絶望
「――ああ、何のことだ、あれは月の世界の生物でなくて、地球の生物で、あれは飛行士の猿田君なんですよ」 と、艇長は双眼鏡を眼から外していった。 「まあ猿田さんが……。どうしたんでしょう」 なおも進んでゆくと、果して前方から、猿田飛行士が大ニコニコ顔で近づいてきた。 「オイどうした。なにか階段のある穴のところまで行ったかネ」 「ああ行って来ましたよ。素晴らしいところです。私は道傍で、こんな黄金の塊を拾った。まだ沢山落ちているが、とても拾いつくせやしません。早く行ってごらんなさい」 そういいすてると、彼は歩調もゆるめず、大きなマスクの頭をふりたてて、ドンドン元来た道に引返していった。 「あの男、あんなに急いで帰って、どうするつもりなんでしょう。変ですわネ」 と、ミドリは不安そうに、遠去かりゆく猿田の後姿をふりかえった。 「あの黄金の塊を艇の中に置いて、また引返して来て拾うつもりなんですよ。……いやそう慾ばっても、そんなに積ませやしませんよ。だがあの男は抜目なしですネ。はッはッはッ」 一行は先を急いだ。あと十分ばかりして、彼等ははるばるこの月世界まで尋ねて来た最大の目的物を探しあてることができた。 「あッ、これが白い点に見えたところだ。ごらんなさい。附近の砂地とは違って、大穴が明いている。ホラ見えるでしょう。幅の広い階段が、ずッと地下まで続いている」 「あら、随分たいへんだわ。……ねえ、蜂谷さん。あの階段は黄金でできているのですわ。猿田さんが持っていったのは、その階段の破片なんですわ。ホラそこのところに、破片が散らばっていますわ。ぶっかいたんだわ、まあひどい方……」 進少年は、かねて月の世界には黄金が捨てるほどあると聞いたが、こんな風に地球の石塊と同じように、そこら中に無造作に抛りだしてあるのを見ては、夢に夢みるような心地がした。 「私の喜びは、月世界の黄金よりも、このような階段を作る力のある生物が棲んでいたという発見の方ですよ」 と、蜂谷艇長は興味深げに黄金階段の下を覗いてみるのだった。 そのときだった。 「あれッ、おかしいなア」 と進少年が、頓狂な声をあげた。蜂谷とミドリは愕いて少年の方をふりかえった。少年の顔色がセロファン製のマスク越しにサッと変ったのが二人に分った。 「あ、あれごらん」と少年は手をあげて前方を指した。その指す方には、空気のない澄明なる空間をとおして、新宇宙艇の雄姿が見えた。「誰か、艇内からピストルを放ったよ。撃たれた方が、いま砂地に倒れちゃった。誰がやられたんだろう」 「おお大変」とミドリは胸をおさえて、「艇内に居たのは、新聞記者よ。いま帰った猿田さんが撃たれたんでしょ。大体あの記者、怪しいわ。出発のときにだって、艇内に忍びこむ前に、ピストルで羽沢飛行士を撃ったのかも知れなくてよ」 と、ミドリ嬢はハッキリ物を云った。 「さあ、どっちにしても大変だ。さあ急いで傍に行ってみましょう」 艇長はすぐ先頭に立って、艇の方へ駈けだしていった。 そのとき、繋いであった新宇宙艇の尾部から、ドッと白い煙が上ったと思うと、艇は突然ユラユラと頭部をふると見る間に、サッと空に飛び上ってしまった。 「呀ッ、大変だ。艇が動きだしたぞ。これは一大事……。ま待てッ」 「アラどうしましょう。……」 といっている間に、艇の姿は青白い瓦斯を噴射しながら、グングン空高くのぼって、みるみる遠ざかっていった。 艇長とミドリと進の三人は、あまりの思いがけぬ出来ごとのため、死人のような顔色になって駈けつけたが、もう間に合わなかった。ただ艇の繋いであったところに、マスクを被った人間が一人、脚をピストルで撃たれて朱に染まって倒れているのを発見したばかりだった。 それを助け起してみると、なんのこと、艇内に残っているように命じてあった佐々記者だった。彼は深傷に気を失っていたが、ようやく正気にかえって一行に縋りついた。 「猿田飛行士が、艇にひとり乗って逃げだしたのです。はじめ猿田さんは、金塊を持って艇内に入って来ましたが、もう一度取りにゆくから一緒にゆけといって、私を先に地上に下ろすと、私の隙をうかがってドンとピストルで撃ったのです。今だから云いますが、あの人は恐ろしい殺人犯ですよ。私が砧村にある艇内に忍びこむ前のことでしたが、小屋の前に立っていた人(羽沢飛行士のこと)をピストルで撃ち、待たせてあった自動車にのって逃げるのをハッキリ見て知っているのです。全く恐ろしい人です」 「ああ、それで分ったわ。猿田は月世界の黄金目あてに是非この探険隊に加わりたくて、羽沢さんを殺したんですわ。そして何喰わぬ顔をして、参加を申し出たのよ。それとも知らず、あたしが参加を許したりして……ああどうしましょう。もう地球へは戻れなくなったわ。ああ……」 四人は顔を見合わせて、深い絶望に陥った。
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