テレビジョン傍受
ドレゴは、それを聞くと、猟犬のように甲板を走り、ラッタルを駈上って、無電室の扉を叩いた。 「ほっほっほっ。君は運のいい男だよ、ドレゴ君」 と、局長のブラウンは笑いながら、彼を奥の部屋へ引張っていった。そこは通信機器の修理室らしく、ごたごたとフレームが置かれ、リノリウムの床の上には電纜(ケーブル)や工具類が散らばっていた。 局長は、そのフレームの一つの前まで来ると立停って、指した。 「この機械は何だか分るかね」 「いや、分らないね。僕はさっぱりだ、この方面のことは……」 「これはテレビジョンの受影機なんだ。航海中アメリカやイギリスのテレビジョンを受けようと思って、僕が試作中のものなんだ」 「テレビジョン? 遠方の光景を映画のようにうつして見える器械のことだったね」 「そのとおり。この映写幕にうつるのさ」 局長ブラウンは、ぴちんと音をさせて、スイッチを入れた。するとしばらくしてその映写幕が光り出して、その上に、波のような模様が忙しく流れだした。 「今、この映写幕の上に映像がぴったりと停るだろうが、そうしたら君は、そこにうつっているものが何であるか、いい当ててみたまえ」 局長はそういうと、フレームの横に中腰になって、目盛盤をしずかにうごかしていった。ドレゴの目に、沢山の縞目がゆるやかになって来て、やがて映像が幕の上にぴったりと固定するのが分った。 「ほう、何だろう、これは……」 映写幕にうつっているものは、どこか草原の風景らしくある。草の生えている向うに錆びついたボイラーのようなものが、どしんと腰を据えている。空はあまり明るくない――いや、突然その空に、扁平な鯛のような魚群が現われ、幕面を占領してしまった。と思ううちにはやもうボイラーの上をとび越えて、煙のようにかすかになり、やがて姿を消した。 「どうだい、ドレゴ君分ったかね」 「ふしぎな光景だね。これはトリック映画だろうか」 「とんでもない。実写だ。而(しか)も現に今起りつつある実景だ」 「だって変だぜ。魚の大群が空を飛んでいる」 「空ではない、海水の中だ」 「えっ、海水の中をだって、だだっ広い草原がつづいていて、魔物のボイラーかなんかが放り出してある……」 「違うよ。これは海の中の光景なんだ。名誉ある記者ドレゴにも、やっぱり分らないんだね。よく見たまえ、草原じゃない、海底だ。だから魚群が現われたって、すこしもふしぎではない」 「が、海の中がこんなに明るいだろうか」 「赤外線で照射してあるから、明るくうつるんだ」 「ふうん。すると……すると、あのボイラーみたいなものは何だ。もしやあの怪人……」 「そうらしいんだ。僕らにも最初のうちはよく分らなかったけれど、船長(キャプテン)や一等運転士(チーフメイト)などといろいろ意見を交換し合った結果、これは例の怪人集団の写真だという推定に落付いたんだ。あのボイラーみたいなものは、怪人たちが立籠っている城塞なんだろうよ」 「なにッ、あれが怪人集団の城塞だって。ああ、こんなに愕(おどろ)いたことはない」 ドレゴは、どきどきする自分の心臓を、服の上から抑えた。 「局長、これはみな本当だろうか。映画のテレビジョンかなんかを中継して、この映写幕へ出しているんじゃないか」 「君が信じなきゃ、それまでだよ。だがこれは映画じゃないと僕はかたく信じている。その証拠には、受信電波をかえると、これと同じものが別の角度や距離からうつるんだ。見ていたまえ」 局長はまたもや受影機の横に跼(かが)んで、調整を行った。 すると幕面の映像が急に洪水のように流れ出し、何が何だか分らなくなったが、しばらくすると、その流れがゆるやかになって、やがてぴったりと停った。そして新しい光景が幕面にうつった。 それは例の怪人集団の城塞と思われる円筒型の構築物が、さっきの場合よりずっと上方から俯瞰した状態でうつっていた。その城塞の下から、もやもやとした妖気が立ちのぼるのが見えた。それは妖気ではなく、実は軟泥が噴きあげられたのではあったが……。 「ドレゴ君、ここを見給え、この籠みたいなもの[#「籠みたいなもの」は底本では「籠みたいもの」、83-上段-15]――上からぶら下っていると見えて鋼条(ワイヤー)が光っているが、これは海中へ投げこまれた別のテレビジョン送影機だぜ。あ、あそこにも見える。あんな風に、送影機はいくつも海中に投げこまれているんだ。分るかね、ドレゴ君、これは皆アメリカの飛行機が投げこんで行ったものだよ」 「うへえッ。飛行機がテレビジョンの送影機を投げこんで行ったとは、一体どういうわけなんです。爆雷を投げこんで行くのなら、わけは分りますがね」 「うん、これはわれわれのような専門家じゃないと分らないだろうね。アメリカの飛行機は、怪人集団の様子を偵察するために、あのとおり送影機を投げこんで行ったんだと思う。それは賢明なやり方だからね」 「そうかね、そんなに賢明かな」 「知っているだろう、ワーナー博士の調査団一行があの海底で遭難したことを。それに代ってテレビジョンの送影機を投げこむと、尊い人間の生命を脅かされることは全然ないんだからね。それにテレビジョンの送影機をあんなにどっさり相手の周囲に投げこむなんてぇ、こんな大掛りなことは、わがアメリカじゃなけりゃ何処の国がやるだろうか。痛快じゃないか」 「なるほどね、ずいぶん突飛なことを考えたもんだ。ビッグ・アイデアだよ」 「あの籠みたいなものに、送影用のレンズや発振器装置などがついているんだ。そしてあの鋼条の中には絶縁されたアンテナ線が海面までつづいていて、海面からそれがテレビジョンの像電波を発射しているんだ。それをアメリカ本国では、沢山の受影機に捕捉し、あらゆる角度から怪人集団の様子を監視しているのだと思うね」 「すると、怪人の姿もうつっていいわけだよ。それはこの器械じゃ見えないのかね」 「僕もそう思って、さっきから、いろいろと同調波長を変えて、違った映像をうつしてみたんだが、残念ながらそれらしいものを捉えている電波はなかった」 そういっているとき、受影幕の映像が突然ぱっと消えた。あとに明るい縞目の光のみが走る。 「あれっ、変だなあ。同調が外れたかな」 局長は目盛盤を前後へ廻してみた。だが再び前のような映像はうつらなかった。 「周波数はちゃんと合っているのに……変だなあ、電波が消えたらしい」 「どうしたんだ、停電かね」 ドレゴが訊いた。 「停電じゃない。今まで受けていたテレビジョンの電波が停ってしまったんだ。じゃ別の電波に合わせてみよう」 局長は目盛盤をうごかして、ちがった映像を映写幕の上にうつし出した。それはずっと後方に位置する送影機からのものらしく、怪人集団の城塞はずっと小さくなって見えた。その代りに、鋼条で吊り下げられた籠のような形の送影機が五つも六つも見えた。 と、画面が突然ぱっと眩(まぶ)しく光った。 「あ痛ッ」 ドレゴが叫んだ。 「どうした、ドレゴ君」 局長がドレゴを背後から抱えた。するとドレゴが、わははと笑い出した。 「どこだ。痛いといったではないか」 「わははは。幕の上でぱっと光ったので、僕は手榴弾かなんかを投げつけられたような気がしたんだ。わははは、神経だよ、全く神経のせいだ」 「人騒がせな男だね」局長はドレゴの身体から手を放して、肩をすぼめた。が、彼はこのとき幕面へ目をやるが早いか、ドレゴが先に発したよりも大きな声で叫んだ。 「あッ、やられた。このへんにぶら下っていたテレビジョンの籠がやられてしまった」 そういっているとき、また、ぱぱッぱぱッと幕上の相ついで閃光が二人の目を射た。 「おいドレゴ君、分るかい。折角投げこんでおいたテレビジョンの送影機が、今片端(かたはし)から破壊されて行くのだ」 「ええッ、何だって」 「送影機が片端から壊(こわ)されて行くんだよ。あっ、光った。見たかね、怪人集団の城塞に、小さな灯がつくと、すぐそのあとで送影機が爆発してしまうんだ。城塞から何か出しているよ、怪力線か放射線か、何かそういう強力なものを……」 「すると怪人集団が、あの籠を見つけて壊しにかかっているんだろうか」 「そうらしい」 といっているとき、幕面がぱっと白くなって映像が消えてしまった。 「あっ、やられた」 「えっ」 「今まで像を送ってくれていた送影機がやられちまったんだ。ああ、それで分った。さっきもこんなことがあったね。あの前の送影機もやられちまったんだ」 「すると、怪人集団がどんどん送影機を壊しているというわけか」 「そうなんだ。それに違いない、早くも彼等は悟ったんだね。テレビジョンで見張られていては都合が悪いというんで、どんどん壊しにかかっているんだ。ああ、折角の名案も効なしか」
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