前へ
前へ。世界はわたしの前に開かれた。北でも南でも東でも西でも、自分の行きたいままの方角へわたしは向かって行くことができる。それはもう子どもは子どもでも、わたしは自分白身の主人であった。
いよいよ
でも思い切って
でも力も落とさず、それから引っ返してしまおうとも思わずに待っていたおかげで、わたしはやっと面会を
「ああ、ルミや、わたしはおまえを待っていた」と、わたしが面会所にはいるとかれは言った。
「わたしは、カトリーヌおばさんがおまえをいっしょに
わたしはこのことばを聞くと、朝からしょげていたことも
「カトリーヌおばさんは、ぼくをいっしょに
わたしはうったえるように言った。
「いや、そういうわけでもなかったのだろう。なかなか思うとおりにはならないものだよ。ところでおまえがこれから一人でくらしを立ててゆこうとしていることもわたしはようく知っているのだがね。どうもわたしの
「いいえ、忘れません」
「でも、あのときはまだしも、おまえは
「カピもいっしょです」
このときカピは自分の名を聞くと、いつものように、(はい、ここにおります、ご用ならお役に立ちましょう)というように一声ほえた。
「うん、カピはよい犬だ。しかしやっぱり犬は犬だからな。おまえはいったいどうしてくらしを立てるつもりなのだ」
「わたしが歌を歌ったり、カピが
「しかしカピ一人ぼっちで、芝居はできやしないだろう」
「いえ、わたしはカピに
カピは前足で
「ルミ、おまえがよく考えたら、やはり
「ええ、もちろんわたしはなまけ者ではありません。わたしはお父さんといっしょにならできるだけ
もちろん、たった一人、大道ぐらしを
「では、お父さんは、お子さんたちの
「なるほどみんなの話では、おまえは子どもたちの所へ一人ひとり
「では、わたしだってお父さんのおっしゃるとおりにして、自分の身の上の
お父さんはしばらくわたしの顔をながめていたが、急にわたしの両手を取った。
「まあ、よくおまえ、言っておくれだ。おまえはほんとうに
わたしはかれの首にうでをかけた。そのうち、さようならを言う時間が来た。しばらくのあいだかれはだまってわたしをおさえていた。やがていきなりかれはチョッキのかくしを
「さあ、おまえ、これをあげる」とかれは言った。「これをわたしの形見に持っていてもらいたい。たいした
わたしはこんなりっぱなおくり物を
「ああ、わたしは時間を知る
わたしはひじょうに悲しかった。どんなにあの人はわたしに
ありったけのわたしの悲しみはしばらくのあいだ
「時計君、何時だね」
「十二時ですよ、ルミさん」
「おやおや。ではあれをしたり、これをしたりするときだ。いいことをおまえは教えてくれた。おまえが言ってくれなければ、ぼくは
わたしのうれしいのにまぎれて、カピがほとんどわたしと同様に
「カピ、なんの用だい」とわたしはたずねた。かれはわたしの顔をながめた。けれどわたしはかれの意味が
わたしは時計をかれに見せた。かれはしばらく思い出そうと
前へ進め、子どもたち。わたしは
それからずんずん進んで行った。なによりもわたしに入り用なものは、フランスの地図であった。
わたしはそれでパリを去ることができるのであった。すぐわたしはそれをすることに決めた。わたしは二つの道の一つを
お寺のさくの前を通ると、子どもが一人かべによっかかっているのを見た。その子はなんだか
かれはわたしを
「ああ、きみだね」とかれは言った。「きみは
「ガロフォリはまだきみの親方なのかい」
かれは返事をするまえにそこらを見回して、それから声をひそめて言った。
「ガロフォリは
わたしはこの話を聞いてぎょっとした。でもわたしはガロフォリが刑務所に入れられたと聞いてうれしかった。
「それでほかの子どもたちは」とわたしはたずねた。
「ああ、ぼくは知らないよ。ガロフォリがつかまったときには、ぼくはいなかった。ぼくが病院から出て来ると、ぼくは病気で、もうぶっても役に立たないと思って、あの人はわたしを手放したくなった。そこであの人はわたしを二年のあいだガッソーの
「それにぼくは金を持たない」とかれはつけ
わたしも金持ちではなかったけれど、気のどくなマチアにやるだけのものはあった。わたしがツールーズへんをいまのマチアのように
「ぼくが帰って来るまで、ここに待っておいでよ」とわたしは言った。わたしは町の角のパン屋までかけて行って、まもなく一
「さて」とわたしは言った。「きみはどうするつもりだ」
「ぼくはわからない。ぼくはヴァイオリンを売ろうかと思っていたところへきみが声をかけた。ぼくはそれと
「なぜきみは
「ひいてみたけれど、なにももらえなかった」
ヴァイオリンをひいて一文ももらえないことを、どんなによくわたしも知っていたことであろう。
「きみはいまなにをしているのだ」とかれはたずねた。
わたしはなぜかわからなかった。けれどそのときの
「ぼくは
それは
「おお、きみはそんなら……」とマチアが言った。
「なんだい」
「きみの
かれをあざむくにしのびないので、わたしはにっこりしてカピを指さした。
「でも一座はこれだけだよ」とわたしは言った。
「ああ、なんでもかまうものか。ぼくがもう一人の
腹が減って死ぬ。このことばがわたしのはらわたの
「ぼくはヴァイオリンをひくこともできるし、でんぐり返しをうつこともできる」と、マチアがせかせか息もつかずに言った。「なわの上でおどりもおどれるし、歌も歌える。なんでもきみの
わたしはかわいそうなマチアが、そんなことを言うのを聞くと、声を上げて
「ううん、ううん」とかれは言った。「二人いれば
わたしはもうちゅうちょしなかった。わたしがすこしでも持っていれば、わたしはかれを助けなければならない。
「うん、よし、それでわかった」とわたしは言った。
そう言うと、かれはわたしの手をつかんで、心から
「ぼくといっしょに来たまえ」とわたしは言った。「家来ではなく、
ハープを
「前へ進め」
十五分たつと、わたしたちはパリを後に
わたしがこの道を通ってパリを出るのは、バルブレンのおっかあに会いたいためであった。どんなにたびたびわたしはかの女に手紙を書いてやって、かの女を思っていること、ありったけの心をささげてかの女を
でも手紙こそ書き
わたしはこのくわだてを考えながら、だまって歩いた。マチアもならんで歩いていた。かれもやはり深く考えこんでいるように思われた。
ふと思いついて、わたしは自分の
マチアは
「それからきみはなにを持っている」とわたしはたずねた。
「ぼくはヴァイオリンがあるだけだ」
「じゃあ分けてあげよう。ぼくたちは
マチアは品物をもらうまいとした。けれどわたしはさっそく、自分でもひどくゆかいな、
わたしはエチエネットの小ばこと、リーズのばらを入れた小さなはこをも広げた。マチアはそのはこを開けて見たがったが、開けさせなかった。わたしはそのふたをいじることすら
「きみはぼくを
「ぼくはけっして開けないとやくそくするよ」とかれはまじめに言った。
わたしはまたひつじの毛の服を着て、ハープをかついだが、そこに一つむずかしい問題があった。それはわたしのズボンであった。
わたしがズボンのしまつをしているうち、ふとわたしは言った。
「きみはどのくらいヴァイオリンをひくか、聞かせてもらいたいな」
「ああ、いいとも」
かれはひき始めた。そのあいだわたしは思い切ってはさみの先をズボンのひざからすこし上の所へ当てた。わたしは
けれどこれはチョッキと上着とおそろいにできた、ねずみ地のいいズボンであった。アッケンのお父さんがそれをこしらえてくれたとき、わたしはずいぶん
「だれがきみにヴァイオリンを教えたの」とわたしは手をたたきながら聞いた。
「だれも。ぼくは一人で
「だれかきみに音楽のことを話して聞かした人があるかい」
「いいえ、ぼくは耳に聞くとおりをひいている」
「ぼくが教えてあげよう、ぼくが」
「きみはなんでも知っているの。では……」
「そうさ、ぼくはなんでも知っているはずだ。
わたしはマチアに、自分もやはり音楽家であることを見せようとした。わたしはハープをとり、かれを感動させようと思って、名高い
わたしたちはいちばんはじめの村に着いて
「ぼくにその歌を教えてください」とマチアが言った。「ぼくたちはいっしょに歌おう。もうじきにヴァイオリンで合わせることができるから。するとずいぶんいいよ」
わたしたちが
ご
「どうだね、みなさん、音楽は」とかれはさけんだ。「楽師がやって来ましたよ」
「おお、音楽音楽」といっしょの声が聞こえた。
「カドリールの列をお作り」
おどり手はさっそく庭のまん中に集まった。マチアとわたしは荷馬車の中に
「きみはカドリールがひけるか」と心配してわたしはささやいた。
「ああ」
かれはヴァイオリンで二、三
「おまえたちのうち、コルネ(小ラッパ)のふける者があるかい」と赤い顔をした大男がたずねた。
「ぼくがやれます」とマチアは言った。「でも
「わしが行って
わたしはその日一日で、マチアがなんでもやれることがわかった。わたしたちは休みなしに
「もうたくさんよ」とかの女は言った。「あの小さい子は、つかれきっていますわ。さあ、みんな
わたしはぼうしをカピに投げてやった。カピはそれを口で受け取った。
「どうかわたくしどもの
かれらはかっさいした。そしてカピがおじぎをするふうを見て、うれしがっていた。かれらはたんまりくれた。花むこさまはいちばんおしまいに
わたしたちは夕食に
あくる朝この親切な
「マチア、これはきみのおかげだよ」とわたしは
二十八フランをかくしに入れて、わたしたちは福々であった。コルベイユへ着くと、わたしはさし当たりなくてならないと思う品を二つ三つ買うことができた。第一はコルネ、これは古道具屋で三フランした。それからくつ下に
「きみのような、人をぶたない親方はよすぎるくらいだ」とマチアがうれしそうに
わたしたちのふところ具合がよくなったので、わたしは少しも早く、バルブレンのおっかあの所に向かって行こうと決心した。わたしはかの女におくり物を用意することができた。わたしはもう金持ちであった。なによりもかよりも、かの女を幸福にするものがあった。それはあのかわいそうなルセットの代わりになる
マチアはこう言うだろう。「
「へえ、雌牛を」とかの女は目を
こう言ってかの女はため息をつくだろう。
「いいえ、ちがやしません」とマチアが答えるだろう。「あなたはシャヴァノン村のバルブレンのおばさんでしょう。そらおとぎ話の中にあるとおり、『王子さま』があなたの所へこれをおくり物になさるのですよ」
「王子さまとは」
そこへわたしが
いったい雌牛はどのくらいするだろう。わたしはまるっきり見当がつかない。きっとずいぶんするにちがいない。でもまだ……わたしはたいして大きな雌牛は
かれはげらげら
「この小さな
みんなは
「そうです、いい乳を出して、あんまり食べ物を食べないのです」とわたしは言った。
「そうしてその
かれは一とおり
五十エクー――それは百五十フランであった。わたしはとてもそんなばくだいな金を持ってはいなかった。ことによってわたしたちの幸運がこの先
わたしはマチアにこのくわだてを話した。かれはこれになんの
「ヴァルセへ行こう」とかれは言った。「ぼくもそういう所へは行って見たいよ」
この旅行はほとんど三月かかったが、やっとヴァルセの村はずれにかかったときに、わたしたちはむだに日をくらさなかったことを知った。わたしのなめし皮の
マチアもわたしと同じくらい
わたしたちが、ヴァルセに着いたのは午後の三時であった。きらきらした太陽が晴れた空にかがやいていたが、だんだん町へ近くなればなるほど空気が黒ずんできた。天と地の間に
わたしはアルキシーのおじさんがヴァルセの
町へはいるとすぐわたしはこの
わたしたちがその家に行き着くと、ドアによっかかって二、三人、近所の人と話をしていた
「おまえさん、なんの用なの」とかの女はたずねた。
「わたしはおいごさんのアルキシー君に会いたいのです」
「ああ、おまえさん、ルミさんかえ」とかの女は言った。「アルキシーがよくおまえさんのことを言っていたよ。あの子はおまえさんを待っていたよ」こう言ってなお、「そこにいる人はだれ」と、マチアを指さした。
「ぼくの友だちです」
この女はアルキシーのおばさんであった。わたしはかの女がわたしたちをうちの中へ
わたしはむこうから申し出されもしないことを、こちらから
わたしたちはおばさんに礼を
これではマチアが、わたしの友人に対してもおもしろくない感じを持つだろうと思われた。これではリーズのことを話しても、わたしと同じ
おばさんがわたしたちにあたえた
わたしたちはどの
ずいぶん注意して見ていたのであるが、やはり向こうから見つけてかけ
「やあ、ルミだよ」とかれはそばに
「わたしたちは長いあいだおまえさんを待っていたよ」とかれはにっこりしながら言った。
「パリからヴァルセまではずいぶんありましたよ」とわたしは
「おまけにおまえさんの足は短いからな」とかれは笑いながら言い返した。
カピもアルキシーを見ると、うれしがっていっしょうけんめいそのズボンのすそを
「おお、カピ君もいるな」とガスパールおじさんが言った。「おまえ、あしたはゆっくり休んで行きなさい。ちょうど日曜日で、わたしたちにもいいごちそうだ。なんでもアルキシーの話ではあの犬は学校の先生と役者をいっしょにしたよりもかしこいというじゃないか」
わたしはおばさんに対して気持ち悪く感じたと同じくらいこのガスパールおじさんに対しては気持ちよく感じた。
「さあ、子どもどうし話をおしよ」とかれはゆかいそうに言った。「きっとおたがいにたんと話すことが
アルキシーはわたしの旅の話を聞きたがった。わたしはかれの仕事の様子を知りたがった。わたしたちはおたがいにたずね合うのがいそがしくって、てんでに
うちに着くと、ガスパールおじさんはわたしたちを
「さあ、ルミさんとお友だちのおいでだよ」おじさんはうちへはいりかけながらどなった。
しばらくしてわたしたちは夕食の
ガスパールおばさんはわたしに、
その
でもあくる日、わたしの
「だがおまえ、
わたしは、ヴァルセに長くいるつもりはなかった。自分の
ちょうどわたしたちがヴァルセをたとうとしたその日、大きな石炭のかけらが、アルキシーの手に落ちて、
「じゃあぼくで代わりは
「どうも車はおまえには重たすぎようと思うがね」とかれは言った。「でもやってみてくれようと言うなら、わたしは大助かりさ。なにしろほんの五、六日使う子どもを
この話をわきで聞いていたマチアが言った。
「じゃあ、きみが
明るい野天の下で三月くらしたあいだに、マチアはすっかり人が
わたしたちはずいぶん
こういうわけで、わたしが
あくる日、ガスパールおじさんのあとにくっついて、わたしは深いまっ暗な
さて
それはこういうことからであった。
わたしの
ふと何百というねずみが、一
「水が
「ばかなことを言うな」
「まあ、お聞きなさい。あの音を」
そう言ったわたしの様子には、ガスパールおじさんにいやでも仕事をやめて耳を立てさせるものがあった。物音はいよいよ高く、いよいよものすごくなってきた。
「いっしょうけんめいかけろ。
「先生、先生」とわたしはさけんだ。
わたしたちは
「おまえさん先へおいでよ」とはしご
わたしたちはゆずり合っている場合ではなかった。ガスパールおじさんは先に立った。そのあとへわたしも
「しっかり」とガスパールおじさんがさけんだ。わたしたちははしごの横木にかじりついた。でもだれか下にいる人がほうり出されたらしかった、たきの
わたしたちは第一
「いよいよだめかな」と「先生」は
このしゅんかん、七、八人のランプを持った
水はいまに
「
いつもならだれもこの
そのとき耳の遠くなるようなひどい物音が聞こえた。
「
「
「おお、神様お助けください」
人びとが
「しっかりしろ。みんな、ここにしばらくいるうちに、仕事をしなければならない。こんなふうにみんなごたごた
かれのことばはみんなを落ち着かせた。てんでに手やランプのかぎで土をほり始めた。この仕事は
でもどうやらやっと足だまりができた。わたしたちは足を止めて、おたがいの顔を見ることができた。みんなで七人、「先生」とガスパールおじさんに、三人の坑夫のパージュ、コンプルー、ベルグヌー、それからカロリーという車おしのこぞう、それにわたしであった。
鉱山の物音は同じはげしさで
「鉱山の
「上の川に
「先生」はなにも言わなかった。かれはただ
「
「ふん、わからなければだまっていろ」とみんながさけんだ。
わたしたちはかわいた土の上にいて、水がもう
「われわれはおぼれて死ぬことはないだろう」とかれはやがて
「
「おれは
「マリウスはどうしたろう」
「
「おお、マリウス、マリウス」とかれはまたさけんだ。
なんの返事もなかった。こだまも聞こえなかった。かれの声はわれわれのいる
うすぼんやりしたランプの光が心細くわたしたちのせまいおりを