夕立を帯びた雲の群は山の方角を指して松林の上を急いだ。遽然(にわかに)ザアと降って来た。三吉は天主台近くにある茶屋の二階へ客を案内した。広い座敷へ上って、そこで茶だの菓物(くだもの)だのを取り寄せながら、一緒に降って来る雨を眺めた。廊下の欄(てすり)から手の届くほど近いところには、合歓木(ねむ)や藤が暗く掩(おお)い冠(かぶ)さっていた。雫(しずく)は葉を伝って流れた。 冷々(ひやひや)とした空気は三吉が心の内部(なか)までも侵入(はい)って来た。どうかすると彼は、家の方を思出したような眼付をしながら、夏梨をむく曾根の手を眺めていた、曾根が連の寡婦(やもめ)は宗教の伝道に従事していることなどを三吉に語った。こういう薄命な、とはいえ独りで立って行こうとするほど意志の堅い婦人は、まだ外にも、曾根の周囲(まわり)にあった。曾根は女の力で支(ささ)えられたような家族の中に居て、又、女の力で支えられたような芸術に携(たずさわ)っていた。時とすると、彼女の言うことは、岩の間を曲り折(くね)って出て来る水のように冷たかった。 間もなく夏の雨は通り過ぎた。三吉は客と一緒にこの眺望の好い二階を下りた。四人は高い石垣について、元来た城跡の道を歩いて行った。 雨がかかると鶯(うぐいす)の象(かたち)が顕(あらわ)れるように言い伝えられた大きな石の傍へ来掛る頃は、復た連の二人がサッサと歩き出した。二人の後姿は突出た石垣の蔭に成った。 曾根は草木の勢に堪(た)え難いような眼付をして、 「山の上へ参りましたら病気も癒(なお)るだろう、海よりは山の方が好い――なんて懇意な医者に言われるもんですから、人様も憐(あわれ)んで連れて来て下すったんですけれど……やっぱり駄目です……」 独身でいる曾根の懊悩(なやみ)は、何とも名のつけようの無いもので有った。彼女は医者の言葉をすら頼めないという語気で話した。 「尤(もっと)も、僅か一週間ばかりの故(せい)だとは言いますけれど……」と復た曾根は愁(うれ)わしげに言った。 「貴方(あなた)のはどういう病気なんですか」と三吉は尋ねて、歩きながら巻煙草(まきたばこ)に火を点(つ)けた。 「我(わたくし)の持病です」と曾根は答えた。 暫時(しばらく)二人は黙って歩いた。目映(まぶ)しい日の光は城跡の草の上に落ちていた。 「あんまり考え過ぎるんでしょう」 と三吉は嘲(あざけ)るように笑って、やがて連の人達に追付いた。 城門を出たところで、曾根は二人の婦人と一緒に世話に成った礼を述べた。鉄道草の生(お)い茂った踏切のところを越して、岡の蔭へ出ると、砂まじりの道がある。そこで曾根は三吉に別れて、疲れた足を停車場の方へ運んだ。 「曾根さんも相変らずの調子だナア」 こう三吉は口の中で言ってみて、家を指して帰って行った。
お雪は屋外(そと)に出して置いた張物板を取込んでいた。そこへ夫が帰って来た。曾根のことは二人の話に上った。 「真実(ほんと)に、曾根さんはお若いんですねえ……」とお雪は乾いた張物を集めながら言った。 「女の年齢(とし)というものは分らんものサ」と三吉も入口の庭に立って、「俺(おれ)は二十五六だろうと思うんだ」 「まさか。あんなにお若くって――二十二三位にしか見えないんですもの」 「独身(ひとり)でいるものは何時までもああサ」 「それに、あんなに派手にしていらっしゃるんですもの」 「そうさナア。あの人にはああいう物は似合わない」 「紫と白の荒い縞(しま)の帯なぞをしめて……あんな若い服装(なり)をして……」 「あの人のはツクルと不可(いけない)。洒瀟(さっぱり)とした平素(ふだん)の服装(なり)の方が可い。縮緬(ちりめん)の三枚重かなんかで撮(と)った写真を見たが、腰から下なぞは見られたものじゃなかった。なにしろ、ああいう気紛(きまぐ)れな人だから、種々な服装をしてみるんだろうよ……ある婦人(おんな)があの人を評した言葉が好い、他(ひと)が右と言えば左、他が白いと言えば黒いッて言うような人だトサ」 「悧好(りこう)そうな方ですねえ。私もああいう悧好な人に成ってみたい――一日でも可いから……ああ、ああ、私の気が利かないのは性分だ……私はその事ばかし考えているんですけれど……」 こう言って、お雪は萎(しお)れた。 直樹とお福とは部屋の方で無心に口笛を吹きかわしていた。 その晩、三吉は直樹やお福を集めて、冷(すず)しい風の来るところで話相手に成った。 「さあ、三人でかわりばんこに一ツずつ話そうじゃ有りませんか」と直樹が言出した。「私が話したらば、その次にお福さん、それから兄さん」 「それじゃ泥棒廻りだわ」とお福が混反(まぜかえ)す。 「そんなら、兄さんから貴方」 「私は出来ません。話すことが無いんですもの」 こう若い人達が楽しそうに言い争った。雑談は何時の間にか骨牌(トランプ)の遊に変った。 「姉さんもお入りなさいよ」と直樹はお雪の方を見て勧めるように言った。 「私は止(よ)します」とお雪は子供の傍で横に成る。 「何故(なぜ)?」と直樹はツマラなさそうに。 「今夜は何だか心地(こころもち)が悪いんですもの――」と言って、お雪は小さな手をシャブっている子供の顔を眺めた。 無邪気な学生時代を思わせるような笑声が起った。「ああ、ツライなあ、運が悪いなあ」などと戯れて、直樹が手に持った札を数える若々しい声を聞くと、何時もお雪は噴飯(ふきだ)さずにいられないのであるが、その晩は一緒に遊ぼうともしなかった。急にお房は反返(そりかえ)って、鼻を鳴らしたり、足で蹴(け)ったりした。お雪は肥え太った子供の首のあたりへ線香の粉にしたのを付けた。お房は怒って、泣いた。乳房を咬(くわ)えさせて、お雪は沈んで了った。
田舎(いなか)の盆過に、復た曾根は三吉の家を訪ねた。その時は一人でやって来た。水車の音も都会の人にはめずらしかった。暫時(しばらく)彼女は家の門口に立って、垣根のところから南瓜の生(な)り下ったような侘(わび)しい棲居(すまい)のさまを眺めた。 お雪は裏の柿の樹の下へ洗濯(せんたく)物が乾いたかを見に出た。直樹は遊びに出て居なかった。 「曾根さん――」 とお雪は女の客を見つけて、直に家の内へ案内した。 寂しくている三吉も喜んで迎えた。曾根が一人で訪ねて来たということは、ある目に見えない混雑を三吉の家の内へ持来(もちきた)した。曾根は、戸の間隙(すきま)からでも入って来て、何時の間にか三吉の前に坐っている人のようであった。 「お雪、鮨(すし)でも取りにやっておくれ。それから、お前も話しに来るが可い」と三吉は妻の居る処へ来て言った。 「私なんか……」とお雪はすねる。 「そう言うものじゃないよ。ああいう人の話も聞くものだよ」 こう言って置いて、三吉は客の方へ戻った。 庭に咲いた松葉牡丹(ぼたん)、凌霄葉蘭(のうぜんはらん)などの花の見える奥の部屋で、三吉は大きな机の上へ煙草盆を載せた。音楽や文学の話が始まった。蜂(はち)と蟻(あり)と蜘蛛(くも)の生活に関する話なども出た。 「こういう田舎で御座いますから、何にも御構い申すことが出来ません」 とお雪は、子供を抱きながら、取寄せたものを持運んで来た。 「まあ、房(ふう)ちゃんで御座いますか」 と曾根は可懐(なつか)しげに言って、お雪の手から子供を借りて抱いてみた。膝(ひざ)の上に載せて、頬(ほお)を推当(おしあ)てるようにもしてみた。お房は見慣れない他(よそ)の叔母(おば)さんを恐れたか、声を揚げて泣叫ぶ。土産(みやげ)にと用意して来た翫具(おもちゃ)を曾根が取出して、それを見せても、聞入れない。お雪はこの光景(ありさま)を見ていたが、やがてお房を抱取って、炉辺の方へ行って了った。 暫時(しばらく)、曾根は耳を澄まして、お房の泣声を聞いていた。 「昨晩は――私は眠られませんでした」 と曾根が言って、避暑地の霧に悩まされていることなどを話出した。彼女は、何かこうシッカリと捉(つか)まる物でも無(なけ)れば、自分の弱い体躯(からだ)まで今に何処へか持って行かれて了うような眼付をした。 「日記といえば」と曾根は又思出したように、「私も日記をつけてみましたけれど……不平なようなことばかりで、面白くないものですから、大晦日(おおみそか)の晩に焼いて了いました。そして、元日に遺言状を書きました。ああ狂(きちがい)……私のようなものが世の中に居るのは間違なんで御座いましょう……」 深く沍々(さえざえ)とした彼女の黒瞳(くろめ)は自然と出て来る涙の為に輝いた。 その日、曾根は興奮した精神(こころ)の状態(ありさま)にあった。どうかすると、悲哀(かなしみ)の底から浮び上ったように笑って、男というものを嘲るような語気で話した。 お雪はこの仲間入に呼出されても、直に勝手の方へ行って、妹を相手に洗濯物を取込むやら、霧を吹いて畳むやらしていた。曾根が礼を述べて、別れて帰る時、お雪は炉辺で挨拶(あいさつ)した。 「まあ、宜しいじゃ御座いませんか……もっと御緩(ごゆっくり)なすったら奈何(いかが)で御座います……」 と客を引留めるように言ったが、曾根は汽車の時間が来たからと断(ことわ)って、出た。三吉はお雪に言付けて、停車場まで見送らせることにした。 お雪が子供を背負(おぶ)いながら引返して来てみると、机の下に、「お雪さまへ、千代」とした土産が置いてあった。千代とは曾根の名だ。 「曾根さんは黙ってこういうことをして行く人だ」と三吉が笑った。 お雪はその紙に包んだ女持の※子(ハンケチ)を眺めながら、「汽車が後(おく)れて、大分停車場で待ちましたよ――三十分の余も」 「何か話が出たかネ」と三吉は聞いてみた。 「曾根さんが私のことを、『大変貴方は顔色が悪い』なんて……」
何となく家の内はガランとして来た。三吉夫婦は互に顔も見合せずに、黙って食卓に対(むか)うことすら有った。 むずかしい顔付をして考え込んでばかりいるような夫の様子は、お雪の小さな胸を苦しめた。この機嫌(きげん)の取りにくい夫の言うことは、又、彼女に合点の行かないことが多かった。夫はお房が可愛くて成らないという風で、「この児の頬(ほっぺた)は俺の母親(おっか)さんに彷彿(そっくり)だ」などと言っているかと思えば、突然(だしぬけ)にお雪に向ってこんなことを言出す。 「房ちゃんは真実(ほんと)に俺の児かねえ」 「馬鹿な……自分の児でなくて、そんなら誰の児です」 こういう馬鹿らしい問答ほど、お雪の気を傷(いた)めることは無かった。 「一体、お前はどういう積りで俺の家へ嫁(かたづ)いて来た……」 「どういう積りなんて、そんな無理なことを……」 「いっそ俺は旅にでも出て了おうかしらん――どうかすると、そういう気が起って来て仕方ない」 「まあ、どうしてそんな気に成るんでしょうねえ」 お雪はもう呆(あき)れて了う。「他所(よそ)から帰って来ると、自分の家ほど好い処は無いなんて、よく言うじゃ有りませんか――真実(ほんと)に、貴方は気が変り易(やす)いんですねえ」こうも並べてみる。お雪には、夫が戯れて言うとはどうしても思われなかった。それは、唯考えてみたばかりでも、彼女の心をムシャクシャさせた。 熱い日が射(あた)って来た。三吉の家では、前の年と同じように、鴨居(かもい)から鴨居へ細引を渡した。お雪が生家(さと)から持って来たもので、この田舎では着る時の無いような着物が虫干する為に掛けられた。結婚の時に用いた夫の羽織袴(はおりはかま)、それから彼女の身に纏(まと)うた長襦袢(ながじゅばん)の類まで、吹通る風の為に静かに動いた。小泉の兄の方から送った結納(ゆいのう)の印の帯なぞは、未だ一度も締たことが無くて、そっくり新しいまま眼前(めのまえ)に垂下った。 「ああ、ああ、着物も何も要(い)らなくなっちゃった」 と言って、お雪は深い溜息(ためいき)を吐(つ)いた。 子供は名倉の母から貰ったネルの単衣(ひとえ)を着せて、そこに寐(ね)かしてあった。 「それ、うまうま」 とお雪は煩(うる)さそうに横に成って、添乳(そえぢ)をしながら復た自分の着物を眺めた。 午睡(ひるね)から覚(さ)めた時の彼女は顔の半面と腰骨のあたりを射し入る光線に照らされていた。彼女はすこし逆上(のぼ)せたような眼付をして身を起した。額も光った。こういう癇癪(かんしゃく)の起きた時は、平常(ふだん)より余計に立働くのがお雪の癖で、虫干した物を片付けるやら、黙って拭掃除(ふきそうじ)をするやらした。彼女は夫や客の為に食事の用意をして置いて、一緒に食おうともしなかった。裏の流の水草に寄る螢(ほたる)は、桑畠の間を通って、南向の部屋に近い垣根の外まで迷って来た。お雪は濡縁(ぬれえん)のところに立って、何の目的(めあて)もなく空を眺めた。隣のおばさんは鎌(かま)を腰に差して畠(はたけ)の方から帰って来る。桑を背負った男もその後から会釈して通る……
「一筆(ひとふで)しめし上げ※(まいらせそろ)。さてとや暑さきびしく候(そうろう)ところ、皆様には奈何(いかが)御暮しなされ候や。私よりも一向音信いたさず候えども、御許(おんもと)よりも御便り無之(これなく)候故、日々御案じ申上げ候。御蔭さまにて当方は一同無事に日を送り居り候。御安心被下(くだされ)たく候。私こと、毎日々々そこここと手伝見舞にまいり、いそがしく、それに仕事の方も間に合せたくと存じ、それ着物の浸抜(しみぬき)、それ洗張(あらいはり)と、騒ぎにばかり日を暮し、未だ父上の道中着物ほどきもせずに居るような仕末に御座候。 ――私よりの御無沙汰(ごぶさた)、右の次第にて、まことに申訳なく候えども、あまり御許(おんもと)よりも手紙なきゆえ、定めし子供を控え手もすくなく其日々々のことに追われ、暇(いとま)なき身(からだ)とは御察し申しながら、父上着(ちゃく)なされ候てより未だ一通の手紙もまいらず、御許のことのみ気に懸り、心許なくぞんじ居り候。奈何(いかが)いたし候や。あるいは御許の心変りしやとも考え、斯(か)くては定めし夫に対しても礼義崩れ、我儘(わがまま)なることもなきやと、日々心痛いたし居り候。御許ばかりは左様の事なきかとは思い居り候えども、人間の我儘はいずれにもあることなれば、実に安心の成らぬものに御座候。それにしても、御許にかぎりて、左様なことは有るまじくと存じ居り候。何につけ善悪(よしあし)とも御便り下されたく候。 ――お福も最早(もはや)学校も間近に相成り候。長々の間、定めて御心を懸け下され候ことと、ありがたく、父上ともども喜び居り候。 ――就(つ)いては、先日より何か送りたくと存じながら、彼(あれ)や是(これ)やにひかされて今日まで延引いたし、誠に不本意に御座候。只今小包便にて、乾塩引(かんしおびき)少々、鰹節(かつおぶし)五本、豆せんべい、松風いずれも少々、前掛一枚、右の品々めずらしくも無い物に御座候えども、御送り申上候。乾塩引は素人(しろうと)の俄(にわ)か干しに候間、何分身は砕け、うまみも無く候。されど今は斯(こ)の品ばかりの時節に候。尤(もっと)も、斯の品にて小なる物一本四十五銭に御座候。送り物に直段書(ねだんがき)などは可笑(おか)しく候。 ――御話もいろいろ有之候えども、今日は之にて御免を願い上げ候。福子へも宜敷(よろしく)御伝え下されたく候。先(まず)は、あらあら。 母 よ り 雪子どの 末筆ながら旦那様へ宜敷御申訳くだされたく、御頼申上げ※。又、御近所へは何も進(あ)げる物なきゆえ、何卒々々よろしく御伝え下されたく候」 お雪はしばらく生家(さと)へも書かなかった。この母からの便りは彼女に種々(いろいろ)なことを思わせた。お雪は、母の手紙を顔に押当てて、泣いた。
「どうしてそう家が面白くないんでしょうねえ」 こうお雪は夫の傍へ子供を抱いて来て、嘆息するように言った。奥の庭の土塀(どべい)に近く、大きな李(すもも)の樹があった。沢山密集(かたま)って生(な)った枝からは、紫色に熟した実がポタポタ落ちた。三吉は沈思を破られたという風で、子供の方を見て、 「なにも、俺は面白い家庭なぞを造ろうと思って掛ったんじゃない――初から、艱難(かんなん)な生活を送る積りだ」 「でもこの節は毎日々々考えてばかりいらっしゃるじゃ有りませんか」とお雪は恨めしそうに、「ああ、家を持ってこんな風に成ろうとは思わなかった」 「じゃ、こうだろう、お前のは平素(しょっちゅう)芝居でも見られるような家へ行きたかったんだろう」 「そう解(と)っちゃ困りますよ。芝居なんか見たか有りませんよ。直に貴方(あなた)はそれだもの。なんでも私の為(す)ることは気に入らない。第一、貴方は何事(なんに)も私に話して聞かせて下さらないんですもの」 「こうして話してるじゃないか」と三吉は苦笑(にがわらい)した。 「話してるなんて……」と言って、お雪は子供の顔を眺めて、「ああ、もっと悧好(りこう)な女に生れて来れば好かった。私も……私も……この次に生れ変って来たら……」 「生れ変って来たら、どうする」 お雪は答えなかった。 「あんまり貴方も考え過ぎるんでしょう」 とお雪は冷かに微笑(ほほえ)んで、「ちと曾根さんの方へでも遊びに行ってらしたらどうです」 「余計な御世話だ」と三吉は力を入れて言った。「お前は直に、曾根さん、曾根さんだ。それがどうした。お前のような狭い量見で社会(よのなか)の人と交際が出来るものか」こう彼は言おうとしたが、それを口には出さなかった。 「だって、こうして引籠(ひっこ)んでばかりいらっしゃらないで、御出掛に成ったら可いでしょうに……」 「行こうと、行くまいと、俺の勝手じゃないか」 土塀の外の方では、近所の子供が集って李を落す音がした。 「房ちゃん」とお雪は子供を抱〆(だきしめ)るようにして、「父さんに嫌(きら)われたから、彼方(あっち)へ行きましょう」 力なげにお雪は夫の傍を離れた。三吉は、「妙なことを言うナア」と口の中で言ってみて、復た考え沈んだ。 暮れてから、三吉と直樹とは奥の部屋に洋燈(ランプ)を囲んで、一緒に読んだり話したりした。 急にお雪は嘔気(はきけ)を覚えた。縁側の方へ行って吐いた。 「姉さん、どうなすったんですか」 と直樹はお雪の側へ寄って、背中を撫(な)でてやる。 「ナニ、何でもないんです」とお雪は暫時(しばらく)動かずにいた後で言った。「難有(ありがと)う――直樹さん、もう沢山です」 この嘔吐の音は直樹を驚かした。三吉は何か思い当ることが有るかして、すこし眉(まゆ)を顰(ひそ)めた。流許(ながしもと)の方から塩水を造って持って来て、それを妻に宛行(あてが)った。 その晩は、お雪はお福と一緒に蚊帳(かや)を釣って、平常(いつも)より早くその内へ入った。蚊が居て煩(うるさ)いと言いながら、一度横に成った姉妹(きょうだい)は蝋燭(ろうそく)を点(とも)して、蚊帳の内を尋ね廻った。緑色に光る麻蚊帳を外から眺めながら、三吉と直樹の二人は遅くまで読んだ。 お雪は何時までも団扇(うちわ)の音をさせていたが、夫や直樹の休む頃に復た起きて、蚊帳の外で涼んだ。三吉も寝る仕度をして、子供の枕許(まくらもと)を覗(のぞ)くと、お雪が見えない。 「何しているんだろうナア」 こう独語(ひとりごと)のように言って、三吉は探してみた。表の入口の戸が明いていた。隣近所でも最早(もう)寝たらしい。向の料理屋の二階だけは未だ賑(にぎや)かで、三味線の音だの、女の笑い声だのが風に送られて聞えて来る。瓦斯(ガス)の燈(あかり)はションボリとした柳の樹を照している。一歩(ひとあし)三吉が屋外(そと)へ出てみると、暗い空には銀河が煙の様に白かった。 「お雪――」 と三吉が呼んだ。お雪は白い寝衣(ねまき)のままで、冷々とした夜気に打たれながら、彼方是方(あちこち)と歩いていたが、夫の声を聞きつけて引返して来た。 「オイ、風邪を引くといかんぜ」 と三吉は妻を家の内へ呼入れて、表の戸を閉めた。
急に、子供は身体が具合が悪かった。三吉の学校では暑中休暇も短いので、復た彼は弁当を提(さ)げて通う人であったが、帰って来てみると、家のものが皆なでお房の機嫌(きげん)を取っていた。お房は母親から離れずに泣き続けた。 「まあ、どうしたんだろう、この児は」とお雪は持余(もてあま)している。 「智慧熱(ちえねつ)という奴かも知れんよ」と三吉も言ってみた。「橋本の薬をすこし服(の)ませてみるが可い」 夫婦は他の事を忘れて、一緒にお房のことを心配した。子供の泣声ほど直接(じか)に三吉の頭脳(あたま)へ響けて、苦痛を与えるものは無かった。あまりお房が泣止まないので、三吉は抱取って、庭の方へ行って見せるやら、でんでん太皷だの笛だのを取出して見せるやら、種々にして賺(すか)したが、どうしてもお房の気に入らなかった。 お房の発熱は、大人の病気と違って、さまざまなことを夫婦に考えさせた。その夜は二人とも、熱臭い子供の枕許に集って、一晩中寝ずにも看護をしようとした。やがてお房は熟睡した。熱もそうタイしたことでは無いらしかった。三吉はお房の寝顔を眺めていたが、そのうちに疲労(つかれ)が出て、眠くなった。 何時の間にか三吉は時と場所の区別も無いような世界の中に居た。そこには、唯恐しさがあった。無智な子供のような恐しさがあった……見ると病室だ。出たり入ったりしているのは医者らしい人達だ。寝台(ねだい)の上に横たわっている婦人は曾根だ。曾根は三吉に蒼(あお)ざめた手を出して見せて、自分の病気はここに在(あ)ると言う。人差指には小さい穴が二つ開いている。痛そうに血が浸染(にじ)んでいる。医者が来て、その穴へU字形の針金を填(は)めると、そんな酷(ひど)いことをしてどうすると叫びながら、病人は子供のように泣いた…… 三吉はすこし正気に復(かえ)った。未だ彼は曾根の病床に附いていて、看護を怠らないような気がしていた……ふと眼が覚めた。気がついてみると、三吉は自分の細君の側に居た。 このお房の発熱は一晩若い親達を驚かしたばかりで、彼女は直に壮健(じょうぶ)そうな、好く笑う子供に復(かえ)った。 朝晩は羽織を欲しいと思うように成ったのも、間もなくであった。暑中休暇を送りに来た人達もそろそろ帰仕度を始(はじめ)た。九月に入って、お福は東京の学校へ向けて発った。 直樹が別れて行く日も近づいた。浅間登山の連(つれ)があって、この中学生も一行の中に加わって出掛けた。丁度三吉は午前だけ学校のある日で、課業を済まして門を出ると、曾根の宿を訪ねてみたく成った。折角(せっかく)知人が同じ山の上に来ている。この人の帰京も近づいたろう。病気はどうか。こう思った。彼の足は学校から直(じか)に停車場の方へ向いた。 上りの汽車が来た。 午後の一時過には、三吉は汽車の窓から浅間の方を眺めて、直樹のことを想像しながら行く人であった。濃い灰色の雲は山の麓(ふもと)の方まで垂下って来ていた。
高原の上はヒドい霧であった。殆(ほと)んど雨のような霧であった。停車場(ステーション)から曾根の宿まで、道は可成(かなり)有る。古い駅路に残った旅舎(やどや)へ着いた時は、三吉が学校通いの夏服も酷く濡(ぬ)れた。 曾根が借りている部屋は、奥の方にある二階の一室で、そこには女ばかり三四人集っていた。孀暮(やもめぐら)しをしつけた人達は、田舎の旅舎へ来ても、淋しい男気(おとこけ)のない様子に見えた。いずれも煙草一つ服(の)まないような婦人の連で、例の曾根の親戚にあたるという人は見えなかったが、肥った女学生は居た。煙草好な三吉はヤリキレなくて、巻煙草を取出しながら独りで燻(ふか)し始めた。 「あれ、煙草盆も進(あ)げなかった」 と曾根はサッパリした調子で言って、客の為に宿から取寄せて出した。女学生はかわるがわる茶を入れたり、菓物(くだもの)を階下(した)から持運んだりした。歩いて来た故(せい)か、三吉ばかりは額から汗が出る。 曾根はつつましそうに、 「まあ、そんなに御暑いんですか。私は又、御寒いと思っていますのに」 こう言いながら、白い単衣(ひとえ)の襟を掻合(かきあわ)せた。彼女は顔色も蒼(あお)ざめていた。 何時の間にか連の人達は出て行った。窓の障子の明いたところからは、冷々とした霧が部屋の内まで入って来た。曾根の話は、三吉の家を訪ねた時のことから、草木の茂った城跡の感じの深かったことや、千曲川の眺望(ながめ)の悲しく思われたことなどに移った。三吉は曾根の身体のことを尋ねてみた。 「別に変りましたことも御座いません」と曾根は悩ましそうに、「山を下りましたら、海辺(かいへん)へ参ってみようかと思います」 こう言って、それから海と山の比較などを始める。「たしか、小泉さんは山が御好なんで御座いましたねえ」とも言った。 三吉はすこし煩(うる)さそうに、 「医者は何と言うんですか、貴方(あなた)の御病気を」 「医者? 医者の言うことなぞがどうして宛(あて)に成りましょう。女の病気とさえ言えば、直ぐ歇私的里(ヒステリイ)……」 曾根の癖として、何時(いつ)でも自身の解剖に落ちて行く。彼女はそこまで話を持って行かなければ承知しなかった。 「私の友達で一緒に音楽を始めました人も、そう申すんで御座いますよ――私ほど気心の解らない者は無い、こうして十年も交際(つきあ)っているのにッて」曾根は自分で自分を嘲(あざけ)るように言った。 三吉も冷やかに、「貴方のは――誰もこう同情を寄せることの出来ないような人なんでしょう」 「では、私を御知りなさらないんだ」と言って、曾根は寂しそうに笑って、「昨晩は悲しい夢を見ましたんで御座いますよ……」 三吉は曾根のションボリとした様子を眺めた。 「私は死んだ夢を見ました……」 こう言って、曾根は震えた。暫時(しばらく)二人は無言でいた。 「ああ……私は東京の方へ帰るという気分に成りません。東京へ帰るのは、真実(ほんと)に厭(いや)で……」曾根は嘆息するように言出した。 「してみると、貴方も孤独な人ですかネ」と言って、復た三吉は巻煙草を燻した。窓の外は陰気な霧に包まれたり、時とすると薄日が幽(かす)かに射したりした。
旅情を慰める為に、曾根が東京から持って来た書籍(ほん)は机の上に置いてあった。それを曾根は取出した。旅に来ては客をもてなす物も無かったのである。その曾根が東京の友達から借りて来たと言って、出して見せたような書籍は、以前三吉も読み耽(ふけ)ったもので、そういう書籍の中にあるような思想に長いこと彼も生活していた。この山の上へ移ってから、次第に彼の心は曾根の愛読するような書籍から離れた。折角の厚意と思って、三吉はその書籍を手に取って見た。しかし、彼は別の話に移ろうとした。こうして彼が曾根の宿へ訪ねて来たのは、他でもなかった。彼は平素(いつも)曾根の口から聞く冷い刺すような言葉を聞きたくて来たのである。自分の馬鹿らしさを嘲られたくて来たのである。 意外にも、その日の曾根は涙ぐんでいるような人であった。何となく平素(いつも)よりは萎(しお)れていた。 「小泉さん、ここへ被入(いら)しって御覧なさい――まあ、ここまで被入しって御覧なさい」 曾根は窓に近い机の側へ行って、そこに客の席を作ろうとしたが、三吉は辞退した。 「ここで沢山です」と三吉は答えて、新しい巻煙草に火を点(つ)けた。 柱には、日蔭干(ひかげぼし)にした草花の束が掛けてあった。曾根は壁のところに立って、眼を細くしてその花束を嗅(か)いで見せた。親しいようでも、何処か三吉には打解けないところが有るので、やがて曾根も手持無沙汰に元の席へ戻った。彼女は、二度まで三吉の家を訪ねて世話に成ったことを考えて、何卒(どうか)して客をもてなしたいという風で有った。林檎(りんご)などをむいて勧めた。二人の雑談は音楽のことから、ある外国から来ている音楽者の上に移った。 「先生がこう申しますんです」と曾根はその年老いた音楽者のことを言った。「曾根さん、貴方は宗教(おしえ)を信じなければいけません、宗教を信じなければ死んだ後で復た御互に逢(あ)うことが出来ませんからッて――死んで極楽へ行く積りも御座いませんけれど、逢えませんでは心細う御座(ござい)ますねえ……」 間もなく汽車の時間が来た。三吉は宿の主人に頼んで、車を用意して貰うことにした。 「今日は学校から直(じか)に汽車に乗ってやって来ました」と三吉が言った。 「御宅へ黙って出ていらしったんでしょう……」と曾根も気の毒そうに苦笑(にがわらい)した。 「何卒(どうぞ)、御帰りでしたら、奥さんに宜敷(よろしく)……」 家の方のことは妙に三吉の気に掛って来た。それを言出した時ほど、彼も平気を装おうとしたことは無かった。三吉は曾根に別れを告げて、復た霧の中を停車場の方へと急いだ。 日暮に近い頃、三吉は自分の住む町へ入った。家の草屋根が見える辺(あたり)まで行くと、妙に彼の足は躊躇(ちゅうちょ)した。平素(ふだん)とは違って、わざわざ彼は共同の井戸のある方へ廻道して、日頃懇意な家の軒先に立った。別に用事も無いのに、しばらくそこで近所の人と立話をした。その日の空模様では浅間登山の連中もさぞ困るであろうなどと話し合った。ちらちら燈火(あかり)の点く頃に、三吉はブラリと自分の家へ帰った。 こんな風に、断(ことわり)なしで外出した例(ためし)は三吉に無いことであった。直樹は山の上で一夜を明す積りで出掛けたので、無論夕飯には帰らず、夫婦ぎりで互に黙ったまま食卓に対(むか)って食った。妻の気を悪くした顔付を見ると、三吉は話して差支(さしつかえ)の無いことまで話せなかった。 夕飯の後、お雪は尋ねた。 「曾根さんは未だ居(い)らっしゃいましたか」 この問には、三吉は酷(ひど)く狼狽(ろうばい)したという様子をして、咽喉(のど)へ干乾(ひから)び付いたような声を出して、 「私が知るものかね、そんなことを」 と思わず知らずトボケ顔に答えた。三吉はウソを吐(つ)かずにはいられなかった。そのウソだということを自分で聞いても隠されないような気がした。 その晩、夫婦の取換した言葉は唯(たった)これぎりであった。物を言わないは言うよりか、どれ程苦痛であるか知れなかった。直樹は居ず、三吉は独りで奥の蚊帳の内に横に成りながら、自分で自分の為(す)ることを考えてみた。気味の悪い蚊帳は髪に触って、碌(ろく)に眠られもしなかった。 十二時過ぎた頃、お雪は寝衣のままで、別の蚊帳の内に起直って、 「御休みですか」 と声を掛ける。三吉の方では返事もせずに、沈まり返っていた。お雪の啜泣(すすりなき)の声が聞えた。 「貴方、御休みですか」 と復た呼ぶので、三吉は眠いところを起されたかのように、 「何か用が有るかい」 「何卒(どうぞ)、私に御暇を頂かせて下さい」 お雪は寝床の上に倒れて、声を放って哭(な)いた。 「明日にしてくれ……そんなことは明日にしてくれ……」 こう三吉はさも草臥(くたぶ)れているらしく答えて、それぎり黙って了った。身動きもせずにいると、自分で自分の呼吸を聞くことが出来る。彼は寝床の上に震えながら、熟(じっ)と寝た振をしていた。そして耳を澄ました。お雪は泣きながら蚊帳の外へ出て、そこいらを歩く音をさせた。畳がミシリミシリ言う。箪笥(たんす)が鳴る。三吉は最早疑心に捕えられて了って、その物音を恐れた。そのうちに、蚊帳の内に寝かしてあった子供が泣出した。三吉は子供の傍の方で妻の歔泣(なきじゃくり)の音を聞くまでは安心しなかった。 浅間登山の一行は翌日の午前に成って帰って来た。直樹は好きな高山植物などを入口の庭に置いて草鞋(わらじ)の紐(ひも)を解いた。 「兄さんにチョッキを借りて行って、好い事をしました――寒くて震えましたよ」 こう直樹は三吉の顔を眺めて言った。山登りをした制服も濡(ぬ)れ萎れて見えた。この中学生は払暁(あけがた)に噴火口を見て、疲れた足を引摺(ひきず)りながら降りて来た。
直樹を休ませて置いて、三吉は何処(どこ)へという目的(めあて)もなく屋外(そと)へ歩きに行った。お雪の言ったことに対しても、何とか彼は答えなければ成らなかった。 午後に成って、三吉はスタスタ歩いて帰って来た。彼は倚凭(よりかか)って眺め入っていた田圃(たんぼ)の側(わき)だの、藉(し)いていた草だの、それから岡を過(よぎ)る旅人の群などを胸に浮べながら帰って来た。家へ戻ってみると、直樹は疲労(つかれ)を忘れる為に湯に行った留守で、お雪は又、子供を背負(おぶ)いながら働いていた。彼女は、「お暇を頂かせて下さい」と言出したに似合わず、それ程避けたい生活を送っている人とも見えなかった。三吉は自分の部屋へ行った。机の上に紙を展(ひろ)げた。 曾根――旅舎(やどや)の二階の壁のところに立って、花束を嗅いで見せた曾根の蒼(あお)ざめた頬は、未だ三吉の眼にあった。「吾儕(われわれ)は友達ではないか――どこまでも友達ではないか――互に多くの物に失望して来た仲間同志ではないか」この思想(かんがえ)は、三吉に取って、見失うことの出来ないものであった。 ここから三吉は曾根へ宛てて最後の別離(わかれ)の手紙を書いた。「――あるいは、これを好しとみ給うの日もあるべきかと存じ候」と書いた。 この長く御無沙汰するという手紙を、三吉はお雪を呼んで見せた。それから、彼はすこし改まったような、決心の籠(こも)った調子で、こう言出した。 「お断り申して置きますが、僕の家は解散して了いますから」 「ええ……どうでも貴方の御好きなように……私は生家(うち)へは帰りませんから」 とお雪は恨めしそうに答えた。 何故夫が曾根への手紙を見せて、同時に家を解散すると言出したかは、彼女によく汲取(くみと)れなかった。で、その手紙のことに就いては、「そんなことを為(な)さらないたッても可いでしょうに……」と言ってみた。 その時、お雪は不思議そうに夫の顔を熟視(みまも)って、「誰も暇が貰いたくて、下さいと言うものは有りゃしません」と眼で言わせていた。復た彼女は台所の方へ行って働いた。 湯から帰って来た直樹は、縁側に出て、奥の庭を眺めた。庭の片隅(かたすみ)には、浅間から採って来た植物が大事そうに置いてあった。それを直樹は登山の記念として、東京への好い土産だと思っている。 この温和(すなお)な青年の顔を眺めると、三吉は思うことを言いかねて、何度かそれを切出そうとして、反(かえ)って自分の無法な思想(かんがえ)を笑われるような気がした。 「直樹さん、すこし僕も感じたことが有って、吾家(うち)は解散して了おうかと思います」と三吉は話の序(ついで)に言出した。 直樹は答えなかった。そして、深い溜息(ためいき)を吐いた。常識と同情とに富んだこの青年の柔嫩(やわらか)な眼は自然(おのず)と涙を湛(たた)えた。 「君はどう思うか知らんが」と三吉は言淀(いいよど)んで、「どういうものか家がウマくいかない……僕の考えでは、お雪は生家(さと)へ帰した方が可いかと思うんです」 「しかし、兄さん」と直樹は涙ぐんだ眼をしばたたいて、「それでは姉さんが可哀想です。もし、そんなことにでも成れば、一番可哀想なのは房ちゃんじゃ有りませんか」 「房(ふう)は可哀想サ」と三吉も言った。 長いこと二人は悄然(しょんぼり)として、言葉もかわさずに庭を眺めていた。 お雪は食事の用意が出来たことを告げに来た。それを聞いて、直樹は起(た)ちがけに、三吉に向って、 「ああ――私のように弱い者は、今のような御話を聞くと、最早何事(なんに)も手に付ません。私は実に涙もろくて困ります――」 「まあ、行って飯でもやりましょう」と三吉も立上った。 「兄さん、兄さん、真実(ほんとう)に考え直してみて下さい」 こう言って、直樹は三吉の後を追った。 直樹は三吉夫婦と一緒に食卓に対(むか)っても、絶間(とめど)がなく涙が流れるという風であった。その晩は三人とも早く臥床(ねどこ)に就いたが、互におちおち眠られなかった。直樹は三吉と枕を並べてしくしくやりだす。お雪もその同情(おもいやり)に誘われて、子供に添乳(そえぢ)をしながら泣いた。この二人の暗いところで流す涙を、三吉は黙って、遅くまで聞いた。 頑固(かたくな)な三吉が家を解散すると言出すまでには、離縁の手続、妻を引渡す方法、媒妁人(なこうど)に言って聞かせる理由、お雪の荷物の取片付、それから家を壊した後の生活のことまでも想像してみたので、一度それを口にしたら、容易に譲ることの出来ないという彼の心も、いくらか和(やわら)げられたような日が来た。「君の志は有難い――まあ、僕もよく考えてみよう」こう三吉は直樹に言って、それから復た学校の方へ出掛けたが、帰って来てみると、曾根からの葉書が舞込んでいた。彼女も避暑地を発(た)つ、奥様へ宜敷、房子様へも宜敷、と認(したた)めてあった。三吉から出した手紙は東京へ宛てたので、未だ曾根は知る筈(はず)がない。そんな手紙が待つとは知らずに、彼女は帰京を急ぐのであった。 到頭、三吉も譲歩した。家の解散も見合せることにしたと言出した。それを聞いて、お雪はホッと息を吐(つ)いた。直樹も漸(ようや)く安心したという顔付で、三吉が自分の意見を容(い)れたことを喜んだ。 「姉さん、浅間の話でもしましょう」 と直樹は勇ましそうに笑ながら言った。その時に成って、三吉も登山の話をする気に成った。「一度行かない馬鹿、二度行く馬鹿」と土地の人のよく言うことなどを持出した。そして、世帯を持つからその日までのことを考えてみて、今更のように家の内を歩いてみた。 直樹の出発はそれから間もなくで有った。この青年が中学の制服を着けて、例の浅間土産を手に提げて、名残(なごり)惜しそうに別れを告げて行く朝は、三吉も学校通いの風呂敷包を小脇(こわき)に擁(かか)えながら、一緒に家を出た。 「直樹さん。左様なら」 とお雪は子供を抱いて、門口のところまで出て見送った。 停車場で直樹に別れた三吉は、直ぐその足で軌路(レール)の側(わき)を通って、学校へ廻った。日課を終った後、三吉は家の方へ帰ろうとして、復た鉄道の踏切を越した。その時は城門の前を横に切れて、線路番人の番小屋のある桑畠のところへ出た。番人は緑色の旗を示しながら立っていた。暫時(しばらく)三吉も佇立(たたず)んで眺めた。轟然(ごうぜん)とした地響と一緒に、午後の上り汽車は三吉の前を通過ぎた。 「直樹さんも行って了った。曾根さんも行って了った」 こう三吉は思いやった。 ぼっぼっと汽車が置いて行った煙は、一団(ひとかたまり)ずつ桑畠の間を這(は)って、風の為に消えた。停車場の方で、白い蒸気を噴出す機関車、馳(か)けて歩く駅夫、乗ったり降りたりする旅客の光景(さま)などは、その踏切のところから望むことが出来る。やがて盛んな汽笛が起った。 「直樹さん、左様なら」 と三吉は朝一番で発った人のことを思出して、もう一度別れを告げるように口の中で言ってみた。汽車は出て行った。三吉は山の上に残った。
七
一年経った。三吉は沈んで考えてばかりいる人ではなかった。彼の心は事業(しごと)の方へ向いた。その自分の気質に適した努力の中に、何物を以(もっ)ても満(みた)すことの出来ない心の空虚を充(みた)そうとしていた。 彼が探していた質実な生活は彼の周囲(まわり)に在った。先(ま)ず彼は眼を開いて、この荒寥(こうりょう)とした山の上を眺(なが)めようとした。そして、その中にある種々(いろいろ)な物の意味を自分に学ぼうとしていた。 お雪も最早(もう)家を持ってから足掛三年に成る。次第に子供も大きく成った。家には十五ばかりに成る百姓の娘も雇入れてあった。年寄の居ない三吉の家では、夫婦して子供を育てるということすら容易でなかった。 丁度三吉は学校の用向を帯びて出京した留守で、家では皆な主人の帰りを待侘(まちわ)びていた。 「今晩は」 こう声を掛けて、近所の娘達が入って来た。この娘達は、夕飯の終る頃から手習の草紙を抱(かか)えて、お雪のところへ通って来るように成ったのである。 「何卒(どうぞ)、お上んなさいまし」とお雪は入口の庭の方へ子供を向けて、自分も一緒に蹲踞(しゃが)みながら言った。 「まあ、房ちゃんの肥っていなさること」と娘の一人が言った。 他の娘も笑いながら、「房ちゃん、シイコが出ますかネ」 お房は半分眠っていた。お雪は子供の両足を持添えて、「シ――」とさせて、やがて自分の部屋の方へ連れて行った。 子供の寝床は敷いてあった。お雪が寝衣を着更えさせていると、そこへ下婢(おんな)は線香の粉にしたのを紙に包んで持って来た。お房は股擦(またずれ)がして、それが傷(いた)そうに爛(ただ)れている。お雪は線香の粉をなすって、襁褓(むつき)を宛(あ)てて、それから人形でも縛るようにお房の足を縛った。 お雪が横に成って子供を寝かしつけている間に、近所の娘達は洋燈(ランプ)の周囲(まわり)へ集った。下婢も台所を片付けて来て、手習の仲間入をさして貰った。ともかくもこの娘は尋常科だけ卒業したと言って、その前に雇った下女(おんな)のように、仮名の「か」の字を右の点から書き始めたり、「す」の字を結(むすび)だけ書き足すようなことはしなかった。 しかし、この下婢(おんな)は性来読書(よみかき)が嫌(きら)いと見えて、どんなに他の娘達が優美な文字を書習おうとして骨折っていても、それを羨(うらや)ましいとも思わなかった。お雪が起きて来て、ヨモヤマの話を始める頃には、下婢も黙って引込んでいない。無智な彼女はまたそれを得意にして、他の娘達よりも喋舌(しゃべ)った。 お房を背負(おぶ)って町へ遊びに行った時、ある人がこんなことを言ったと言って、それを下婢が話し出した。 「教師の赤にしては忌々(いめいめ)しいほどミットモねえなあ――赤もフクレてるし、子守もフクレてるし、よく似合ってらあ」 お雪も他の娘も笑わずにいられなかった。 「明日はこちらの叔父さんも御帰りに成りやしょう」 と娘の一人が言った。お雪はこの娘達を相手にして、旅にある夫の噂(うわさ)をした。 東京から三吉は種々な話を持って帰って来た。旅に出て帰って来る時ほど、彼も家を思い妻子を思うことはなかった。 「房ちゃん、御土産(おみや)が有るぜ」 と三吉は旅の鞄(かばん)をそこへ取出した。 「父さんが御土産を下さるッて。何でしょうね」とお雪は子供に言って聞かせて、鞄の紐(ひも)を解(と)きかけた。「まあ、この鞄の重いこと。父さんの荷物は何時(いつ)でも書籍(ほん)ばかりだ」 下婢(おんな)は茶を運んで来た。三吉は乾いた咽喉(のど)を霑(うるお)して、東京にある小泉の家の変化を語り始めた。兄の実が計画していた事業は驚くべき失敗に終ったこと、更に多くの負債を残したこと、銀行の取引が停止されたこと、これに連関して大将の家まで破産の悲運に陥りかけたこと、それから実の家ではある町中(まちなか)の路地のような処へ立退(たちの)いたことなどを話した。 「姉さんの姉さんで、ホラ、お杉さんという人が有ったろう。あの人も兄貴の家で亡くなった」と三吉は附添(つけた)した。 「宗さんはどうなさいました」とお雪が聞いた。 「宗さんか。あの人は世話してくれるところが有って、そっちの方へ預けてある。今度は俺(おれ)は逢(あ)わなかった。見舞として菓子だけ置いて来た――なにしろ、お前、兄貴の家では非常な変り方サ。でも兄貴は平気なものだ」 「姉さんも御心配でしょうねえ」 こう夫婦が話し合っていると、お房はそこへ来て茶を飲みたいと迫る。母が飲ませてやると言えば、それでは聞入れなかった。なんでもお房は自分で茶椀(ちゃわん)を持って飲まなければ承知しなかった。終(しまい)には泣いて威(おど)した。 「未だ独(ひと)りで飲めもしないくせに」 と言って、お雪が渡すと、子供は茶椀の中へ鼻も口も入れて飲もうとした。皆なコボして了(しま)った。 「それ、御覧なさいな」とお雪は※子(ハンケチ)を取出した。 「ア――舌打してらあ。あれでも飲んだ積りだ」と三吉が笑う。 「この節は何でも母さんの真似(まね)ばかりしてるんですよ。母さんが寝れば寝る真似をするし、お櫃(ひつ)を出せば御飯をつける真似をするし――」 「どれ、父さんが一つ抱ッこしてみてやろう――重くなったかナ」と三吉は子供を膝(ひざ)の上に載せてみた。 お房の笑顔(えがお)には、親より外に見せないような可憐(あどけな)さがあった。 「兄貴の家を見たら、俺もウカウカしてはいられなく成って来た」 こう三吉が言って、子供をお雪の手に渡した。 「房ちゃん」と下婢はそこへ来て笑いながら言った。「父さんに股眼鏡(まためがね)してお見せなさい」 「止(よ)せ、そんな馬鹿な真似を」 と三吉が言ったが、お房は母の手を離れて、「バア」と言いながら後向に股の下から母の顔を覗(のぞ)いた。 「隣の叔母さんが、房ちゃんの股眼鏡するのは復(ま)た直に赤さんの御出来なさる証拠だッて」 こう下婢が何の気なしに言った。三吉夫婦は思わず顔を見合せた。
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