全滅艦隊
イネ州の首都オハン市を撃滅するために、キンギン国を出発した大潜水艦隊であった。その艦隊のうえに、オハン市攻略の大期待がかけられていた。ところが、その大潜水艦隊の進航中とつぜん行手に起った海底の大爆発……。 海底の砂はまきあげられて、さなきだに小暗い海底は、黒一色と化して、なにものも見えなくなった。その暗黒の中に、キンギン国の誇る大潜水艦隊は、完全に包まれてしまったのである。 爆発は、引きつづいて起った。 海上には、夥しい油が浮びあがり、それに交って、見るも無惨な人間の手や足などが、ぶかぶかと浮游している。 キンギン国の本国では、それに増して、大騒ぎであった。それも道理であった。キンギン国の誇りである快速大潜水艦隊が、イネ州へ遠征の途中、一隻のこらず、急に行方不明となってしまったのであるから……。 中央からは、マイカ大要塞へ、電話がとんだ。 “わが元首よりの命令である。只今より、マイカ大要塞司令官は、対アカグマ国イネ州への攻撃戦を指揮すべし。尚、それと共に行方不明となりたるわが大潜水艦隊の消息を直に探査し、報告すべし” マイカ大要塞は、一躍、作戦本部となった。司令官ラック大将は、この無上の栄誉に感謝して、直ちに司令部塔に入った。 このマイカ大要塞というのは、キンギン国の国民の、全く知らない秘密要塞であった。それは、太青洋第一の都市といわれるプラチナ市の、そのすぐ真下にある地下要塞であった。 マイカ大要塞に通ずる出入口は、たいへん遠いところにあった。それは、地上でいうと、プラチナ市の西方、三十五キロのサン市という小都会の地下鉄乗降場と、そしてサンサン百貨店とに、出入口があった。もう一つの出入口は、海に向って開いていた。もちろん、太青洋岸にあったけれど、そこはマイカ大要塞を離れること、北方四、五十キロばかりいったところにあった。 この陸門と海門とは、いずれも十数条の大地下道により大要塞に連絡せられてあった。そして、要塞の出入口が、このように、遠くに置かれてあるのは、マイカ要塞の位置を、極力秘密に保っておく必要のためであったことはいうまでもあるまい。 プラチナ市の市民も、サン市民も、ともにこのような一大要塞が、近くに設けられていることは全く知らなかった。また、要塞に働いている兵士たちの多くも、マイカ大要塞の正しい位置を知らなかった。 要するに、このマイカ大要塞こそは、かねがね太青洋方面から侵入してくる虞のある敵国に対し、難攻不落の前衛根拠地として、建造されていたものであった。そこには、キンギン国の巨大なる財力をもって金にあかして作ったかずかずの兵器が、かくされてあった。 ラック大将は、地下要塞の司令塔の中に入って、早速手配をして失踪を伝えられる渡洋潜水艦隊の捜査を開始した。 ところが、待てども、なんらの有力な報告は入ってこなかった。 「どうしたのか。もうたっぷり二時間になるのに、わが捜査隊は、一体なにをしているのか」 大将は、栄誉ある位置におかれた最初の手柄をたてようとして、たいへん焦りぬいていたが、なかなか思わしい報告が入って来ない。 そのうちに、三時間は経過し、やがて四時間が空費されようとしたときにとつぜん一隻の潜水艦が、マイカ大要塞の海門をまもる海中哨戒線にひっかかったというので、大さわぎとはなった。
怪艦の正体
怪潜水艦? その潜水艦は、艦体が、壊れかかったセルロイドの玩具のように、凹凸になっていた。潜望鏡の管も、マストも、折れ曲ったまま、ぶらぶらしていた。しかし艦体は、ピカピカに光っていた。 海中哨戒線は、陸にあるトーチカを、点々と海底にしずめたような恰好のものであったが、或る特殊な不可視光線によって、そこを通過する潜水艦などを捕えるような仕掛けになっていた。 「怪潜水艦が、通過中!」 という警報で、海底トーチカの兵員は、それというので、部署についた。 暗視テレビジョンが、直に活動をはじめた。そして前にのべたような艦の様子が、始めてわかったのである。 停船命令が、怪艦に向って、無電と水中超音波とで送られた。だが、怪艦からは、応答がなかった。 そこで改めて、強い探照灯の光が、怪艦に向って浴びせかけられたが、これでもまだ、怪艦は、停止しなかった。 「どうしましょうか。魚雷を一発、叩きつけてやりましょうか」 当直の水雷将校はいった。 「まあ、待て待て。もうすこし様子を見ていろ」 と、哨戒司令は、自重する。 「ですけれど、司令、怪潜水艦は、もう間もなく、海底突堤の傍に達しますよ」 その怪艦は、まるで大病人のように、ぐわーっと進むかと思えば、また急にスピードをおとして、艦体をぐらぐらと揺るがせた。停るのかと見ていると、これがまた、俄にスピードをあげて、妙な曲線を描いた航跡をのこして前進するのであった。 「はてな。あの怪潜水艦は、なにを考えているのであろうか」 「いや、考えているのじゃない。あの怪潜水艦は、居睡りをしているんだ」 居睡りをしている? そうかもしれない。そのうち、怪艦は、また猛烈な勢いで、水中を航進していったが、あわやと思ううちに、艦首を、はげしく、海底突堤にぶっつけてしまった。 「あっ、無茶なことをやる!」 「まるで、自殺をはかったような恰好だ!」 叩きつけられた艦首は大きく凹んでしまった。そして、その間から、大きな泡が、ぶくぶくとふきだした。 「あっ、怪艦は、損傷したぞ」 「早く、傍へいってみろ」 怪艦は、こっちへ向って、戦闘する意志がないことが、ようやく確となったので、哨戒線の兵員は、潜水服に身を固め、突堤にのりあげている怪艦に近づいた。 彼等は、間もなく、艦首のところに、大きな穴が明いているのを発見した。 指揮をとっている士官が、兵員に命じて携帯用の探照灯を掲げて、大穴の中を照させた。そして自分は、怪潜水艦の内部を、のぞきこんだ。 「あっ、これは……」 驚きのこえが、士官の唇から、とびだした。 「どうしましたッ」 「冗談じゃない。これは、わが軍の潜水艦だ」 「えっ、それは、たいへん」 隊員は、急ぎ中へ入ってみたが、たしかに自国の潜水艦だった。しかもアカグマ国へ進発した大艦隊の中の一隻だった。中を調べてみると、乗組員は、全部死んでいた。一体、どうしたというのであろう。 艦長の手記が発見されて、この怪艦の行動が、はじめて明瞭となった。 “わが艦隊は魔の海溝に於て突然敵の爆薬床に突入し、全滅せるものの如し、わが艦はひとり、可撓性の合金鋼材にて艦体を製作しありしを以て、比較的外傷を蒙ること少かりしも、爆発床へ突入と共に、大震動のため乗組員の半数を喪い、あらゆる通信機は、能力を失いたり、仍りてわれは、僅に残れる廻転式磁石を頼りとして、盲目状態に於て、帰港を決意せるも、何時如何なる事態に遭遇するやも量られざる次第なり” 勇敢なるこの潜水艦長の、死の帰還がなければ、キンギン国渡洋進攻艦隊の運命についてはついに知られる日がなかったであろう。 それにしても、かの恐るべき爆薬床とは、どんなものであろう。また、何者が、そのような仕掛を作って置いたのであろうか。太青洋の海上海中海底について、あらゆることを調べつくしているはずのキンギン国の海軍にとって、これはまた、意外にも意外なる敵の作戦施設であった。
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