水鬼の箒
「この夜ふけに泳ぐ奴があるのかしら」
不審に思いながら、月あかりに透かしみると、黒いからだの者が水中に立っていた。顔は眼も鼻も無いのっぺらぽうで、
事件は単にそれだけのことであったが、明くる日の午後、ひとりの男がその河のなかで溺死したという話を聞いて、さては昨夜の怪物は世にいう
水鬼は
「わたしがまだ若い時のことでした。
杭州の
「となりの劉先生は肖像画の名人ですから、今のうちに私の父の顔を写して置いてもらいたいと思います。あなたから頼んでくれませんか」
隣りの人はそれを劉に取次いだので、劉は早速に道具をたずさえて行くと、忰はまだ帰って来ないらしく、家のなかには人の影もみえなかった。しかし近所に住んでいて、その家の勝手もよく知っているので、劉は構わずに二階へあがると、寝床の上には父の死骸が横たわっていた。劉はそこにある腰掛けに腰をおろして、すぐに画筆を執りはじめると、その死骸は
走屍は人を追うと伝えられている。自分が逃げれば、死骸もまた追って来るに相違ない。いっそじっとしていて、早く画をかいてしまう方がいいと覚悟をきめて、劉は身動きもしないで相手の顔を見つめていると、死骸も動かずに劉を見つめている。
その人相をよく見とどけて、劉は紙をひろげて筆を動かし始めると、死骸もおなじように
そのうちに忰の帰って来たらしい足音がきこえたので、やれ嬉しやと思っていると、果たして忰は二階へあがって来たが、父の死骸がこの
こういう始末であるから、劉はますます窮した。それでも逃げることは出来ない。逃げれば追いかけて来て掴み付かれる
「早く箒を持って来てくれ。
棺桶屋はさすがに商売で、走屍などにはさのみ驚かない。走屍を撃ち倒すには箒草の箒を用いることをかねて心得ているので、劉のいうがままに箒を持って来て、かの死骸を撃ち払うと、死骸は元のごとく倒れた。気絶した者には
美少年の死
京城の金魚街に
「今夜は北風が寒いから、
義弟は承知して出してやった。表には寒い風が吹きまくって、月のひかりが薄あかるい。その夜も
「どうぞ救ってください。わたしは実は男ではありません。
少年はふくろを解いて、見ごとな
「では、まあともかくも休んでおいでなさい。となりへ行ってちょっと相談して来ますから」
女を煖坑の上に坐らせて、徐四はすぐに表へ出て行ったが、となりの人に相談したところで仕様がないと思ったので、かれは近所の
その話を聴いて、円智も眉をひそめた。
「それはおそらく高位顕官の家のむすめか妾で、なにかの子細あって家出したものであろう。それをみだりに留めて置いては、なにかの
なるほどと徐四もうなずいて、その夜を善覚寺で明かすことにした。それで済めば無事であったが、外宿した徐四の兄は夜ふけの寒さに堪えかねて、わが家へ毛皮の
言うまでもなく、それは兄の思いちがいで、女はかの美少年であった。男は善覚寺の
高僧の弟子にも破戒のやからがあって、かの若僧は徐四の話を洩れ聴いて不埒の料簡を起したらしく、そっと寺ちゅうをぬけ出して徐四の留守宅へ忍び込んだのである。それから先はどうしたのか、勿論わからない。
あやまって二人を殺したことを発見して、兄はすぐに自首して出た。しかし右の事情であるから、誤殺であることは明白である。美少年と若僧とは不義姦通である。殺したものに悪意なくして、殺された者どもは不義のやからであるというので、兄は無事に釈放された。
ここに判らないのは、美少年に扮していたかの女の身の上である。官でその首を
「可哀そうに、あの女はここの家へ死にに来たようなものだ」
徐四は