とちゅう
四十フラン出して子どもを買ったからといって、その人は
わたしはまもなくそれがわかった。
ちょうどロアール川とドルドーニュ川と、二つの谷を分かった山の
「まああとからぽつぽつおいで。にげることはむだだよ。カピとゼルビノがついているからな」
わたしたちはしばらくだまって歩いていた。
わたしはふとため息を一つした。
「わしにはおまえの心持ちはわかっているよ」と
そうだ、
わたしはもう二度とこの世の中で、いちばん
「まあ、わたしの言ったことばをよく考えてごらん。おまえはわたしといれば
こう言ってかれは目の前のあれた
にげ出す――わたしはもうそんなことをしようとは思わなかった。にげていったいどこへわたしは行こう。
この
わたしは一息にこんなに歩いたことはなかった。ぐるりに見るものはあれた土地と小山ばかりで、村を出たらば向こうはどんなに美しかろうと思ったほど、この世界は美しくはなかった。
ときどき老人はかれらに
かれも犬たちもくたびれた様子がなかった。だがわたしはつかれた。足を引きずって、この新しい主人にくっついて歩くのが
「おまえがくたびれるのは木のくつのせいだよ」とかれは言った。「いずれユッセルへ着いたらくつを買ってやろう」
このことばはわたしに元気をつけてくれた。わたしはしじゅうくつが欲しいと思っていた。村長のむすこも、はたごやのむすこもくつを持っていた。それだから日曜というとかれらはお寺へ来て石のろうかをすべるように走った。それをわれわれほかのいなかの子どもは、木ぐつでがたがた、耳の遠くなるような音をさせたものだ。
「ユッセルまではまだ遠いんですか」
「ははあ、
くぎを打ったくつ、ビロードの半ズボンに、チョッキに、ぼうし。
まあバルブレンのおっかあがわたしを見たらどんなにうれしがるだろう。どんなに
けれども、なるほどくつとビロードがこれから六マイル歩けばもらえるというやくそくはいいが、わたしの足はそんな遠方まで行けそうにもなかった。
わたしたちが出かけたときに青あおと晴れていた空が、いつのまにか黒い雲にかくれて、細かい雨がやがてぽつぽつ落ちて来た。
ヴィタリスはそっくりひつじの毛皮服にくるまっているので、雨もしのげたし、さるのジョリクールも、一しずく雨がかかるとさっそくかくれ
「おまえ、じきかぜをひくか」と主人は聞いた。
「知りません。かぜをひいた
「それはたのもしいな。だがこのうえぬれて歩いてもしようがないことだから、少しでも早くこの先の村へ行って休むとしよう」
ところがこの村には一けんも
「うちは
こう言ってどこでも戸を立てきった。わたしたちは一けん一けん聞いて歩いて、一けん一けん
これから四マイル(約六キロ)ユッセルまで一休みもしないで行かなければならないのか。暗さは暗し、雨はいよいよ
やっとのことで一けんの
「おまえさん、マッチを出しなさい。あしたたつとき返してあげるから」とその
それでもとにかく、風雨を
さてこのときわたしははじめて、かれがどういうふうにして、
「よしよし、ゼルビノ……今夜は
わたしはもうゼルビノのどろぼうをしたことは
ヴィタリスとわたしはとなり合ってジョリクールをまん中に
ゼルビノは
どんなにわたしはバルブレンのおっかあのスープがこいしくなったろう。それにバターはなくっても、
もうすっかりくたびれきって、足は木ぐつですれて
「歯をがたがた言わせているね。おまえ寒いか」と
「ええ、少し」
わたしはかれが
「わたしは着物もたんとないが、かわいたシャツにチョッキがある。これを着てまぐさの下にもぐっておいで。じきに
でも
わたしの心はまったく悲しかった。なみだが首を流れ落ちた。
そのときふと
わたしは手を
この犬はなにをしようというのであろう。
やがてかれはわたしのすぐそばのわらの上に
わたしもうれしくなって、わらのとこの上に半分起き返って、犬の首を両うでにかかえて、その
わたしはつかれも悲しみも
そのあくる日は早く出発した。
空は青あおと晴れて、夜中のから風がぬかるみをかわかしてくれた。小鳥が林の中でおもしろそうにさえずっていた。三びきの犬はわたしたちの回りにもつれていた。ときどきカピが後足で立ち上がって、わたしの顔を見ては二、三度
「元気を出せ、しっかり、しっかり」
こう言っているのであった。
かれはりこうな犬であった。なんでもわかるし、人にわからせることも知っていた。この犬の
わたしはこれまで村の外には出たことがなかったし、
でもユッセルの町は子どもの目にそんなに美しくはなかったし、それに町の
わたしたちがユッセルの古い町を通って行ったとき、わたしはきょろきょろそこらを見回した。ふと老人は
わたしたちは
くぎを打ったくつなんぞを、どうしてこんな気味の悪い所で売っているだろう。
けれども
老人の
まあ、
もっともそのビロードは油じみていたし、
ところで
わたしは丸い目をしてかれの顔を見た。
「これはおまえをほかの子どもと同じように見せないためだよ。フランスではおまえはイタリアの子どものようなふうをするのだ。イタリアではフランスの子どものようなふうをするのだ」とかれは
わたしはいよいよびっくりしてしまった。
「わたしたちは
こういうわけで、わたしは朝まではフランスの子どもであったが、その
ズボンはやっとひざまで
わたしはほかの人がどう思うかは知らないが、正直に言えば自分ながらなかなかりっぱになったと思った。親友のカピも同じ考えであったから、しばらくわたしの顔をじっと見て、
わたしはカピの
いったいさるが笑うか笑わないかということは、学問上の問題だそうだ。わたしは長いあいだジョリクールと
「さあ仕度ができたら」と
初舞台。初舞台とはどんなことだろう。
「でもぼく、どうして
「それだから、わたしが教えてあげようというのだよ。教わらなけりゃわかりゃしない。この動物どももいっしょうけんめい自分の役をけいこしたものだ。カピが後足で立つのでも、ドルスがなわとびの
これまでわたしは仕事といえば、畑にくわを入れるとか、石を切るとか、木をかるとかいうほかにはないように思っていた。
「さてわたしたちのやる
「やあ、ぼくと同じ名前の……」
「いや、同じ名前ではない、それがおまえなんだ。おまえはジョリクール
「おさるに家来はないでしょう」
「そこが
「おお、ぼく、そんなこといやです」
「人が
このテーブルの上には、おさらに、コップに、ナイフが一本、フォークが一本、白いテーブルかけが一
どうしてこれだけのものをならべようか。
わたしはそれを考えて、両手をつき出してテーブルによっかかって、ぽかんと口を開けたまま、なにから手をつけていいか困っていると、親方は両手を打って、
「うまいうまい。それこそ本物だ」とかれはさけんだ。「わたしが
「でもぼく、どうしていいのかわからないんです」
「それだからそんなにうまくやれるのだ。おまえに
『ジョリクール
「さあ、もう一度やり直しだ」とかれは
これがすべてであった。しかしそれでじゅうぶんであった。
わたしを教えながらかれは言った。「なんでもけいこには犬をお手本にするがいい。犬とさるとを比べてごらん。ジョリクールはなるほどはしっこいし、ちえもあるけれども、注意もしないし、
「ええ」
「おまえはりこうで注意深い子だ。まあなんによらずすなおに、自分のしなければならないことをいっしょうけんめいにするのだ。それを一生
こういう話をしているうち、わたしは
かれはにっこり
わたしは
「おまえはそれをきみょうだと思うか。犬が人間に
すると主人が犬をしこもうと思えば、自分のことをかえりみなければならない。その
わたしはあしたおおぜいの前に
わたしはくよくよ思いながらうとうとねいった。そのゆめの中で、おおぜいの見物が、わたしがなんてばかだろうと言って、
あくる日になると、いよいよわたしは心配でおどおどしながら、
親方が先に立って行った。
ゼルビノとドルスが、ほどよくはなれてそのあとに続いた。
わたしがしんがりを
なによりも親方のふくするどいふえの
子どもたちの
わたしたちの
番組の第一は犬の
一番の
じょうだんや、
「どうもりこうな犬じゃないか。あいつは金を持っている人といない人を知っている」
「そら、ここに手をかけた」
「出すだろうよ」
「出すもんか」
「おじさんから
さてとうとう
いよいよ
「さてだんなさまがたおよびおくさまがたに申し上げます」
親方は、
「これより『ジョリクール
親方はゆかいな
けれども見物に
そこでたとえば
家来の来るのを待つあいだに、大将は
わたしが役を
やがてころ合いのじぶんに、かれは前足をわたしのはうへ出して、
いろいろとわたしを
「大将の考えでは、この家来にまあなにか食べるものでも食べさしたら、これほどあほうでもなくなるだろうというのですが、さて、どんなものでしょうか」と、ここで親方が
わたしは小さなテーブルに向かってこしをかけた。テーブルの上には
カピがその使い方を手まねで教えてくれた。しばらくしげしげとながめたあとで、わたしはナプキンで鼻をかんだ。
そのとき
わたしはやりそこなったことがわかったので、またナプキンをながめて、それをどうすればいいかと考えていた。
やがて思いついたことがあって、わたしはそれを
そのうちとうとうがまんがしきれなくなって、大将がわたしをいすから引きずり下ろして、自分が代わりにこしをかけて、わたしのためにならべられている
ああ、かれのナプキンをあつかうことのうまいこと。いかにも上品に
「なんというあほうな家来だろう。なんというかしこいさるだろう」