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加利福尼亜の宝島(カリフォルニアのたからじま)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 7:26:18 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        三

「隠されたる巨万の富?」十平太は鸚鵡おうむ返しに、「場所はどの辺でございますな?」
「遠い遠い海のあなたのメキシコという国じゃそうな」
「メキシコ? メキシコ? 聞かぬ名じゃ」
 十平太は呟いた。
「そこに一つの湾がある」
「大きな湾でございましょうな?」
「日本の九州より大きいそうじゃ。湾の名は加利福尼亜カリフォルニアという」
加利福尼亜カリフォルニア湾でございますかな」
「そこに一つの島があるそうじゃ。チブロンという島じゃそうな。宝はそこに隠されてあるのじゃ。――みんな地理書に記されてある」
「どのような宝でございましょうな?」
「砂金、宝石、異国の小判」
「無人の島でございますかな?」
「兇暴残忍の土人どもが無数に住んでいるそうじゃよ」
「頭領」
 と十平太は立ち上がった。「土人どもをたいらげて宝を奪おうではございませぬか」
「航海は往復二年かかるぞよ」
「二年?」と十平太は眼を見張った。
「恐ろしいか?」と紋太夫は笑う。
「何んの!」と十平太は哄笑した。
「瀬戸内海の大海賊、小豆島紋太夫の手下には、臆病者はおりませぬ筈!」
「おおいかにもその通りじゃ、それではいよいよ加利福尼亜カリフォルニアへ行くか!」
「申すまでもございませぬ」
「準備に半年はかかろうぞ」
「心得ましてございます」
「鉄砲、大砲も用意せねばならぬ」
「それも心得ておりまする」
「四方に散々ちりぢりに散っている友船をことごとく集めねばならぬ」
「すぐに早船をつかわしましょう」
「よし」
 と紋太夫は拳を固め黒檀の卓をトンと打った。とたんに首ががっくりとなる。
「ほい、あぶない」
 と云いながら、両手でくびをグイと支えた。
「まだまだ首は渡されぬて、ハッハハハ」
 と物凄く笑う。
 真に気味の悪い笑声である。

 八幡大菩薩の大旗を、足利あしかが時代の八幡船のように各自めいめい船首へさきへ押し立てた十隻の日本の軍船いくさぶねが、太平洋の浪を分けて想像もつかない大胆さで、南米墨西哥メキシコへ向かったのは天保末年夏のことであった。
 幾度かの暴風幾度かの暴雨、時には海賊に襲われたりして、つぶさに艱難を甞めた後、眼差す加利福尼亜カリフォルニアへ着いたのは日本を立ってから一年後の夏でもうこの時は軍船の数もわずか五隻となっていた。
 ここで物語は一変する。
 墨西哥メキシコ国、ソラノ州、熱帯植物の生い茂っているドームという海岸へ舞台は一変しなければならない。

 チブロン島とドーム地帯とは小地獄という海峡をへだててほとんど真っ直ぐに向かい合っていた。その距離一里というのだから、互いの顔さえ解りそうである。
 そのドームの深林の中に天幕テントが幾十となく張ってあった。大英国の探険家ジョージ・ホーキン氏の一隊で、これもやはりチブロンの大宝庫を探し当てようため、遠征隊を組織して今からちょうど一月ほど前からひそかにここにたむろして様子をうかがっているのであった。
 熱国の夕暮れの美しさ。真紅黄金こがね色、濃紫こむらさき落ちる太陽に照らされて、五彩に輝く雲の峰が、海のあなたにむら立ち昇り、その余光が林の木々天幕の布を血のような気味の悪い色に染め付けている。
 鳥の啼く音や猿の叫び声や豹の吠え声や山犬の声などが、林の四方で騒がしくひっきりなしに聞こえていたが、それはどうやら遠征隊の傍若無人の振る舞いを怒っているようにも聞きなされた。
 と、一羽のメキシコ孔雀くじゃくが虹のような美しい尾をキラキラ夕陽に輝かせながら林の奥から飛んで来たが、天幕テントそばの低い木へ静かに止まって一声啼いた。
「やあ孔雀だ。綺麗だなあ」
 こういう声が聞こえたかと思うと、天幕の口から一人の少年がひらりと身軽に走り出た、これはホーキン氏の令息でジョンと云って十二歳のきわめて愛らしい美少年であった。
「よし、こん畜生つかまえてやるぞ」
 跫音あしおとを忍んで近寄って行き、そっと片手を差し出すと、孔雀はピョンと一刎ね刎ね他の灌木へ飛び移った。
「おやおや、こいつ狡猾ずるい奴だ」
 ジョンは口小言を云いながらまたそっちへ近寄って行く。
 とまた孔雀は他の木へ移った。
「いけねえいけねえ」
 と呟きながらジョンはそっちへ追って行く。

        四

 ジョンの姿はいつの間にか、木蔭に隠れて見えなくなった。
 夕栄えがめ月が出て、原始林はすっかり夜となったが、どうしたのかジョンは帰って来ない。炊事の煙りが天幕テントから洩れ焚火たきびの明りが赤々と射し、森林の中は得も云われない神秘の光景を呈したが、ジョン少年の姿は見えない。
 と、先刻ジョンが出て来たその同じ天幕から、
「ジョンはどうした。見えないではないか」
 こういう声が聞こえたかと思うと、長身肥大の立派な紳士が、片手に銃を持ちながらつと戸外へ現われた。
「ジョン! ジョン! ジョンはいないか!」
 呼びながら耳を澄ましたが、どこからも返辞は聞こえて来ない。
 この紳士こそ一隊の隊長ジョージ・ホーキン氏その人であったが、次第に不安に感じられると見え、いちいち天幕を訪ねながら、「ジョンはいないかね?」と尋ね廻った。
 ジョン少年失踪の評判が隊全体に拡がった時人達はいずれも仰天した。我も我もと天幕を出て隊長の周囲まわりへ集まった。
 そうして四組の捜索隊が忽ちのうちに出来上がった。松火たいまつを振り龕燈がんどうを照らし東西南北四方に向かって四つの隊は発足した。
 愛児を失ったホーキン氏はみずから一隊を引率し、海岸に添って南の方へ飛ぶようにして、下って行った。
 行けども行けども密林である。眼を覚まされた鳥や獣がさも怒りに堪えないようにけたたましい鳴き声を響かせ時々一行に飛び掛かって来た。サーッサーッサーッサーッと生い茂った雑草を分けながら隊の行く手を横切るものがあったが、云うまでもなく大蛇である。
 一時間あまりも走った時、一行は小広い空地へ出た。
 と、ホーキン氏は立ち止まった。
「しまった」
 と小声で叫びながら空地の一所へ走って行き体を曲げ手を伸ばし地上から何か拾い上げたが、松火の火ですかして見ると、
「やっぱりそうか! もう駄目だ」
 こう云って愁然と眼を垂れた。拾い上げたのは小さい帽子で、まごうべくもないジョンの物だ。
 帽子に着いている血のしみと、急拵えの石のかまどと、そのわきに落ちていたセリ・インデヤ人の毒矢とを見れば、ジョン少年の運命は知れる。チブロン島の土人どもが、こっそりここへ上陸し、竈を作り焚火を焚き、遠征隊の動静をひそかに窺っていたところへ、ジョン少年がやって来たのだ。そうして殺されて食われたのだ。
 ジョージ・ホーキン氏の悲しそうな様子は、部下の者達を皆泣かせた。獅子であろうと虎であろうとビクともしない大冒険家も、肉親の情には堪えられないと見え、顔も上げえずむせんでいる。
 その時、遙か北の方から、大砲の音が聞こえて来た。
 一同は驚いて耳を澄ました。
 するとまた一発聞こえて来た。
 にわかにホーキン氏は奮い立った。
「ドームへ!」
 と一声号令を下すと、元来た方へ一散に、先頭に立って走り出した。
 ドームの露営地まで来て見ると、別に変わったこともない。天幕テントもそのまま立っている。捜索隊も帰って来ている。北へ向かった一隊だけがまだ帰っていなかった。
 ものの半時間も経った頃その一隊も帰って来た。
 そうして彼らは云うのであった。
「異形の軍船いくさぶねが五隻揃って湾を静かにのぼって行きました」と。
「大砲の音は?」
 とホーキン氏が訊いた。
「やはり異形のその軍船から打ち出したものでございます」
「どこへ向かって打ったのか?」
「島へ向かって打ちました」
「チブロン島へ向かってか?」
「はい、さようでございます」
「ふうむ」
 とホーキン氏は考え込んだ。解らないのが当然である。日本という東洋の国の紋太夫という海賊が船隊を率い大海を越え、こんな所へやって来ようとは、誰しも夢にも思い付くまい。
 さて、それにしてもジョン少年ははたして土人に喰われたであろうか?

        五

 チブロン島の海岸に近く、土人部落が立っていた。椰子や芭蕉やなつめの木などにこんもりと囲まれた広庭は彼ら土人達の会議所であったが、今や酋長のオンコッコは、一段高い岩の上に立って滔々とうとうと雄弁をふるっている。
「……俺達の国は神聖だ。俺達の国土はけがれていない。俺達の国土はかつて一度も外敵に襲われたことはない。……俺達の国は金持ちだ。黄金、真珠、輝瀝青きれきせい、それから小判大判が山のように隠されてある。俺達セリ・インデアンは、祝福されたる神のだ。そうして俺達のこの国はその神様の花園だ。それだのに無礼にもこの俺達と、俺達の大事なこの国とを、征服しようとする者がある。それは色の白い毛の赤い欧羅巴ヨーロッパ人とか云う奴らだ。そうしてそいつらは海峡をへだてた大陸の林に陣取っている。ちっとも恐れる必要はない。しかし決して油断は出来ない。やじりを磨き刀を研ぎ楯を繕い弓弦を張れよ!」
 この勇ましい雄弁がどんなに土人達を感心させたか、一斉に土人達は歓呼した。そうして彼らの習慣として広場をグルグル廻りながら勇敢な踊りをおどり出した。

赤いつぐみが飛んで行った
そっちから敵めが現われた
矢をとばせよ、槍を投げよや
可愛い女達を守らねばならぬ
部落のため、島のため
家族のために死のうではないか

赤い鶫が飛んで行った
そっちから敵があらわれた

 彼らの唄う戦いの歌は森に林に反響した。勇ましい愉快な反響である。
 その日が暮れて夜となった。土人達はかがりを焚いた。血の色をしたほのおに照らされ、抜き身の武器はキラキラ輝き土人達の顔は真っ赤に染まり凄愴の気を漂わせた。
 しかしその晩は変わったこともなくやがて、夜が明け朝となり太陽が華々しく射しでた。
 この時一大事が持ち上がった。
 島の北方ビサンチン湾へ、物見に出して置いたゴーという土人が、息急いきせき切って走って来たが、
「大きな船が五隻揃ってビサンチン湾へはいって来た」とこういうことを告げたものである。
「どんな船だか云って見ろ!」
 悠然と床几しょうぎへ腰かけたままオンコッコ酋長はまず云った。
「不思議な帆船でございます。見たこともないような不思議な船!」
「どんな人間が乗り組んでいたな?」
「それが不思議なのでございます。私達と大変似ております」
「肌の色はどうだ白いかな?」
「いえ、銅色あかがねいろでございます」
「そうか、そうして頭のは?」
「それも私達と同じように真っ黒な色をしております」
「なるほど、俺達と同じだな」
 オンコッコは腑に落ちないように、眼をつむって考え込んだが、急に飛び上がって叫び出した。
「集まれ集まれみんな集まってくれ! 伝説の東邦人がやって来た!」
 そこで再び大会議が例の広場でひらかれた。そうしてオンコッコは岩の上へ突っ立ち、再び雄弁を揮うことになった。
「俺達の先祖はいい先祖だ。立派な国を残してくれた。しかし一方俺達の先祖は悪い予言を残してもくれた。ある日ある時東邦人が、五隻の船に乗り込んでこの国へやって来るだろう。そうして謎語めいごを解くであろう。そうして紐を解くであろう。そうしたら国中の財産を東邦人へくれなければならない。……こういう予言を残してくれた。今、どうやらその連中が船へ乗って来たらしい」
 この酋長の言葉を聞くや土人達はにわかに騒ぎ出した。あっちでも議論こっちでも議論。広い空地は土人達の声で海嘯つなみのように騒がしくなった。
「東邦人を追っ払え! 宝を渡してたまるものか!」
「東邦人が利口でもあの謎語めいごを解くことは出来まい」
「たとい謎語は解くにしても、あの紐だけは解くことは出来まい」
「とにかく充分用心しよう。少しの間様子を見よう」
 最後の議論が勝ちを占めた。しばらく様子を見ることになった。
 やがて三日が過ぎ去った。東邦人はやって来ない。と云って五隻の軍船いくさぶねが湾から外海へ出ようともしない。現状維持というところだ。
 と、事件が持ち上がった。物見をしていた土人のゴーが東邦人に捕らえられたのである。

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