第七の女は語る。
「五代を過ぎて
宋に入りますと、まず第一に『太平広記』五百巻という大物がございます。但しこれは宋の
太宗の命によって、一種の政府事業として
李らが監修のもとに作られたもので、
汎く古今の小説伝奇類を蒐集したのでありますから、これを創作と認めるわけには参りません。そこで、わたくしは自分の担任として『稽神録』について少々お話をいたしたいと存じます。『稽神録』の作者は
徐鉉であります。徐鉉は五代の当時、南唐に仕えて
金陵に居りましたが、南唐が宋に併合されると共に、彼も宋朝に仕うる人となって、かの『太平広記』編集者の一人にも加えられて居ります。兄弟ともに有名の学者で、兄の徐鉉を大徐、弟の
徐を小徐と言い伝えているそうでございます。女のくせに、知ったか振りをいたすのは恐れ入りますから、前置きはこのくらいにして、すぐに
本文に取りかかることに致します」
廬山の廟
庚寅の年、江西の節度使の
徐知諫という人が
銭百万をもって廬山使者の
廟を修繕することになりました。そこで、
潯陽の県令が一人の役人をつかわして万事を取扱わせると、その役人は城中へはいって、一人の画工を召出して、自分と一緒に連れて行きました。
画工は
画の具その他をたずさえて、役人に伴われて行きますと、どういうわけか、城の門を出る頃からその役人はただ
昏々として酔えるが如きありさまで、自分の腰帯をはずして地に投げ付けたりするのです。
「この人は酔っているのだな」と、画工は思いました。
そこで
忤らわずに付いてゆくと、役人はやがてまた、着物をぬぎ、帽子をぬぐという始末で、山へ登る頃にはほとんど
赤裸になってしまいました。そうして、廟に近い
渓川のほとりまで登って来ますと、一人の
卒が出て参りました。卒は青い着物をきて、白い皮で膝を蔽っていましたが、つかつかと寄って来て、かの役人を捕えるのです。
「この人は酔っているのですから、どうぞ御勘弁を……」
こう言って、画工が取りなすと、卒は怒って叱り付けました。
「おまえ達に何がわかるか。黙っていろ」
卒は遂に彼を
捕虜にして、川のなかに坐らせました。その様子が
唯の人らしくないと思ったので、画工は走って廟中の人びとに訴えると、大勢が出て来ました。見ると、卒の姿はいつか消え失せて、役人だけが水のなかに坐っているのです。声をかけても返事がないので、更によく見ると、彼はもう死んでいるのでした。あとになって帳簿を調べてみると、彼は修繕の銭百万の半分以上を
着服していることが判りました。
夢に火を吹く
張易という人が洛陽にいた時に、
劉なにがしと懇意になりました。劉は仕官もせずに暮らしている男でしたが、すこぶる奇術を善くするのでした。
ある時、劉が町の人に銀を売ると、その人は満足に
値いを支払わないのです。そこで、劉は張と連れ立ってその催促にゆくと、彼はそれを素直に支払わないばかりか、種々の
難癖をつけて
逆捻じに劉を罵りました。劉は黙ってそのまま帰って来ましたが、あとで張に話しました。
「彼は愚人で道理を識らないから、私がすこしく懲らしてやります。さもないと、土地の神霊のために重い罰を受けるようになりますから、彼を懲らすのは彼を救うがためです」
どんな事をするのかと見ていると、劉はその晩、
燈火を消した後、自分の寝床の前に炭火をさかんにおこして、なにか一種の薬を焼きました。張は寝た振りをして窺っていると、暗いなかに一人の男があらわれて、
頻りにその火を吹いています。よく見ると、それはかの町の人でありました。彼は夜の明けるまで火を吹きつづけて、その姿はいつか消え失せてしまいました。
その後に、張が町の人の家をたずねると、彼はひどく弱っていました。
「どうも不思議な目に逢いました。このあいだの晩、夢のうちに誰かが来てわたくしを何処へか連れて行って、夜通し火を吹かせられましたが、しまいには息が続かなくなって、実に弱り果てました。その夢が醒めると、火を吹いていた
口唇がひどく
腫れあがって、なんだか息が切れて、
十日ばかりは苦しみました」
それを聞いて、張はいよいよ不思議に思いました。
劉はこういう奇術を知っているために、河南の
尹を勤めている
張全義という人に尊敬されていましたが、あるとき張全義が
梁の
太祖と一緒に食事をしている際に、太祖は魚の
鱠が食いたいと言い出しました。
「よろしゅうございます」と、張全義は答えました。「わたくしの所へまいる者に申し付ければ、すぐに御前へ供えられます」
すぐに劉を呼び寄せると、劉は小さい穴を掘らせ、それにいっぱいの水を
湛えさせて、しばらく釣竿を垂れているうちに、五、六尾の魚をそれからそれへと釣りあげました。その不思議に驚くよりも、太祖は大いに怒りました。
「こいつ、妖術をもって人を惑わす奴だ」
背を打たせること二十
杖の後、
首枷手枷をかけて獄屋につながせ、明日かれを殺すことにしていると、その夜のうちに劉は消えるように逃げ去って、誰もそのゆくえを知ることが出来ませんでした。