三十五
傳「あれ、それじゃア
やま「左様じゃアって考えて御覧なさい、お前さんは頼まれたか知らないが、
典「なに厚かましいと、
やま「厚かましいから厚かましいと申しました、袖をお放しなさいよ」
と袖を引張るのを、
やま「お放しなさい」
と立上りながら振切って百度の
典「傳次々々」
傳「へえ、何うも
典「だからいけぬと云うに、無理遣りに連れ出して、
傳「お前さん、そう怒っちゃアいけねえ」
典「貴様は
傳「そんな事を言ってはいけねえ、旦那腹を立ってはいけません、
典「もう手前の云う事は聴かぬ、
傳「
典「連れて行って何うする」
傳「何うすると云ってまアお聞きなさい、
典「うーん
傳「それは大丈夫いきますとも」
とそれから様子を
三十六
傳「おい
やま「さア殺しておしまい、何うも恐しい悪党だ、徒党をして山へ連れて来て慰さもうとする気か、舌を噛んでも人に肌身を
傳「それじゃア仕様がねえ、おいそんな事を……お
やま「慰めば舌を喰切って」
典「なに」
傳「旦那腹を立ってはいけねえ、おい
と
やま「何を、放せえ」
と手に喰付きますから、
傳「いけねえ、此のあまっちょ、おい庄吉さん□□□□□□」
と□□□
やま「ひー殺してしまえ、殺せえ」
と云う声は
男「あゝ気の毒な、助けて
と飛出しましたのは
又「何者とは
傳「あゝ
と月影で顔を見合せると、互に見忘れませぬ。又市も傳次も見たようなと思うと、庄吉は宗慈寺に旧来奉公して居りましたから永禪和尚の顔を
庄「えゝ/\/\貴方は高岡の永禪様」
永「庄吉か」
庄「永禪様か」
と此の時は又市も驚きまして、
「
と又市の足へ
又「放せえ、うーん」
と
永「惠梅々々」
梅「はい
又「
梅「あゝ怖い」
又「お前は
やま「有難うございます、命の親でございます」
と手を合せたが、おやまは
又「何も心配は無いから」
と
又「さア是から
とおやまの手を取って白島村へ帰ろうとする途中、山之助が帰って伯父に知らせたから、村方の百姓二十人
三十七
おやまの
山「姉は
皆々も大悦びでございます。
又「実は
多「はい/\届けましても御心配はございません、重々悪い事が有る奴でございますから」
と是から名主へ届けました処が、
梅「私も因縁あって尼になり、誠に私は若い時分種々の苦労も有ったが、只今では仏道に
などと、
やま「もしあなた、一杯お酒を
又「いや誠に有難う、大した事ではなし、一体酒が
やま「いゝえもう二人ながら未だ子供のようでございます、
又「いや
やま「どうぞ召上って」
となみ/\とつぐ。
又「あゝ
やま「はい」
又「あの
やま「はい
又「御両親はないのかえ」
やま「はい両親はまアない様なものでございます、母は亡なりましたが、親父は
又「はア左様かえ、お前さんまだ
やま「はい」
又「二十二に成って
やま「はい」
又「お前まアねえ、一杯飲みなさいな」
やま「いゝえ
又「
三十八
やま「いゝえ半分などと仰しゃっては困ります、お厭なれば
又「おやまさん、
とおやまの手を取ってぐっと引寄せに掛りましたから堅い娘で驚きまして、振払って
又「怖がって逃げんでも
やま「あらまア
又「困る訳はない、
やま「御冗談でございましょう、貴方の様な方が
又「
やま「あなた本当に仰しゃるのですか」
又「本当だって今まで
やま「あら呆れたお方様で、それでは折角の貴方御親切も水の泡になります、伯父も
又「腹が立ちますと云ったって、恩義に掛けるわけではないが、けれども、
やま「貴方にはお
又「女房は有りやせん」
やま「あら惠梅様は貴方のお内儀でございます、お比丘尼様に済みませんから貴方の側へは参りません」
又「比丘だって
やま「それでも夜分は一緒に
又「御寝なるたって
やま「そんな事を仰しゃっては困ります、それでは
又「お前のように堅く出られては面白くない、そんな事を云わずに」
と無理遣りに手を取って引寄せまする。この時は腹が立ちますから
三十九
又市は増長して無理に引付け、
又「いや帰ったか」
梅「まことに呆れてしまって……おやまさん、さぞ腹が立ちましたろう、私も
又「誠に困ったなア、今御馳走が出たので一杯
梅「おやまさんお腹も立ちましたろうが堪忍して下さいよ、私は少し云う事が有りますから
又「酔うたのだよ、酔うて居るから
梅「何だえ今の真似は、ようお前
又「怖い事は有りやせん、若い娘にからかうは酒飲の当り前だ」
梅「当り前だって宿屋の女中や芸者じゃアない、一軒の
又「己が悪いから宥せ」
梅「宥せじゃアない、お前さんは何だね、あの
又「いゝや見捨てやアせんじゃア、そのような心ではない」
梅「おとぼけでない、嘘ばかり
又「あゝ聞いて居たな、酔うた紛れだ……
梅「私はお前さん故で
又「見捨てやアせん」
梅「見捨てかねないじゃアないか、見捨てられて難儀するも
又「愚痴をいうな、
梅「お前さんも高岡の大工町で永禪和尚という一箇寺の住職の身の上で有りながら、亭主のある私に無理な事を云うから、
又「これ馬鹿、大きな声をするな」
梅「云いたくもないけれどもさ、
四十
又「それは悪いよ、悪いが大きな声をして聞えると悪いやアな」
梅「いったって
又「馬鹿いうなよ」
梅「言ったって
又「
梅「お互だって当りまえで、馬鹿々々しいね、本当に
又「そんな事を云うな、己が悪いよ」
梅「
又「あいた/\/\痛い、
梅「痛いてえ
又「また
梅「わたしはもう厭だ、
又「おれも立つよ、おれが悪いから宥せ」
と
又「あゝまだ月が出ねえで、
梅「ちょっと/\又市さん、私は
又「提灯は持っている」
梅「
又「もう
梅「先へ
又「己も越したくも何ともないわ、えゝ
梅「よんどころなく立ったにもしろ月岡へ泊れば
又「困って悪ければ是から別れよう」
梅「別れて
又「
梅「打ったってお前そんな事を
又「
梅「
又「打ったで済むか、
と拳を固めて、ぽんと惠梅比丘尼の
梅「あゝ……痛い、何をするのだね、何を打つのだよ」
又「打ったが何うした」
梅「呆れてしまう、腹が立つなればね、宿屋へ泊って
四十一
又「己は
梅「呆れてしまった、私を見捨てる…あ痛い何をするのだね、
又「何うも
梅「愛想が尽きたってお前さん」
又「さっ/\と
梅「あれ危い、胸を突いて谷へでも落ちたら何うするのだね、本当に怖い人だ、それじゃア何だね私にお前愛想がつきて邪魔になるから、お前の身の上を知って居るから谷へ突落して殺す了簡かえ」
又「えゝ知れた事だ」
と云いながら道中差の小長いのを引抜きましたから、お梅は驚きまして、ばた/\/\/\逃げかゝりましたなれども、足場の悪い城坂峠、殊には夜道でございますから、あれ人殺しと声を立てに掛ったが、相手は亭主、そこは情と云うものが有るから、人殺しと云ったら人でも出て来て、二人の難儀に成りはしないかと思い、
梅「あれ気を静めないか、全く別れるなら話合いに」
と言掛けまするが、
梅「あゝ私を切ったな悪党、お前は私を殺して
と足にしがみ付くを、
又「おゝ知れた事だ」
と云いながら、刀を
又「おやまさん」
山「はい誰だえ」
又「
やま「又来たよ、又市が何うして来たねえ」
山「はい何でございますか、昼間お立ちなすった方ですか」
又「一寸開けて下さい、災難事が有って来たから」
山「はい/\」
と山之助が表の
又「
山「いゝえお
又「はてな何うも、今に此方へ来るに相違ないが、城坂峠へ掛るとね、全体月岡へ泊れば宜かったが、修行の身の上路銀も乏しいから一二里は踏越そうと思ったから、峠の中ばまで掛ると、四人ばかり追剥が出まして、身ぐるみ脱いで置いて
四十二
やま「あれまア、
又「いや怖い目に遭いました、あゝ心持が悪い、二三人できら/\するのを抜きました故な、
山「足を洗ってお上りなさい」
又「はい、
と是から酒を飲んで空々しい事を云って寝ましたが、
山「
又「いや
山「誠にお気の毒様、
又「年を取って女房に別れるは誠に厭な心持じゃア、大きに御苦労を掛けましたが何うも仕方がない、不思議の因縁じゃアに依って山之助さん、お前さん方も月岡まで寺参りに往って下さい、
と
やま「何をなさる」
又「静かに」
やま「えゝ
又「おやまさん、
と云われ余りの事に腹が立ちますから起上って、おやまは又市の顔を
やま「只た今出て行って下さい、呆れたお方だ、怖いお方だ、何ぞと云うと命を助けた疵が出来たと恩がましい事を仰しゃって
又「お前、何で