した。ポチを呼ぶために、口笛を吹こうとしたが、その直前に思いとどまった。恐竜は口笛がきらいなんではなかったか。口笛を吹いて、せっかくおとなしくしている恐竜をよび、巨獣どもを怒らせてはたいへんだ。 口笛を吹くのをやめたかわりに、玉太郎は岩鼻から前半身をのりだして、崖の下をながめた。 下はすごい岩壁であり、そしてやはりひたひたと海水に洗われていた。 「おや、あそこの岩に、人が倒れている」 玉太郎は、重大なることを発見した。その岩壁はまん中あたりでちょっと段になっていたが、その段の上に、誰か倒れているのであった。 「あ、ラツールさんだ。ラツールのおじさんだ。みんな来て下さい」 玉太郎は昂奮した。下をさしながら、彼はどなった。その声は、わんわんと大きく洞窟をゆすぶってひびきわたった。四頭の恐竜が、鎌首をもたげて、じろりと、こっちを見た。
冒険救助作業
撮影監督のケンもカメラマンのダビットも、撮影ちゅうししてそばへとんできた。 「あそこです。崖のとちゅうに人間がかかっているでしょう。あれがラツール記者なんです。やっとラツールさんのいどころが分りました。早く救って下さい。なんとかして生命をたすけてあげて下さい」 玉太郎は泣かんばかりに熱心を面にあらわして、ケンやダビットにたのんだ。きょとんとしている老伯爵にもたのんだ。 「よし。ロープを下してたすけよう」 ケンもダビットも、義侠心が強かったから、すぐこの人命救助にのりだした。玉太郎はうれしくて、胸がいっぱいになった。 「これでまに合うかな」 「大丈夫、あそこまでとどきますよ」 「とどくことは分っているが、このロープはすこし古いからね。切れやしないかと思う」 「大丈夫でしょう、こんなに太いんだから」 ケン監督は、大胆の中にもこまかい注意をはらう男だった。ロープは、撮影のときカメラマンのダビットをつりさげたりするために、とちゅうで手に入れたものだったが、すこし古びていた。一人の身体をささえるにはだいじょうぶだろうが、救助作業のときは二人いっしょにこのロープへぶら下る場合が予想されるので、そのときのことをケンは心配したのだ。 ダビットの方は、そんなことを気にもとめていなかった。 「ダビット。君が先へおりてくれ」 「よろしい」 ダビットはすぐロープを自分の腰にぐるぐるとむすびつけた。ケンはロープの他のはしをにぎって、伯爵と玉太郎に、それをしっかりにぎってうしろへ下がり、腰をおとすように命じた。 ケンは岩鼻のところに立ち、ダビットが岩をこえてそろそろ下へおりていくのをちゅうい深く手つだった。ダビットは、こういうことにはなれていると見え、要領よく身軽に、しずかにするすると下りていった。 ラツールの倒れている中段の岩までは、上から測って十四五メートルあった。ダビットはついにそこへおりつくことに成功した。彼はさっそくラツールの身体を調べにかかった。 「ダビット。どうだ。生きているか。けがをしているか」 ケンは手をメガホンのようにして、下にいる同僚にたずねた。 「……大丈夫だ、生きている。大したけがはない。しかし弱っている。なんか注射でもしてやりたい。それから多分水と食物だろう」 ダビットは下から報告してきた。 玉太郎はラツールが生きていると聞いて、たいへんうれしかった。大したけがをしていないとは幸運だ。たぶん彼は、永いあいだ食物も何もとらないので弱り切っているのだろう。 「やっぱり、ぼくが下りていかないとだめだな。それではと……」 ケン監督は、注射薬とその道具を持っていたので、下へおりていく決心をした。そこで上でロープをひっぱっている人数が二人になるので、それでは力が足りないから、伯爵と玉太郎をうながして、ロープのはしの方を、後方にとび出している手頃な岩にぐるぐるぐるとかたく巻きつけた。これならもう大丈夫だ。 「わしが下りよう」 伯爵がケンをおしのけていった。 「とんでもない。ぼくが下ります。注射もしなくてはならないのです」 「いや、わしだって注射はできるぞ」 「まあまあ。ここでまっていて下さい」 「そうかね。それでは行って来たまえ。そしてすんだらすぐ上ってくれ。下でぐずぐずしたり、余計なよそ見をするんじゃないよ」 「なにをいうんですかい、おじいちゃん」 そのとき、ケンは伯爵の気持を知らなかったので、笑いでうち消した。 ケンはするするとロープをつたわって下へおりた。そしてダビットを手にして[#「ダビットを手にして」はママ]ラツールの身体にいく本かの注射をうった。ラツールの顔が赤い色にもどった。心臓も強くうちはじめ、呼吸もしっかりして来た。 もうだいじょうぶと思われた。
悲劇は来る
だが、ラツールはひとりで立っている力はまだなかった。たいへん衰弱していたのだ。 「どうするかね、ケン」 と、ダビットは、救った男のしまつについて相談した。 「どうするのが一番いいかな」 二人はラツールのそばで協議を始めた。その間、ケンとダビットは煙草に火をつけ、相談しながら、ものめずらしげに下をじろじろと見まわしていた。 「おや、あれはなんだ。あの岩の上に、ぴかぴか光っているものがある」 ケン監督がゆびさした。それは、さっき恐竜がはいあがっていた平らな一つの岩の上であった。 「洞窟の宝もの。金貨にダイヤモンドに、その他いろいろの高価な宝石……じゃないかな」 ダビットは、おどけた調子でそういった。彼はじょうだんをいったのである。 「はり倒すぜ。お伽噺じゃあるまいし。さあお伽噺より現実の方がだいじだ。君はこのラツール君を背中にしばってこのロープをつたわってあがれるかい」 「オー・ケー。大いに自信がある」 ケンはぐにゃぐにゃのラツールをダビットの背にしばりつけた。ダビットは上から下っているロープへぶら下った。そしてぐうっと胸をちぢめてロープをのぼりはじめた。 そのとき、崖の上で、気がへんになったような人の声がした。玉太郎の声だ。 ケンは上をあおぎ見た。 「あッ、伯爵、なにをするんです。早くのいて下さい」 セキストン伯爵が、どういうつもりか、下へたれているロープをつたわって下りようとしているのだった。ケンはおどろいた。玉太郎も、とっさのこととて伯爵をとめるひまがなかったものと見える。 悲劇は、次のしゅんかんにやってきた。 ぷつり! ロープは、岩鼻の角にこすれたところから、もろくも切断した。 めいめいの悲鳴。 ケン監督がロープの下へかけよって、両手を上へつきだしたのと、その腕の中へラツールとダビットの重い身体がどさりと落ちて来たのとがほとんど同時であった。三人は餅のように重なって岩の上にたおれた。 それにつづき、ほんのちょっとのあいだをおいて、はるか下の方で、どぼーンという大きな水音が聞え、そのあとには、わんわんと、気味のわるい反響が長くつづいた。 伯爵がもんどりうって海水の中に落ちたのであった。 上の岩鼻には、玉太郎がひとりいた。 玉太郎はとほうにくれてしまった。 ロープは切れた。そして下におちた。三人は岩壁の中段に残った。セキストン伯爵は海中に落ちこんだ。どうすればいいだろう。 まず老伯爵の安否が気づかわれたので、玉太郎は岩鼻からのびあがって、一生けんめいに老人の姿をさがしもとめた。だがとちゅうに岩がとび出していて、伯爵が落ちたあたりは見えなかった。 それでは中段にとりのこされたケンとダビットと衰弱しているラツールを救うために、玉太郎は手もとにのこっていたロープをといて、下にたらしてみた。だがロープは短すぎて、その高さの半分もとどかなかった。 「ああ、こまった。どうすればいいだろう」 四人の生命があやういのだ。玉太郎だけが自由をもっている。そして四人の生命があやういことを知っているのは、玉太郎だけであった。 「ぼくは責任重大だ。おちつかなくちゃ……」 と、彼は自分の心をげきれいした。 もうこうなれば、うしろへひきかえして隊員を呼んでくるほかない。玉太郎は、そこでケンたちとれんらくをとり地下道を急いで元来た方向へとってかえした。 「そうだ。多分、あの沼のところに、ツルガ博士とマルタン氏がいるはず……」 地下道をついに抜け、崖をすべり下りて、沼の畔まで来た。 と、彼はそこに、なんともわけの分らないきみょうな光景にお目にかかった。 その沼畔に、ツルガ博士親子が身体をぴったりよせあっている。そして小さい竪琴を、ぽろんぽろんとしずかに弾いているのだった。それはいいが、二人の前には、恐竜のおそろしい首があった。この恐竜は沼の中から首だけを出して、博士親子をひとのみにしようとしているらしく思われた。 マルタン氏の姿が見えない。 いや、いた。氏は博士親子がもたれている太い樹のうしろに、腰をぬかさんばかりにがたがたとふるえていた。紙のように白い顔、丸い頭といわず額といわずくびといわずふきだしている大粒の汗は、水をかぶったようであった。 玉太郎は、気が遠くなりかけて、はっとわれにもどった。 いったいこれはどうしたのか。
奇蹟の博士親子
「うわーッ」 玉太郎は、その場の光景に気絶しそうになり、自分でもどうしてそんな声が出たかと思うほどのすごい金切り声を発した。 でも、誰だって、これを見れば、金切り声を出さずにはいられないだろう。だって、沼の中からぬっと恐竜が長い首をつきだして、もう一息でツルガ博士やネリをぱくりとのんでしまう姿勢をとっているのだった。 そこへ玉太郎が金切声を発したものであるから、恐竜の耳にもとどいたと見え、恐竜はくるっと首を横にまげて、玉太郎をきっとにらんだ。玉太郎は、氷の雨を全身にあびたように、がたがたふるえ出した。 が、ここで気絶しては、自分が背負っている重大な義務がはたせないと思いなおして、けんめいにこらえた。 「今だ。早くにげなさい。ツルガ博士。ネリーさーん」 玉太郎は、全力をあげて、やっとそれだけのことをいった。 と、恐竜はとつぜんどぼんと、沼の中に姿を消してしまった。 沼の表面には、はげしい波紋が起って、岸のところへ波がざぶりとうちあげた。 竪琴が急調をふくんで鳴りひびいた。ツルガ博士の手が、竪琴の糸の上を嵐のようにはしっているのだ。 ネリが、父親の博士にだきつくようにして、その耳に何かささやいている。 そのとき玉太郎は、とつぜん大きな身体にだきつかれた。 「おお、玉太郎、玉太郎。よくここへもどってくれた」 その大きな身体は、実業家のマルタンであった。ツルガ博士が腰をおろしていた大木のうしろで、ぶるぶるふるえていたマルタンであった。 「君は小英雄だ。恐竜をおっぱらってくれた」 マルタンは、玉太郎へほめことばと感謝を、こういって投げつけた。 「いったい、どうしたのです」 玉太郎が、たずねた。 「ツルガ博士が竪琴をひくから、恐竜がそれを聞きつけて襲撃してきたのだ。私は博士に、琴をひくのをすぐやめるようにいったのに、博士は頑としてきかない。君があのとおり恐竜をおっぱらってくれなかったら、私たち三人は次々に恐竜の餌食になってしまったろう。ああおそろしや」 マルタンは、もう一度はげしく身ぶるいして、沼の方をふりかえった。 水面は、もう静かにもどって、しずまりかえっていた。岸のところに木の根の上には、ツルガ博士がネリをだいてやさしくネリの頭髪をなでていた。 「たいへんなことができたんですよ。マルタンさん。この奥の恐竜洞へいった人たちが岩から落ちて、上ってこられなくなったんです。ラツールもやはり落ちていたのです」 「ええッ」 それから玉太郎は、早口でそのいきさつをのべた。そしてすぐにロープを洞窟へはこんで彼らを救い出さないと、四人の人たちは恐竜に殺されてしまうであろうといった。 「それはたいへんだ。みんな力を合わせなくては。おーい、ツルガ博士。たいへんなことが出来たんです。恐竜が伯爵やケンやダビットやラツールをくい殺そうとしているそうです。あなたも力を貸して下さい」 マルタンはそういって博士に呼びかけたが、博士はそれにたいして、頭を二つ三つ左右にふり、そのあとで、同じように手をふっただけであった。 ネリの方はびっくりして立ち上り、博士の手をとって立たせようとした。だが博士は、お尻に根がはえたように、その位置から動かなかった。 「邪悪な慾望を持った者たちの上に、おそろしい災難が落ちかかるのは、あたり前だ。わしは彼らに同情する気がおこらない。わしは恐竜の方に味方する。あの人たちが何をいおうと、かかわりあわないがいい」 博士は、ネリにいった。 ネリは苦しげに眉をよせて、父親と、玉太郎とマルタンの両人とを見くらべたが、やがて力なくその場にしゃがんだ。 玉太郎は、ツルガ博士のたいどとことばをふかいに感じた。四人の人間の生命が失われそうなときに、博士は自分だけが正しいのだ、自分さえよければいいんだと思っているらしいのにたいし、いきどおりをおぼえた。 だが、そのことで博士をとがめているひまはなかった。そんなことよりも、早く大ぜいの救援隊員をあつめ、それから長いロープをかついで、恐竜の洞窟へ一刻も早くかけつけなくてはならないのだ。 マルタンも同じことを思っていたと見え、 「玉太郎君。あの人はほうっておいて、早く海岸へ行って、他の人たちに協力をもとめようではないか。その方が早い」 「ええ、それでは急いで、海岸へもどりましょう」 と、二人は密林のなかへかけこんだ。
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