助けた女は?
それと見てとって秋安が、勃然と怒りを発したのは、まさに当然ということが出来よう。 「方々!」と声をかけながら、武士の間へ割って行ったが、 「お見受けすればいずれも武士、しかも立派なご身分らしい。しかるに何ぞや若い娘を捉えて、乱暴狼藉をなされるとは! 体面にお恥じなさるがよろしい!」 叱咤の声をひびかせた。 凜々しい態度と鋭い声に、気を呑まれたらしい五人の武士は、捉えていた娘を手放すと、一斉に背後へ飛び退いたが、見れば相手は一人であった。それに年なども若いらしい。で、顔を見合わせたが、中の一人が進み出た。 「これ貴様は何者か! 我々の姿が眼に付かぬか! 銀の元結、金繍の羽織、聚楽風だぞ、聚楽風だぞ!」 云われて秋安は眼を止めて見た。 いかにもそれは聚楽風であった。 すなわち関白秀次に仕える、聚楽第の若い武士の、一風変わった派手やかな、豪奢を極めた風俗であった。 そうしてその事が秋安の心を、一層の憤りに導いた。 「ははあ左様か、ご貴殿方は、関白殿下にお仕えする、聚楽第のお歴々でござるか。ではなおさらのことでござる。乱暴狼藉はおやめなされ! それ関白と申す者は、百官を總べ、万機を行ない、天下を関り白する者、太政大臣の上に坐し、一ノ上とも、一ノ人とも、一ノ所とも申し上ぐる御身分、百姓の模範たるべきお方であるはずだ。従ってそれにお仕えする、諸家臣方におかれても、等しく他人の模範として、事を振舞いなさるが当然。しかるに何ぞや娘を捉え、淫がましい所業をなさる! いよいよお恥じなさるがよい」 ウンとばかりに遣り込めた。 こう云われたら[#「云われたら」は底本では「云はれたら」]一言もなく、引き下るかと思ったところ、事は案外に反対となった。五人刀を抜きつらね、秋安へ切ってかかったのである。 「関白の説明汝に聞こうか! 地下侍の分際で、痴がましいことは云わぬがよい。ここに居られるのは殿下の寵臣[#「寵臣」は底本では「籠臣」]、不破小四郎行春様だ。廻国風のその娘に、用あればこそ手をかけたのだ! じゃま立てするからにはようしゃはしない、汝犬のように殺してくれよう!」 一人が飜然と飛び込んで来た。 身をひるがえした秋安は、太刀を抜いたが横ッ払った。殺しては後が面倒だ、そう思ったがためであろう、腰の支を平打ちに一刀! 「ウ――ム」と呻いてぶっ仆れる。 と、懲りずまにもう一人が、刎ねるがように切り込んで来た。 すかさず突き出した秋安の太刀に、ガラガラガラと太刀を搦らまれ、ギョッとして引こうとしたところを、秋安太刀をグッとセメた。ガラガラと地上で音のしたのは、敵が獲物を落としたからである。 「これ!」と叫ぶと秋安は、五人をツラツラと見渡したが、 「不破小四郎と申したな! 誰だ、どいつだ、進み出ろ! この秋安一見したい! 少しく拙者には怨みがある」 ここで一人へ眼をつけたが、 「ははあ貴殿か! 貴殿でござろう!」 そっちへツカツカと歩み寄る。 歩み寄られた若侍は、いかさま不破小四郎でもあろう、一際目立つきらびやかの風で、そうして凄いような美男であった。 が、案外な卑怯者らしい。太刀こそ抜いて構えてはいるが、ヂタ、ヂタ、ヂタと後へ引く。 秋安にとっては怨敵である。萩野を奪われた怨みがある。 「こいつばかりは叩っ切ってやろう!」 で、ツツ――ッと寄り添った。 主人あやうしと見て取ったものか、二人の武士が左右から、挿むようにして切り込んで来た。 と、鏘然たる太刀の音! つづいて森の木洩陽を縫って、宙に閃めくものがあった。払い上げられた太刀である。 すなわちは北畠秋安が、一人の武士の太刀を払い、そうして直ぐにもう一人の太刀を、宙へ刎ね上げてしまったのである。 と、逃げ出す足音がした。 主人の小四郎を丸く包み、五人の武士が太刀を拾わず、森から外へ逃げ出したのである。 「待て!」と秋安は声をかけたが、苦笑いをすると突立った。 「追い詰めて殺すにも及ぶまい。祟りのほどがうるさいからなあ」 で、抜いた太刀を鞘へ納め、パチンと鍔音を小高く立てたが、改めて娘の様子を見た。 木洩陽を浴びて坐っている、廻国風の娘の顔の、何と美しく気高いことよ! そうしてこれほどの闘いにも、大して恐れはしなかったと見えて、別に体を顫わせてもいない。 とは云え勿論顔の色は、蒼味を加えてはいるのである。 「ほう」 秋安が声を上げたのは、その美しさと気高さとに、心を驚かせたからである。 恋を失った秋安は、どうやら意外の出来事から、新しい恋を得るようである。
が、それはそれとして、この日が暮れて夜になった時、花園の森の一所へ、一人の女が現われた。
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