羅刹鳥 これも鳥の妖である。清の
雍正年間、内城の某家で息子のために
を
娶ることになった。新婦の
里方も
大家で、沙河門外に住んでいた。
新婦は
轎に乗せられ、供の者
大勢は馬上でその前後を囲んで
練り出して来る途中、一つの古い墓の前を通ると、俄かに
旋風のような風が墓のあいだから吹き出して、新婦の轎のまわりを幾たびかめぐったので、おびただしい
沙は眼口を打って大勢もすこぶる
辟易したが、やがてその風も鎮まって、無事に
婿の家へ行き着いた。
轎はおろされて、介添えの女がすだれをかかげてかの新婦を連れ出すと、思いきや轎の内には又ひとりの女が坐っていた。それは年頃も顔かたちも風俗も、新婦と寸分ちがわない女で、みずから轎を出て来て、新婦と肩をならべて立った。それには人びとも驚かされたが、女は二人ながら口をそろえて、自分が今夜の花嫁であるという。その
声音までが同じであるので、婿の家も供の者も、どちらが
真者であるか
偽者であるかを鑑別することが出来なくなった。さりとて今夜の婚儀を中止するわけにも行かなかったと見えて、ともかくも婿ひとりに
ふたりという不思議な婚礼を済ませて、奉公人どもはめいめいの寝床へ退がった。
舅も自分の
室へはいって枕に就いた。
それから間もなく、新夫婦の寝間からけたたましい叫び声が洩れきこえたので、舅は勿論、家内一同がおどろいて駈け付けると、婿は寝床の外に倒れ、ひとりの
は床の上に倒れ、あたりにはなま血が
淋漓としてしたたっているので、人びとは又もや驚かされた。
それにしても他のひとりの
はどうしたかと見まわすと、
梁の上に一羽の大きい
怪鳥が止まっていた。鳥は灰黒色の
羽を持っていて、
口喙は
鈎のように曲がっていた。殊に目立つのはその大きい爪で、さながら雪のように白く光っていた。ひとりの女の正体がこれであるのは誰にも想像されることであるから、大勢は騒ぎ立てて捕えようとしたが、短い武器では高い梁の上までとどかないので、さらに弓矢や長い
矛を持ち出して追い立てると、怪鳥は青い
燐のような眼をひからせ、大きい
翅をはたはたと鳴らして飛びめぐった末に、門を破って逃げ去った。
そこで、倒れている婿と
とを介抱して、事の子細を問いただすと、婿は血の流れる眼をおさえながら言った。
「寝間へはいったものの、
ふたりではどうすることも出来ないので、しばらく黙ってむかい合っているうちに、左側にいた女がたちまちに袖をあげてわたしの顔を払ったかと思うと、両の眼玉は
抉り取られてしまった。その痛みの
劇しさに悶絶して、その後のことはなんにも知らない」
はまた言った。
「わたしは婿殿の悲鳴におどろいて、どうしたのかと思って覗こうとすると、その顔を不意に払われて倒れてしまいました」
彼女も両眼を抉り取られているのであった。それでも二人とも命に別条がなかったのが嘆きのうちの喜びで、婿も
も厚い手当てを加えられて数月の後に健康の人となった。そうして、盲目同士の夫婦はむつまじく暮らした。
怪鳥の正体はわからない。伝うるところによると、墓場などのあいだに
太陰積尸の気が久しく凝るときは
化して
羅刹鳥となり、好んで人の眼を食らうというのである。
平陽の令
平陽の
令を勤めていた
朱鑠という人は、その性質甚だ残忍で、罪人を苦しめるために特に厚い
首枷や太い棒を作らせたという位である。殊に婦女の罪案については厳酷をきわめ、そのうちでも
妓女に対しては一糸を着けざる
赤裸にして、その
身体じゅうを容赦なく打ち据えるばかりか、顔の美しい者ほどその刑罰を重くして、その髪の毛をくりくり坊主に
剃り落すこともあり、甚だしきは小刀をもって鼻の孔をえぐったりすることもあった。
「こうして世の道楽者を
戒めるのである。美人の美を失わしむれば、自然に妓女などというものは亡びてしまうことになる。しかも色を見て動かざる鉄石心を有した者でなければ、容易にそれを実行することは出来ない」と、彼は常に人に誇っていた。
そのうちに任期が満ちて、彼は
山東の
別駕に移されたので、家族を連れて新任地へ赴く途中、
荏平という所の旅館に行き着いた。その旅館には一つの楼があって、厳重に扉を封鎖してあるので、彼は宿の主人に
子細をたずねると、楼中にはしばしば怪しいことがあるので、多年開かないのであると答えた。それを聞いて、彼はあざ笑った。
「それではおれをあの楼に泊めてくれ」
「お泊まりになりますか」
「なんの怖いことがあるものか。おれの威名を聞けば、大抵の化け物は向うから退却してしまうに決まっているのだ」
それでも主人は万一を気づかってさえぎった。彼の妻子らもしきりに諫めた。しかも強情我慢の彼はどうしても
肯かないのである。
「おまえ達はほかの部屋に寝ろ。おれはどうしてもあの楼に一夜を明かすのだ」
あくまでも強情を張り通して、彼は妻子
眷族を別室に宿らせ、自分ひとりは剣を握り、
燭をたずさえ、楼に登って妖怪のあらわれるのを待っていると、宵のうちには別に何事もなかったが、夜も
三更(午後十一時―午前一時)に至る時、扉をたたいて進み入ったのは、白い
鬚を垂れて紅い
冠をかぶった老人で、朱鑠を仰いでうやうやしく
一揖した。
「貴様はなんの化け物だ」と、朱は叱り付けた。
「それがしは妖怪ではござらぬ。このあたりの土地の神でござる。あなたのような貴人がここへお出でになったのは、まさに妖怪どもが
殲滅の時節到来いたしたものと思われます。それゆえ喜んでお出迎いに
罷り出でました」
老人はまず自分の身の上を明かした後に、朱にむかって
斯ういうことを頼んだ。
「もう暫くお待ちになると、やがて妖怪があらわれて参ります。その姿が見えましたならば、その剣をぬいて片端からお斬り捨てください。及ばずながらそれがしも御助力いたします」
「よし、よし、承知した」と、朱は喜んで引き受けた。
「なにぶんお願い申します」
約束を固めて老人は立ち去った。朱は剣を按じて、さあ来いと待ちかまえていると、果たして青い
面の者、白い面の者、種々の怪しい者がつづいてこの室内に入り込んで来たので、彼は手あたり次第にばたばたと斬り倒した。最後に
牙の長いくちばしの黒い者があらわれたので、彼はそれをも斬り伏せた。もうあとに続く者はない。これで妖怪を残らず退治したかと思うと、彼は大いなる満足と愉快を感じて、すぐに旅館の主人を呼んだ。
その頃にはもう早い
が啼いていた。主人をはじめ家内の者どもが燭を照らして駈けつけて見ると、床には幾個の死骸が横たわっていた。それをひと目見て、人々はおどろいて叫んだ。
「あなたは大変なことをなされました」
倒れている死骸は、朱の妻や妾や、忰や娘であった。最後に斬られたのは従僕であったらしい。かれらは主人の安否を気づかって、ひそかに様子をうかがいに来たところを、片端から斬り倒されたのであろう。そう判ると、朱は声をあげて嘆いた。
「化け物め。すっかりおれを
玩具にしやあがった」
言うかと思うと、彼もそこに倒れたままで息が絶えた。