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家なき子(いえなきこ)02

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-1 11:48:06 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     王子さまの雌牛めうし

 わたしはマンデに着くまえにもむろんマチアをあいしていたけれど、その町を去るときにはもっともっとかれを愛していた。わたしは床屋とこやさんの前でかれが「なに、友だちをてる」とさけんだとき、どんな感じがしたか、ことばで語ることはできなかった。
 わたしはかれの手をとって強くにぎりしめた。
「マチア、もう死ぬまではなれないよ」とわたしは言った。
「ぼくはとうからそれはわかっていた」とかれはあの大きな黒い目で、わたしににこにこわらいかけながら答えた。
 なんでもユッセルでさかんな家畜市かちくいちがあるということを聞いたので、わたしたちはそこへ行って、雌牛めうしを買うことに決めた。それはシャヴァノンへ行く道であった。わたしたちは道みち通る町ごとに村ごとに音楽をやって、ユッセルに着いたじぶんには、二百四十フランも金が集まっていた。わたしたちはこれだけの金をためるには、それこそできるだけの倹約けんやくをしなければならなかった。でもマチアはわたし同様雌牛めうしを買うことに熱心ねっしんであった。かれは白い牛を買いたがった。わたしはあのルセットのお形見に、茶色の牛をと思っていた。わたしたちはしかし、どちらにしても、ごくおとなしくって、ちちをたくさん出す牛を買うことに意見が一致いっちした。
 わたしたちは二人とも、なにを目標もくひょう雌牛めうしのよしあしを見分けるか知らなかったから、獣医じゅういの世話になることにした。わたしたちはよく牛を買うときに詐欺さぎに会う話を聞いていた。そういう危険きけんをおかしたくはなかった。獣医をたのむことはよけいなついえではあろうけれど、どうもほかにしかたがなかった。ある人は、ごく安い値段ねだんで一ぴき買って帰ってみると、しっぽがにせものであったことがわかったという話も聞いた。またある人はごくじょうぶそうな、どこからみてもたくさんちちを出しそうな雌牛めうしを買ったが、二十四時間にコップに二はいのちちしかれなかったという話もある。ばくろうのやるちょいとした手品で、雌牛めうしはさもたくさん乳を出しそうに見せかけることができた。
 マチアはにせもののしっぽだけならなにも心配することはないと言った。なぜなら売り手といよいよ相談そうだんを始めるまえに、ありったけの力で雌牛めうしのしっぽに一つずつぶら下がってみればわかるのだからと言った。でもそれがほんとうのしっぽであったら、きっとおなかか頭をうんとひどくけとばされるだろうと言うと、かれの空想くうそうはすこしよろめいた。
 ユッセルに着いたのは五、六年ぶりであった。あれはヴィタリス親方といっしょで、ここではじめてくぎで止めたくつを買ってくれたのであった。ああ、そのときここから出かけた六人のうち、のこっているのは、たったカピとわたしだけであった。
 わたしたちは町に着いて、あのときヴィタリスや犬ととまったことのある宿屋やどやに荷物をあずけて、すぐ獣医じゅういさがし始めた。やがて一人見つけたが、その人は、わたしたちがしいという雌牛めうしの様子を話して、いっしょに行って買ってくれるようにと言うと、それをひどくおもしろいことに思ったらしかった。
「でもぜんたいおまえたち子ども二人で、雌牛めうしをなんにするのだね。お金は持っているのかい」とかれはたずねた。
 わたしたちはそこで、どのくらい金を持っているか、それをどうしてもうけたかということ、それからわたしが子どものとき世話になったシャヴァノン村のバルブレンのおっかあにおくり物をしておどろかせるつもりだということを話した。かれはするとひじょうに親切らしい熱心ねっしんを顔に見せて、あした七時に市場へ行って会おうとやくそくした。それでお礼はと言って聞くと、かれはまるっきりそんな物を受け取ることをこばんだ。そして笑いながらわたしたちを送り出して、その時間にはきっと市場へ行くようにと言った。
 そのあくる日夜明けから町はごたごたにぎわっていた。わたしたちのとまっている部屋へやから、馬車や荷車が下の往来おうらいのごろごろした石の上をきしって行くのが聞こえた。雌牛めうしはうなるし、ひつじは鳴く。百姓ひゃくしょう家畜かちくにどなりつけたり、てんでんにじょうだんを言い合ったりしていた。
 わたしたちはいきなり頭から着物をひっかぶって、六時には市場に着いた。獣医じゅういが来るまえに、り取っておこうと思ったからである。
 なんという美しい雌牛めうしであろう……いろんな色、いろんな形をしていた。太ったのもあれば、やせたのもあり、子牛をれたのもあった。馬もいたし、大きな太ったぶたは地べたにあなをほっていた。小さなぽちゃぽちゃした赤んぼうのぶたは、いまにも生きながら皮をはがれでもするようにぶうぶう鳴いていた。
 でもわたしたちは雌牛めうしよりほかには目にははいらなかった。それはみんな落ち着いて、おとなしく草を食べていた。かれらはまぶたをばちばち動かすだけで、わたしたちがしつっこく検査けんさするままにまかせていた。一時間もかかって調べたのち、わたしたちは十七頭気にいったのを見つけた。その一つ一つにちがった特質とくしつがあった。色の赤いのもあったし、白いのもあった。もちろんそんなことがいちいちマチアとわたしとの間に議論ぎろんをひき起こした。やがて獣医じゅういがやって来た。わたしたちはきな雌牛めうしをかれに見せた。
「ぼくはこれがいいと思います」とマチアは白い雌牛を指さしながら言った。
「ぼくはあのほうがいいと思います」とわたしは赤い雌牛を指さして言った。
 獣医じゅういはしかしその両方の前を知らん顔で通りぎて、わたしたちのやりかけた争論そうろうを中止させた。そして第三の雌牛めうしに向かった。この牛はほっそりしたすねをして、赤いどうに茶色の耳とほおをして、目は黒くふちをとって、口の回りに白いがはいっていた。
「これがおまえさんたちのおのぞみの牛だ」と獣医じゅういが言った。
 まったくこれはすばらしかった。マチアとわたしは、今度こそなるほどこれがいちばんいいと思った。獣医じゅういはその雌牛めうしのはづな(口につけて引くつな)をおさえていたにぶい顔の百姓ひゃくしょうに、その雌牛の値段ねだんはいくらかとたずねた。
「三百フラン」とその男は答えた。
 わたしたちのくちびるは下に下がった。ああ三百フラン。わたしは獣医じゅういに向かって、ほかの牛にうつらなければという手まねをした。かれはまたかけ合ってみせるという合図をした。そのときはげしい談判だんぱんが獣医と百姓ひゃくしょうの間に始まった。わたしたちのかけ合い人は百七十フランまで値切ねぎった。百姓は二百八十フランまでまけた。この値段ねだんまで下げてくると、獣医は雌牛めうしをもっと批評的ひひょうてきに調べ始めた。この雌牛は足が弱かったし、首が短すぎたし、つのが長すぎた。肺臓はいぞうが小さくって、乳首ちちくびの形が悪かった。どうしてこれではたんと乳は出まい。
 百姓ひゃくしょうはわたしたちが雌牛めうしのことをそんなにくわしく批評するので、きっと世話もよく行きとどくだろうから、二百五十フランにまけてあげようと言った。
 そうなるとわたしたちは心配になり始めた。マチアもわたしも、ではろくでもない牛にちがいないと思った。
「もっとほかのを見ましょう」とわたしは獣医じゅういの手をおさえて言った。それを聞くと、百姓ひゃくしょうは十フランまけた。それからだんだんにせり下げて、二百十フランまできて、そこで止まった。獣医はわたしのひじをついて、いま雌牛めうしの悪口を言ったのは、本気ではない。ほんとうはすばらしい牛だという意をさとらせた。でも二百十フランはわたしたちにとってはたいした金であった。
 そのあいだにマチアは雌牛めうしの後ろへ行って、そのしっぽから一本長い毛を引きぬいた。すると牛はおこって、かれをけりつけた。これでわたしの考えが決まった。
「二百十フランで買おう」わたしは事件じけん解決かいけつしたと思って、そう言いながら牛のはづなを取ろうとした。
「おまえさん、つなを持って来たか」と百姓ひゃくしょうは言った。「わしは牛は売るがはづなは売らないぞ」こう言ってかれは、せっかくおなじみになったのだから、特別とくべつではづなを六十スーで売ってやると言った。はづなは入り用であったから、もうあとそれでわたしのふところには二十スーしかのこらないと思いながら、六十スー出した。それで二百十三フランを数えて、それから手を出そうとした。
「おまえさん、なわを持っているか」と百姓ひゃくしょうは言った。「わしははづなは売っても、なわは売らないぞ」
 それで最後さいごの二十スーも消えてしまった。
 これで雌牛めうしはとうとうわたしたちの手にわたった。けれどわたしたちは牛に食べ物を買ってやるにも、自分が食べるにも、一スーの金ももうのこらなかった。獣医じゅういにはていねいに世話になった礼を言って、手をにぎってさようならを言った。そして宿屋やどやに帰ると、雌牛めうしをうまやにつないだ。
 きょうは町に市場があるので、ひどくにぎわって、ほうぼうから人が集まってもいたから、マチアとわたしはべつべつに出かけて、いくらお金ができるか、やってみることに相談そうだんを決めた。
 その夕方、マチアは四フラン。わたしは三フランと五十サンチーム持って帰った。七フラン五十サンチームのお金で、わたしたちはまたお金持ちになった。女中にたのんで雌牛めうしちちをしぼってもらったので、夕食には牛乳ぎゅうにゅうがあった。これほどうまいごちそうを、わたしたちは味わったことはなかった。わたしたちはちちのいいのにめちゃめちゃにのぼせ上がってしまって、食事がすむとさっそくうまやへ出かけて、わたしたちの宝物たからものをだいてやりに行った。雌牛めうしはいかにもやさしくしてもらったのがうれしいらしく、その返礼にわたしたちの顔をなめた。
 わたしたちは雌牛めうしをキッスしたり、雌牛からキッスされて感じるゆかいさを人一ばい感じるわけがあった。それにはマチアもわたしも、これまでけっして人からちやほやされすぎたことがなかったということを記憶きおくしてもらわなければならない。わたしたちの生まれ合わせは、ほかのあまやかされてそだった子どもたちが、あんまり多いキッスにへいこうしてそれをさけなければならないのとは、大ちがいであった。
 そのあくる朝、わたしたちは太陽といっしょに起きて、シャヴァノン村に向かって出発した。わたしはマチアがあたえてくれた助力に、どれほど感謝かんしゃしていたであろう。かれなしには、わたしはけっしてこんな大金をためることはできなかった。わたしはかれに雌牛めうしを引いて行く楽しみをあたえようと思った。そこでかれはたいへん得意とくいらしく雌牛のつなを引いて行くと、わたしはあとからついて行った。かの女はひじょうにりっぱに見えた。それは大様おおようにすこしゆれながら、自分で自分の値打ねうちを知っているけものらしく歩いていた。わたしは雌牛をくたびれさせないようにしたいと思ったので、そのばんおそくシャヴァノンに着くことはよして、それよりもあしたの朝早く行く計画にした。ところがそのうちにこういうことが起こった。
 わたしはそのばん、むかしはじめてヴィタリス親方ととまって、カピが悲しそうなわたしを見てそばへ来てねてくれた、あの村にとまることにした。
 この村にはいるまえにわたしたちはきれいな青い草の生えた所に来た。荷物をほうり出してわたしたちはそこで休むことにした。わたしたちは雌牛めうしをみぞの中に放してやった。はじめはなわで引いていようと思ったが、この雌牛はたいへんすなおで、草を食べることによくれているようであったので、わたしはしばらくつなを牛の角にきつけて、そのそばにこしをかけて晩飯ばんめしを食べ始めた。もちろんわたしたちは雌牛よりずっとまえに食べてしまった。そこでさんざん雌牛を感心してながめたあとで、これからなにをしようというあてもないので、わたしたちはしばらく遊んでいた。それがすんでも牛はまだ食べていた。わたしがそばへ行くと、雌牛めうしは草の中にかたく首をつっこんでいて、まだはらっているというようであった。
「すこし待ってやりたまえ」とマチアが言った。
「だってきみ、雌牛は一日だって食べているんだぜ」とわたしは答えた。
「まあ、しばらく待ってやりたまえ」
 わたしたちはもう背嚢はいのう楽器がっきをしょったが、まだ牛はやめなかった。
「ぼくは牛のためにコルネをふいてやる」と、じっとしていられないマチアが言った。「ガッソーの曲馬には、音楽のきな雌牛めうしがいたよ」
 かれはゆかいなマーチをふき始めた。
 はじめの音で、雌牛は頭を上げた。するととつぜんわたしがかれの角にとびかかってつなをおさえるまもないうちに、かの女はとっとっとかけ出した。わたしたちはいっしょうけんめい、止まれ、止まれとびながら、あとから追っかけた。わたしはカピに牛を止めるように声をかけた。だがだれでも万能ばんのうということはできない。牛飼うしかい、馬飼いの犬なら鼻づらにとびついたであろうが、カピは牛の足にとびついた。
 牛はとうとうわたしたちが通って来た最後さいごの村までかけもどった。道はまっすぐであったから、遠方でもその姿すがたを見ることができた。おおぜいの人が通り道をふさいでつかまえようとしているのも見えた。わたしたちは牛を見失みうしなう気づかいはないと思ったので、すこし速力そくりょくをゆるめた。こうなるとしなければならないことは、牛を止めてくれた人たちから、それを受け取ることであろう。
 わたしたちがそこへ着いたとき、おおぜいの人間がもう集まっていた。そしてわたしたとが考えていたように、すぐに牛をわたしてはくれないで、どうして牛を手に入れたか、どこから牛をとって来たかをたずねた。
 かれらはわたしたちが牛をぬすんだこと、そして牛は持ち主の所へかけて帰ろうとしたのだということを主張しゅちょういた。かれらはほんとうのことがわかるまで、わたしたちは牢屋ろうやへ行かなければならないと宣告せんこくした。牢屋と言われたばかりで、わたしは青くなって、どもり始めた。おまけにさんざんかけて息が切れていたので、ひと言もものが言えなかった。そこへちょうど巡査じゅんさがやって来た。二言三言で全体の事件じけん説明せつめいされた。それを聞いてもいっこうはっきりしないことであったから、とにかくかれは雌牛めうしあずかること、それがわたしたちのものだというあかしの立つまで、わたしたちを拘留こうりゅうすることに決めた。村じゅうが行列を作って、わたしたちのあとにつづいて、ちょうど警察署けいさつしょをかねていた町の役場までつながった。やじうまがわたしたちをつついたり白い歯を見せたり、ありったけひどい名前でんだりした。巡査じゅんさ保護ほごしてくれなかったら、かれらはひどい大罪人だいざいにんでもあるように、わたしたちを私刑しけいに行なったかもしれなかった。
 役場をあずかっている人で、典獄てんごく(刑務所の役人)と代理執行官だいりしっこうかんをかねていた人は、わたしたちをろうに入れることをこのまなかった。わたしはなんという親切な人だろうと思ったけれど、巡査じゅんさはあくまでわたしたちを拘留こうりゅうしなけばならないと言った。そこで典獄は二重になっているドアに、大きなかぎをつっこんで、わたしたちをろうに入れてしまった。中へはいってはじめて、なぜ典獄てんごくがわたしたちを中へ入れることをおっくうがったかそのわけがわかった。かれはねぎをこの中へしておいた。それがどのこしかけにもいてあった。かれはそれをみんなすみっこにかさねた。わたしたちはからだじゅう捜索そうさくされて、金もマッチもナイフも取り上げられた。それからそのばんじこめられることになった。
「ぼくをぶってくれたまえ」とわたしたちだけになると、マチアがなさけなさそうに言いだした。
「ぼくの耳をぶつか、どうでも気のすむようにしてくれたまえ」
「ぼくも雌牛めうしのそばで、コルネをふかせるなんて、大きなばかだった」とわたしも答えた。
「ああ、ぼくはそれをずいぶん悪いことに思っている」かれはおろおろ声で言った。「かわいそうな雌牛、王子さまの雌牛」とかれはき始めた。
 そのときわたしはかれに、これはそんなにむずかしいことではないわけを話してなぐさめようとした。
「ぼくたちは雌牛めうしを買ったあかしをてればいいのだ。ユッセルの獣医じゅういの所へ使いをやればいい……あの人が証人しょうにんになってくれる」
「でもそれを買った金までもぬすんだものだと言われたら」とかれは言った。「わたしたちはそれをもうけた証拠しょうこがない。運悪くゆくと、みんなはどこまでも罪人ざいにんだと思うだろう」
 これはまったくであった。
 それにさしあたりだれか牛をやしなってくれるだろうかと、マチアががっかりして言った。
「まあ、みんなが牛は養っていてくれるだろうよ」
「あしたたずねられたら、なんと言うつもりだ」とマチアが聞いた。
「ほんとうのことを言うさ」
「そうなれば、あの人たちはきみをバルブレンの手にわたすだろう。バルブレンのおっかあが一人きりだったら、あの人に向かってわたしたちの言うことがうそかどうか聞こうとする。そうなればもうあの人の不意ふいおどろかすことができなくなる」
「おやおや」
「きみはバルブレンのおっかあとは長いあいだわかれている。あの人がもう死んでしまって、いないともかぎらない」
 このおそろしい考えだけはついぞこれまでわたしも起こしたことがなかった。でもヴィタリス老人ろうじんも死んだ……わたしはかの女までもくしたかもわからない、という考えが、どうしてこれまで起こらなかったろう。
「なぜきみはそれを先に言わなかった」とわたしは言った。
「だってつごうのいいじぶんには、そんな考えは起こらなかったからさ。ぼくはきみの雌牛めうしをバルブレンのおっかあにおくるという考えでずいぶんうれしくなっていた。あの人がどんなによろこぶだろうと思うと、死んでいるかもしれないなんていう考えはてんで起こらなかった」
 こう何事につけても悪いはうばかり見るのは、この暗い部屋へやのせいにちがいなかった。
「それから」とマチアはとび上がって、両うでをふり上げながら言った。「バルブレンのおっかあが死んで、あのこわいバルブレンのほうが生きていて、そこへぼくたちが行ったら、きっと雌牛めうしを取り上げて自分のものにしてしまうだろう」
 午後おそくなって、ドアが開かれ、白いひげを生やした老紳士ろうしんし拘留所こうりゅうしょにはいって来た。
「こら悪党あくとうども、このかたに答えするのだぞ」といっしょについて来た典獄てんごくが言った。
「それでよろしい」と紳士しんしは言った。この人は検事けんじであった。「わしは自分でこの子を尋問じんもんする」
 こう言ってかれは指でわたしをさししめした。
「きみはもう一人の子をあずかっていてもらいたい。そのほうはあとで調べるから」
 わたしは検事けんじと二人になった。じっとわたしの顔を見つめながらかれは、わたしが雌牛めうしをぬすんだとがで告発こくはつされていることをげた。
 わたしはかれに雌牛めうしをユッセルの市場で買ったことを話して、買うときに世話をしてくれた獣医じゅういの名前を言った。
「それは調べることにしよう」とかれは答えた。「さてなんの必要ひつようでその雌牛を買ったのだ」
 わたしは、それを養母ようぼ愛情あいじょうのしるしとしておくるつもりであったと言った。
「その女の名は」とかれはたずねた。
「シャヴァノン村のバルブレンのおかみさん」とわたしは答えた。
「ああ、五、六年まえパリで災難さいなんに会った石工いしく家内かないだな。それも知っている。調べさせよう」
「まあでも……」
 わたしはすっかりこまってしまった。わたしの当惑とうわくを見つけて、検事けんじきびしく問いつめた。そこでわたしは、検事けんじがもしバルブレンのおかみさんを調べることになると、せっかくの雌牛めうしがちっとも不意ふいではなくなること、しかも不意のおくり物でおどろかすというのがわたしたちの第一の目的もくてきであったことをげた。
 けれどこんなことでまごまごしている最中さいちゅうに、バルブレンのおっかあのまだ生きていることを知って、わたしは大きな満足まんぞくを感じた。そのうえわたしに向けられた質問しつもんのあいだに亭主ていしゅのバルブレンがすこしまえパリに帰ってしまったことをも知った。これはわたしをゆかいにした。するうちにとうとうマチアがおそれていた質問しつもんが出て来た。
 だがどうして雌牛めうしを買うだけの金をたか。
 わたしはパリからヴァルセまで、それからヴァルセからユッセルまで、一スー一スーとこれだけの金をみたてたことを説明せつめいした。
「でもおまえ、ヴァルセではなにをしていた」とかれはたずねた。
 それからわたしは、いやでもかれに鉱山こうざん椿事ちんじを話さなければならなかった。
「ではおまえたち二人のうち、どちらがルミだ」とかれは声をやさしくしてたずねた。
「ぼくです」とわたしは答えた。
「それがほんとうなら、おまえはその事件じけんがどうして起こったか言ってみよ。わたしはその事件をのこらず新聞で読んでいる。わたしをあざむくことはできないぞ。おまえがまったくルミであるか、ないか、わたしにはわかる。用心しなさい」
 わたしはかれがわたしたちに対してひじょうにやさしい心持ちになっていることを見ることができた。わたしはかれに鉱山こうざんでの経験けいけんをくわしく語った。
 話をしてしまうと、わたしはほとんど優しくなっていたかれの態度たいどから、すぐにもわたしたちを放免ほうめんしてくれるかと思った。けれどもそうはしないで、かれはわたしを一人心配なまま部屋へやのこして出て行った。しばらくしてかれは、マチアをれてもどって来た。
「わたしはユッセルへ、おまえの話の真偽しんぎたしかめさせにやる」とかれは言った。「幸いそれが真実しんじつなら、あしたは放免してやる」
「それから雌牛めうしは」とマチアは心配そうにたずねた。
「おまえたちに返してやる」
「ぼくの言うのはそうではないんです」とマチアが答えた。「だれか雌牛めうしに食べ物をやっていますか。ちちをしぼっていますか」
「まあ、心配しなさんな」と検事けんじが言った。
 マチアは満足まんぞくして、にっこりわらった。
「ああ、では雌牛めうしの乳をしぼったら、ぼくたちもばんにすこしいただけないでしょうか」とかれはたずねた。
「それはいいとも」
 わたしたち二人だけになると、わたしはマチアに、ほとんど自分たちが拘留こうりゅうされていることをわすれさせるほどのえらい報告ほうこくをした。
「バルブレンのおっかあは生きているし、バルブレンはパリへ行っている」とわたしは言った。
「ああ、では『王子さまの雌牛めうし』もいばって乗りこめるわけだね」
 かれはうれしがっておどりをおどったり、歌を歌いだした。かれの元気につりこまれて、わたしはかれの手をつかまえた。カピはそのときまですみっこにしずかに考えこんでころがっていたが、はね上がって後足で立ちながら、わたしたちの間にりこんで来た。それからは三人いっしょになってめちゃくちゃにおどり回ったので、典獄てんごくなにが始まったかと思って、とびこんで来た。たぶんねぎが気になったのであろう。かれはわたしたちにやめろと言ったが、さっきまでの様子とはだいぶわっていた。その様子でわたしはもうたいしたことはないとさとった。そのうえもう一つの証拠しょうこには、しばらくたつとかれは大きなはちに牛乳ぎゅうにゅうを入れて持って来た。わたしたちの雌牛めうしちちである。しかもそれだけではなかった。かれは白パンの大きな切れとつめたい子牛の肉を持って来て、これは検事けんじさんからのとどものだと言った。
 どうして、こうなると牢屋ろうやもそんなに悪い所ではなかった。ただでごちそうを食べさせて、とめてくれるのだもの。



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