それから一週間ばかり、お種は逗留(とうりゅう)した。そこそこに帰郷の仕度を始めたと聞いて、親戚はかわるがわる正太の家を訪ねた。三吉も別れかたがた出掛けて行った時は、お俊、お延なぞの娘達が集って来ていた。森彦の二番目の娘で、遊学のために上京したお絹も来ていた。 「三吉、御免なさいよ。今髪を結って了いますから」 とお種は階梯(はしごだん)の下に近く鏡台を置いて、その前に坐りながら挨拶(あいさつ)した。お種の後には、白い前垂を掛けた女髪結が立って、しきりと身体を動かしていた。 「叔父さん、私も母親さんの御供をして、一寸郷里(くに)まで行って参ります。実は行く前に、御相談したいことも有りますし、私の方から今伺おうと思っていたところなんです」 正太は叔父の顔を見て、丁度好いところへ来てくれたという風に言った。 三吉、正太の二人は連立って、河の見える二階へ上った。窓の扉(と)だけ赤く塗った河蒸汽が、音波を刻んで眺望の中に入って来た。やがて川上の方へ通過ぎた。 三吉は薄く濁った水を眺めて、 「姉さんも、何事(なんに)も言出さずに帰って行くものと見えるネ……時に、正太さん、相談したいというのは何ですか」 と叔父に言われて、しばらく正太は切出しかねていた。金の話であった。郷里(くに)に居る正太の知人で、叔父の請判(うけはん)があらば、貸出しそうなものが有る。商法の資本(もとで)として、二千円ばかり借りて来たい。迷惑は掛けないから、判だけ捺(お)してくれ。 「実は――この話は、母親さんからこうこういう人があると、聞出したのが元なんです」と正太は折入って三吉に頼んだ。 お種は髪が出来て上って来た。 「三吉――もう俺も親類廻りは済ましたし、是頃(こないだ)の晩のようなことが有ると可恐(おそろ)しいで、サッサと郷里(くに)の方へ帰るわい」 こう話しているところへ、お仙も来て、名残(なごり)惜しそうに叔父の方を見たり、二階から見える町々の光景(さま)などを眺めたりした。 「なあ、お仙」とお種は娘の方を見て、「三吉叔父さんにも御目に掛ったし、これでお前も気が済んだずら……早く仕度をして帰るまいかや」 「ええ、田舎(いなか)の方が安気(あんき)で好い。兄さんや姉さんの傍に居られるだけは、東京も好いけれど――」とお仙は皆なの顔を見比べながら言った。 三吉が別れを告げて、この家を出たのは町に燈火(あかり)の点(つ)き始める頃であった。薄暗く成って、復た三吉は引返して来た。つづいて森彦も入って来た。 「オヤ、三吉叔父さん、森彦叔父さんも御一緒に……」 と豊世は迎えに出た。二人の叔父は用事ありげに下座敷へ通った。 「叔父さん達は御風呂は如何(いかが)ですか」と豊世は款待顔(もてなしがお)に、「今日は、郷里(くに)へ帰る人の御馳走に立てましたところですが――」 「それじゃ、とにかく一ぱい入るとしよう」と森彦が言った。 皆な出発するという前の晩のことで、何となく家の内は混雑(ごたごた)していた。
食事を済ました後、叔父達は二階の縁側に近く居て、風呂から出る正太を待受けた。屋外(そと)は最早(もう)暗かった。お仙は煙草盆の火を見に上って来た。 森彦は胡坐(あぐら)にやりながら、 「お仙、兄さんは未だお風呂かネ」 「いえ、もう上ったずら……これから私達もよばれるところだ」 こう言って、お仙は一寸縁側へ出た。沈んだ空気は対岸の町々を遠くして見せた。河は湖水のように静かであった。お仙は欄(てすり)のところから夜の空を眺めて見て、やがて階下(した)へ引返して行った。 そのうちに正太が煙草入を手にして上って来た。チラと彼の眼は光った。 森彦は肥った身体を正太の方へ向けたが、顔はむしろ三吉の方へ向けて、 「いや、他(ほか)でも無いがネ――俺は途中で三吉と行き逢って、彼(あれ)がお前から相談を受けたという話を聞いた。そいつは考え物だぞ、三吉も一緒に来い、俺が行って正太によく話してやる。そう言って彼を引張って来たところだ」 「ああ、そのことですか」と正太は苦笑した。 三吉は河の方を見ていた。森彦は正太を諭(さと)すように、みすみす三吉に迷惑の掛るものを黙って観ている訳には行かぬ、証文に判をつけ――実も達雄も皆な同じ行き方で親類を倒している――こう腕まくりで言出した。 「そういうことなら、叔父さん、この話は断然止めましょう」 と正太はキッパリ答えた。 お種が階下(した)から煙草盆を提(さ)げて談話(はなし)の仲間入に来た頃は、森彦の声は高かった。ウンと言わなければ気の済まないのがこの叔父の癖で、お種や正太を前に置きながら、盛んに橋本父子(おやこ)を攻撃し始めた。叔父の目から見ると、正太の相場学なぞは未だ未だ幼稚なもので、仲買人のナの字にも行っておらぬ。こんなことが森彦の口を衝(つ)いて出て来た。 その時、豊世もお仙と一緒に、浴衣(ゆかた)でやって来た。叔父の猛烈な語勢が、階下(した)にいる老婆(ばあさん)はおろか、どうかすると隣近所までも聞えそうなので、心の好いお仙は沈着(おちつ)いていられないという風であった。母の傍へ行ったり、兄の顔を眺めたりして、ハラハラしていた。 「森彦――お前の言うことは、好く解った……好く解った……正太も、叔父さんの言うことをよく聞いて置いて、橋本の家を興してくれるが可いぞや……ええ、ええ、それを忘れるようなことじゃ、申訳が無いで……」 こうお種は言いかけたが、興奮のあまり声が咽喉(のど)へ乾干(ひから)び付いたように成った。豊世も姑(しゅうとめ)の側に考深い眼付をして、女持の煙管(きせる)で煙草を燻(ふか)していた。 「今までの家風は、皆なが言うことを言わなさ過ぎたと思いますわ」と豊世は顔を揚げて、「母親さん、これから皆なでもっと言うことにしようじゃ有りませんか」 軽い、無邪気な、お仙の笑声が起った。 漸(ようや)く、一同、笑って話すことが出来るように成った。森彦も愛嬌(あいきょう)のある微笑(えみ)を見せて、 「なんでも人間は信用が無くちゃ駄目だ。俺なんかも、十年一日のごとしで、志ばかり徒(いたずら)に大きいようなものだが、信用を失わないように心掛けているんで持ってる……」 「そうサ。お前は酒も飲まず、煙草も服(の)まず――そこは一寸真似(まね)の出来ないところだ」とお種が言った。 「これで何だぞい、俺は旅舎生活(やどやぐらし)を始めてから、唯の二度しか引手茶屋へも遊びに行ったことが無い。それも交際(つきあい)で止(や)むを得ない時ばかり。一度はMさんの出て来た時、一度は――」 「二度と断ったところはよかった」と三吉が笑出した。 「いえ、正直な話サ」 森彦は三吉を睨(にら)むようにして言ったが、終(しまい)には自分でも可笑しく成ったと見えて、反返(そりかえ)って笑った。 「姉さん」と森彦はお種の方を見て、「俺はこういう話を覚えているが――貴方達(あなたがた)が未だ東京に家を持ってる時分、お仙が二階から転がり落ちて、ヒドク頭を打った――それを貴方達は知らずに寝ていたということだが――」 「そんなことは、虚言(うそ)だ」とお種は腹立たしげに打消した。 「とにかく、今夜のような話は、為る方が可いネ」と三吉が正太に言った。 「稀(たま)にはこういう話も聞かんと不可(いかん)」正太も元気づいた。 お種は弟を顧みて、「三吉、お前は私のことを……旦那(だんな)に逢って見る積りで、今度出て来たんだろうなんて、そう言ったそうなネ……」と他事(ひとごと)のように言った。 「まあそんな話が出たことも有りました」と三吉は微笑んで、「しかし、姉さん、子のことも考えんけりゃ成りませんからネ」 「ええ、ええ、そこどこじゃない」とお種は力を入れた。 しばらく森彦は姉の横顔を眺めたが、やがて、 「この婆(ばば)サも、これで未だ色気が有る」 と急所を衝(つ)くように言い放った。盛んな笑声が起った。一同の視線はお種の方へ集った。 「ウン有る――有る、有る」 お種は口を尖(とが)らせて、激した調子で答えた。そして、ブルブル身体を震るわせた。 「風向が変って来ましたぜ」と三吉は戯れるように。 「今度は俺の方へお櫃(はち)が廻って来たそうな」とお種も笑い砕けた。 お仙は手を振って笑った。 「しかし、串談はとにかく」とお種は浴衣の襟を掻合せて、「こう皆な集ることも、めったに無い。どうだ、豊世、お前も何か言うことがあらば――叔父さん達の前で言えや」 「母親さん、私は……別に言うことも有りません」 と答えて、豊世は胸を押えながら、俯向(うつむ)いて了った。 叔父達が夏羽織を引掛けて、起(た)ち上った頃は、対岸の灯も幽(かす)かに成った。混雑した心地(こころもち)で、一同は互に別れを告げた。 「いや、危いところ――」 と森彦は正太の家を離れてから、三吉に言った。
七
昼間から花火の音がする。 両国に近い三吉の家では、毎年川開の時の例で、親類の娘達を待受けた。豊世も、その日約束して置いて、誰よりも先にお雪のところへ遊びに来ていた。 「よくそれでも、叔母(おば)さんは子供の世話を成さいますねえ」 「私だって心から子供が好きじゃ有りません」 叔母のような家庭的な人の口から、意外な答を聞いたという面持で、豊世は母衣蚊屋(ほろがや)の内にスヤスヤ眠っている乳呑児(ちのみご)の方を眺めた。そこへ二番目の新吉を背負(おぶ)った下婢(おんな)に連れられて、種夫が表の方から入って来た。 「種ちゃんも、新ちゃんも、オベベを着更えましょう。今に姉さん方がいらっしゃるよ」とお雪が言った。 「どれ、種ちゃんは叔母さんの方へいらっしゃい」と豊世は種夫に手招きして見せて、「豊世叔母さんが好くして進(あ)げましょうネ」 幼い兄弟は揃(そろ)いの新しい浴衣(ゆかた)に着更えた。丁度、三吉は町まで用達(ようたし)に出掛けた時で、子供に金魚を買って戻って来た。 「正太さんは?」 三吉は豊世の顔を見て尋ねた。お種を送りながら郷里(くに)の方へ行った正太も、最早引返して来ていた。 「宅は後から伺いますって」と豊世は微笑(ほほえ)んで、「どうして、宅がこんな日に静止(じっと)していられるもんですか」 「今、豊世さんから伺ったんですが」とお雪は夫に、「塩瀬の御店もイケなく成ったそうです」 「叔父さんは未だ御聞きに成りませんか」と豊世が言った。 「いよいよ駄目なんですか。好い店のようでしたがナ。そいつは正太さんも気の毒だ」 「真実(ほんと)に相場師ばかりは、明日のことがどう成るか解りませんネ。川向に居ます時分――あの頃のことを思うと、百円位のお金は平素(しょっちゅう)紙入の中に入っていたんですがねえ」と言って、豊世は萎(しお)れて、「そう言えば、森彦叔父さんにああ言って頂いたんで、宜う御座んしたよ。あのお金を借りて持っていようものなら、それこそ――今頃はどう成っているか解りません」 三吉はお雪と顔を見合せた。 「私もツマリませんから、花火でも見て遊びますわ」と豊世は嘆息した。 お雪は着物を着更えた。豊世は叔父から巻煙草を分けて貰って、眼を細くしながらそれを吸った。三吉も煙草を燻(ふか)していたが、やがて独(ひと)りで二階へ上って行った。
黄色い花火の煙が町の空に浮んだ。三吉は二階の縁側に出て、往来へ向いた簾(すだれ)の影から眺(なが)めた。 「……人妻などに成るものではないと、よく貴方から言って寄(よこ)したから、ひょっとかすると最早名倉さんの方へ帰っているかとも思うが……試みにこの手紙を進(あ)げる……」 こう三吉は心に繰返して見た。これはお雪が旧(ふる)い男の友達から、彼女へ宛(あ)てて寄した手紙の中の文句で。 言うに言われぬ失望が、ふとこの手紙を読んだ時から、三吉の胸に起って来た。長く艱難(かんなん)を共にしながら、これ程妻が自分を知らずにいたか、と彼は心にナサケなく思った。のみならず、全く心の持方の違った、気質も異なれば境遇も別な、こういう他人の手紙の中から、どう妻の心を読んだら可いか、第一それからして思い迷った。 ポンポン音がする。煙は風に送られて、柳の花のように垂下った。三吉はションボリ立って眺めていた。 「叔父さん――」 と声を掛けて、正太がズカズカ階梯(はしごだん)を上って来た。 急に三吉は沈鬱(ちんうつ)な心の底から浮び上ったように笑った。正太と一緒に坐って、兜町(かぶとちょう)の方の噂(うわさ)を始めた。 「塩瀬の店も駄目だそうだネ」と彼が言って見た。 「豊世からでも御聞きでしたか」と正太は叔父の方をキッと見て、「私が兜町へ入る頃から、塩瀬というものは実は駄目だったんです。外部を弥縫(びほう)していましたから、店に使われる者すら知らなかった。幹部へ入ってみて、それが解った。いよいよあの店も致命傷を負いました。銀行からは取付(とりつけ)を食う、得意は責めて来る――そう成ったら、実にミジメなものですよ。多分、あの店は、一旦閉めて、更に広田というものの名義で小さく始めることに成るでしょう。私なぞは、今までの行き掛り上、相談には乗ってやっていますが、殆(ほと)んど手を引いたようなものです」 すべての劃策(かくさく)は水泡に帰した、と正太は歎息した。彼は仲買人として、別に立つ方法を講じなければ成らない、とも言った。 「榊(さかき)君はどうしたろう」と三吉は思出したように。 「あの人も失敗して、郷里(くに)へ帰ったきりです。再挙を計る心は無さそうです」 こんな話をしていると、階下(した)では娘達の笑声が起った。二人は一緒に階梯を下りた。お俊、お延、お絹を始め、お雪が末の妹のお幾も集って来た。娘達の中には、縁先に来て、涼しそうな鳴海絞(なるみしぼり)を着た種夫や新吉に、金魚を見せているものも有った。 「お雪、皆なで写真を撮(と)ろうじゃないか。お前達は子供を連れて先に写してお出。俺(おれ)は正太さんと二人で写す」 と三吉は妻を呼んで言った。お雪は嬉しそうに微笑んだ。往来にはゾロゾロ人の通る足音がした。 夕方から、表の木戸を開けはらって、風通しの好い簾の影で、一同揃って冷麦を食った。 「世が世なら、伝馬(てんま)の一艘も買切って押出すのにナア」 と正太は白い扇子(せんす)をバチバチ言わせながら、叔父と一緒に門の外へ出て見た。
「お俊ちゃん達もいらっしゃいな」 お雪は娘達を呼んで、豊世と一緒に入口の庭へ下りた。町中のことで、往来の片隅(かたすみ)に涼台を持出して、あるものは腰掛け、あるものは立って通る人々の風俗を眺(なが)めた。 「お俊ちゃんは島田に結っていらっしゃれば可いのに。好く似合いますわ」と豊世はお俊の方を見た。 「此頃(こないだ)もネ、お俊姉さんのは催促髷(さいそくまげ)だなんて、皆なでサンザン冷かしました。ですから姉さんは結っていらっしゃらないんですよ」 こうお絹が言出したので、娘達は皆な笑った。 「絹ちゃんは感心に、田舎訛(いなかなまり)が出ないこと」と豊世は言って見た。 「郷里(くに)で稽古(けいこ)して来たんですもの」とお絹はすこし下を向いた。 「延ちゃんは、もうすっかり東京言葉だ」とお雪も娘達の発達に驚くという眼付をした。 群集は町を隔てて潮のように押寄せて来ている。花火の音と一緒に、狂喜する喚声(さけびごえ)が遠く近く響き渡る。正太と三吉は、河岸を一廻りして戻って来た。娘達は揃(そろ)って出掛けようとした。 「ハイカラねえ」 とお延は、町を通る若い娘を叔父に指してみせて置いて、連(つれ)の後を追った。 お雪は子供を見に家の内へ入ったが、やがて茶を入れて涼台のところへ持って来た。豊世も煙草盆を運んだ。 「お俊ちゃんから今日話がありましたが」とお雪は夫の傍へ寄って、「お祝の時には、私の帯を貸して下さいッて」 「帯は自分のが有るじゃないか」と三吉が言った。 「御婚礼の時の着物に似合わないんですッて」 「じゃあ、貸して進(あ)げるサ」 こんな内輪話をしている叔母を誘って、豊世は河岸の方へ歩きに出掛けた。涼台のところには、正太と三吉と二人残った。 三吉は笑いながら「向島もどうしましたかネ」 と小金の噂なぞをして見た。二人の間には、向島で意味が通じた。 「豊世のやつも、気ばかり揉(も)んで――弱っちまう」と正太は歎息するように。 「いっそ、向島に逢わせてみたらどうです」と三吉は戯れて言った。 「いえ、叔父さん、既に最早逢わせてみたんです。駄目、駄目、それほど豊世がサバケていないんですからネ。土手のある待合でした。そこへ豊世を連れて行くと、向島も来て変に思ったと見えて、容易に顔を出しませんでした。あそこで、豊世が一つ笑ってくれると可いんでサ……」 「そりゃ、君、笑えないサ。女同志だもの」 「すると、さすがは商売人だ。人が悪いや。帰りに向島が車を二台あつらえて、わざわざ二人乗の方へ豊世と私を乗せて、自分は一人乗でそこいらまで送って来ました……後で、豊世の言草が好いじゃ有りませんか、『もっと私は凄(すご)い女かなんかと思っていた、貴方はあんなのが好いんですか』ッて……しかしネ、叔父さん、色に持つなら私はああいう温順(おとな)しいのを選びますよ。そのかわり、取巻にはどんな凄いんでも……」 紅や薄紫の花火の色が、夜の空に映ったり消えたりした。二人が腰掛けている涼台から、その光を望むことが出来た。三吉は、多勢子供を失ってから、気に成るという風で、時々自分の家の内を覗(のぞ)きに行って、それから復(ま)た正太の話を聞きに来た。 どうかすると、三吉の心は空の方へ行った。半ば独語(ひとりごと)のように、 「家というものはどうしてこう煩(わずらわ)しいもんでしょう。僕のところなぞは、もうすこしウマく行きそうなものだがナア……」 こう正太に話して聞かせた。 そのうちに、豊世やお雪は手を引き合いながら、明るい軒燈(ガス)の影を帰って来た。二人とも下町風の髪を結って、丁度背も同じ程の高さである。お雪は三十を一つ越し、豊世もやがて三十に近かった。お雪が堅肥りのした肩や、乳の張った胸のあたりに比べると、豊世の方はやや痩(や)せていたが、それでも体格の女らしく発達したことは、二人ともよく似ていた。二人は話し話し涼台の方へ近(ちかづ)いた。 間もなく娘達も手を引いて帰って来た。私語(ささや)く声、軽く笑う声が、そこにも、ここにも起った。知らない男や女は幾群となく皆なの側を通過ぎた。 仕掛花火も終った頃、三吉は正太と連立って、もう一遍橋の畔(たもと)まで出て見た。提灯(ちょうちん)や万燈(まんどう)を点(つ)けて帰って行く舟を見ると、中には兜町方面の店印をも数えることが出来る。急に正太は意気の銷沈(しょうちん)を感じた。叔父と一緒に引返した。
遅く成ったので、花火を見に来た娘達は分れて泊ることに成った。お俊とお絹は正太夫婦に連れられて行った。三吉の家には、お延、お幾が残った。 町中の夏の夜。郊外では四月(よつき)五月(いつつき)も釣る蚊帳(かや)が、ここでは二十日か、三十日位しか要(い)らない。でも、毎年のように蚊が増(ふ)えた。その晩も皆な蚊帳の内へ入った。 ふと、三吉が眼を覚ました頃は、家のものは寝静まっていた。蚊の声がウルサく耳について、しばらく彼は眠られなかった。枕頭(まくらもと)の方では、乳臭い子供の香(におい)をたずねると見え、幾羽となく集って来ていた。蚊帳の内にも飛んでいた。三吉は床を離れた。蝋燭(ろうそく)とマッチを探って来て、火を点(とも)した。妻子(つまこ)はいずれもよく寝ていた。緑色の麻蚊帳が明るく映っても、目を覚まして声を掛けるものは無かった。 「種ちゃんはあんなところへ行って、転(ころ)がってる――仕様が無いナア、皆な寝相(ねぞう)が悪くて」 こう三吉は、叱(しか)るように言って見て、あちこちと子供の上を跨(また)いで歩いた。 蚊を焼きながら、三吉はお雪の枕許(まくらもと)へ来た。まだお雪は知らずに寝ていた。見ると、何等(なん)の記憶に苦むということも無いような顔付をして、乳呑児の頭の方へ無心に母らしい手を延ばしながら、静かに横に成っていた。三吉は燭台(しょくだい)を妻の寝顔に寄せた。そして、お雪の心を読もうとするような眼付をして、猶(なお)よく見た。何物(なんに)も変ったものが蝋燭の光に映らなかった……深い眠はお雪の身体を支配しているらしかった。顔面(かお)のどの部分でも、眠っていないところは無かった。白い腕までも夢を見ていた。 蚊帳の外まで燭台を持って廻った後、三吉は火を吹き消した。復た自分の床に入って、枕に就(つ)いた。 翌朝(よくあさ)は、お延やお幾が種夫を間に入れて、三吉夫婦と一緒に食事した。新吉もその傍で、下婢(おんな)に食べさせて貰った。 「いやです、父さん――人の顔をジロジロ見て」とお雪は食いながら言った。 「見たって可いじゃないか」と三吉は串談(じょうだん)らしく。 「そんなに見なくたって宜う御座んす」 とお雪が言ったので、娘達はクスクス笑った。 「どうだ、昨夜俺は起きて、お前達の知らない時に蚊を焼いたが……皆なよく寝ていた」と言って、三吉は戯れるような口調で、「叔父さんは延の寝言まで聞いちゃった」 「嘘(うそ)、叔父さん、私が寝言なんか言うもんですか」とお延が笑う。 「私は、兄さんが蚊を焼きにいらしったのを知ってたけれど……黙って寝た振をしていた」とお幾も笑った。 間もなく三吉は独りで自分の部屋へ上って行った。 二階――そこは三吉が山から持って来た机の置いてあるところで。そこから坐りながら町々の屋根や、水に近い空なぞを望むことが出来る。そこから階下(した)に居る人達の声を手に取るように聞くことも出来る。彼が仕事で夢中に成っている時は、夜遅くまで洋燈(ランプ)が点いて、近所の家々で寝て了(しま)う頃にも、未だそこからは燈火(あかり)が泄(も)れていることもある。 階下から聞える声は、とは言え三吉の心を静かにしては置かなかった。男と女で争うなぞはクダラナいことだ、こう思いながら、知らず知らず彼はその中へ捲込(まきこ)まれて行った。何時(いつ)まで経ったら、夫と妻の心の顔が真実(ほんとう)に合う日が有るだろう。そんなことを考えるさえ、彼は厭(いと)わしそうな眼付をした。 夫としての三吉は、妻の変らない保護者で有った。しかし好い話相手では無かった。妙に、彼はお雪の前に長く坐っていられなかった。すこし長く妻と話をして居ると、もう彼は退屈して了った……こういう性分の三吉に比べると、もっと心易い人が世の中にはある。そういう人が階下へ来て、皆なを笑わせることも有る。それを三吉は二階から聞く度(たび)に、侘(わび)しい心を起した。どうかすると、彼は階梯(はしごだん)を馳(か)け降りるようにして、そういう人の手から自分の子供を抱取ることも有った。 「人の細君をつかまえて、雪さんなどと平気で書いて寄す男もある」 と三吉は思ってみた。そういう人が妻には親切な面白い人のように言われても、その無邪気さを三吉はどうすることも出来なかった。 すこしの言葉の争いから、お雪は鬱(ふさ)いで了うことが多かった。すると、三吉は二階から下りて、時には妻の前に手を突いて、「何卒(どうか)まあ宜敷御頼申(おたのもう)します」と詫(わ)びるように言った。
お俊の結婚がある頃は、三吉の家では名倉の母を迎えた。大きな名倉の家族に取って無くてならない調和者はこの人であった。「橋本の姉さんと、名倉の母親さんとは、丁度両方の端に居る人だ」と三吉はよくお雪に言って聞かせるが、この母は多くの養子に対してばかりでなく、娘を嫁(かたづ)けた先の三吉に対しても細(こまか)いところまで行き届く。倦(う)まず立働く人で、お雪の傍に居ても直に眼鏡(めがね)を掛けて、孫の為に継物したり、娘の仕事を手伝ったりした。 丁度、勉も商用で上京していた。勉の旅舎(やどや)はさ程離れてもいなかったし、それに名倉の母が逗留(とうりゅう)中なので、用達(ようたし)の序(ついで)に来ては三吉の家へ寄った。お雪が母親の周囲(まわり)には賑(にぎや)かな話声が絶えなかった。 こういう中で、とかく三吉は沈み勝ちであった。賢い名倉の母に隠れるようにして、日の暮れる頃には町の方へ歩きに出た。何処(どこ)へ行こう。何を見よう。別に彼はそんな目的(めあて)があるでもなかった。唯、家から飛出して行って、路を通る往来(ゆきき)の人の中に交った。彼の足は電車の通う橋の方へ向き易(やす)かった。そこから、黄昏時(たそがれどき)の空気、チラチラ点く燈火(あかり)、並木道、ゴチャゴチャした町の建物なぞを眺めては帰って来た。家の近くには、人の集る寄席(よせ)がある。そこへも彼はよく独りで出掛けて行った。芸人が高座でする毎時(いつも)きまりきった色話だとか、仮白(こわいろ)だとかが、それほど彼の耳を慰めるでも無かった。彼は好きな巻煙草を燻(ふか)しながら、後の方の隠れた場所に座蒲団(ざぶとん)を敷いて、独りで黙って坐った。そして、知らない人の中に居て、言い難き悲哀(かなしみ)を忘れようとした。 名倉の母は長く逗留していた。その間に、お雪は留守番を母に頼んで置いて、旧(むかし)の学校友達だの、豊世の家だのを訪問して歩いた。子持で、しかも年寄のない家に居ては、こういう機会がお雪には少なかったからで。三吉は妻の外出にすら、何とも言ってみようの無い不安な感じを抱(いだ)くように成った。 ある晩、お雪は直樹の家を訪ねると言って出て行った。十時過ぐる頃まで帰って来なかった。妙に三吉は心配に成って来た。 「母親(おっか)さん――お雪はどうしたでしょう。こんなに遅くなっても、未だ帰りません。一寸私はそこいらまで行って見て来ます」 こう名倉の母に言って置いて、三吉は直樹の家まで妻を迎えに行った。 橋の畔(たもと)で彼はお雪の帰って来るのに行き逢った。 「父さん」 と声を掛けられて、三吉はやや安心したように、 「心配したぜ。こんなに遅くまで話し込んでるやつが有るもんか。もうすこしで、俺は直樹さんの家まで行っちまうところだった」 お雪は夫に寄添った。こうして二人ぎりで一緒に歩くということは、夫婦にはめったに無かった。三吉は妻を連れて、暗い道を静かに考深く歩いて帰った。
「――『一体お前はどういう積りで俺の許(ところ)へ嫁に来た』なんて、よく父さんがそんなことを私に言いますよ」 「へえ、父さんはそういう心でいるのかねえ」 こうお雪と母親とで話しているところへ、勉が商人風の服装(なり)をして、表から入って来た。勉は大阪まで行って来たことから、東京での商用も弁じた、荷積も終った、明日は帰国の途に就(つ)くことなぞを話した。この人とお雪の妹との間には、最早(もう)種夫と同年の子供がある。 「父さん、※がお別れに参りました。一寸逢ってやって下さい」 と名倉の母が階梯(はしごだん)の下から呼んだ。 三吉も談話(はなし)の仲間に入った。快活な世慣れた勉の口から、三吉は種々な商人の生活を聞くことを楽んだ。勉もよく話した。 勉とお雪の愛。それを知って、三吉が二人を許してから、可成(かなり)長い月日が経つ。三吉は勉に交際(つきあ)ってみて、好くその気心も解った。以前のことは最早昔話のように思われるまでに成っていた。制(おさ)え難い不安の念につれて、幾年となく忘れられていた苦痛が復(ま)た起って来た。男同志さしむかいでいれば、三吉の方でも快心(こころよ)く話せる。そこへお雪が入って来ると、妙に彼は笑えなかった。 勉は三吉の蒼(あお)ざめた顔を眺(なが)めて、 「しかし、小泉さんも御多忙(おいそが)しいでしょう」 「ええ、ええ、多忙(いそが)しい人です」と母は引取って、やがて三吉の方を見て、「父さん――貴方は御仕事の方を成すって下さい。何卒(どうぞ)お構いなく」 名倉の母は茶を入れかえて、帰国するという養子にすすめ、茶の好きな娘の亭主にも飲ませた。 間もなく勉は旅舎(やどや)の方へ戻って行った。三吉は勉の子供へと思って、土産(みやげ)にする物を町から買求めて来た。それを持って妻の前に立った。 「父さん、何物(なに)か――」と種夫は見つけて、父に縋(すが)りつく。 「お前のお土産(みや)じゃ無いよ。あっちの叔父さんに進(あ)げるんだよ」と三吉は子供に言い聞かせて、やがてお雪に、「これはお前に頼むぜ――俺のかわりに、後で勉さんの旅舎まで行って来ておくれ」 「そんなことをしなくッても宜う御座んすに」 と母は顔を出して言った。 夕食の後、三吉は二階に上って、机に対(むか)って見た。「馬鹿」と彼は自分で自分を叱った。「どうでも可いじゃないか、そんな事は……傍観者で沢山だ」こう復た自分に言って見た。不思議な本能の力は、しかし彼を唯(ただ)傍観させては置かなかった。何時(いつ)の間にか、彼はお雪が勉の旅舎に訪ねて行く時のことを想像した。彼女と勉との交換(とりかわ)す言葉を想像した。 「どうしたというんだ、一体俺は……」 思い屈したような眼付をして、彼は部屋を見廻した。 その時、「君は嫉(ねた)んだことが有るか……」こうある仏蘭西(フランス)人の物語の中にあった言葉を胸に浮べて、三吉は心に悲しく思った。男が嫉む――それが自分のことだと感じた時は、彼は自分の性質を恥じずにいられなかった。許した、許した、とは言ったものの、未だ真実(ほんとう)に勉やお雪を許してはいなかった、とも思って来た。 階下(した)では、三人の子供も寝た。お雪は仕度が出来たと見えて階梯(はしごだん)のところへ来て声を掛けた。 「じゃ、父さん、一寸行って参ります」 表の木戸を開けていそいそと出て行く妻の様子は、二階に居てよく知れた。三吉は熟(じっ)と耳を澄まして、お雪の下駄(げた)の音を聞いた。
震える自分の身体(からだ)を見ながら、三吉は妻の帰りを待っていた。人が離縁を思うのもこういう時だろう。こんなことを悲しく考えて、終(しまい)に、今まで起したことも無い思想(かんがえ)に落ちて行った。僧侶(ぼうさん)のような禁欲の生活――寂しい寂しい生活――しかし、それより外に、養うべき妻子を養いながら、同時にこの苦痛を忘れるような方法は先ず見当らなかった。このまま家を寺院精舎(しょうじゃ)と観る。出来ない相談とも思われなかった。三吉はその道を行こうと考え迷った。 お雪は、勉が留守だったと言って、旅舎(やどや)の方から戻って来た。 翌日(あくるひ)、勉からは、三吉とお雪の両名宛で、葉書が届いた。それには、子供への土産の礼を述べ、折角姉上が訪ねてくれたのに、不在で失礼した、これから郷里へ向う、母上にも宜しく、としてあった。 十月は末に成って、三吉は長い風邪に侵された。名倉の母は未だ逗留していた。熱のある夫の為に、お雪は風薬だの、食物(くいもの)だのをこしらえた。それを二階に寝ている夫の枕許(まくらもと)へ運んだ。時には、子供が随(つ)いて上って来て、母の肩につかまったり、手を引いたりして戯れた。 「叔父さんは御風邪(おかぜ)ですか」 正太が階梯(はしごだん)を上って来た。三吉は快(よ)くなりかけた時で、厚いドテラを引掛けたまま、床の上に起直った。 「正太さん、失礼します」と三吉は坊主枕を膝(ひざ)の上に乗せて言った。 「御無沙汰(ごぶさた)しておりますが、豊世さんも御変りは有りませんか」 こうお雪は正太に尋ねて、元気づいた夫の笑声を聞きながら階下へ降りて行った。 「どうです、兜町の方は」と三吉は正太が言わない先に言出した。「何とか言いましたネ、広田サ……今度の店の方はどうですかネ」 正太は寂しそうに笑った。「ええ、まあ暖簾(のれん)が掛けてあるというばかり。それに、叔父さん、店員は大抵去りましたし、あの店も小さいところへ移りました……塩瀬の没落以来、もう昔日の面影(おもかげ)はありません」 「でも、君は出てはいるんでしょう」 「この節は、遊びです。実は此頃(こないだ)、広田の店の為に、一策を立てて見ました。まあ、乗るか反(そ)るか、一つやッつけろと言うんで。あるところへ一日の中に九度(たび)も車で駆付けさして、しかも雨のドシャ降りの日に、この店を活(い)かすなり殺すなりどうなりともしてくれ、そう言って私が転(ころ)がり込んで行った……宛然(まるで)ユスリですネ……どうしても先方(さき)で逢わない。すると、広田の店の方で、どうも橋本は凄(すご)いことをするなんて、そんな裏切者が出て来る……胆(きも)ッ玉の小さな男ばかり揃(そろ)ってるんでサ。あんなことで何が出来るもんですか。私も何卒(どうか)して、早く新しい立場を作らんけりゃ成らん……」 正太の眼は物凄く輝いた。同時に、何となく萎(しお)れた色を見せた。やがて彼は袂(たもと)を探って、鉛の入った繭(まゆ)を取出した。仕事もなく、徒然(つれづれ)なまま、この繭を土台にして、慰みに子供の玩具(おもちゃ)を考案している。こんなことを叔父に語った。正太は紀文が遺(のこ)したという翫具(おもちゃ)の話なぞを引いて、さすがに風雅な人は面白いところが有る、とも言った。 日の光は町々の屋根を掠(かす)めて、部屋の内へ射込んでいた。臥床(とこ)の上にツクネンとしている叔父の前で、正太はその鉛の入った繭を転がして見せた。
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