打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

誰が罪(たがつみ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-11 9:33:24 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   その七

 紅塵万丈の都門の中にも、武蔵野の俤のこる四ツ谷練兵場、兵隊屋敷をずつと離れて、権田原に近き草叢の中に、露宿のじゆくせし一人の書生。寐ぬに明けぬと告渡る鳥より先に起き出て、びつしよりと湿りたる襟元を、気味悪さうに掻き合せながら。
『ああつまらない、実に残念だ。世間は広く人間は多きも、恐らく至る所に逆遇を蒙る、僕の如き者も珍しいだらう。昨霄ゆうべ飯田町を飛出して、二里ばかりの道を夢中に、青山の知己しるべまで便たよつて行けば、彼奴きやつめたいがい知れとる事に、泊まつて行けともいはないんだ。頼むのも残念だからと思つて、露宿のじゆくをやつてみたが、やつぱりあんまりいい心持はしないわ。どうしても人間の居る所へ、行かねばならぬかなあ。さうだ僕も人間だ、血あり肉ある身躰だ。健康を害してはつまらんからな。だが待てよ、無一物ではやつぱり食客だ、食客もつまらんなあ。どうしやうかしらむ。いやさうじやない、艱難汝を珠にすだ。さうださうだ、これ程の艱難を下さるる僕は、よほど天帝の寵児であるに相違ない。非常な大任を負はさるべき身躰であるに相違ない。してみると僕の身躰は、なかなか麁末に扱ふ訳にはゆかないぞ。むむ、よしこれからは一ツ、忍耐といふ事を遣つてみやう。張良がくつを捧げたところだね。それでなくツちやあ事は成就しないからな。ただ困るのは黄石公だ、今の世にそんな奴が居やうかなあ。と、いづこを目的めあてに行くでもなく、ふらふらと赤坂離宮の裏手まで来かかりしに、背後うしろより肩をソと突く者あり。
『大村、たいさう早いね。どこへ行つたんだ』
 これも同じ兵子帯連ながら、大きに工面よき方と見へて。新しき紺飛白の単衣裾短かに、十重二十重に巻付けしかの白金巾かなきんは、腰に小山を築出して、ただみる白き垣根のゆるぎ出たらむ如くなり。
『うむ、君か』
と大村が力なき返辞を恠しみて。
『どうしたんだ。つまらむ顔をしてるじやないか』
『むむ』
『どこか悪いか』
『むむ』
『またうむか、よせよせうなるなあ。どうしたんだ一躰』
『どうもしない、歩行とる』
『ハハハハ君、君やあどうかしてるぜ。気を注けなきあいかんぞ』
『なぜ』
『なぜツて君、その顔色はどうだ。まるで草の中から這出したやうだぜ』
『うむツ』
と大村は少し驚き。
『ど、どうして君はそれを知つとる』
『知る筈じやあないか、今現に見とるんだから』
『うツ、見たつて、己れが出るところをかい』
『ハハハハ馬鹿、そんな屁理屈をいふもんじやない。形容詞だ』
『さうか、さうならさうといへばよいに』
 やや安心の躰なりしが、なほも心の咎めてや。
『君、真に形容詞か』
『知れた事さ』
 兵子帯は、無造作にいひ放ちしが、いかにも不気味といふ風にて。
『真実に君どうかしてゐるよ。どこまで行く、僕が送つてやらう』
 しきりに注目しながら連れ立つを、大村は迷惑がり。
『小田君先へ行くよ、急ぐから』
『急ぐなら僕も急ぐさ。その方が勝手だ』
 ともども早足に歩みながら、なほも友情禁じ難くや。
『君真実に顔色が悪いよ。いつそ僕のとこへ来ないか。僕は今国野の許に居るんだ』
『う、国野ツて、国野為也か。あれは黄石公とはゆくまいか』
『君何をいつてるんだ。国野だよ、知つとるだらう、開明党の』
『知つとるさ。だから聞くんだ』
『聞くまでもないじやないか。本職の代言もうまいが、それは流行らないから、利器の持腐りだ。だが政治家としての大名は、子供でも知つとるじやないか』
『さうさ、だから確かめたいんだ、どういふ人物かを』
『うむさうか、それなら分つとる。そりやあ非常な人傑さね。世間では破壊党と誤解されとるが、どうして僕等に対しては、まるで君子だ、驚くべき謙徳家だ。実に書生を愛するよ。だから誰でも身命をなげうつてもよい気になるんだ。既にこの僕の仕着せなんぞも』
と小田はわざわざ袖口を引張つて見せ。
『先生がこないだ時計を質に遣つて買つてくれたんだ。十人の書生に一様ついの仕着せさ。ゑらいじやないか、それで自分は甘んじて、鎖ばかり下げて歩行てるんだ。どうだ猪飼なんぞに、真似も出来やあしまい。僕なんぞも、今まであすこに居たら、やつぱり妻君の小言ばかり喰つとるのさ。君も相変らずかね』
『いや変つた』
『どう変つた。少しはよくなつたか』
『なあに、出ツちまつたんだ』
『そりやあゑらい。そしてどこに居る』
『どこにも居ない』
『どこにもツて君、寐起きする処が、あらうじやないか』
『ない』
『ふざけたまふな、喰仆しに行きあしないよ』
『そ、さういふ事をいふからいかん。僕がそんな卑劣な男かい。じやあいはう、昨霄ゆうべは練兵場で寝たんだ』
『むむ、さうか、それで分つた。だから僕が草の中から、這出したといつたに、ギツクリしたんだな』
『うむ』
『ハハハハこれは大笑ひ、実に一奇談だ。それでやうやく安心した。実はね君があんまり、とんちんかんな挨拶ばかりするもんだから、僕は少々心配してたんだが、それならばいい、もう大丈夫だ。そして君これから行く処があるのかい』
『いやそれはまだ極まらんのだ』
『さうかひ。それじやあやつぱり、僕と一所に、先生の許へ来ないか、神田だ。僕も実のところ昨日青山の親族しんるいまでいつて、昨霄帰る筈なのが遅くなつたんだから、そこをごまくわすに都合がいいんだ。いやこれは僕の内情だ。それよりか君、おそらく先生のやうな人は、外にあるまいよ。君が居る気なら一ツ頼んでやらう』
『どうだかなあ、君買被つとるんじやないか』
『どうして。何しろまあ来てみるがいい』
 話しながら行く程に、二人の足はいつしか学習院の前を過ぎ、四ツ谷見附にさしかかるに。老幹拮掘たるお濠端の松が枝、曙光を受けて青緑掬すべく、さながら我を歓迎するかの趣あるにぞ。大村はここに濛々の境を脱し、微かながらも快哉を叫ぶを、小田はおもむろに顧みて。
『どうだ君、四ツ谷見附がさしづめ※(「丕+おおざと」、第3水準1-92-64)カヒ※橋イキヨウ[#「土へん+已」、161-4]だ。そして今時の黄石公は不性だから、居宅へ張良が逢ひに行くとはどうだ。ハハハハ』

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6]  下一页 尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口