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四次元漂流(よじげんひょうりゅう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-26 6:43:37 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   怪しい影きた

 その次の日は土曜日であったので、お昼がすむと、川北先生は道夫といっしょに木見邸を訪ねた。
 雪子の母親は寝込んでいた。昨日雪子の幽霊をみてからすっかり気を落してしまったのである。
 娘は死んだものに違いないと考えるようになったからだ。
 川北先生と道夫とは、まだそう決めるのは早すぎることをかわる交る説いた。そして先生よりも道夫の方がそれを熱心にいいはったのだった。
 雪子の父親は不在だった。川北先生と道夫は、雪子の母親の許しを得て、研究室をもう一度調べさせてもらうことにした。
 例のうす暗い長廊下を渡って、別棟の研究室へいった。扉の錠を外して、再び室内へ入った。
「ほら、やっぱり無い」
 川北先生は、部屋の中央に近い卓子テーブルのところへいって、本立の間に並べて立ててある、研究ノートの列を指した。前日同様、研究ノート第九冊は見えず、それがあったところだけが、歯が抜けたようになっていた。道夫少年は背中が急に寒くなった。
「ほんとうに、なぜ無くなったんでしょうね。幽霊がもっていってしまったんでしょうか」
 道夫には解けない謎だった。川北先生も首をひねって当惑顔だった。
「幽霊なら、物を持っていく力はないだろうと思うがね。物を持っていくかぎりそれは幽霊ではなく、生きてる人間だと思う」
 先生はそういった。
 そこで、どこかこの部屋から外へ抜ける秘密の通路があるに違いないという見込みをたてて、二人は部屋を今日こそ徹底的に調べにかかった。
 研究室だけではなく、それに続いた図書室や寝室も調べてみた。壁もたたいて、調べ、天井は棒でつきあげてみたし、床はリノリウムのつぎ目をはがしてまで調べた。戸棚類はみんな動かした。積上げてあった本の山は、いちいちおろしたし、重い器械は動かした。
 そんなに念入りに調べてみたが、その結果は見込みはずれであった。
「どこにも出入りできるところはないと断定しなければならなくなったわけだね」
 先生は三時間に近い力仕事と緊張とにすっかり疲れて、椅子いすの一つに身体をなげかけていった。
「ほんとうに秘密の出入口はないのですね。すると昨日現われたという雪子姉さんの姿は、やっぱり幽霊だったのでしょうか。それとも、気の迷いで、見たように思ったのでしょうか」
「いや、気の迷いなんてことはないよ。お母さんが見たばかりでなく、実は先生も雪子さんらしい姿が廊下から、この部屋をのぞきこんでいるところを、実際に見たんだからね」と、川北先生は、あの話をした。
「それにあの怪しい老人の浮浪者も見たらしいからね。しかもあの研究ノート第九冊を、雪子さんが持去るところを見たといったようだ。とにかく三人も見た人があるんだから、昨日ここへ雪子さんが姿を現わしたことは間違いなしだと思う」
「じゃあ、やっぱりそれは雪子姉さんの幽霊ですね」
「問題はそこだ。果して幽霊かどうか。もう一度現われてくれれば、きっとそれをはっきり確めることができると思うんだが……」
 そういって川北先生は、深刻な表情をした。日はもう暮れ方に近づき、それに雨がきたらしく雲が急に重くれこめて、室内は暗くなった。道夫は壁のスイッチをひねって電灯をつけた。川北先生も椅子から立上がった。
「さあ、これからどうするかな」
 そういって先生は、次の捜査方針をどうたてたものかと、室内をぐるっと見渡した。
「おやッ。あ、あ……」
 先生が異様な声をだした。道夫はそのとき戸棚の中の薬品を見ていたのだが、先生の声におどろいて、その方をふりかえった。すると先生は蒼白そうはくにして、塑像そぞうのように硬直していた。そして先生の眼は戸口へくぎづけになっている!
「あっ!」
 こんどは道夫が叫んだ。ふりかえった彼の前をすれすれに、朦朧もうろうたる人影が、音もなく通り過ぎて部屋の中へ入ってきた。何であろう。何者であろう。
 道夫は全身を電気に撃たれたように感じ、怪しい影の後姿うしろすがたを見つめたままその場に立ちすくんだ。

   幽霊追跡

「木見さんのお嬢さんですね。お話があります。お待ちなさい」
 川北先生は、あえぎながら、これだけの言葉をやっと咽喉のどからしぼりだした。
(そうだ、雪子姉さんだ)
 朦朧たる人影は後姿ながら、それは道夫に見覚えのある服をきた雪子に違いない。
 怪しい人影は、図書室の入口の前あたりをしずかにあるいていた。川北先生と道夫の位置は、この怪しい影をはさんでいる関係にあった。
 が、怪しい影は、川北先生に返事をしようともせずそのまま図書室の中へ消えた。
「お待ちなさい、お嬢さん」
 川北先生は、勇気をふるいおこして、怪しい影の後から図書室へ飛びこんだ。道夫もそれに続いた。あれが雪子の幽霊か幽霊でないか、たしかめるには絶好の機会だ。そう思うと、さきほどの恐怖と戦慄せんりつが、幾分へった。
 と、雪子の怪影は、図書室の真中にたたずんでいた。川北先生は腕をのばして、怪影の腕をつかもうとした。
 すると怪影は、風のようにすうっと前へ移動し、先生の手はむなしく空気をつかんだ。
「しばらく、しばらく、お母さまが心配していられるのです。しばらく待って下さい」
 川北先生は哀願するように、怪影の後から呼びかけた。だが怪影の耳には、その言葉が入らないのか、そのままつつうと前に進んだ。
「あ、外へでる。壁を通りぬけて……」
 と叫んで、道夫はわれとわが眼を疑った。が、それは事実だった。怪影は、図書室の奥の壁につきあたると、そのまま壁の中に姿を消していったのである。
「ああ!」
 川北先生もそれを見て取って、今や壁の中に消えんとする怪影を引きとめようと突進したのであるが、それはわずかに時おそく、先生は壁にいやというほどぶつかったばかりだった。
失敗しまった。どうしよう」
 川北先生の顔は、子供の泣顔のようにゆがんでいた。
「窓をあけて、追いかけましょう。間にあうかもしれないです」
「そうだ、窓をあけろ」
 身の軽い道夫は、大急ぎで図書室をでて研究室に入ると雪子の大机の上へとびあがり窓をあけた。と彼の横をすりぬけて川北先生が猟犬のように窓からぽいと外へ飛びだした。
 道夫もそれに続いて、窓を飛び越え、庭園へ下りた。
「あ、痛……」
 道夫の飛び下りたところには、生憎あいにく石があったために、彼は足首をぎゅっとねじり、関節をどうかした。身体の中心を失った道夫はその場に横たおしとなった。
「ああっ、痛い……」
 起上ろうとするが、右足首の関節が痛いので力がはいらない。残念である。彼は川北先生の方が心配になり、足首を手でおさえて、芝生しばふの上に半身を起した。
「おお……」
 先生は、見事に雪子をとらえていた。松の木とのしげっている暗い木蔭の下で、先生は雪子の後から組みついていた。このとき雪子の姿が、さっきよりもずっと明瞭めいりょうに見えた。道夫は、先生に力を貸さなければと、起上ろうとした。が、やっぱり駄目だった。
「先生、……雪子姉さん……」
 道夫は芝生の上をはいながら、二人の方へ一センチでも近づこうと努力しながら雪子と川北先生のようすを凝視ぎょうしした。
 そのとき彼は、雪子がもがきながら、後へ上半身をねじって、川北先生を突きはなそうと懸命に力をだしているのを見てとった。雪子姉さんは何かを誤解しているのであろう。そんなことをしないで、おとなしく川北先生の腕の中に引き留められていればいいのにと道夫は思った。
 川北先生は、雪子の懸命の反抗にも、忍耐づよくこらいえている様子だった。彼は雪子を後から抱きすくめたまま、金輪際こんりんざいはなそうとはしなかった。
 が、そのときである。道夫はにわかに、予期しなかった不安に襲われた。というのは、互いにからみついている二人の姿が急にぼんやりしてきたからである。
「先生、どうしたんです……」
 そういう間にも、み合った先生と雪子の姿は、ますますぼんやりしてきて、やがて道夫の眼には見えなくなった。彼は息のとまるほどおどろいた。
 彼は、それでもまだその異変がそれほどおそるべきこととは気がつかず、あるいは眼の見まちがえかと思いながら、無理に芝生に立上り、よろめきながら、現場に近寄った。
 二人の姿は、完全になかった。
 するとどこかの木蔭へかくれたのかと思い、庭園のあちらこちらを探したが、雪子姉さんの姿はもちろん川北先生の姿さえ、どこにもなかった。生垣いけがきをこして、みちへでてしまったが、そこにも姿はなかった。
 このとき道夫の叫び声を聞きつけて、隣組の人々がばらばらとかけつけてきた。そして道夫にわけをたずねたので彼はそのわけを一通り話をした。だが誰も生きている幽霊のことや、川北先生が急に消えてしまったことについては信ずる者はなかったが、とにかくどこかにその二人がいるのであろうと、一同は手わけしてそのあたりをくまなく探してくれることになった。
 その間道夫は、格闘のあった元の木蔭に戻ってきて、なおよく調べた。彼はその途中、ふと気がついて、八つ手の下に入り乱れてついている、川北先生の足跡をたどってみた。すると不思議な事実が判明した。先生の足跡は、現場以外のどこへも伸びていないのであった。そしてもう一つ不思議なことに、雪子の足跡の方はただの一つも見当らなかった。
 隣組の人たちは、さんざんそこらあたりを探したが、やっぱり見当らないと報告した。怪また怪。雪子の生ける幽霊と川北先生とはどこへいってしまったのだろうか。

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