ジョリクール
夜明けまえの
日がきらきらかがやきだした。その光線は白い雪の上に落ちて、まえの
たびたび親方はかけ物の下に手をやって、ジョリクールにさわっていたが、このあわれな小ざるはいっこうに温まってこなかった。わたしがのぞきこんでみると、かれのがたがた身ぶるいをする音が聞こえた。
かれの
「とにかく村へ行かなければならない。さもないとジョリクールは死ぬだろう。すぐたつことにしよう」
小屋を出て行こうとして、親方はそこらを見回しながら言った。
「この小屋にはずいぶん高い
こう言ったかれの声はふるえた。
かれは先に立って行った。わたしはその足あとに
大通りへ出て十分間ほど行くと、とちゅうで馬車に会った。その
たびたびわたしは親方にジョリクールのことをたずねた。そのたんびにかれは、小ざるはまだふるえていると言った。
やっとのことでわたしたちはきれいな村の白屋根を見た。わたしたちはいつも上等な
ところが今度は親方がきれいな
親方は
「早くねどこにおはいり」と親方は女中が火をたいている
「さあ早く」
でも親方がくり返した。
「少しでも温まるようにするのだ」とかれは言った。「おまえが温まれば温まるほどいいのだ」
わたしの考えでは、ジョリクールこそわたしなんぞよりは早く温まらなければならない。わたしのほうは、いまではもうそんなに寒くはなかった。
わたしがまだ毛のふとんにくるまってあったまろうと
「あったまったか」と親方はしばらくしてわたしにたずねた。
「むれそうです」
「それでいい」かれは急いで
台所へ出かけて行った親方は、まもなくあまくしたぶどう酒を一ぱい持って帰って来た。かれはジョリクールに二さじ三さじ飲ませようと
わたしはかれの思っていることがわからなかった。それでふしぎそうに親方の顔を見ると、こう
わたしがまだ来なかったじぶん、ジョリクールは
かわいそうな小ざる。親方はこれだけの
「ルミ、ぶどう酒をお飲み。そしてとこにはいっておいで」と親方が言った。「わたしは医者を
わたしもやはり砂糖入りのぶどう酒が好きだということを
親方は遠くへは行かなかった。かれはまもなく帰って来た。金ぶちのめがねをかけた
かれはよほどむずかしい病人にでも向かったようなふうで首をふった。
うっかりしてまちがえられて、血でも取られてはたいへんだと思って、わたしはさけんだ。
「まあ、ぼくは病人ではありません」
「病人でない。どうして、この子はうわごとを言っている」
わたしは少し
「病人はこれです」とわたしは言った。
「さるか」とかれはさけんで、おこった顔をして親方に向かった。「きみはこんな日にさるをみせにわたしを
親方はなかなか
「病人はたかがさるにすぎないのですが、しかしなんという天才でありますか。われわれにとってどれほどだいじな友だちであり、
こういうふうに
ジョリクールはたぶんこのめがねをかけた人が医者だということをさとったとみえて、またうでをつき出した。
「ほらね」と親方がさけんだ。「あのとおり
これで医者の足が止まった。
「ひじょうにおもしろい。なかなかおもしろい
一とおり
かわいそうなジョリクール。かれは自分を看護してくれるのでわたしを
いつもあれほど、せっかちで、かんしゃく持ちで、だれにもいたずらばかりしていたかれが、それはもうおとなしく
その後毎日、かれはいかにわたしたちをなつかしがっているかを
わたしの持っていたありったけの五スーで、わたしはかれに
かれのするどい
かれのこのくわだてをわたしが
わたしはいつも親方が一人で出て行ったあと、ジョリクールといっしょに
こうなってただ一つ
ゼルビノもドルスもジョリクールもいない興行。まあ、そんなことができることだろうか、とわたしは思った。
それができてもできなくても、どう少なく
この村で四十フラン。この寒空といい、こんなあわれない
わたしが、ジョリクールといっしょに
わたしたちの
わたしはすぐにこの問題を
その
それはいいとして、この
これがわたしにはとっぴょうしもなくだいたんなやり方に思われた。だれがわたしたちをかっさいする者があろう。カピはたしかに高名になってもいいだけのことはあったけれど、わたしが……わたしが天才だなどとは、どこをおせばそんな
たいこの音を聞くと、カピはほえた。ジョリクールはちょうどひじょうに悪かった
わたしは
親方が帰って来ると、かれはわたしにハープをしょったり、いろいろ
「おまえも
「そうですとも」とジョリクールのからだ全体がさけんでいるように思われた。かれは自分がもう病人でないことを
わたしたちはもう出て行く
雪の中を歩いて行くと、親方はわたしに今夜はしっかりやってもらいたいということを話した。もちろん
四十フラン。おそろしいことであった。できない
親方はいろいろなことを用意しておいたので、わたしたちがすべきいっさいのことはろうそくの火をつけることであった。けれどこれはむやみにつけてしまうこともできない。見物がいっぱいになるまではひかえなければならない。なにしろ
わたしたちがいよいよ芝居小屋にはいったとき、
カピとわたしの仕度ができてから、わたしは外へ出て、柱の後ろに立って見物の来るのを待っていた。
たいこの音はだんだん高くなった。もうそれはさかり場に近くなって、ぶつぶつ言う人の声も聞こえた。たいこのあとからは子どもがおおぜい調子を合わせてついて来た。たいこを打ちやめることなしに、
おやおや、いつまで見物の行列は手間を取ることであろう。それでも戸口のたいこはゆかいそうにどんどん鳴り
とうとう親方は始めることに決心した。でも小屋はとてもいっぱいになるどころではなかった。それでもわたしたちはろうそくというやっかいな問題があるので、このうえ長くは待てなかった。
わたしはまずまっ先に
でもカピは
いよいよ勝負の決まるときが来た。カピはぼうしを口にくわえて、見物の中をどうどうめぐりし始めた。そのあいだわたしは親方の
わたしは息が切れていた。けれどカピが帰って来るまではやめないはずであったから、やはりおどり
いよいよかれが帰って来そうにするのを見て、もうやめてもいいかと思ったけれど、親方はやはりもっとやれという目くばせをした。
わたしはおどり
親方はやはりみいりの少ないのを見ると、立ち上がって、見物に向かって頭を下げた。
「
親方はわたしの先生ではあったが、わたしはまだほんとうにかれの歌うのを開いたことはなかった。いや、少なくともその
わたしはほんの子どもであったし、歌のじょうずへたを聞き分ける力がなかったが、親方の歌はみょうにわたしを動かした。かれの歌を聞いているうちに、目にはなみだがいっぱいあふれたので、
そのなみだの
親方が第二の曲をすませたとき、かの女は
「わたし、あなたの親方さんとお話ししたいんですがね」とかの女は言った。
わたしはびっくりした。(そんなことよりもなにかぼうしの中へ入れてくれればいい)とわたしは思った。カピはもどって来た。かれは二度目のどうどうめぐりでまえよりももっとわずか集めて来た。
「あの
「あなたにお話がしたいそうです」
「わたしはなにも話すことなんかない」
「あの人はなにもカピにくれませんでした。きっといまそれをくれようというんでしょう」
「じゃあ、カピをやってもらわせればいい。わたしのすることではない」
そうは言いながら、かれは行くことにして、犬を
親方は
「おじゃまをしてすみませんでした。けれどわたくし、お
でも親方は一
「わたくしも音楽の道の者でございますので、あなたの
技術の天才。うちの親方が。大道の歌うたい、犬使いの
「わたしのような
「うるさいやつとおぼしめすでしょうが」と
「なるほどあなたのようなまじめなかたの
「さようなら、あなた」とかの女は外国なまりで言って、「あなた」ということばに力を入れた。
「さようなら。それからもう一度今夜味わわせていただいた、このうえないゆかいに対してお礼を申し上げます」こう言ってカピのほうをのぞいて、ぼうしに
わたしは親方がかの女を戸口まで送って行くだろうと思ったけれど、かれはまるでそんなことはしなかった。そしてかの女がもう答えない所まで遠ざかると、わたしはかれがそっとイタリア語で、ぶつぶこごとを言っているのを聞いた。
「あの人はカピに一ルイくれましたよ」とわたしは言った。そのときかれは
「一ルイ」とかれはゆめからさめたように言った。「ああ、そうだ、かわいそうに、ジョリクールはどうしたろう。わたしは
わたしはそうそうに切り上げて、
わたしはまっ先に
わたしは手早くろうそくをつけた。ジョリクールの声がちっともしないので、わたしはびっくりした。
やがてかれが
わたしはからだをかがめて、
その手はもう
親方がそのとき部屋にはいって来た。
わたしはかれのほうを見た。
「ジョリクールが
親方はそばへ来て、やはりとこの上にのぞきこんだ。
「死んだのだ」とかれは言った。「こうなるはずであった。ルミや、おまえをミリガン