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権三と助十(ごんざとすけじゅう)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/27 9:22:10 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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權三 えゝ、もう
六郎 むゝ、近所の奴……。誰だ、誰だ。
權三 (思ひ切つて。)豐島町の裏にゐる左官屋の勘太郎によく似てゐたんですよ。
おかん まあ。あの人が……。
六郎 左官屋の勘太郎……。あいつによく似てゐたのか。これ、助十。どうでお前もかゝり合だから、正直に云はなければならないぞ。まつたく其奴は勘太郎に似てゐたのか。
助十 かうなりやあ俺ももう
六郎 これ、大きな聲をするなよ。
彦三郎 あゝ、ありがたい、有難い。お二人さんはわたくしに取つて神樣と云はうか、佛樣と申さうか。もし、もし、この通りでござります。(手をあはせて權三と助十を拜む。)
おかん それにしても、お前さん達の氣が知れないぢやあないか。それほど判つてゐるならば、なぜ早くそのことを云ひ出して、彦兵衞さんの無實の災難を救つて上げなかつたんだらうねえ。
權三 そのときに氣がつけば格別だが、あとになつちやあ無證據だ。うつかりしたことが云はれるものか。どんな係り合になるかも知れねえ。
六郎 それで二人ともに默つてゐたのか。横着者にも似合はない、氣の小さい奴等だな。
おかん 彦兵衞さんに疑ひのかゝつたのは、どういふわけだかよくは知らないけれど、不斷から正直者のあの人がお繩にかゝつて連れて行かれるのを、一つ長屋内で見てゐながら、今まで默つてゐるといふことがあるものかね。お前さん達は随分不人情だよ。
六郎 まつたく女房のいふ通りだ。せめておれだけにも内々で話して置いおくれゝば、なんとか仕樣のあつたものを……。(叱るやうに。)それほどの事を知つてゐながら、今まで口をふいて默つてゐるとは何のことだ。つまり貴樣達が彦兵衞さんを見殺しにしたやうなものだ。これ、彦三郎さん。お前さんのお父さんのかたきはこの權三と助十だ。なんの、禮をいふことがあるものか。わたしが證人になつてやるから、こゝで立派にかたき討をしなさい。
(權三と助十はびつくりする。)
權三 と、とんでもねえ。なんでおれ達が仇なものか。
助十 かたきと云ふのは勘太郎だ。
權三 あの勘太郎だ。
(云ひながら二人は逃げかゝる。)
六郎 待て、待て。貴樣たちが逃げたからと云つて濟むわけのものではない。かたき討は
權三 (助十と顏を見あはせる。)あい、あい。きつと味方を致します。
六郎 よし、よし。それならば仕樣がある。(上のかたに向ひて。)おい、おい。誰か來てくれ。早く來てくれ。
(上のかたより助八を先に、雲哲と願哲出づ。)
六郎 おゝ、助八。おまへの家に麻繩のやうなものは三本ほどないか。
助八 さあ、三本はどうだかな、
おかん 内にも一本ぐらゐはありましたよ。
助八 なにしろ探して來ませう。
(助八は我家に入る。おかんも奧に入る。)
雲哲 用はもうそれだけかね。
六郎 いや、おまへ達もそこにゐてくれ。まだ外にも用があるのだ。
(おかんは奧より麻繩一本持ちて出づ。)
おかん これで間に合ひますかえ。
六郎 よし、よし。(繩をうけ取る。)
(助八も奧より麻繩二本を持ちて出づ。)
助八 大屋さん。これでいゝかね。
六郎 むゝ、これで丁度三本揃つた。
助八 そこで、これをどうしなさるのだ。
六郎 人間三人を
一同 え。
權三 三人といふのは、誰と誰とを縛るんですね。
六郎 先づ貴樣を縛る。
權三 え。
六郎 それから助十を縛る。
助十 え。
六郎 それから彦三郎さんを縛る。
彦三郎 わたくしもお繩にかゝるのでござりますか。
六郎 この三人を
助八 いけねえ、いけねえ。あとの二人はどんな惡いことをしたか知らねえが、おれの兄貴に限つちやあ繩をかけられるやうな覺えはねえ筈だ。ふだんから兄弟喧嘩こそしてゐるが、おれに取つちやあ唯つた一人の兄貴だ。いはれも無しに繩附きにされて
六郎 さうむきになつて怒るなよ。これには譯のあることだ。こゝにゐる若い人は小間物屋の彦兵衞さんの息子で、これからおまへの兄貴と權三を證人にして、お父さんの無實の罪を訴へて出ようといふのだ。
助八 證人ならば家主が附添ひで、おとなしく連れて行くがいゝぢやあねえか。なんで繩をかけるのだ。
六郎 そのわけは今云つて聞かせる。みんなもよく聞け。今度の一件は
權三 (おどろいて。)嘘だよ、うそだよ。おれ達が何をするものか。
助十 御奉行所へ行つて、そんな
六郎 まあ、騷ぐなよ。そのくらゐに云はなければ中々お取上げにはならないのだ。そこで、よんどころなく長屋中の者うち寄つて右三人を取押へ、かやうに引立ててまゐりましたれば、何とぞ上の御威光を以て彼等に理解を加へ、
助八 なるほどさうかも知れねえな。こいつは巧めえことを考へ出したね。
おかん 大屋さんは正直な人だと思つてゐたら、うそをつくのは中々上手だわねえ。
助八 まつたく隅へは置かれねえや。
六郎 つまらないことを
權三 出來ても出來ねえでも仕樣がねえ。今も
彦三郎 なにぶんお願ひ申します。(助十に。)おまへさんにも宜しくお頼み申します。
助十 まあ、心配しなさんな。かう見えても江戸つ子の神田つ子だ。
權三 おや、おや、手前は急に強くなつたぜ。變な野郎だな。
六郎 だが、まあ、強くなつた方は結構だ。その勢ひで皆んな縛られてくれ。
おかん (かんがへる。)縛られて行つて、すぐに歸して下さるでせうかねえ。
六郎 それは受合へない。町内あづけとでも來れば
おかん あら、牢に入れられるの……。(泣き出す。)お家主さん。それぢやああんまりぢやあありませんか。罪もない内の人を牢へ入れて……。若しいつまでも歸されなかつたら、お前さんどうしてくれるんですよ。
助八 吟味中は入牢なんていふことになると、兄貴もちつと可哀さうだな。もし、大屋さん。兄貴の身代りにわつしを縛つて行つてくれませんかね。どうせ
六郎 だが、その晩のことを詳しくお調べになつたときに、本人でないと
助八 (助十の顏をのぞく。)兄い、おめも好いかえ。
助十 いゝよ、いゝよ。大丈夫だ。
助八 だが、どうもおれを遣つた方がよささうだな。大屋さん、どうしてもいけませんかえ。
六郎 まあ、まあ、さう案じることはない。(おかんに。)おまへも泣くなよ。自慢ぢやあないが、大岡樣とこの家主が附いてゐるのだ。決して惡いやうにはならないよ。
おかん (不安らしく。)それもやつぱり大屋さんの嘘ぢやあありませんかえ。
六郎 おれだつて無暗に嘘をつくものか。安心しろよ。
おかん 若しもこれぎりで内の人が歸つて來なかつたら、屹とおまへさんを恨むからさう思つておいでなさいよ。(泣く。)
彦三郎 (氣の毒さうに。)どうも皆さんに御迷惑をかけまして、なんとも申譯もないことでござります。(六郎兵衞に。)では、お繩をおかけ下さりませ。(兩手をうしろへ廻す。)
六郎 おまへさんはわたしが縛る。(雲哲等に。)おまへ達は權三と助十を縛つてやれ。
雲哲 あい、あい。長屋中の持て餘し者がどつちもたうとう繩附きか。
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