打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

灯明之巻(とうみょうのまき)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数534 更新时间:2006/8/22 16:41:43 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       四

 ――きみ、きみ――
 白鷺に向って声を掛けた。
「人に聞かれたのではきまりが悪いね……」
 西明寺を志して来る途中、一処、道端の低いあぜに、一叢ひとむら緋牡丹ひぼたんが、薄曇る日に燃ゆるがごとく、二輪咲いて、枝のつぼみの、たわわなのを見た。――奥路に名高い、例の須賀川の牡丹園の花の香が風に伝わるせいかも知れない、汽車からながめる、目の下に近い、かど、背戸、垣根。遠くは山裾やますそにかくれてた茅屋かややにも、咲昇るあおいしのいで牡丹を高く見たのであった。が、こんなに心易い処に咲いたのには逢わなかった。またどこにもあるまい。細竹一節のかこいもない、酔える艶婦えんぷの裸身である。
 旅の袖を、直ちに蝶の翼に開いて――狐がいたと人さえ見なければ――もっとも四辺あたりに人影もなかったが――ふわりと飛んで、花を吸おうとも、莟を抱こうとも、心のままに思われた。
 それだのに、十歩……いや、もっと十間ばかり隔たった処に、銑吉が立停たちどまったのは、花の莟を、蓑毛みのけかついだ、舞の烏帽子えぼしのようにかざして、葉の裏すく水の影に、白鷺が一羽、婀娜あだに、すっきりと羽を休めていたからである。
 ここに一筋の小川が流れる。三尺ばかり、細いが水は清く澄み、瀬は立ちながら、悠揚として、さらさらと聞くほどの音もしない。山入やまいりの水源は深く沈んだ池沼ちしょうであろう。湖と言い、滝と聞けば、末のながれのかくまでしずかなことはあるまいと思う。たとい地理にしていかなりとも。
 ――松島の道では、鼓草たんぽぽをつむ道草をも、溝をまたいで越えたと思う。ここの水は、牡丹のむらのうしろを流れて、山の根に添って荒れた麦畑の前を行き、一方は、つのぐむあし、茅の芽の漂う水田であった。
 道を挟んで、牡丹と相向う処に、亜鉛トタンこけらの継はぎなのが、ともに腐れ、屋根が落ち、柱の倒れた、以前掛茶屋か、中食ちゅうじきであったらしい伏屋の残骸ざんがいが、よもぎなかにのめっていた。あるいは、足休めの客の愛想に、道のむこう側を花畑にしていたものかも知れない。流転のあとと、栄花の夢、軒は枯骨のごとく朽ちて、牡丹のはだは鮮紅である。
 古蓑ふるみの案山子かかしになれば、茶店の骸骨も花守をしていよう。煙は立たぬが、根太を埋めた夏草の露は乾かぬ。その草の中を、あたかも、ひらひら、と、もののうつつのように、いま生れたらしい蜻蛉とんぼが、群青ぐんじょうの絹糸に、薄浅葱うすあさぎの結び玉を目にして、綾の白銀しろがねうすものを翼に縫い、ひらひら、とながれの方へ、葉うつりを低くして、牡丹に誘われたように、道を伝った。
 またあまりにはかない。土に映る影もない。が、その影でさえ、触ったら、毒気でたちまち落ちたろう。――畷道なわてみち真中まんなかに、別に、すさまじい虫が居た。
 しかも、こっちを、銑吉の方を向いて、ひげをぴちぴちと動かす。一疋七八分にして、は寸に足りない。けれども、羽に碧緑あおみどりつや濃く、赤と黄のを飾って、腹に光のある虫だから、留った土がになって、磨いたように燦然さんぜんとする。葛上亭長まめ芫青あお地胆つち、三種合わせた、猛毒、はだえあわすべき※(「(矛+攵)/虫」、第4水準2-87-65)はんみょううちの、最も普通な、みちおしえ、魔のいた宝石のように、※(「火+玄」、第3水準1-87-39)ぎらぎらと招いていた。
「――こっちを襲って来るのではない。そこは自然の配剤だね。人が進めば、ひょいと五六尺退しさって、そこで、また、おいでおいでをしているんだ。碧緑赤黄の色で誘うのか知らん。」
 蜻蛉では勿論ない。それを狙っているらしい。白鷺が、翼を開くまでもなかった。牡丹の花の影を、きれいな水から、すっと出て、斑※(「(矛+攵)/虫」、第4水準2-87-65)の前へくと思うと、約束通り、前途むこう退さがった。人間に対すると、その挙動は同一おんなじらしい。……白鷺が再び、すっと進む。
 あのあしの運びは、小股こまたがきれて、意気に見える。斑※(「(矛+攵)/虫」、第4水準2-87-65)は、また飛びしさった。白鷺が道の中を。……
 ――きみ、――きみ――
「うっかり声を出して呼んだんだよ、つい。……毒虫だ、大毒だ。きみ、くわえてはいけないと。あの毒は大変です、その卵のくッついた野菜を食べると、血を吐いて即死だそうだ。
 現に、私がね、ただ、触られてかぶれたばかりだが。
 北国ほっこくの秋の祭――十月です。半ば頃、その祭に呼ばれて親類へ行った。
 白山宮はくさんぐうの境内、大きな手水鉢ちょうずばちのわきで、人ごみの中だったが、山の方から、さっと虫が来て頬へとまった。指のさきで払い落したあとが、むずむずとかゆいんだね。
 御手洗みたらしは清くて冷い、すぐ洗えばだったけれども、神様の助けです。手も清め、口もそそぐ。……あの手をいきなり突込つっこんだらどのくらい人をそこなったろう。――たとい殺さないまでもと思うと、今でも身の毛が立つほどだ。ほてって、顔が二つになったほど幅ったく重い。やあ、獅子ししのようなつらだ、鬼のめんだ、と小児こどもたちにはやされて、泣いたり怒ったり。それでも遊びにほうけていると、清らかな、上品な、お神巫みこかと思う、色の白い、もみはかまのお嬢さんが、祭の露店に売っている……山葡萄やまぶどうの、黒いほどな紫の実を下すって――お帰んなさい、水で冷すのですよ。
 ――で、駆戻ると、さきの親類では吃驚びっくりして、頭を冷して寝かしたんだがね。客が揃って、おやじ……私の父が来たので、御馳走ごちそうぜんの並んだ隣へ出て坐った処、そこらをて、しばらくして、内の小僧は?……と聞くんだね。袖の中の子が分らないほど、つらが鬼になっていたんです。おやじの顔色が変ると、私も泣出した。あとをよくは覚えていないんだが、その山葡萄をしずくにして、塗ったり吸ったりして無事に治った……虫は斑※(「(矛+攵)/虫」、第4水準2-87-65)だった事はいうまでもないのです。」
「何と、はあ、おっかねえもんだ、なす。知らねえ虫じゃねえでがすが、……もっとも、あの、みちおしえは、誰も触らねえ事にしてあるにはあるだよ。」
「だから、つい、声も掛けようではないか。」
「鷺の鳥はどうしただね。」
「お爺さん、それは見ていなかったかい。」
「なまけもんだ、陽気のよさに、あとはすぐとろとろだ。あの潰屋つぶれやの陰に寝ころばっておったもんだでの。」
 白鷺はやがて羽を開いた。飛ぶと、宙をかける威力には、とび退しさる虫がくちばしに消えた。雪の蓑毛みのけさわやかに、もとのながれの上に帰ったのは、あと口に水を含んだのであろうも知れない。諸羽もろはねつと、ひらりと舞上る時、緋牡丹の花の影が、雪のうなじに、ぼっとみて薄紅うすくれないがさした。そのまま山のを、高く森のこずえにかくれたのであった。
「あの様子ではたしかに呑んだよ、どうもられたろうと思うがね。」
 じい股引ももひきの膝を居直って、自信がありそうに云った。
「うんや、鳥は悧巧りこうだで。」
「悧巧な鳥でも、殺生石にはおちるじゃないか。」
「うんや、大丈夫でがすべよ。」
「が、見る見るあの白い咽喉のどの赤くなったのが可恐おそろしいよ。」
「とろりとうまいと酔うがなす。」
 にたにたと笑いながら、
「麦こがしでは駄目だがなす。」
「しかし……」
「お前様、それにの、鷺はの、明神様のおつかわしめだよ、白鷺明神というだでね。」
「ああ、そうか、あの向うの山のお堂だね。」
「余り人のく処でねえでね。道も大儀だ。」
 と、なぜか中を隔てるように、さしのぞく小県の目の前で、頭を振った。
 明神の森というと――あの白鷺はその梢へ飛んだ――なぜか爺が、まだたれも詣でようとも言わぬものを、悪く遮りだてするらしいのに、反感を持つとまでもなかったけれども、すぐにも出掛けたい気が起った。黒塚のばばの納戸で、むを得ない。
「――時に、和尚さんは、まだなかなか帰りそうに見えないね。とすると、位牌いはいも過去帳も分らない。……」
「何しろ、この荒寺だ、和尚は出がちだよって、大切な物だけは、はい、町の在家の確かな蔵に預けてあるで。」
「また帰途かえりに寄るとしよう。」
 不意に立掛けた。が、見掛けた目にも、若い綺麗きれいな人の持ものらしい提紙入ハンドバックに心をかれた。またそれだけ、露骨に聞くのがくすぐったかったのを、ここで銑吉が棄鞭すてむちを打った。
「お爺さん、お寺には、おかみさん、いや、奥さんか。」
 小さな声で、
「おだいこくがおいでかね。」
「は、とんでもねえ、それどころか、檀那だんながねえで、亡者も居ねえ。だがな、またこの和尚が世棄人過ぎた、あんまり悟りすぎた。参詣の女衆おなごしゅが、忘れたればとって、預けたればとって、あんだ、あれは。」
 と、せきこんで、
「……外廻りをするにして、要心に事を欠いた。木魚をおしに置くとはあんたるこんだ。」
 と、やけに突立つったつ膝がしらに、麦こがしの椀を炉の中へ突込つっこんで、ぱっと立つ白い粉に、クシンとせたは可笑おかしいが、手向たむけの水のれたようで、見る目には、ものあわれ。
 もくりと、掻落すように大木魚を膝に取って、
「ぼっかり押孕おっぱらんだ、しかもでっかい、木魚講を見せつけられて、どんなにか、はい、女衆は恥かしかんべい。」
 その時、提紙入ハンドバックの色が、紫陽花あじさい浅葱あさぎ淡く、壁の暗さに、黒髪も乱れつつ、産婦の顔のしおれたように見えたのである。
 谷間の卵塔に、田沢氏の墓のただ一基こけの払われた、それを思え。
「お爺さん、では、あの女の持ものは、お産で死んだ記念かたみおさめものででもあるのかい。」
 べそかくばかりに眉を寄せて、
「牡丹に立った白鷺になるよりも、人間は娑婆しゃばが恋しかんべいに、産で死んで、姑獲鳥うぶめになるわ。びしょびしょぶり闇暗くらやみに、若い女が青ざめて、腰の下さ血だらけで、あのこわれ屋の軒の上へ。……わあ、なさけない。……お救い下され、南無普門品なむふもんぼん、第二十五。」
 と炉縁をずり直って、たとえば、小県に股引の尻を見せ、向うむきに円くうずくまったが、古寺の狸などを論ずべき場合でない――およそ、その背中ほどの木魚にしがみついて、もく、もく、もく、もく、と立てつけに鳴らしながら、
「南無普門品第二十五。」
「普門品第二十五。」
 小県も、ともに口のうちで。
「この寺に観世音。」
「ああ居らっしゃるとも、難有ありがたい、ありがたい……」
「その本堂に。」
「いや、あちらの棟だ。――ああ、参らっしゃるか。」
「参ろうとも。」
「おお、いい事だ、さあ、ござい、ござい。」
 と抱込んだ木魚を、もく、もくとたたきながら、足腰の頑丈づくりがひょこひょことさきへ立った。この爺さん、どうかしている。
 が、導かれて、御廚子みずしの前へ進んでからは――そういう小県が、かえって、どうかしないではいられなくなったのである。
 この庫裡くりと、わずかに二棟、隔ての戸もない本堂は、置棚の真中まんなかに、名号みょうごうを掛けたばかりで、その外の横縁に、それでもかたばかり階段が残った。以前は橋廊下で渡ったらしいが、床板の折れひしゃげたのを継合せに土に敷いてある。
 明神の森が右の峰、左に、卵塔場を谷に見て、よく一人で、と思うばかり、前刻さっきたたずんだ、田沢氏の墓はその谷の草がくれ。
 向うのきざはしを、木魚があがる。あとへ続くと、須弥壇しゅみだんも仏具も何もない。白布をおおうた台に、経机を据えて、その上に黒塗の御廚子があった。
 庫裡の炉の周囲まわりむしろである。ここだけ畳を三畳ほどに、賽銭さいせんの箱が小さくすわって、花瓶はながめに雪をった一束のの花が露を含んで清々すがすがしい。根じめともない、三本ほどのチュリップも、蓮華れんげの水をぬきんでた風情があった。
 勿体ないが、その卯の花の房々したのが、おのずから押になって、御廚子の片扉を支えたばかり、片扉は、よろいの袖のたたれたようにれ下っていたのだから。
「は、」
 ただ伏拝むと、ななめ差覗さしのぞかせたまうお姿は、御丈おんたけ八寸、雪なす卯の花に袖のひだがなびく。白木一彫ひとほり、群青の御髪みぐしにして、一点の朱の唇、打微笑うちほほえみつつ、爺を、銑吉を、見そなわす。
「南無普門品第二十五。」
「失礼だけれど、准胝観音じゅんでいかんのんでいらっしゃるね。」
「はあい、そうでがすべ。和尚どのが、覚えにくい名をとなえさっしゃる。南無普門品第二十五。」
 よし、ただ、南無とばかり称え申せ、ここにおわするは、除災、延命えんみょう求児ぐうじの誓願、擁護愛愍ようごあいみん菩薩ぼさつである。
「お爺さん、ああ、それに、生意気をいうようだけれど、これは素晴らしい名作です。私は知らないが、友達に大分出来る彫刻家があるので、門前の小僧だ。少し分る……それに、よっぽど時代が古い。」
「和尚に聞かして下っせえ、どないにか喜びますべい、もっとも前藩主せんとのさまが、石州からお守りしてござったとは聞いとりますがの。」
 と及腰およびごしのぞいていた。
 お蝋燭ろうそくを、というと、爺が庫裡へ調達に急いだ――ここでみだりに火あつかいをさせない注意はもっともな事である――
「たしかに宝物。」
 はばかり多いが、霊容の、今度は、作を見ようとして、御廚子に寄せた目に、ふと卯の花の白い奥に、ものを忍ばすようにして、供物をした、二つ折の懐紙をた。備えたのはビスケットである。これはいささか稚気を帯びた。が、にれぜんのほとり、菩提樹ぼだいじゅの蔭に、釈尊にはじめて捧げたものは何であろう。菩薩の壇にビスケットも、あるいは臘八ろうはちかゆまさろうも知れない。しかしこれを供えた白い手首は、野暮なレエスから出たらしい。勿論だ。意気なばかりが女でない。同時にぷんと、なまめかしい白粉おしろいかおりがした。
 爺が居て気がつかなかったか。木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし閻魔堂えんまどうだと、女人を解いた生血と膩肉あぶらみまがうであろう、生々なまなまと、滑かな、紅白の巻いた絹。
「ああ、誓願のその一、求児――子育こそだて、子安の観世音として、ここに婦人の参詣がある。」
 世に、参り合わせた時の順に、白は男、あかは女の子を授けらるる……と信仰する、観世音のたまう腹帯である。
 その三宝の端に、薄色の、折目の細い、女扇が、忘れたように載っていた。
 正面の格子も閉され、人は誰も居ない……そっと取ると、骨が水晶のように手にひやりとした。卯の花の影が、ちらちらと砂子を散らして、絵も模様も目には留まらぬさきに――せい……せい、と書いた女文字。
 今度は、覚えずまぶたが染まった。
 銑吉には、何をかくそう、おなじ名の恋人があったのである。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5]  下一页 尾页



·贯通日本语免中介费帮您办理去日本留学!
·还在为留学日本的中介费苦恼吗?贯通日本语帮你搞定!
·免除上万的日本留学中介费的烦恼,日本留学不要钱!
·日语交流聊天室,国内最火的日语聊天室之一!
·留学日本不要钱,免费帮您办!
·日语交流论坛,国内注册会员最多的日语学习论坛之一!
·贯通日本语免费帮您办理日本留学。
·要想去日本留学就找贯通日本语!
·贯通广告合作,在贯通日本语刊登广告,日语培训、留学日本的推广平台!


51La免费留学免费留学 打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口