遭難第一報
その日は過ぎてその翌日の正午、全世界の通信網はおどろくべきニュースを受取った。それはワーナー調査団一行の遭難事件と、大西洋海底における怪異事件に関するものであった。 臨時放送ニュース、それから号外。このおどろくべき報道は間もなく全世界の隅々まで達した。 その第一報は、次のようなものだった。“アメリカが誇りとするワーナー博士とその調査団一行十名が、近来頻発する大西洋海底地震の調査のために昨日来大西洋の海底に下りて観測中であったが、博士一行は図らずも同海底に国籍不明の怪人集団と、それが拠れる海底構築物を発見した。この輝かしき発見の後、博士一行は悉く遭難し、全滅の悲運に陥った。それがため以後の調査は杜絶したが、アメリカ当局は更に新に調査団を編成し、大西洋海底の秘密の探求に本腰を入れることとなった。因(ちなみ)に、その怪人集団は吾人の想像に絶する巨大なる力を有するものの如く、而(しか)もその性情は頗る危険なるものの如くである。彼等が如何なる国籍の者なるかについては、なお今後の調査に待たなければならないが、その真相の判明したる暁には、全世界に有史以来の一大恐慌が起るおそれがあり、その成行は注目される” 一体何事が起るのだろう。大西洋の海底に如何なる秘密が隠されているのであろうか。有史以来の一大恐慌とは、どんな程度の恐慌を意味しているのだろうか。――このおどろくべき報道に接した誰もが、そういう疑問と不安とに陥った。そして第二報の発表が速かに行われるよう、放送局や新聞社には引切りなしに要請の電話がかかってきた。 「また、戦争じゃろうか」 「ふん。そうかもしれん。一体何国だろうか。あんなところに海底要塞なんか築いたのは……」 多くの民衆は、こんな会話を取交わした。彼等の想像は大体この程度を出なかった。 報道の専門家たちは、さすがに商売柄で、この事件について特別報道隊を編成するなどして、その事件を論じ、そして全力をあげて真相の追求にかかった。 「一体このニュースを初めに出したのは、どこの誰だい」 「それがおかしいのだ。今日の十一時にWGY局が短波で呼出され、あの第一報が伝えられたんだそうな。WGY局ではおどろいて政府当局に連絡して、真偽のほどを質問した。すると政府のスポークスマンは、それを否定もしないし、また肯定もしないと回答した。ところで、それではあの通信に幾分の真相が含まれているものと見なし、正午に全世界へ報道したというわけだそうだぜ」 「ちょっと妙だよ。政府のその態度は。当局の意向(いこう)として云々という文句があるのに、それを否定も肯定もしないというのは……」 「だからね。僕の考えじゃあ、政府当局はあの事件についてまだ調査中なんじゃないかね。調査中だから確かなことはいえない。だがともかくもああいう事件は事実存在する。そこであんな態度に出たと思うね」 「まあ、その辺だろう。と、われわれはもっと真相を知らねばならない。さあ、そうなるとどこから入り込むか」 「発信者の所在を早く探出すことだね」 と別の記者が口をはさんだ。 「いや、それよりはワーナー博士一行の所在地へ飛び込むことだ」 「それは出来ないんじゃないか。まさか、大西洋の海底まで下りて行くことは出来ないだろう」 「遭難し全滅したというんだから、仕様がないじゃないか」 別の記者がいった。 「ところがね、僕は博士一行が全部死に絶えたとは思わない。全滅とは必ずしも全部が死んでしまったという意味じゃない。死ぬか、さもなければ怪我をするかして、満足に動ける者がなくなりゃ、これをやっぱり全滅と報道していいんだ。だから皆死んだとは断定できない」 「しかしねえ……」 「まあ、待てよ。それにだ、もし博士一行が海底で全部死んだものなら、海底に怪人集団を発見したことを報告できやしないよ。われわれの場合は、ちゃんとそれを報告しているんだ。しかも吾人の想像に絶する巨大なる力を有するものだとか“性情頗(すこぶ)る険呑(けんのん)なるもの”などと相当深い観察までが伝えられている。おまけに今後の調査団の強化までが決定されているじゃないか。そして、“全世界に有史以来の大恐慌が起るであろう”などと相当責任のある予想をつけ加えている。これらのことを考え合わすと、ワーナー博士の一行が全部海底で死滅したんでは、こんなしっかりしたことは報道できやしないよ。そうじゃないかね」 「君の説に賛成するよ」 その場において反対する者はなかった。 だが、ワーナー博士一行の所在をつきとめる方が早道だという者と、発信者を探したがよい、殊に第二報が聞えたら、すぐ無線探知器を使って発信者の位置を決定する[#「決定する」は底本では「決定をする」、70-上段-12]用意をなすべきだという者と、方針は二つに別れた。 記者たちは、経験と勘と、そして自動車と飛行機と電波と金とを利器として、四方八方に活動を開始した。 こんなことがどの通信社にも新聞社にも起った。正にヘルナー山頂に坐礁したゼムリヤ号事件以来の特種であった。いや、ゼムリヤ号事件から続いて起った事件だから、通信従事者の昂奮もまたすばらしく大きかったのである。
高等生物団
第一報発表以後のわずか十八時間に、各社の第一線記者は悉くへたばってしまった。あらゆる探索は失敗に帰し、何の収穫も手に入らなかったのである。 アイスランドは勿論のこと、大西洋全域から、各国の重要都市が一つ残らず探索されたけれど、どこにもワーナー博士一行の新しい消息も見当らず、聞き当らなかった。第一報の電波発信者も分らず、この電波を発射した位置も分らなかった。そして今にも入るかと思った第二報はいつまで経っても音沙汰がなかった。 このような失望と困憊のあとに、突然として待望久しき第二報が、WGY局から放送されたのだった。 無線探知器の前に頑張っていた無線班の連中は大失望した。第二報がWGY局放送局より放送される前に、何処からかWGY局へ第二報の原稿を電波で送る者がある筈で、それを捕えようと待構えていたのだ。ところがそれは遂に入らないで、いきなりWGY局が放送を始めたから、彼等ががっかりしたのも無理ではない。 だが、社の首脳部たちは一向構わなかった。それは、新たに発表された第二報の内容が非常に驚愕すべき、そして重要なものであったからだ。――第二報は、次のように報じている。 “――既報の大西洋海底に蟠居する怪人集団は、従来地球上にその存在を確認されたことのない高等生物の集団だと認むべき理由が発見された。但し彼等が、地球外の宇宙より侵入せるものか、或いは以前より海底又は地中に生存していたものが今回われらの目に触れたものであるか、それはまだ判別できない。いずれにせよ、彼等の出現により、われら世界人類は突如として測り知ることの出来ない脅威に曝されることとなった。目下のところ彼等怪人集団の勢力は大したものではないが、われら世界各国民は一致協力して、直ちに大警戒を始めねばならない。世界各国はこれまでの対立を即刻解き、その総力を結束して、われら地球人類の防衛に万全を図らねばならない” なんという驚愕であろう。「従来地球上にその存在を確認されたことのない高等生物の集団」が大西洋の海底に蟠居していることが発見されたというのである。アメリカン・インディアンが白人コロンブス一行を迎えたときの驚愕、エスキモー人がロシア人を見たときの驚愕などは、今回の事件に比べると桁ちがいの小さい驚愕だ。世界の全同胞にとって恐るべき険悪なる事態が急にやって来たのだ。彼等は一体何物? そして彼等に対し、如何なる手段をもって如何に対すべきであろうか。 政治家も軍人も財閥も技術者も科学者も、この驚異的事態を真に了解した者は、いずれも皆茫然自失の結果、虚脱状態となってしまった。どうしたらいいのか、何も考えられない。どこから手をつけてよいか皆目わからないのだ。これが人間同士なら北の涯の者と南の涯の者の間にも、言葉は通じなくとも何とか意志を通ずる方法もあるし、相手の気持も能力も信頼度も、まず大体察知し得られる。ところが今の場合のように、これまで全然交際(まじわ)ったことのない高等生物に対するということになると、どうしてよいか、どこから始めていいか、さっぱり、見当がつかないのだ。 時刻が移るに従って、事態はいよいよ深刻化していった。それは第二報が警告している内容の如何に重大なるかが世界各国にぼつぼつ分りかけて来たからであろう。 それでも世界の一部には懐疑病に取憑れた政治家があって、その報道の荒唐無稽なること、それが某国のためにする神経的威嚇であるとして攻撃を加えた。しかしこういう人達は、恐らく頭上に原子爆弾が落ちても、身は真黒焦になってしまった後でも、原子爆弾の威力を信ずるとはいわないひねくれ者一派にちがいなかった。そういう一派はいつの世にも必ず棲息しているものだ。 世界連合の臨時緊急会議がロンドンで開催せられた。これはいわずとしれた、大西洋海底の怪人集団に対するわが全世界の態度と処置を議するためのものだった。 その会議は、なかなか纏(まとま)らなかった。それは怪人集団に対する全世界の歩調一致はすぐさま可決されたのであるが、それでは如何にこれを処置すべきかという問題については一向信頼するに足る具体的方法が発見されないためだったといえる。 アメリカの上院議員パスニー氏は、突然次の如き見解を発表した。 「地球防衛はわれら世界人類の義務であると共に権利である。地球外よりの無断侵入者に対しては何の仮借するところがあろう。よろしく即時われらはその全武力を大西洋海底に集中し、一秒たりともより速かに、かの無断侵入者を殲滅すべきである。もしわれらにして躊躇することあらば、悔いを千載に残すことになろう」 このパスニー氏の声明は、直ちにアメリカ人の一部の与論の支持を受けた。が、この意見は意外にもフランスの共産党によって非常な共鳴を受けた。すなわちフランス共産党は、即時にアメリカ海空軍の大西洋出動を要請したのである。それから始まって、パスニー氏の意見に賛成する者が、世界の方々に現われた。 やがてこのことは、連日秘密会議を開いている世界連合の臨時緊急会議にまで響いていった。実は、その会議でも、この防衛殲滅論が一方において断然有力であったのだ。その一方において平和的な外交手段による交渉論が支持されていた。 平和的交渉論は、一応誰しも賛同するところであったが、この主張の弱点は、その具体的手段が見付からないことだった。だから日と共に防衛殲滅論の方が優勢になっていった。しかしながら、この防衛殲滅論も百パーセント決定的勝利が得られるとはいい切れないところに、やはり弱点があった。 それは、果して大西洋海底の怪人集団が、現代の最強武器である原子爆弾によって完全に壊滅するものであろうかという危惧、それからもう一つ、たとえ現在蟠居する彼等を殲滅し得たとするも、彼等の後続部隊が後になって大挙襲来するのではなかろうか。この可能性は十分にあるものと思われる。そのときに至って、わが地球兵団は果して宇宙の強敵に対して必ず勝利を収めるだけの自信があるだろうか。またそれまでにわれらは十分の宇宙戦争の準備をすることが出来るであろうか。もし勝利に自信がなく、準備も間に合わないとすれば、今日大西洋海底に蟠居する彼等の前衛集団を攻撃することによって、無用不利の刺戟を彼等の本国に与えることは策の上々たるものではないというものであった。 このへんから会議は、所謂(いわゆる)小田原評定的な調子を露呈するに至った。無理もないことである。この連立方程式の答を出すには、方程式の数が足りないのである。いやそのいくつかの方程式の大部分が欠除しているのであったから……。
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