監視哨
マイカ地下大要塞の、陸門は、サン市のデパート、サンサンと、地下鉄の入口との二つであった。また、その海門は、北方海岸一帯であった。それ以外に、このマイカ地下要塞の出入口は、どこにもないのであった。これくらい、堅固で安全な要塞は、他にない。なにしろキンギン国では、世界の富の十分の一にあたるという巨大な費用をかけて、この大要塞を作りあげたのであった。 「一体、敵は、どこまで攻めて来たのかね」 「もう十哩向うまで来ているそうだ。もの凄い戦闘部隊だということだぞ」 マイカ要塞の監視哨が交代になる時間であった。 「この望遠鏡で見ても、なんにも見えないではないか」 「望遠鏡で見ても、見える道理がないよ。敵軍は、空中を飛んでいるのじゃないのだ」 「えっ、空襲じゃないのか」 「うむ、潜水艦隊らしい。太青洋の水面下を、まっしぐらに、こっちへ進んでくる様子だ」 「潜水艦なんぞ、おそれることはないじゃないか」 「それはそうだ。だが、そいつは、潜水艦にはちがいないが妙な形をしている奴ばかりで、姿を見たばかりで、気持がわるくなると、さっき、将校が、わが隊長に話をしていたぜ」 「で、こっちは、どうするのか。わがキンギン国の潜水艦隊は全滅だそうだし、他の水上艦隊は、みんなイネ州の海岸へいってしまったし、一体、どうするつもりかね」 「さあ、おいらは司令官じゃないから、どうするか、知らないや。多分、海中電気砲で、敵を撃退するのじゃないかなあ」 「ふん、海中電気砲か。あれは、このキンギン国軍の御自慢ものだが、こうなってみると、なんだか心細いなあ」 「くだらんことをいわないで、さあ、交代だ。あとを頼むよ」 監視哨の兵は、そこで部署を交代した。 空中方面には、更に敵の近づいた様子がないので、彼は、むしろ海中からの危機のことを心配し、空中のことを心配しないでいた。 ところが、それから一分間ほどたった後、この監視哨は、顔の色をかえて測距儀にすがりつかねばならなかった。それは、とつぜん空中に、どこから湧いたか、すばらしい金色の翼を張った超重爆撃機が数百機、頭上に姿をあらわしたのであった。 「ああ、あれは……」 その超重爆撃機は、まるで、戦艦に翼が生えたような怪奇きわまる姿をもっていた。 「敵機だ。大空襲だ!」 監視哨は、ようやく、吾れにかえって、警報釦を圧し、そして口ごもりながら電話で報告をした。 高射砲が、砲撃をはじめたのは、それからわずか三分のちのことだったが敵機は、それまでに、既に数百の爆弾を翼下から地上に向け切りはなしていた。 爆煙は濛々として、天日を蔽った。土は、空中高くはね上り、樹木は裂け飛び、道路には大きな穴が明いた。 だが、被害は、まずそれだけであった。十数名の兵士が、死傷したのが、キンギン国軍にとって、最も大きな痛手であった程度で、地下にあるマイカ大要塞の防禦力は微動だにしなかった。 そのうえ、高射砲の砲弾は、刻一刻猛烈さを加えていった。鳩一羽さえ、通さないぞといったような、地上からの完全弾薬は、いかに敵の空襲部隊が精鋭であっても、これ以上キンギン国の領土内に侵入することを許さなかった。それは、刻々に証明されてきたようである。というのは、敵機は、急にスピードを失って、一機また一機、降下を始めたのであった。 「ああ、敵機撃墜だ。わが防空陣地の勝利だ!」 と、地上にわずかに砲口を見せている高射砲部隊は喊声をあげた。 地底深き司令部には、ラック大将が、テレビジョンによって、この戦闘の模様を、手に汗を握って観戦していたが、このとき、高射砲部隊からの報告が届いた。 “――わが高射砲部隊は、敵機五十八機を撃墜せり。尚引続き猛射中” だが、ラック大将は、別に嬉しそうな顔もせず、傍の参謀に話しかけた。 「おい、高射砲部隊は、いい気になって、撃墜報告をよこしたが、それにしては敵機の様子がどうもへんではないか」 「はあ、閣下には、御不審な点がありますか」 「うん。なぜといって、敵機は、火焔に包まれているわけでもなく、むしろ悠々と地上へ降下姿勢をとっているといった方が、相応わしいではないか」 「なるほど」 「第一、わしには、このような強力なる空襲部隊が、急にどこから現われたのか、その辺の謎が解なくて、気持がわるいのだ。太青洋上に配置したわが監視哨は、いずれも優秀を誇る近代警備をもって、これまで、いかなる時にも、ちゃんと仮装敵機の発見に成功している。これがわがマイカ要塞空襲のわずか二分前まで、敵機襲来を報告してきた者は只一人もいないのだからなあ」 と、ラック大将は、すこぶる腑に落ちない面持だった。
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