奇術(きじゅつ)くらべ
太郎はすぐに、キシさんの部屋へ行ってみました。不思議な地図のこと、不思議な眼鏡(めがね)のこと、仲よしになった一郎のこと、明日の手品(てじな)のこと、いろいろうれしいやら気にかかるやらで、いきなり、キシさんがいる部屋に飛び込んでいきましたが、入口で、びっくりして立ち止まりました。 部屋の中はごったがえしていました。一郎からあずかった手品の道具のほか、はしごだの、縄(なわ)だの、棒だの、いろんなものが散らかっており、帽子屋や、仕立屋などが来ていて、キシさんとチヨ子とが、手品(てじな)使いの服装をあつらえているのです。 「よいところへ帰りました」 と、キシさんは太郎に言いました。 「みんな、手品使いになるんです あなたも[#「なるんです あなたも」はママ]、すきな服、あつらえなさい」 「みんなで手品使いになるの?」 「そうです、そうです」 そしてキシさんは[#「キシさんは」は底本では「キシさは」]、太郎を部屋のすみにひっぱっていって、小声(こごえ)で言いました。 「手品使いに化けて、金銀廟(きんぎんびょう)まで行けます。あやしむ人、ありません。無事に行けます」 「すてきだ、おもしろいなあ」と、太郎は叫びました。 「すぐに行こうよ」 「しっ、秘密(ひみつ)、秘密。うまく化(ば)けること、大事です」 そこで、太郎は、五色の縞(しま)の服と、ふさのついた大きな帽子……キシさんは、白と黒との市松(いちまつ)の服と、尖った三角の帽子……チヨ子は、紫のすっきりした服と、白い羽のついた帽子……そんなものをあつらえました。大急ぎで、あくる日までに作ってもらうことにしました。 「あすから、始めましょう」と、キシさんは言いました。 「私とあなた、芸の競争をしよう。どちらが勝つか……」 「よし、やろう。負けるものか」 「私も負けない」 そしてふたりは、笑いながら握手(あくしゅ)しました。 太郎はその夜、眠られませんでした。キシさんと芸の競争をすることになってみると、さあ、負けたくはありません。けれど、手品(てじな)も[#「手品(てじな)も」は底本では「手品(てじな)の」]奇術(きじゅつ)も、これまでに一度も習ったことがなく、なんにも知りませんでした。キシさんと競争どころか、へたをすると、見物人たちから怒られるかもしれません。下野一郎さえも、見物人たちから怒られたのである。 「困ったなあ……」 太郎はため息つきました。一郎のおじさんから教わろうかしら……とも考えましたが、それでは間に合わないでしょう。 「はて、どうしたものかしら……」 太郎は、額(ひたい)にしわをよせて考えました。長い間考えました。 「あ、そうだ」 太郎は思わず叫びました。よい考えが浮かんだのです。 太郎は起きあがりました。そして、こっそりと練習をしました。どういうことをしたか、それは後で申しましょう。 雲もなく風もない、よいお天気でした。あつらえた服や帽子も届きました。それを身につけると、キシさんもチヨ子も太郎も、見たところだけは、立派な手品使いでした。 三人は、町の広場に出かけました。前の日のことがあるので、もう、おおぜいの見物人(けんぶつにん)が集まっていました。だが、手品を使うのは、今日は一郎ではありません。 まず、キシさんとチヨ子とがすすみ出ました。キシさんは長いはしごを持ちだして、それを両手で頭の上に立てました。すると、チヨ子がキシさんの肩に昇り、それからはしごを一段ずつ、ゆっくり、ゆっくり、昇り始めました。キシさんは足をふんばり、両腕に力をこめて、うん……と力んでいます。チヨ子は、だんだんはしごを昇っていきます……。 見物人(けんぶつにん)たちはささやきあいました。 「えらい、力だ」 「力じゃない、芸だ」 「いや、力だ」 「危ないことをするなあ」 チヨ子は、はしごの一番上まで昇りました。紫の服が、日の光に照り映え、帽子の白い羽がちらちらふるえました。そしてチヨ子は、美しい声で歌いました。
魔法のはしごは、 のびるよ、のびるよ、 天までとどくよ。 天にのぼれば、 五色の花が、 咲いた、咲いたよ、 五色の花が。
歌ってしまうと、ポケットから何かとりだして、ぱっと放りました。それは五色のテープで、五色の蜘蛛(くも)の糸のようになって、あたり一面に広がりました。見物人(けんぶつにん)たちは、わっと喝采(かっさい)しました。なんども喝采しました。 今度は太郎の番です。太郎は玉乗りの大きな毬(まり)を持ちだしました。それから籠(かご)の中から何か取り出しました。見ると、金の目銀の目の白猫のチロです。チロは首に大きな鈴をつけていました。太郎は毬の上にチロを乗せました。そして、ひょいと手を叩くと、チロは毬の上に乗ったまま、その毬をころころ動かし始めました。 チョチョチョン、チョチョチョン、チョチョチョン、チョン……太郎の手が鳴ります。ころころ、ころころ……と毬が転がります。チロはちゃんとその上に乗っていて、チリリン、チリリン、チリリン、チン……と首の鈴が鳴ります。太郎が手を叩くのをやめると、チロは四本の足で毬を止めてしまいます。 実に、見事な猫の玉乗りです。わーっと喝采がおこりました。太郎は目に涙をためて、チロを抱きとりました。
ほんとうに成功でした。思いがけないほどうまくいきました。太郎とチヨ子とキシさんとは、うれしさに涙ぐんで、手をとりあいました。一郎は、見物人が放り出してくれたお金を、拾い集めました。 「お金もうかる、お金もうかる」 キシさんがそう言ったので、三人とも笑いました。 そこへ、一郎のおじさんが出てきました。太郎からもらった薬が、不思議によくきいて、元気になってるのでした。そのお礼に、おじさんは手品(てじな)の道具をすっかり譲ってくれましたし、なお、キシさんの方は力技だし、太郎の方は猫の芸だからといって、本当の手品使いの芸を、いろいろ教えてくれました。 「これならだいじょうぶだ」 キシさんも、太郎も、そう考えました。そしていよいよ、興安嶺(こうあんれい)の奥の金銀廟(きんぎんびょう)まで、出かけることに決心しました。 三人は、手品使い……というよりも、奇術師(きじゅつし)になりすましました。松本さん夫婦も、下野一郎とそのおじさんも、ひどくわかれをおしんでくれました。そして、何かことがあったら、松本さんのところに、知らせることに約束しました。 奇術師になった三人は、多くの荷物を持って、大連(だいれん)から船で、山海関(さんかいかん)に渡りました。山海関から先は、奇術をやりながら行くのです。
鉄の馬車(ばしゃ)
山海関で、大事な用がありました。奇術をやりながら、興安嶺(こうあんれい)の山奥まで行くのですから、とちゅうでどんなことが起こるかわかりませんし、道に迷うことがあるかもしれませんので、まず第一に、じょうぶな馬車(ばしゃ)と馬とがいるのです。 馬は、すぐに見つかりました。たくましい、栗毛の馬を二頭買いました。ところが、じょうぶな馬車(ばしゃ)が、なかなかありませんでした。馬車屋に行ってききましたが、ふつうの馬車きりありませんし、新しくこしらえさせるには、大変手間どります。自動車ではだめなんです。それには、キシさんも太郎も困りました。 そしてある晩、むだにあちらこちらたずね歩いたのち、宿屋に帰りますと、並木の下のうす暗いところに、ひとりの少年が、しくしく泣きながら、立っていました。 「どうしたんだい」と、キシさんは親切にたずねました。 少年はなおしゃくりあげました。 「なんで泣いてるんだい」 「家から追い出されたの」 と、少年はやっと答えました。 「追い出された……何か悪いことをしたんだろう」 少年は頭をふりました。 「ぼくは、メーソフさんのところに、小僧(こぞう)にあがってるんだよ。すると、この二、三日、馬車に変なことがあるから、そういってやったら……」 馬車と……というのを聞いて、キシさんと太郎とは、顔を見合わせました。太郎はもうだいぶ中国の言葉もわかるようになっていたのです。キシさんは少年を、ベンチのあるところにつれて行って、そしてわけを聞きました。
メーソフさんというのは、年とったロシア人で、古物商(こぶつしょう)をやっているのです。その店にあやしい馬車(ばしゃ)が一つありました。大きな馬車で、箱は鉄板でできており、車輪も鉄でできてるのです。むかし、あるえらい役人が、旅をするとき、賊をふせぐためにこしらえたものだそうです。それが、メーソフさんの倉の中にしまってあります。 その馬車に、不思議な言い伝えがあります。何か変ったことがあるときには、その屋根がきいきい鳴るというんです。 ところが、この二、三日、少年が倉の中にはいっていくと、なんだか、馬車の屋根がきいきい鳴るようです。始めは気にもしませんでしたが、何度もそれらしい音がきこえるので、少年は気味悪くなりました。馬車の屋根がきいきい鳴りますよ、と少年はメーソフさんに注意しました。メーソフさんは黙っていました。少年はまた注意してやりました。すると、メーソフさんはひどく怒りました。 「そんなばかなことがあるものか。とんでもないことをいう奴だ。けちをつけやがって……今晩はめしを食わしてやらないぞ。出ていけ!」 そして少年は、御飯も食べさしてもらえず、外に追い出されたのでした。 「その馬車を買いましょうよ。ちょうどいいや」 と、太郎はキシさんにささやきました。 「うむ、よかろう」 と、キシさんは答えました。 そこで、ふたりは少年に案内さして、メーソフの古物店(こぶつてん)に行きました。
大きな店でした。仏像(ぶつぞう)や、陶器類(とうきるい)や、いろんな骨董品(こっとうひん)などが、いっぱい並んでいて、その奥のほうに、年とったがんじょうな男がひかえていました。顔じゅうまっ黒い髭(ひげ)をはやして、目がきらきら光っています。それがメーソフでした。 少年は、ふたりをメーソフの所に連れていって、馬車(ばしゃ)を見にきた人だと伝えました。 「案内して、お見せしろ」 と、メーソフはぶあいそうに言いました。 裏の倉の中には、石だの像だのが転がっていて、うす暗くて、冷え冷えとしていて、すみの方に、大きな馬車がありました。少年が言った通り、古いけれどじょうぶな鉄の馬車でした。 キシさんと太郎は、メーソフのところに戻ってきました。 「あの馬車は、いくらですか」 と、キシさんがききました。 メーソフは、じろじろふたりのようすを眺(なが)めてから言いました。 「あの馬車は、売られません」 「え、売られない……でも、見せてくれたでしょう」 「見せてはあげます……けれど、売りはしません」 キシさんは、しばらく考えてから、また言いました。 「売ってくれませんか。値段のことなら、少しは高くてもいいんですが……」 「いいえ、売りません」 そして、メーソフの髭(ひげ)だらけの顔の中で、目がぎらりと光りました。 「なぜ売らないんですか」 「なぜでも、売りません」 ぶあいそうな、ぶっきらぼうな返事なので、どうにもしかたがありませんでした。 キシさんと太郎は、すごすご出ていきました。 「早くめしを食ってこい」 と、少年にどなってるメーソフの声が、うしろに聞こえました。 馬車(ばしゃ)を売らないわけが、キシさんにも太郎にもわかりませんでした。見せるからには、売りものに違いありません。値段のことなら、少しは高くてもよいと、こちらから言ったのでした。きっと、メーソフは、なにかかんしゃくをおこしていたのでしょう。 けれどあの馬車なら、金銀廟(きんぎんびょう)まで行くのにもってこいです。ぜひとも買わなくてはなりません。何か変ったことがあるときは、屋根がきいきい鳴るなんて、ほんとにせよ、うそにせよ、おもしろいじゃありませんか。どうしたら買えるか、キシさんも太郎も考えました。先方が売らないというのを、無理にも買おうというのです。ふたりとも、知恵をしぼって考えました。
そのあくる朝、太郎はにこにこして起きあがりました。うまい考えが浮かんだのでした。 「まあ、待っていてください」 太郎はキシさんにそう言って、お金を持って出かけました。古物店(こぶつてん)には、あの少年もおり、メーソフも、昨日の通りひかえていました。太郎は元気よく飛びこんでいきました。 太郎はふんがいしたように言いました。 「メーソフさん、あなたは、世間(せけん)から誤解されていますよ。みんなあなたのことを、ほらふきのインチキだと言ってますよ」 「ほう、どうしてですか」 と、メーソフはたずねました。 「昨日見せてもらった鉄の馬車(ばしゃ)ですね、あのことを、人に話したところが、あれはもう古くて役に立たないと、みんな言ってますよ」 メーソフは目玉をぐるっと動かしました。 「あの馬車はすっかりさびついていて、動きはしないと、みんな言ってますよ」 メーソフはまた目玉をぐるっと動かしました。 「あの馬車はただの飾りもので、引き出せば、ばらばらにこわれてしまうと、みんな言ってますよ」 メーソフはまた目玉をぐるっと動かしました。 「あんな馬車を、さも大事そうに飾りたてとくなんて、メーソフはとんだインチキやろうだと、みんな言っていますよ」 メーソフは、また目玉をぐるっと動かしました。 「ぼくがいくら弁解しても、誰もしょうちするものがありません。ぼくはくやしくてたまらないんです。だから、今日一日(いちんち)、あの馬車(ばしゃ)を貸してください。あれに馬をつけてあちこち駆けまわって、どうだい、メーソフさんの馬車はこのとおり立派じゃないかと、みんなに見せつけてやりたいんです。今日一日、貸してください」 太郎の話を聞いて、メーソフはふんがいしていました。 「よろしい、みんながそんなことを言ってるなら、うんと見せつけてやってください。メーソフの馬車は飾りものじゃない」 そこで、倉から馬車を引っぱり出して、ふくやら、磨くやら、油をさすやら大変働きました。 馬車はすっかりきれいになりました。 太郎はホテルに戻って、キシさんにわけを話し、馬車を占領(せんりょう)してしまう手はずを決めました。前から買っておいた二頭の栗毛の馬を引いてきて、馬車につけました。一包みのお金をメーソフにあずけて、安心させました。 馬に鞭(むち)をあてると、馬車は勢いよく走りだしました。それを、メーソフは笑顔で見送りました。
馬車は、夕方になっても、夜になっても、戻ってきませんでした。メーソフは、心配し始めました。 あくる朝早く、メーソフは起きあがりました。そしておもてをあけてみると、馬車がそこにありましたので、駆けよって行くとおどろきました。 馬車の中には、変な人が三人乗っていました。白と黒との市松(いちまつ)の服をつけ、尖(とが)った三角の帽子をかぶっている大男、それはキシさんです。五色の縞(しま)の服をつけ、ふさのついた大きな帽子をかぶってる少年、それは太郎です。紫の服に白い羽の帽子をかぶっている少女、それはチヨ子です。チヨ子のひざには、まっ白な金の目銀の目の猫が抱かれています。そして三人は、パンや、焼肉や、果物などをまん中にならべて、食事をしているのです。 そればかりではありません。馬車(ばしゃ)のかたすみには、かばんや毛布、大きな毬(まり)や金輪(かなわ)や、ナイフや棒など、いろんなものが積み重なっています。それに、馬車には馬も二頭ついていて、いつ駆けだすかわからないありさまです。 メーソフはあきれかえって、目をみはりました。 メーソフの姿を見て、太郎は笑いながら飛び出してきました。それから、両腕を組み、首をかしげて、いばりくさったようすで言いました。 「メーソフさん、この馬車はなかなかいいですね。すっかり気に入りました。どうか売ってください。ぼくたちは、このとおり、じつは奇術師(きじゅつし)なんです。これから、満州(まんしゅう)中を、いや世界中を、旅して歩かなければなりません。それには、ぜひとも馬車がいるんです。あなたが売ってくださるまでは、いく日でも、この中に泊りこむ覚悟をしてるんです。食べものもたくさんあるし、毛布もあるし、ピストルだって持っていますよ。さあどうです、売ってくれますか、いやですか。売ってくれなければいつまでも、死ぬまで、この馬車の中にがんばってみせますよ」 メーソフが怒りだすかと思って、太郎は内心びくびくしていましたが、メーソフはしばらく太郎のようすをながめて、それから、髭(ひげ)だらけの顔にしわをよせて大きく笑いました。 「ほう、あんたがたは、奇術師(きじゅつし)だったのか。そして、この馬車(ばしゃ)が、そんなに気に入ったんですか。よろしい、わたしの負けだ、売ってあげましょう。きのう、あずかった金がいくらだかわからないが、あれだけでよろしい。そのかわりに、この馬車をあげましょう。この馬車なら、世界中まわったって大丈夫(だいじょうぶ)だ。安心していらっしゃい」 「え、本当、本当ですか」 メーソフは何度もうなずきました。太郎はその胸にすがりつきました。キシさんも馬車から出てきて、メーソフとしっかり握手(あくしゅ)しました。
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