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千早館の迷路(ちはやかんのめいろ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/25 6:46:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     9

 迷路は、とても長かった。
 ようやく元のところへ戻って来たので時計を見ると、一時間五分経っていた。
 帆村はそこで小憩をとることにした。彼はオーバーのポケットから、チョコレートとビスケットを出して、春部の手に載せてやった。そしてなお小壜に入ったウィスキーを飲むようにと彼女にすすめた。
「何も異状はなかったようね」
 春部は、新しいチョコレートの銀紙を剥きながらいった。
「さあ、それはまだ断定できないです。今のは迷路を正しい法則に従って無事に一巡しただけなんです。これからもう一度廻ってみて、この迷路館が用意している地獄島を見付けださねばならないんです」
「何ですって。地獄島とおっしゃいましたか」
「いいました。地獄の島です。迷路の或るものには“島”というやつが用意されてあるんです。この島へ迷い込んだが最後、なかなかそこを抜け出すことが出来ないんです」
「わたくしには、よく意味がのみこめませんけれど……」
「島というのはねえ、そのまわりについていくらぐるぐるまわっても、外へは出られないんです。そうでしょう、島ですからね。当人にそれが島だと気がつけば、そこで道が開けるんです。向いの壁へ渡っていけば、島を離れて本道へ出られるチャンスが開けるからです。しかしそれに気がつかないと、いつまでも島めぐりを続けて、遂には発狂したりたおれたりします」
「先生は、千早館にそのような島のあることを予期していらっしゃるんですか」
「有ると思いますよ。古神君は、迷路の島には異常な興味をかしていましたからねえ」
「島がみつかれば、どうなるんでしょう。そういえば私たちは、田鶴子さんの姿を見つけなかったし、田鶴子さんのいこっている部屋も見かけなかったですわねえ」
「そのことです。島を探しあてることが出来たら、そこに何かあなたの疑問を解く手懸りがあるだろうと思っています」
「田川の居る場所は? いや、田川の死骸のある場所といった方がいいかも知れませんが……」
「まず迷路の島を。島が分れば田鶴子の居所が分る。田鶴子に会えば、田川君の所在が分る――と、こういう工合に行くと思うんです」
「まるで歯車が一つ一つ動き出すようなことをおっしゃいますのね」
「でも、今は、そういう道しか考えられないんですよ。もしもその間の連絡が切れているとしたら、捜査にも恐るべき島が――いや、そんなことはあるまい。連絡はきっとつく」
 それから間もなく二人は、同じ迷路に再び入った。こんどはチョークを使わなかった。前に通ったときに春部がつけた夜光チョークの痕が、うすく蛍光を放って続いていた。春部にはなんだかそれがたいへんいじらしく見え、はからずも勇気を奮い起こすえにしとなった。
 帆村の期待は外れなかった。両側とも蛍光の筋のある壁を見ながら前進して行くと、三四丁ほど歩いたと思われる頃、三つ股の辻を渡ったところで右側の壁に筋のついていないのを発見した。それこそ島に違いなかった。
 帆村は春部を促して、島の側に渡って、こんどは右手に持った洋杖の先で壁を辿りながら尚も前進していった。
 すると壁は、鍵の手なりに忙しくいくたびも曲った。帆村は、恐ろしい予感に身慄いした。そして春部の耳に口せ寄せて、彼女が右手でピストルを身構える必要のあるところへ近づいたことを告げた。
 彼女はいわれる通りにした。
 それから一つの角を曲ったとき、急に例の音楽の音が高くなった。と、その通路は、今までの通路とちがい、ずっと明るさを増した。帆村は、注意の言葉を春部に囁く代りに、彼女の肩を軽く叩いて警戒せよとの合図にした。
 二人の歩調は極度にゆるやかになった。帆村は全精力を前方に集中している。比較的明るい光が前方の左側から来ることが分った。そのあたりで左へ曲る角があるらしい。しかし右側はそのまま壁が前方に続いていた。その明るさは、雪の降ったような白っぽさがあった。
(あそこまで行けば、必ず何かある)
 帆村は洋杖の柄を握りしめ、いつでもそれを繰出せるように身構えて歩を進めた。
 とうとうその角まで来た。
ッ!」
 その角のところで、左側へ目を向けた帆村は思わず驚愕の声を放った。何となれば、そこには全く想像も及ばないほどの奇妙な有様が見られたから。
 まず何よりも目をひいたのは、その角から左へ切れ込んで、十尺ばかり奥で壁に突当っているその狭い横丁――幅は今までの通路の半分にあたる三尺ほどの狭さだった――。
 その横丁の左右の壁の異様な構成だった。その壁は左右とも、人間の眉の高さあたりから床までが硝子ばりになっていて、その中に大きな金魚がゆったりと尾鰭をゆすぶって泳いでいるのだった。しかもその金魚というのが、珍らしく白と紫の斑のものばかりだった。
 なお、右側の壁だけには、金魚槽の上が深く引込んで横に細長い棚のようになっており、その中によく磨かれたプロペラのようなものがまっていた。だがそれはプロペラではないようで、中心軸はあったが、翼にあたるところはプロペラのように波状をなしておらず、真直に平面的に伸びていた。よく磁針にそういう形をしたものがあるが、もちろんこれは非常に大きく、長さが六七尺もあった。
(一体何だろうか、これは……)
 帆村には、すぐにこの妙な物品の正体が分らなかった。このプロペラの兄弟分のようなものは、その細長い棚の中にじっとひそんでいて、動き出す様子はなかった。
 奇妙なものは、まだ外にもあった。この横丁は、奥で壁につきあたり、そこから通路は左右に分れていたが、その正面突当りの壁が真赤に塗られていることだった。その壁には煉瓦が見えなかった。煉瓦の上に漆喰を塗り、更にその上に赤いペンキを塗ったものらしかった。
 もう一つ奇妙なことは、その正面の赤い壁が、よく見ると扉になっていた。扉の枠が白いペンキで区劃をつけてあるし、引手もついていた。そしてその扉には、どういうわけか分らないが「戸ろ」と大きく白ペンキで書いてあった。
 左右の壁の金魚槽、右側の壁の中にひそんでいるプロペラまがいの金属体、正面奥の赤い壁と、「戸ろ」と書いた扉! そしてこの横丁だけが、白々とした怪光に照らし出されている!
(一体これはどうしたわけか?)
 さすがの帆村も呆然ぼうぜんとして、しばらくは春部のことも何もかも忘れて、塑像そぞうのように突立っていた。

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