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サレーダイン公爵の罪業(サレーダインこうしゃくのざいごう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-16 11:13:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        二

 家は水を背にして立っているので、こっち側には船着の上り段があるきりだった。玄関は向側むかうがわにあって細長い島の庭を見下みおろしている、二人の訪問者は低いやぐらの下に、ほとんど家の三方を縁どっている小径こみちについて廻って行ったのである。三方にそれぞれ開かれた窓を通して彼等は同じように細長い明るい部屋をのぞいた。同じように壁にはたくさんの姿見をはめ込んだ板壁がはりめぐらされておった。そして軽食ランチの膳立であろう、うまそうな品々がならべてあった。やがて正面の玄関口に廻ってみると、そこには二つの土耳古トルコ青色せいしょくの植木鉢が両側に控えていた。しばらくして出て来たのは陰気なタイプのひょろ長い、胡麻塩ごましお頭の気の浮かない、給仕頭で、その男のブツブツ云うところによると、サレーダイン公爵はこの頃ずーッと不在であったが、ちょうど今日まもなく戻って来るはずになっており、室内には彼の帰りを迎えそしてまた不意の来客を迎え支度もととのっているとの事だった。そこで例の公爵から貰った名刺を見せて自分が宛名のフランボーだというと給仕頭の羊皮紙色の陰気な顔にも生命いのちの浮動がほのみえて、身体からだをブルブル震わせながらもいんぎんな態度でどうか御ゆっくりして行ってくれといった。「御前様はもうほどなくお戻りで御座います」と彼は云った「せっかくお招き申上げた御客様方にわずかのところで会えなかったとあってはさぞ御残念におぼしめすでございましょう。御前様の御※(「口+云」、第3水準1-14-87)付で簡単な御食事を御前様と御来客様方の分だけいつでも御用意いたしてございますので、旦那様方にもぜひ差上げろと仰せられるで御座いましょうから御遠慮なく召上って下さいまし」
 フランボーは好奇心にかられて、礼儀まさしい態度でこの申出をうけた。そして儀式ばって案内されるままに、さきの細長い、明るい鏡板のはりつめられてある部屋へと、この老人に従って行った。室内にはこれといって目を惹くものがなかったが、ただ、細長い腰低の窓が幾つかあって、その合間々々が風変りにも同じく細長い腰低の姿見張りになっているので、部屋全体が調子の軽い、飄々たるものに見えるのだった。何となく庭で軽食ランチを食っているような気がした。隅の方にはくすんだ肖像画が一二枚かかっていた。その一つは軍服姿の非常に若い青年の大きな写真で、今一つは赤チョークで描いてある、毛を垂れさげた二人の少年のスケッチ肖像であった。その軍人が公爵その人であるかとフランボーが訊いたのに対して、給仕頭は無愛相に、違うと答えた。それは公爵の弟に当たる陸軍大尉でステーフィン・サレーダインという人だと云った。がそれだけで老人はプイと口を閉じてしまって、話なんかしたってつまらんといったような渋い顔をした。
 軽食ランチの後で上等の珈琲コーヒーとリキュー酒の振舞がすむと二人の客は庭と図書室とそれから家政婦――女は少なからざる威風を備えた、じみなしかし美貌の持主で陰府の聖母というような感じがした――とに紹介された。この女と給仕頭とだけが公爵が本国から連れて来た一族のうち残ったもので、現在家に居るほかの召使共はこの家政婦がノーフォーク州で新たに募集したものらしかった。家政婦はアンソニー夫人という英吉利イギリス名で通っていたが、話の中に少し伊太利イタリー訛がまじるところから、フランボーはアンソニーとはうたがいもなく元の伊太利イタリー名をノーフォーク流に呼んだものに相違ないと思った。ミスター・ポウル、それが給仕頭君の名であるが、これもまた幾分他国訛のまじるのが見える。が、しかし英語には実によく熟達していた、現代の貴族に使われる一粒えりの召使達が多くそうであるように。
 小綺麗で絶品という感じはしたが、この屋敷には、皎々こうこうたる陰気さとでもいうような雰囲気がみなぎっていた。一時間が一日のように永かった。長い、体裁のいい窓のある部屋々々は明るさを一ぱいにはらんではおりながら、それは死のようなかげがこめていた。そして、チョイチョイした物音、話声、硝子器のチリンという音、召使達の足音、そうした物音に混って、二人の客人は家の四方に小歇こやみなくザワザワと流れる水声を聞くことが出来た。
「どうも廻り廻って悪い場所に来たもんじゃなア」と師父ブラウンが窓越しに灰緑色のよしや銀色の川波を眺めながら云った。「しかし心配はいらんて。君子は悪い場所においてもまさしい人間である事によって善い事が出来るものじゃ」
 一体師父ブラウンは無口な方でもあるが変なところに同情をする小男だ。そこでこの短いおそろしく退屈な時間の間に、彼はいつともなく、相手の専門探偵よりも深くこの蘆の家リードハウスの秘密の中に想出を沈めていた。ニコニコした沈黙というものは世間話よけんばなし上手の秘訣ではあるが、彼はこのこつを好く呑込んでいた。で、今も彼は一語さえほとんど洩すことなく、この家で与えられた智識をもとにして出来る限りの推測をたくましゅうしていた。給仕頭は生来むっつり家であった。彼は主人に対して、ほとんど動物的な愛情を抱いている事を洩した。その云う所によると、公爵は非常に虐待されつつあるらしかった。その虐待の張本人は公爵の弟であるらしくその名を口にする時だけは、さすがにカンテラ形な老給仕頭の顎もグッと寸が延び、鸚鵡おうむくちばしのような鼻にもフンといったような皺が走った。そのステフィーン大尉は手のつけられぬやくざ者で、何百何千という兄公爵の金を干した上、兄にせまって賑やかな社交界をすてて、この片田舎に隠遁させたのであった。これが給仕頭の老ポウルのしゃべった全部で、ポウルは明らかに公爵の味方であった。家政婦の方は前者の様にむっつりやでもなく不平家でもないらしい。ブラウンはこう思った。彼女が主人に対する調子にはどこかに酸味をもっているくらいのところだった。
 もっともある程度の畏敬を交えていないのでなかったが。フランボーと師父とがそばの鏡の前に二少年を描いた赤いスケッチ画を見ていると、家政婦のアンソニー夫人が何か用事でもあると見えて、滑る様に部屋の中に入って来た。で師父ブラウンはふりむいてみる必要もなく、折柄この家の家族について二三の品評をしていたのを途中からばったりやめてしまった。がフランボーの方は顔をの中にほとんどうずめておったのでアンソニー夫人が入って来たのに気がつかずに既に大声で次のような事をしゃべっておった。「これはサレーダイン兄弟と見えますな、師父、二人共いかにも無邪気な顔附きをしている、いやこれではどちらが善人でどっちが悪人だかわからないて」とここまで話出した時彼は女が背に来ている事を知ったので後はいいかげんな雑談にまぎらわしながら庭の方へ出て行った。けれどもブラウンだけはなおも一心にその画に見入っていた。するとアンソニー夫人の方でも永いこと一心に師父ブラウンの姿を見ていた。
 彼女は大きな悲劇的ともいうべきな茶褐色の眼の持主である。その橄欖オリーブ色の顔は変に息苦しそうな驚きに燃え立っていた。この見知らぬ男はどういう素性の男だろうか、そしてまた何んの用があって来たのだろうと考えているように。してまた坊さんの法衣を見、宗派を知って故郷の伊太利イタリーで近づきになった懺悔僧のことでも想い出したのか、ただしはブラウンが連れの男よりも物識りらしいと見てとったのか彼女は小声で、その兄弟が揃って悪人だという事をしゃべり出した。「あの御連れ様のおっしゃる事は半分は確かに当たっておりますよ。あなた、あの方はこの兄弟はどちらが善人でどちらが悪人だか見別みわけがつかないとおっしゃいましたが、本当に善人の方を見分けるのはむずかしいんでございますよ」
「はあ! わしには一向にわかりませんが」ブラウンはただこれだけ答えるとそのまま部屋を出ようとした。けれども彼女は一歩彼の方へ身を乗り出した、眉をひそめ、そして、牡牛おすうしつのを低めて身構でもするような獰猛な格好に身を屈めながら。
「いえ、当家には善人など一人もおりませんで御座いますよ」女は吐息を洩らしながら云った。「そりあ大尉さんにしても、お金をしぼりとろうとなさるのは、決して誉めた仕打とは言えませんが、とられる方の公爵様にしたって、そりゃア善くない点があるのでございますからね。何も大尉さん一人で公爵をいじめていらっしゃるんではないんです」
強請ゆすりかな」という一語がつづいた。が、その時女はヒョッコリ肩越しに背後をふりかえってみて、今少しで倒れんばかりに吃驚したのである。その時ドアがスーッといて、入口に蒼ざめた顔をした給仕頭のポウルが幽霊のように立っていた。場所は鏡の間である。さながら五人のポウルが五つの入口から一時に入込いりこんだかのように、薄気味悪く思われた。
「御前様がお帰りあそばしました」と彼は云った。



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