電球の魔術
玉太郎の心は、ようやく落ちつきをとりもどした。 「もう、じめじめしたかんがえはよそう。これから先の運命は、神様におあずけして、自分はのこりの生活のつづく間、ほがらかに生きて行こうや」 さとりの心が、玉太郎をすくった。彼はそれから、にわかに元気になった。口笛をふきながら、ぶらぶら海岸の白い砂の上を歩きまわった。 波うちぎわに、光るものがあった。 なんだろうと、そばへよって見ると、それは電球であった。 「こんなところに電球がある」 彼はそれを拾いあげた。べつにかわったところもないふつうの電球だ。しかしおよそこの無人島には、にあわぬものだった。 「漂流して、この島へ流れついたんだよ。やっぱりモンパパ号の遺物なんだろう」 電球なんかこの島に用がないと思ったけれど彼は、それを拾って手にもった。この電球が、やがてこの島の生活になくてはならないものになろうとは、玉太郎は気がつかなかった。 波打ぎわをすすむほどに、漂流物はそのほかにもいろいろあった。木片、箱、缶に缶詰など、少しずつだったがそれを拾いあつめることが出来た。やがて石垣のあるところまで出た。 たしかに人の手できずかれた石垣だった。しかしその一部は、こわれていた。そこから水がはいって、内側が入江のようになっている。 石垣のはずれのところに、カヌーという丸木舟が、さかさになってすてられていた。 どうしてすてられたのか、玉太郎には分らなかったが、これはスコールのときに波がおこって、この丸木舟を石垣越しにうちあげたものであった。 玉太郎は、そばへ行って、このカヌーをつくづくと見た。外へ出た腕木が折れていた。それを修理すると、彼は一つ舟をもつことになる。希望が一つふえた。そのあたりで引返すことにして、また元の場所へもどった。 ポチも帰って来ていなかったし、ラツールの姿も、やはりそこにはなかった。しかたがない。腹がどかんとへった。 椰子の木の根方をさがして、椰子の実をひろって来て、穴をあけて水をのんだ。それだけではたりない。 さっき拾った缶詰をナイフでこじあけてみた。すると思いがけなく、ソーダ・クラッカーというビスケットのようなもので、塩味のつよいものが、ぎっしりはいっていた。 「ああ、よかった。これだけあれば四五日は食べつなぎができる」 玉太郎の元気は倍にふえた。たべた。それはかなり大きい角缶であったから、あとはまるでそっくりしているようであった。 腹が出来ると、ねむくなって、又ねむった。その間に、蚊にくいつかれて目がさめた。太陽が西にかたむいた。やがて夜が来る。 「そうだ。火がほしい」 火がないと、こういう土地の夜はこわいとかねて聞いていた。 ところがマッチがない。ライターもない。これでは火なしの生活を送らねばならないのだ。こまった。 大いにこまりはてていると、ふと気がついたことがある。それは学校で実験をしたときに、ガラス球に水をいれ、それをレンズにして、太陽の光のあたる所へ出し、その焦点のむすんだところへ、黒い紙をもっていくと、その紙がもえだしたことがあった。 電球をさっき拾ってあった。それへ目が行ったとき、あの実験のことを思い出したのだ。玉太郎は、電球をにぎって波打ちぎわの方へ行った。そこで石を拾って、注意ぶかく電球の口金のところをかいた。しゅっと音がして、中へ空気がはいっていった。 その電球を、海につけた。海水が穴から中へはいっていく。やがていっぱいとなった。これでいいのだ。穴のところを手でもって、玉太郎は林のところへもどって来た。そしてかたむいた陽の光をこの水入り電球でうけ、その焦点を、そこにちらばる枯草の黒ずんだものの上におとした。 すると枯草はすぐ煙をあげていぶりだした。そこへ息をふきかけた。草は赤い炎をあげてめらめらともえだした。 「あッ。火をつかまえたぞ」 玉太郎は鬼の首をとったようによろこんだ。やがてこの島に闇がおとずれる。 その夜、玉太郎はどんな夢をむすぶことであろうか。
伯爵の昔話
ふかい闇の海上にシー・タイガ号はエンジンをとめた。 正に午前一時だった。 乗組んでいる人々の中で、目をさましていない者はひとりもいなかった。みんなはりきった顔でいるが、甲板へ出ている顔は誰がどんな顔をしているか分らなかった。この一千トンに足りないぼろ船は、団長セキストン伯爵の命令により、完全な灯火管制をしているのだった。 「まちがいなくここなのかね。ねえ船長」 伯爵は、身分ににあわぬ品のわるいがらがら声で、船長によびかけた。 「なんべんお聞きになっても、ここですよ。おっしゃったとおりの地点で、まちがいなしですよ。それに、ごらんのようにあの島の形は、おあずかりしている水夫ヤンのスケッチと同じ形をしていますからねえ」 「その島の形じゃが、わしにはよく見えんでのう。これは八倍の双眼鏡だがね」 「見えないことはありませんよ。しばらくじっと見ておいでになると、島の輪廓がありありと見えてきます。わしらには肉眼でちゃんと見えているんですからねえ。この見とうですよ」 そういって、くらやみでも目の見える船長は、セキストン団長の持っている双眼鏡をつかんで、それを船橋の窓枠におしつけ、そして正しい方向へむけてやった。 「さあ、のぞいてごらんなさい」 伯爵団長は、それをのぞいた。 「やっぱり、わしには見えん」伯爵は、がっかりしていった。「もっとこの船を、島の方へ近づけてもらおう」 「おことばですが閣下、もうそろそろ珊瑚礁になりますんで」 「リーフになったら、どうするというのかね」 「そうなると、この汽船は珊瑚礁の上にのりあげて、船底を破るおそれがあるのです。ですから本船はこれ以上深入りしないことにして、用事のある方だけ夜明けをまって、ボートに乗って島へ上陸されたらいいでしょう」 「君は、いくらいってきかせてもわからないんだね」伯爵がいらいらしていることは、その声で分った。「恐竜島へは、明るいうちにはぜったい近よれないんだ。この前、わしたちはこりごりしている。わしたちが逃げだすときだった。救いに来てくれた船に乗りうつって、やれやれ安心と思ったとき、島の上に一ぴきの恐竜がいて、こやつの目がぴかりと光った」 「へへん」 「……と思うまもなく、その恐竜は、どぼんと海中にとびこみ、そしてわしたちの乗っている船をめがけて、追いかけてきた」 「恐竜は水泳ができると見えますな」 「さあ、わしは恐竜が泳ぐところを見たことがない」 「だって、海を泳いで、閣下たちの乗っていられる船を追っかけて来たのでしょう」 「いや、そうではない。そのとき恐竜は、たしかに海の底を歩いていたのだ。しかし恐竜の首は、海面から百メートルぐらいも上に出ていた。船のマストよりも高いんだから、おどろいたね」 「ほんとうですか。わしは信じませんね」 「ほら話をいっているんじゃないよ。じっさいに恐竜を見たわしらでなくては、恐竜がどんなに大きいけだものであるか、どんなおそろしいやつか、とても想像がつかないよ」 「へーん。……で、それからどうなりましたか」 「それから……それからがたいへんだ。恐竜は、そこまでやってくると、大きな口をあいた。口の中はまっ赤だ。蛇のように長い舌をぺろぺろと出したかと思うと、いきなり船のマストにかみついた」 「ふーん。それはたいへんだ」 「かみついたと思うと、船がすうーッと上にもちあがった。恐竜の力はおそろしい。じっさいに船をもちあげたんだからね」 「ほう」 「船からは、恐竜にむかってさかんに発砲した。しかし恐竜は平気なものさ。船長はついに大砲を持ちだした。それをどかんとやると、恐竜の首をかすった。恐竜は、はじめておどろいて、へんないやらしい声で泣いた。とたんに、くわえていたマストをはなしたもんだから、こっちの船は五十メートルばかり下の海面へぼちゃんと落ちて、ぐらぐらと来た。あのときばかりは船長以下、舵もコンパスも放りっぱなしにして、みんながいっしょにすがりついて、船橋をごろごろころがった」 「そうでしょう。ステアリングどころじゃない」 「すると恐竜は、山のような大波をたてて海の中にもぐった。その波にあおられて、船は一マイルほど沖合へおし流された。それが幸いで、ようやく恐竜にくわれるだけは助かった。というのは、船体はさけてがたがたになっている。浸水がひどくて、手のつけようもない。それから三十分ばかりのうちに沈んでしまった。乗組員は少ないボートに乗れるだけ乗ったが、その夕刻の暴風でひっくりかえり、助かったのは、このわしひとりよ」 「これはおどろいた。恐竜がそんなにおそろしいという話を、今までどうしてお話にならなかったのですか。伯爵閣下」 「それはあたり前さ。そんな話をすれば、君たちはここまで船を進ませてくれなかったろうから」 「あ、なるほど」 「だから、恐竜の害をうけないように、夜でなくては、その島へ近づけないのだ」 「それはもっともなことです」 この話からおすと、セキストン伯爵は、再度、探険船を用意して、いま恐竜島の附近の海面までのりつけたものらしい。
十名の先発隊員
「あ、火が見える。恐竜島に火が見える」 水夫が、マストの上でさけんだ。 「おお、火だ。あんな所に、なんの火だろう」 船長も火をみとめて、びっくりした。 伯爵閣下には、あいかわらずそれが見えないので、いっそうさわぎたてる。 「海岸に火がもえている。……人影が見えない。……火は椰子の林にもえうつろうとしている」 船長は、望遠鏡に目をあてて、きれぎれにさけぶ。 「恐竜島に、まさか人間が住んでいるはずはない。あんなおそろしいところに、住めるわけはない。どうした火じゃろうか」 伯爵は、それが玉太郎の手ではじめられた、たき火とは知るよしもない。 だが、その玉太郎の姿が見えないのは、どうしたわけであろう。 そのわけは、大事件でも大秘密でもない。玉太郎はすっかり疲れきって、たき火のそばに、しゅろの蓆を寝床にして、ぐっすりと睡っているのだった。長々と寝ているものだから、沖合の船から望遠鏡でこっちを探しても、見えないのであった。 「閣下、どうなさる。船は引返しましょうか、それともここからボートで上陸されますか」 「もっと、この汽船を海岸へ近よせてもらいたい」 「それはだめです。いくらおっしゃっても、リーフに船底をやられてしまっては、この船はぶくぶくの外ありません。ボートで、早く下りていただきましょう。こんなおそろしいところでぐずぐずしていて、またこの前のように、恐竜のためにマストをかじられることは歓迎しませんからね」 船長は、いよいよ逃げ腰である。そうでもあろう。探険資金が少ないので、セキストン伯爵が、ねぎりにねぎって雇ったこのぼろ船のことである。船長以下の乗組員も、こんなやすい契約の仕事は早くおしまいにしたいと思っている。今のところ下級船員たちが、恐竜のおそろしさを知らないから、わりあいにまだ船内は静かにおさまっている。 そこで伯爵と船長の間に、もう一度おし問答があったがそのけっか、両者の間に、次のような協定がまとまった。すなわち、あと三十分以内に、第一回上陸希望者は、ボートにのりうつって、この汽船シー・タイガ号をはなれること。本船は、ただちにこの地点をひきあげ、てきとうなところで時間をおくり、あすの夜八時になったら、ふたたびこの地点まで来る。そして夜八時から九時までの一時間のうちに伯爵たちとれんらくをとること。それから、こういう出会は、三回かぎりのこと。それがすめば、伯爵たちの側にどんな事情があろうとも、本船は一路本国へひきあげること。 もちろん伯爵の方では、この条件にたいへん不満があったが、船長たちのきげんをこの上わるくしては、もっとわるい条件を出されるおそれがあったので、このへんでだきょうした。 そこで伯爵は、かねて同行してきた連中たちをあつめて、第一回上陸希望者をつのった。 ところが、そういう人たちは、みなこのふしぎな探険に胸をおどらせ、あるいは慾の皮をつっぱらせて伯爵に同行をねがった連中だったから、その大部分が第一回の組にはいりたがった。 けっきょく、くじびきできめることになった。 そのけっか、えらばれた人は、次の十名であった。 まず、団長のセキストン伯爵はくじびきぬきでくわわることに、だれも異存はなかった。 ツルガ博士。これは熱心な考古学者であった。しかし貧乏な人で、パリの一隅に研究室を持っていた。 このツルガ博士の娘で、ネリという幼い金髪少女。博士の家族は今自分とネリ嬢とたった二人だけであるから、こんどの探検にも、つれて来たのである。 実業家マルタン氏。でっぶり太った実業家らしい人。こんどの探検で、なにか新しい事業を見つけるつもりらしい。 ケンとダビット。この二人はアメリカ人で、ケンは映画監督、ダビットは撮影技師。この探検のことを聞いて、すばらしい探検記録映画を作るいきごみで加入した。 モレロ。これは探検家へ一番たくさんの寄附をした人。顔にきずがあり、すごい顔をしている。一くせも二くせもある人物。 張子馬氏。中国人で詩人だという。 この外に、水夫のフランソアとラルサンの二人。 これで十人だ。 伯爵団長に急がされて、みんなそれぞれの持物を持ってボートの中へ乗り移る。 張さんが、食糧係で、二人の水夫をさしずして、水やパンなどをつみこむ。こうしてよういは出来た。伯爵が最後に乗りこもうとして舷梯に一足かけたとき、 「閣下、ちょっと」船長がよびとめた。 「なにかね」 「さっきお話の恐竜は、あのとき死んだのですか、それとも生きのびたですかね」 「多分死んだろうね。なにしろ首を大砲の弾丸でけずられてみたまえ、君だって生きていられまい」 「なるほど。それで安心しました」 「しかしその恐竜が死んだという確証はない。では、さよなら、ボールイン船長」 伯爵は握手をもとめて、ボートの方へおりていった。 そのとき西の方から、急に強い風が吹き起った。見ればまっくろな嵐の雲が、こっちへ動いて来る。雲の中でぴかりと、稲光が光った。 舷側を、とがった波がたたきつけている。
とつぜん怪物出現
「やれやれ、かわいそうに。ボートは大波にゆすぶられてすぐには島へつけないだろう」 「もう一時間おそく、本船を放れりゃよかったのになあ」 「とんでもない。こんなおそろしいところに、あと一時間もまごまごしていられるかい」 船長は、すばやく防水帽をかぶって、微速前進の号令をかけた。 ばらばらと、大粒の雨が落ちて来た。 「半速。……おもー舵いっぱい」 船がぐるっとまわりはじめる。島の火が、左うしろへ流れていく。 「おや船長。どういうんだか。舵がよくききませんが……」 操舵手がうしろでさけんだ。 なるほどそういえば、いったん左うしろへ流れた島の火が、また正面近くへもどって来たではないか。 「おもー舵いっぱい」 「そのとおり、おも舵いっぱいなんですが、船が逆にまわっています」 「そんなばかなことがあるか。お前は何年舵をとっているんだ」 と、船長は操舵手を叱りつけながらも、なんだか背すじに寒さがはしるのを感じた。 そのときだった。舳の方で、ごとんとはげしい音がして船が何か大きなものにぶつかったようす。エンジンが苦しそうにあえぐ。 「どうした。何だい、ぶつかったのは……」 船長はブリッジから顔を出して、雨にうたれるのもかまわず、舳の方へ声をかけた。 するとその方からの返事はなく、そのかわり、船橋の上の無電甲板から誰かさけんだ。 「船長。船の上に、何かいますよ」 「なにッ。何がいるって」 「メインマストの上のあたりをごらんなさい。なにか黒い大きなものが立っています。竜巻かな、いや竜巻じゃない」 船長はおどろいて、メインマストが見えるところまで船橋の上を大またでとんで行って、上をあおいだ。 そのとき、ぎょォううッというようなあやしい声を上の方で聞いた。 と思ったとたんに、ぴかりと電光が暗闇を一しゅんかんま昼のように照らした。 「あッ、あれだッ」 船長はもうすこしで気絶するところだった。彼は見た。はっきり見た。おそろしい大怪物が、メインマストの上でくわっと口を開き、こっちをねめつけているのを。 恐竜だ。たしかに恐竜だ。 ついに、恐竜がやって来たのだ。 セキストン伯爵は、恐竜は昼間だけしか出ないといったが、夜も出るじゃないか。それならそうと、注意しておいてくれればいいのに……。 こまった。どうして恐竜とたたかうか。 大砲なんか、本船にはない。 それにしても、恐竜はもう死んだとばかり思っていたのに、なぜ現われたのか。 そうか、分った。首を大砲の弾丸でけずられた恐竜は、うらみにもえあがり、この船をおそって来たのだ。 おい、ちがうぞ。おれがやったことではないのだ。 と、ボールイン船長の頭の中は大混乱して、生きた気持もしない。 「船長、船長。あれは動物ですよ。海に住むとても大きな動物ですぞ」 わかっている、恐竜だ。 「恐竜だ。みんなピストルでも何でもいいから、あいつをうて」 「いや、うつな。あいつを怒らせると、たいへんなことになる」 船長は、下級運転士がよけいなことをいったのに腹を立てながら、うち消した。 「だめです。あのけだものは、大おこりにおこっていますぜ。あっ、船がかたむく。船長。本船はひっくりかえりますぞ。早く号令を出して下さい」 「号令を出せって。両舷全速だ」 「だめだなあ。本船には両舷エンジンなんかありませんよ。ああ、いけねえ。もうだめだ」 その声の下に、汽船シー・タイガ号は横たおしになってしまった。そしてふたたび復元する力もなく、乗組員たちの救いをもとめるさけびがものがなしくひびかうなかに、船はじわじわと沈んでいった。方々の開放されていた昇降口から海水が滝のようにとびこんだためであろうが、タイガ号が横たおしになったのは、とつぜん現われた恐竜の襲撃によることは明白だった。
ボートの運命
タイガ号が恐竜におそわれるすこし前に、ボートにのり移って同船をはなれたセキストン伯爵たちは、どうなったであろうか。 伯爵は、誰よりも早く、海中に恐竜が現われたことに気がついた。彼はおどろきのあまり心臓がとまりそうになったが、ここが生命の瀬戸ぎわだと思い、 「早く島へこぎつけるんだ。今シー・タイガ号は、怪物におそわれている。この間にすこしも早くボートを島へこぎつけろ。さもないと、われわれまで、怪物の餌食になってしまうぞ」と、オールをにぎっている連中に急がせた。 なお伯爵が、このように落着いていたのは、やはりこれまでの探検で、ふつうの人たちよりは胆がすわっていたせいであろう。彼は、「恐竜だ」ということばをわざとさけ「怪物が現われた」と、すこしおだやかなことばづかいをした。それは他の人々が、恐竜がと聞いたときに、そろって腰をぬかしてしまってはたいへんと、気がついたからだ。 ボートは、島のたき火を目あてに、波をかきわけて矢のように走った。 実業家マルタン氏が舵手だったが、氏は非凡なうでをあらわして、波をうまくのり切った。 島はだんだん近くなったが、ぴかり、ぴかりと稲妻がきらめくたびに、一同は不安にかられ、神に祈り、誓いをたてた。 がりがりッと大きな音がして、ボートは下から突上げられた。と、いくらオールで海面をひっかいても、もう進まなくなった。 「いけねえ。リーフへのしあげちまった」 水夫のフランソアがさけんだ。 「リーフへのしあげちまったって」伯爵がいまいましげに舌打ちをした。 「お前ら、海へはいってボートを、リーフから下ろしてくれ」 「とんでもないことでございますよ」 と、水夫のラルサンが、かぶりをふった。 「そんなことをいわないで、はやく海へはいってボートをおしあげてくれ」 「あっしゃ、鱶という魚がきらいでがんしてね。あいつはわしら人間が海へはいるのを一生けんめいねらっているんです。はいったところをぱくり。もものあたりから足をくいとられたり、お尻の肉をぱくりとかみ切っていったり。えへへ、なんでしたら閣下が鱶へ食糧をおあたえなすっては……」 ラルサンは皮肉をとばす。 「鱶にくわれる方が、恐竜に食われるよりは、ましだというのかい」 伯爵も負けずにやりかえした。恐竜といったが、それはラルサンたちの胸へ、ぎくりと大きくひびいた。 「恐竜がどうしたんで……」 「どうしたといって、わしらがボートで出たあと、海中からとつぜん恐竜が現われ、船は沈没してしまった」
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