三
その瞬間、一つの姿が第一の窓の外を通った、続いて第二の窓を通ると、その通行する鷲のような輪廓を幾つかの鏡が炎のように次々にとうつして行った。彼は姿勢が正しく、そしてすきがなかったが、毛髪には霜をおき、そして顔色は妙に象牙のように黄いろっぽい。鼻は禿鷹の嘴のような
公爵は白い帽子と黄いろい手袋を
「これはようこそお越し下すった、フランボーさん」と彼が云った。「あなたの事はもうよう存じておりましてな――御令聞‥‥と申上げて失礼でございませんなら」
「いやその御心配には及びませんハハハハハハ」とフランボーは笑いながら答えた。「私は神経質ではないですから。しかし、とかく
公爵は相手のこの返報が、何か自分の事を云っているのではないかと思って、相手の顔をチラリとぬすみ見た。が、やがて自分も笑い出しながら、一同に椅子をすすめ、自分も腰かけた。
「ちょっと悪くない場所でな、ここは」と彼はくつろいだ調子で云った。「格別珍らしいものと云ってはないが、しかし釣だけは全く名物ですよ」
坊さんは嬰児のような生真面目な眼付をして公爵の顔に見入っていたが、何といって捕捉する事の出来ない
公爵は愛嬌たっぷりな頓智のよい応待振りを発揮しながら、二人の客人の間に心を配って相手を外させなかった。探偵が娯楽が大好きで、大いに保養の実をあげたがっているらしい様子を見ては、フランボーやフランボーの持舟を居廻りの一番よく釣れる場所へ案内するかと思うと、二十分以内には自分だけ先きに自分用の
実際公爵は世の事情にたけた人としての品位はあるにはあっても、ブラウン坊さんのような感じの鋭敏な人の眼には、どうもそわそわした、一歩を進めて言えば信用の置けない調子のある人物として見えるのはしかたのない事である。なるほど彼の顔形はいかにもやかまし屋のようには見える。が、その眼光にはどうも
公爵と師父ブラウンとが再び最前の細長い鏡の間に戻った頃には、水辺や岸の柳に早や黄昏の色が
「ああ、フランボウ先生、早やく戻って来てくれるといいんだがなあ」と彼は
「時にあなたは災禍というものを御信じになりますか」と落着きのないソワソワした態度で公爵は唐突に訊いた。
「いや」とブラウンが答えた。「私は最後の審判日なら信じますがな」公爵は窓から身を起して様子ありげに相手の顔を見た。夕日にそむいて顔を薄暗くくもらせながら言った。「と御っしゃいますとどういう意味ですな。」[#「」」は底本では欠落]
「という意味は、この世に居る
[#空白は底本では欠落]ブラウンはさらに第二番目の真理に気が着いた。
ふと前面の鏡の中をのぞくと、そこに
「実は御早やく申上げました方が好かろうと存じまして」と彼は例によって年とった家庭法律顧問のようにいんぎんな態度で云った。
「ただいまボートが一双裏の船着きへ到着いたしましてございます、漕手は六人で、ともの方には御一名の紳士が御乗りの様子で御座います」
「えっボート」と公爵が繰返した。「何一名の紳士」と云いながらスックと立上った。
しばらく氷のような沈黙が続いた。ただ蘆のしげみで水鳥のキッキッという妙な啼声が聞えるばかりだ。そして誰も無言であったが、早や戸外には横顔をこちらへ見せた一人の男が夕日に輝くこの部屋の三つの窓の外をまわって、最前公爵が通過したように通過するのが見られた。が、彼とこれとは鷹の嘴式の段々鼻の外線が偶然似ている外にはほとんど共通点がなかった。
公爵の白っぽい絹帽にひきかえこれはまた旧式なというより外国式かと思う、黒の絹帽だ。帽子の下には果断らしく引しまった顎を青々と剃った若々しい、そして非常にきつい顔が控えている。ちょっと青年時代のナポレオンを彷彿せしめるような顔立ちだ。
それにまた、全身の
「エッ糞ッ」と公爵がいった。そして例の白帽を力いっぱいひっ