アーサの母親はイギリス人であった、名前をミリガン
その子は生まれて
ところがやはり、ジェイムズ・ミリガン
けれどもお医者たちはこの病身な、ひよわな子どもの育つ見こみはないと言った。かれはいつ死ぬかもしれなかった。その子が死んだ場合には、ジェイムズ・ミリガン
そう思ってかれはあてにして待っていた。
けれども医者の
そこでかの女は子どものためにきれいな、ういて動く家をこしらえてやって、フランスの国じゅうのいろいろな川を旅行しているのであった。その両岸の
もちろんこのイギリスの
わたしが初めの日に聞いたことは、ただこの船の名が白鳥号ということ、それからわたしが
わたしは高さ七
その船室に備えつけたたった一つの道具は、
わたしはあくる朝早く起きた。
見るとかれらはみんなまえの
わたしはすぐにそのわけをさとった。ジョリクールはたいへんおこりっぽかった。かれは一度
わたしはなぜかれを
犬とかけっこしたり、ジョリクールをからかったり、ほりをとんだり、木登りをしたりして遊んでいるうちに時間がたった。帰ってみると、馬ははこやなぎの木につながれて、すっかり仕度ができていて、
わたしたちがみんな船の上に乗ってしまうと、まもなく船をつないだ大づなは
これでも動いているかと思うはど
所どころ水はこい緑色に見えてたいへん深いようであった。そうかと思うと
わたしが水の中をじっとのぞきこんでいると、だれかがわたしの名前を
「きみ、よくねられたかい、野原にねむるよりも」とかれはたずねた。わたしは半分、ミリガン
「犬は」アーサが聞いた。
わたしはかれらを
ミリガン
「それでは、あちらへ犬とさるを
わたしは
あの気のどくな病人の子どもに、どんな
わたしはかれの母親が手に本を持って、むすこに課業を
かれはそれを
「いいえ」とかの女は
「ぼく、できません。お母さま、ぼく、ほんとにできないんです」とかれは
「あなたの頭は病気ではありません。アーサ、病人だからといって、だんだんばかになるような子をわたしは
これはずいぶん
「なぜ、あなたはわたしにこんな
「ぼく、できません、お母さま、ぼくできないんです」こう言ってかれは
けれどもミリガン
「わたしもけさあなたをルミや犬たちと遊ばせてあげたいのだけれど、すっかりお話を
わたしの立っていた所までかれの
あれほどまでに
しばらくたってかの女はもどって来た。
「もう一度二人でやってみましょうね」とかの女は優しく言った。
かの女は子どものわきにこしをかけて、本を手に取って、『おおかみと小ひつじ』というお話を読み始めた。アーサはその読み声について
三度
わたしはアーサのくちびるの動くのを見た。
かれはたしかにいっしょうけんめい勉強していた。
けれどもまもなく目を本からはなした。かれのくちびるは動かなくなった。かれの目はきょろきょろとあてもなく
ふとかれの目はわたしの目を見つけた。
わたしは
アーサは頭を上げてその行くえを見送った。鳥が行ってしまうと、かれはわたしのほうをながめた。
「ぼく、これが
わたしはかれのそばへ行った。
「この話はそんなにむずかしくはありませんよ」とわたしは言った。
「うん、むずかしい。……たいへんむずかしいんだ」
「ぼくにはずいぶん
かれはそれを
「言ってみましょうか」
「できるもんか」
「やってみましょうか。本を持っていらっしゃい」
かれはまた本を取り上げた。わたしはその話を
「やあきみ、知っているの」
「そんなによくは知りません。けれどこのつぎのときまでには、一つもちがえずに言えるでしょう」
「どうして
「あなたのお母さまが読んでいらっしゃるあいだ、ぼくは聞いていました。ただいっしょうけんめいに、そこらの物を見向したりなんぞせずに、聞いていたのです」
かれは顔を赤くした、そして目をそらした。
「ぼくもきみのようにやってみよう」とかれは言った。「けれど一々のことばをどうしてそう
わたしはそれをどう
「このお話はなんの話でしょう」とわたしは言った。「ひつじのことでしょう。ねえ、だからなにより先にぼくはひつじのことを考えました。それからひつじはなにをしているか考えます。『多くのひつじは安全なおりの中で住んでいました』というのだから、ひつじがおりの中で安心して
「そうだそうだ」とかれは言った。「ぼくは見えるよ。黒いひつじだの、白いひつじだの、おりも、
「ひつじの番をするのはなんですか」
「犬さ」
「ひつじがおりの中にいて番をしないですむとき、犬はなにをするでしょう」
「なんにも仕事はない」
「では犬はねむってもいいでしょう。ですから、『犬はねむっていました』と言うのです」
「そうだ。わけはない」
「ええ、わけはないのですとも、今度はほかのことに
「ひつじ
「その犬やひつじ飼いは、ひつじがだいじょうぶだと思うとなにをしていたでしょう」
「犬は、ねむっていたのさ、ひつじ飼いは、遠くのほうへ行って、ほかのひつじ飼いたちとふえをふいて遊んでいた」
「あなたはそれが見えますか」
「ええ」
「どこにいます」
「にれの木のかげに」
「一人ですか」
「いいえ、近所のひつじ
「そらひつじやおりや犬やひつじ飼いのことを考えてごらんなさい。それができれば、このお話の
「ええ」
「やってごらんなさい」
「多くのひつじは安全なおりの中におりましたから、犬はみなねむっていました。ひつじ飼いも大きなにれの木のかげに、近所のひつじ飼いたちとふえをふいて遊んでいました。――
アーサは両手を打ってさけんだ。
「あともそういうふうにして覚えたらどうです」
「そうだな、きみといっしょにやればきっと覚えられる。ああ、お母さまがどんなに
アーサはやがてお話
やがて母親は出て来たが、わたしたちがいっしょにいるのでふきげんらしかった。かの女はわたしたちが遊んでいたと思った。けれどアーサはかの女に口をきかせるいとまをあたえなかった。
「ぼく、
ミリガン
「ことばには意味がないのだから、目に見える事がらを考えなければいけないのです。ルミはぼくにふえをふいているひつじ
こう言ってかれは、イギリス語の悲しいような歌を歌った。
今度こそミリガン
「あなたはいい子です」とかの女は言った。
わたしがこのちょいとした出来事を長ながと書くにはわけがある。ゆうべまではわたしも
もう一つ言っておかなければならないことがある。それはずっとあとで知ったことであるが、ミリガン
ところがその日までもかの女はそれが思うようにならないでいた。アーサはけっして勉強することをいやだとは言わなかったが、注意と
そういうわけでむすこに
だから、アーサがいまたった半時間でお話を
わたしはいま思い出しても、この船の上で、ミリガン
アーサはわたしに
これはきっとわたしが子どもで、世の中を知らないためであったろう。しかしそれにはたしかに、ミリガン
それにこの船の旅がわたしにはじつにおもしろかった。一時間とたいくつしたこともなければ、つかれたと思うこともなかった。朝から
鉄道ができて
わたしたちはローラゲーのヴィーフランシュから、アヴィニオンヌまで行って、アヴィニオンヌからノールーズの岩まで行った。ノールーズにはこの運河の
それからわたしたちは水車の町であるカステルノーダリを下って、中世の都会であったカルカッソンヌへ、それから
おもしろい所ではわたしたちはたいそうゆっくり船を進めた。けれど
いつどこでとまって、いつまでにどこまでへ着かなければならないということもなかった。毎日同じ決まった食事の時間に
雨でも
それから夜、晴れた日には、わたしには一つ役目があった。船が止まったときわたしはハープをおかに持って下りて、少し遠くはなれた木のかげにこしをかける。それから木のえだのしげった中にかくれて、いっしょうけんめいにひいたり、歌を歌ったりするのである。
それはバルブレンのおっかあの
あの気のどくな
あのヴィタリス親方のあとからとぼとぼくっついて、
二度もわたしはわたしの
そこへ美しい
たびたびわたしはアーサが
それはわたしがうらやむのは、この子を引き
かれの母はいつでもかれにキッスした。そして、かれはいつでもしたいときに、両うでにかの女をだくことができた。その
あるいはいつかまたわたしもバルブレンのおっかあには会うことがあるかもしれない。それはどんなにかうれしいことであろう。でもわたしはもうかの女を母親と
わたしは
わたしはもうこの世の中は、そうなんでも思うようになる所でないことを知るだけに大きくなっていた。それでわたしは母親もないし、家族もないから、友だちでもあればどんなにうれしいだろうと思っていた。だからこの