奇蹟中の奇蹟
進少年と佐々記者が、蜂谷艇長の指揮する宇宙艇よりも一日早く、無事に地球に到着したといったら、読者は信じるだろうか。いや全くの奇蹟中の奇蹟だった。わけを聞かないでは、誰も信じられないだろう。艇外は漠々たる宇宙だ。死なない者なんてあるだろうか。 ところがこの幸運の二人の場合は、その極めて稀な場合だったのである。二人が飛び出したところは、丁度例の無引力空間だったのである。その空間では身体が上へも下へも落ちはしない。ただ抛りだされたときの勢いで、無引力空間をユラリユラリと流れるばかりだった。もちろん後から飛びでた佐々記者は進少年のところへ追いついた。 二人が手を取り合って、最後の覚悟を語りあっているところへ、横合から漂然と流れて来た一個の巨船――それこそ意外中の意外、というべき猿田飛行士が乗り逃げをした筈の新宇宙号だった。 二人は夢かとばかり愕いた。なぜこんなところに新宇宙号がプカプカ浮んでいるのだろう。辿りついてよく見れば、噴射瓦斯へ通ずる電線の入ったパイプが何物かに当ったと見え断線していた。これでは瓦斯が止ってしまうのも無理はない。それにしても、空中でよほど硬い大きな物体に衝突しなければならない筈……。 進少年はハタと膝をうった。 「こう考えればいいのだ。――最初犬吠が乗り逃げした宇宙艇は、誤ってこの無引力空間に陥って、ここを漂っていたのだ。そこへまた今度、猿田の操縦した新宇宙艇が通りかかって、図らずもドーンと衝突した。そのときパイプが裂けて、動かなくなり、そのままこの無引力空間に漂い始めたんだ。一方、旧型の宇宙艇はこの衝突で跳ねとばされて、その勢いで月世界へ墜落していったものだろう」 「実にうまく出来ている。悪人の末路は皆こんなものだ」 と佐々も合槌をうった。 そこで二人は艇内をこじあけて工具をとり出し、パイプと電線とを外から修理して接ぎあわせ、そして新宇宙艇を再び操縦して地球へ急いだが、快速のため、蜂谷艇長の一行よりも早く帰りついたのだった。 猿田は艇内でピストル自殺をしていた。器械が動かなくなったので、観念したのだろうと思う。 全国の新聞やラジオは、進少年や密航記者佐々砲弾の愕くべき奇蹟を大々的に報道した。すると祝電と見舞の電報とが、山のように二人の机上に集った。それは日本ばかりではなく、遠くベルリンやローマから、またロンドンやニューヨークからのものがあった。その大きな同情は、いま月世界に病む進君の父六角博士をぜひ救い出さねばならぬという声にかわっていった。この分では老博士救助の新ロケットが飛びだす日もそう遠くはあるまい。
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