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千早館の迷路(ちはやかんのめいろ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/25 6:46:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 爪先あがりの山道を、春部をいたわりながらのぼって行く帆村荘六だった。
 だが、いたわる方の側の息が苦しそうにあえいでいるのに対し、いたわられている方のカズ子は岩の上を伝う小鳥のように身軽だった。
「先生、田川は本当に、ここへ来ているのでしょうか」
「それは今のところ分らない。しかし田鶴子の動静を掴むことが出来たら、はっきりするでしょう。ああ、あなたは、私が田鶴子ばかりをうかがっているように見えるもんだから、それで不満なんでしょう」
「ええ。でも田川より田鶴子さんの方がずっと探偵事件的に魅力があるんですものね、仕方がありませんわ」
「冗談じゃないですよ、春部さん。私はあなたの御依頼によって田川氏の行方を突き停めようとしてこそあれ、あの今様弁天さまの魅力にとりこになっているわけじゃありませんよ」
 春部は、何とも応えなかった。と、ゆるやかながら一つの峠を越えて、正面の眼界が一変した。左手の方が一面に低い雑木林となり谷を作りながら向こうへ盛りあがり、正面の切り立ったような山の裾にぶつかっているが、その山のふもとに、奇妙な形の洋館が、まわりに刑務所のような厳しい塀をめぐらせて、どきつい景観となっていた。朱色の煉瓦を積んだ古風な城塞のような建物であった。そして外廓は何の必要があってかふしぎにも曲面ばかりを持っていて、平面が殆んど見当らない。なんのこと長い腸詰を束にして直立させたような形だった。永く見詰めていると顔が赭くなるような、そしてふと急に胸がわるくなって嘔吐を催し始めるような、実に妙な感じのする建物だった。……二人の足はすくみ、そして二人はしばらくはものもいわず、その煉瓦館に見入っていた。それは間違いなく、千早館だった。
「出来るだけ近くまで行ってみましょう」
 帆村が、やっとそれだけをいって、春部をふりかえった。春部は肯いた。帆村は彼女の方へ自分の腕を提供した。二人は愛人同士のようにして、林の間を縫う坂道を下って行った。
「あんな気味のわるい建築物は始めて見ましたわ。悪趣味ですわねえ」
 春部の声は、すこし慄えを帯びていた。
「日本人の感覚を超越していますね」
「しかし人間の作ったものとしては、稀に見る力の籠り工合だ。超人の作った傑作――いや、それとも違う……魔人の習作だ。いや人間と悪魔の合作になる曲面体――それも獣欲曲面体……」
「えっ、何の曲面体?」
 このとき帆村は、はっと吾れにかえり、
「はっはっはっ。いや、ちょっと今、気が変になっていたようですよ、突然あんなものを見たからでしょう」
 帆村のさしあげた洋杖ステッキの先に、雑木林の上に延び上っているような千早館のストレートきの屋根があった。
「あれは古神子爵がひとりで設計なすったんですの」
「さあ、全部はどうですかね。しかし古神君は非常な天才であり、そして実に多方面にわたる知識を持っており、時間さえ構わなければ、彼ひとりの力でもって設計をやり遂げることも出来たと思います」
「じゃあ超人ね」
「超人――超人という程でもないが……」
「ねえ先生」
 春部が改まった口調で呼びかけた。
「はい」
「わたくし、何だか前から気になっていたんですが、古神子爵というのは本当の御苗字ですの」
「フルカミが本当の苗字かとお訊きになるんですね。いやあれは本当ですよ。高等学校でも……その前の中学校でも彼は古神行基でしたからね。なぜです、そんなことを気にするのは」
「だって、あまり沢山ない御苗字ですもの」
「殿様の末裔ですからね、殿様にはめずらしい苗字の人が多い」
「じゃあ、あの田鶴子さんの苗字の四方木よもぎというのはどうでしょうか。あれこそ変った苗字ですわね」
「そうでしょうか。……尤も昔あの女は、自分の苗字を四方木とは書かず、よもぎと書いていました、つまり草のヨモギですね。しかし私が知って間もなく四方木と書くようになりました。……そうそう思い出したぞ」と帆村はそこで急ににやっと笑顔になり「四方木と書かせるようにしたのは、あの古神だったのですよ。そのことは、何の時だったか、田鶴子が客の一人に上機嫌でお喋りをしているのを私は傍で聞いた覚えがあります。しかももう一つ話があるのですよ。それは何でも古神が、名の方も田鶴子ではなしに、田津子に改めろといったらしいんですが、あの女はそれを頑として応じないで田鶴子を通しているといっていました。それは田鶴子の方がずっと上品だからという理由に基くんだそうです」
「まあ、面白いこと」
 二人は、そこで声を合わせて朗らかに笑った。
 だが、二人は間違っていたのだ。それが笑うべき事柄でなかったことは、やがて二人にはっきりと、そして深刻に了解されるであろう。
 しかもだ、カズ子の名前も、彼女の愛人の田川の苗字も既に用意せられた恐ろしい舞台の上でスポットライトを浴びていたことに同時に気がつくであろう。

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