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省線電車の射撃手(しょうせんでんしゃのしゃげきしゅ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-24 17:03:23 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 大江山警部は電話をガチャリと切ると、しばし其の場に立ちすくんだ。考えてみるまでもなく、彼の立場はたいへん不運だった。彼は今度の事件で、どうしたものか、犯人の目星を一向につけることができなかった。昨日今日の事件ではあるが、林三平、倉内銀次郎、戸浪三四郎、赤星龍子、笹木光吉と疑いたい者ばかり多いくせに、犯人らしい人物を指すことができないのだった。唯今の総監の言葉から思いついたことは、電気の先生だった戸浪が相当そうとう頼母たのもしい探索をしていてくれるから、彼と同盟すれば、大いに便宜べんぎが得られるであろうという見込みだが、但し戸浪自身が犯人の場合は全く失敗になるわけだった。戸浪に会って気をひいた上で決定しようと考えた。赤星龍子が笹木の愛人であるのは驚いたが、前後二回も、殺人のあった電車にのっていたのは、一寸ちょっと偶然とは考えられない。実は先刻部下に命じて置いた龍子の動静どうせい報告がきた上で、もすこしくわしく考えてみたい。……
 大江山警部は電話のある室を出て、階段をプラットホームに下りながら、懐中時計を出してみた。もう夜も大分だいぶけて、ちょうど十時半になっていた。昨日の今頃突如として起った射殺事件のことを思いだして、いやな気持になった。すると、どこやら遠くで、非常警笛けいてきの鳴るのをきいた、と思った。
 彼は階段の途中に立ちどまった。
「ポ、ポ、ポ、ポッ」
 ああ、警笛けいてきだ。まぎれもなく、のぼり電車の警笛だ。次第次第に、叫音きょうおんれるように大きくなってくるではないか。彼は墜落ついらくするように階段を駆けくだった。そのとき丁度ちょうど叫喚怒号きょうかんどごうする人間を積んだ上り電車が、驀地まっしぐらにホームへ滑りこんできたのだった。
「やられたかッ」警部は呶鳴どなった。
「また若い婦人です」と車掌が窓から叫んだ。
「窓があいているじゃないか、あれほど言ったのに」警部は真赤になって憤慨した。
「エビス駅を出るときには閉っていたんです」
「よォし、では乗客を禁足きんそくしとくんだぞ」
「わかりましたッ」
 大江山警部は、若い婦人の屍体したいころがっているという二輌目の車輌の前へ、かけつけた。窓がパタリと開いて、多田刑事の泣いているような顔が出た。
「課長どの、殺されたのは赤星龍子です」
「えッ、赤星龍子が――」
 総監から注意のあったばかりの女が殺された。警部自身が大きい疑問符を五分ほど前にふったその女が殺されたのだった。警部は車中へ入ってみた。
「課長どの」と多田刑事は警部をオズオズと呼んで、この車輌の一番先端部にあたる左側客席のすみした。
「ここの隅ッ子に龍子が腰を下ろしていました。向い側の窓はたしかに閉っていたんですが、ビール会社の前あたりまで来たときに、そこにいた地方出身のじいさんが、窓をあけちまったんです。私が止めようとしたときにはもう遅うございました」
「君は一体どこに居たんだ」
「向うの入口(と彼は指を後部ドアへさしのべた)から龍子を監視していたのです」
「龍子は死んだか」そう云って警部はうしろを向いた。彼女は軽便担架けいべんたんかの上で、裸にむかれていた。
「課長さん、重傷ですが、まだ生きています。創管そうかんは心臓をかすって背中へむけています。カンフルで二三時間はもっているかも知れません」と医師が言った。
「意識は恢復かいふくしないかネ」
「むずかしいと思いますが、かくさっきから手当をしています」
「輸血でもなんでもやって、この女にもう一度意識を与えてやってくれ」警部は、紙のように真白な赤星龍子の顔を祈るようにみてそう云った。
「多田君、田舎者のじいさんというのは、どこに居るか」
「はァ、そこに居ますが……」そう云って多田刑事は車内の連中の顔をみまわしたが居なかった。刑事は狼狽ろうばいして、一人一人を訊問じんもんした。その結果、仕切の小扉こドアをひらいて後の車へ行ったのを見たと云った者がいた。驚いて後の車をたずねてみたが、田舎者の爺さんなんか、誰も見たものがないというのだった。
「なに、どこにも見当らないって」その報告をきいた大江山警部は、鈍間とんまな刑事をなぐりたおしたい衝動しょうどうられたのを、やっとのことで我慢した。
「課長どの、こういう方がお目にかかりたいと仰有おっしゃいますが」と部下の一人が、一葉いちようの名刺を持って来た。とりあげてみると、
「私立探偵。帆村荘六」
 大江山警部は、帆村の力を借りたい心と、まだ燃えのこる敵愾心てきがいしんとにはさまって、例の「ううむ」をうなった。そのときかたわらに声があった。
「大江山さん。総監閣下を通じてお願いしましたところ、お使い下さるお許しを得たそうでして大変有難うございました」
「やあ、帆村君」警部は、青年探偵帆村荘六のなごやかな眼をみた。事件の真只中まっただなかに入ってきたとは思われぬ温容おんようだった。彼は帆村を使うことを許した覚えはなかったが、それは多分帆村探偵の心づかいだろうと悟って、悪い気持はしなかった。
 帆村探偵と大江山捜査課長とは、顔を近づけて、それから約二十分というものを、低声ていせいで協議をした。それが終ると、大江山警部の顔色は、急に生々と元気を恢復してきたように見えた。
「さあ、赤星龍子さんを、伝染病研究所の手術室へ送るんだ。ここから一番近くていい。それから私も、そっちの方へ行くから、用事があったら電話をかけて貰いたい」
 部下一同は呆気あっけにとられたのだった。大江山課長は、今宵こよい三人の犠牲者を出したこの駅に、徹夜して頑張るのだろうと、誰もが思っていた。なんの面目めんぼくがあってオメオメ此の現場を去ることができるのか。それに、電車はまだひっきりなしに通る筈だ。終電車までにまだ二時間もあるではないか。それを気に留めないで引き払おうという課長の意が、那辺なへんにあるかを計りかねた一同だった。
 頭の働く部下の一人は、こう考えた。
(課長が重症の赤星龍子について引上げるというは、最早もはや今夜は犯罪が行われないことがわかったのだ。なぜそれが確かになったのであるか。――うん、もしかすると、赤星龍子が射たれたというのは間違いで、彼女は、われとわが身体をきずつけたんじゃなかったか。彼女の自殺! あの怖ろしい省線電車の射撃手は、実に赤星龍子だったんだ。)
 そう思って眺めると、彼女を伝研でんけんの病室に送る一行の物々しさは、右の推定すいてい裏書うらがきするに充分だった。
「赤星龍子はカンフルで持ち直して、うまくゆくと一命はとりとめるかもしれないということだ」
 そんな噂が、伝研ゆきの自動車が出て行ったあとで、駅員たちの間に拡って行ったほどだった。果して龍子は助かるだろうか。のこる四人の容疑者の謎は、もうとけたのだろうか。

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