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風流仏(ふうりゅうぶつ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-4 10:06:46 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



    第四 如是因にょぜいん

      上 忘られぬのが根本こんぽんじょう

 珠運しゅうん種々さまざまの人のありさま何と悟るべき者とも知らず、世のあわれ今宵こよい覚えての角に鳴る山風寒さ一段身にみ、胸痛きまでの悲しさ我事わがことのように鼻詰らせながら亭主に礼いておのが部屋へやもどれば、たちまち気がつくは床の間に二タ箱買ったる花漬はなづけきぬ脱ぎかえてころりと横になり、夜着よぎ引きかぶればあり/\と浮ぶおたつの姿、首さしいだしてをひらけば花漬、とずればおもかげ、これはどうじゃとあきれてまたぞろ眼をあけば花漬、アヽ是を見ればこそ浮世話も思いの種となって寝られざれ、明日は馬籠峠まごめとうげ越えて中津川なかつがわまで行かんとするに、く休まではかなわじと行燈あんどん吹き消しを静むるに、又してもその美形、エヽ馬鹿ばかなとかっと見ひらき天井をにらむ眼に、このたびは花漬なけれど、やみはあやなしあやにくに梅の花のかおりは箱をれてする/\とまくらに通えば、何となくときめく心を種としてさきさきたり、桃のこび桜の色、さては薄荷はっか菊の花まで今真盛まっさかりなるに、みつを吸わんと飛びきたはちの羽音どこやらに聞ゆるごとく、耳さえいらぬ事に迷ってはおろかなりとまぶたかたじ、掻巻かいまきこうべおおうに、さりとてはしからずうるわしきまぼろしの花輪の中に愛矯あいきょうたたえたるお辰、気高きばかりか後光朦朧もうろうとさして白衣びゃくえの観音、古人にもこれ程のほりなしとすきな道に慌惚うっとりとなる時、物のひびきゆる冬の夜、台所に荒れねずみの騒ぎ、憎し、寝られぬ。

      下 思いやるより増長の愛

 裏付股引うらつきももひきに足を包みて頭巾ずきん深々とかつぎ、しかも下には帽子かぶり、二重とんびの扣釼ぼたん惣掛そうがけになし其上そのうえ首筋胴の周囲まわり手拭てぬぐいにてゆるがぬよう縛り、鹿しかの皮のはかま脚半きゃはん油断なく、足袋二枚はきて藁沓わらぐつつま先に唐辛子とうがらし三四本足をやかため押し入れ、毛皮の手甲てっこうしてもしもの時の助けに足橇かんじきまで脊中せなかに用意、充分してさえこの大吹雪、容易の事にあらず、吼立ほえたつ天津風あまつかぜ、山山鳴動して峰の雪、こずえの雪、谷の雪、一斉に舞立つ折は一寸先見え難く、瞬間またたくまみちうずめ、はぎうずめ、鼻のあなまで粉雪吹込んで水におぼれしよりまだ/\苦し、ましてや准備よういおろかなる都の客様なんぞ命おしくば御逗留ごとうりゅうなされと朴訥ぼくとつは仁に近き親切。なるほど話しきいてさえ恐ろしければ珠運しゅうん別段急ぐ旅にもあらず。されば今日だけ厄介やっかいになりましょうとしり炬燵こたつすえて、退屈を輪に吹く煙草たばこのけぶり、ぼんやりとして其辺そこら見回せば端なくにつく柘植つげのさしぐし。さては花漬売はなづけうりが心づかず落しゆきしかと手に取るとたん、其人そのひとゆかしく、昨夕ゆうべの亭主が物語今更のように、思い出されて、叔父おじの憎きにつけ世のうらめしきに付け、何となくただたつ可愛かわいく、おれが仏なら、七蔵しちぞう頓死とんしさして行衛ゆくえしれぬ親にはめぐりあわせ、宮内省くないしょうよりは貞順善行の緑綬りょくじゅ紅綬紫綬、ありたけ褒章ほうしょう頂かせ、小説家にはそのあわれおもしろく書かせ、祐信すけのぶ長春ちょうしゅんを呼びいかして美しさ充分に写させ、そして日本一大々尽だいだいじんの嫁にして、あの雑綴つぎつぎの木綿着を綾羅りょうら錦繍きんしゅうえ、油気少きそゝけ髪にごく上々正真伽羅栴檀しょうじんきゃらせんだんの油つけさせ、握飯にぎりめしほどな珊瑚珠さんごじゅ鉄火箸かなひばしほどな黄金脚きんあしすげてさゝしてやりたいものを神通じんつうなき身の是非もなし、家財うっ退けて懐中にはまだ三百両あれどこれ我身わがみたつもと、道中にも片足満足な草鞋わらじすてぬくらい倹約つましくして居るに、絹絞きぬしぼり半掛はんがけトつたりともあだに恵む事難し、さりながらあまりの慕わしさ、忘られぬ殊勝さ、かゝる善女ぜんにょ結縁けちえんの良き方便もがな、ああ思いついたりと小行李こごうりとく/\小刀こがたな取出し小さき砥石といし鋒尖きっさき鋭くぎ上げ、やがくしむねに何やら一日掛りに彫りつけ、紙に包んでお辰きたらばどの様な顔するかと待ちかけしは、恋は知らずの粋様すいさまめ、おかしき所業しょぎょうあてが外れて其晩吹雪なおやまず、女の何としてあるかるべきや。されば流れざるに水のたまごとく、わざるにおもいは積りていよいよなつかしく、我は薄暗き部屋のうちすすびたれども天井の下、赤くはなりてもまだれぬ畳の上にし、去歳こぞの春すがもりしたるか怪しき汚染しみは滝の糸を乱して画襖えぶすま李白りはくかしらそそげど、たてつけよければ身の毛たつ程の寒さを透間すきまかこちもせず、かくも安楽にして居るにさえ、うら寂しくおのずからかなしみを知るに、ふびんや少女おとめの、あばら屋といえば天井もかるべく、屋根裏はしばく煙りに塗られてあやしげに黒く光り、火口ほくちの如き煤は高山こうざんにかゝれる猿尾枷さるおがせのようにさがりたる下に、あのしなやかなる黒髪引詰ひきつめに結うて、はらわた見えたるぼろ畳の上に、香露こうろなかばたまなお※(「車+(而/大)」、第3水準1-92-46)やわらか細軟きゃしゃ身体からだいといもせず、なよやかにおとなしくすわりてる事か、人情なしの七蔵め、多分おおかた小鼻怒らし大胡坐おおあぐらかきて炉のはたに、アヽ、憎さげの顔見ゆる様な、藍格子あいごうしの大どてら着て、充分酒にもあたたまりながらぶんを知らねばまだ足らず、炉のすみに転げて居る白鳥はくちょう徳利どくりの寐姿※(二の字点、1-2-22)いまいましそうにめたるをジロリと注ぎ、裁縫しごとに急がしき手をとめさして無理な吩附いいつけ、跡引き上戸の言葉は針、とが/\しきに胸を痛めて答うるお辰は薄着の寒さにふるくちびる、それに用捨ようしゃもあらき風、邪見に吹くを何防ぐべき骨あらわれし壁一重ひとえ、たるみの出来たるむしろ屏風びょうぶ、あるに甲斐かいなく世をれば貧には運も七分しちぶこおりて三分さんぶの未練を命にいきるか、ああばかりに夢現ゆめうつつわかたず珠運はたんずる時、雨戸に雪の音さら/\として、火はきえざる炬燵こたつに足の先つめたかりき。


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    第五 如是作にょぜさ

      上 我を忘れて而生其心にしょうごしん

 よしやあたたかならずとも旭日あさひきら/\とさしのぼりて山々の峰の雪に移りたる景色、くらばかりの美しさ、物腥ものぐさき西洋のちり此処ここまではとんで来ず、清浄しょうじょう潔白頼母敷たのもしき岐蘇路きそじ、日本国の古風残りて軒近く鳴く小鳥の声、これも神代を其儘そのままつまらぬものをも面白く感ずるは、昨宵ゆうべあらし去りて跡なく、雲の切れ目の所所、青空見ゆるに人の心の悠々とせし故なるべし。珠運しゅうん梅干渋茶に夢をぬぐい、朝はん[#「飯」は底本では「飲」]平常ふだんよりうまく食いてどろを踏まぬ雪沓ゆきぐつかろく、飄々ひょうひょう立出たちいでしが、折角わがこころざしを彫りしくし与えざるも残念、家は宿のおやじききて街道のかたえわずか折り曲りたる所と知れば、立ち寄りて窓からでも投込まんと段々行くに、はたせるかなもみの木高くそびえて外囲い大きく如何いかにも須原すはらの長者が昔の住居すまいと思わるゝ立派なる家の横手に、此頃このごろの風吹きゆがめたる荒屋あばらやあり。近付くまゝにうちの様子を伺えば、寥然ひっそりとして人のありともおもわれず、是は不思議とやぶれ戸に耳をつけて聞けば竊々ひそひそ※(「口+耳」、第3水準1-14-94)ささやくような音、いよいよあやしくなお耳をすませばすすなきする女の声なり。さては邪見な七蔵しちぞうめ、何事したるかと彼此あちこちさがして大きなるふしの抜けたる所よりのぞけば、鬼か、悪魔か、言語同断、当世の摩利まり夫人とさえこの珠運が尊く思いし女を、取って抑えて何者の仕業ぞ、むごらしき縄からげ、うしろの柱のそげ多きに手荒くくくし付け、薄汚なき手拭てぬぐい無遠慮に丹花たんかの唇をおおいし心無さ、元結もとゆい空にはじけて涙の雨の玉を貫く柳の髪うらみは長く垂れて顔にかゝり、きぬ引まくれ胸あらわに、はだえは春のあけぼのの雪今やきえ入らんばかり、見るからたちまち肉動ききも躍って分別思案あらばこそ、雨戸ひらき飛込とびこんで、人間の手の四五本なき事もどかしと急燥いらつまでいそがわしく、手拭をて、縄を解き、懐中ふところよりくし取りいだして乱れ髪けと渡しながら冷えこおりたる肢体からだを痛ましく、思わず緊接しっかりいだき寄せて、さぞや柱に脊中がと片手にするを、女あきれて兎角とかくことばはなく、ジッと此方こなたの顔を見つめらるゝにきまり悪くなってト足離れ退くとたん、其辺そこらの畳雪だらけにせし我沓わがくつにハッと気がき、わけも分らずそのまゝ外へ逃げ出し、三間ばかり夢中に走れば雪に滑りてよろ/\/\、あわやひざ突かんとしてドッコイ、是はたり、蝙蝠傘こうもりがさ手荷物忘れたかとあともどりする時、おたつ門口にきたそでとらえて引くにふり切れず、今更余計な仕業したりと悔むにもあらず、恐るゝにもあらねど、一生におぼえなき異な心持するにうろつきて、土間に落散る木屑きくずなんぞのつまらぬ者に眼を注ぎあがはなに腰かければ、しとやかに下げたるかしらよくも挙げ得ず。あなたは亀屋かめや御出おいでなされた御客様わたくしの難儀を見かねて御救おすくい下されたはまことにあり難けれど、到底とてものがれぬ不仕合ふしあわせと身をあきらめては断念あきらめなかった先程までのおろかかえって口惜くちおしゅう御座りまする、わけも申さずう申しては定めて道理の分らぬやつめと御軽侮おさげすみはずかしゅうはござりまするし、御慈悲深ければこそ縄までといて下さった方に御礼もよくは致さず、無理なねがいを申すもまことに苦しゅうは御座りまするが、どうぞわたくしめを元の通りお縛りなされて下さりませと案のほかの言葉に珠運驚き、これは/\とんでもなき事、色々入り込んだ訳もあろうがさりとては強面つれなき御頼おたのみ、縛ったやつてとでもうのならば痩腕やせうでに豆ばかり力瘤ちからこぶも出しましょうが、いとしゅうていとしゅうて、一日二晩絶間たえまなく感心しつめて天晴あっぱれ菩薩ぼさつと信仰して居る御前様おまえさまを、縛ることは赤旃檀しゃくせんだん飴細工あめざいくの刀でほりをするよりまだ難し、一昨日おとといの晩忘れて行かれたそれ/\その櫛を見ても合点がてんなされ、一体は亀屋の亭主に御前の身の上あらましききて、失礼ながら愍然かわいそうな事や、わたしが神か仏ならば、こうもしてあげたいああもしてやりたいと思いましたが、それも出来ねばせめては心計こころばかり、一日肩を凝らしてようや其彫そのほりをしたも、もし御髪おぐしにさして下さらば一生に又なき名誉、うれしい事と態々わざわざ持参して来て見ればよそにならぬ今のありさま、出過ですぎたかは知りませぬが堪忍がならで縄も手拭も取りましたが、悪いとあらば何とでも謝罪あやまりましょ。元の通りに縛れとはなさけなし、鬼と見て我を御頼おたのみか、金輪こんりん奈落ならく其様そのような義は御免こうむると、心清き男の強く云うをお辰聞ながら、櫛を手にして見れば、ても美しくほりほったり、あつさわずか一分いちぶに足らず、幅はようやく二分ばかり、長さものみならざるむねに、一重の梅や八重桜、桃はまだしも、菊の花、薄荷はっかの花のも及ばぬまでこまかきを浮き彫にしてにおばかり、そも此人このひと如何いかなればかゝる細工をする者ぞと思うに連れてひとみは通い、ひそかに様子を伺えば、色黒からず、口元ゆるまず、まゆ濃からずして末ひいで、眼に一点の濁りなきのみか、形状かたちほかにおのずからいやしからぬ様あらわれて、その親切なる言葉、そもや女子おなごうれしからぬ事か。

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